57 ノーカウント
エリスレルアの悲痛な叫び『声』は、セフィテアにも聞こえていた。
彼女は、闇業者の者たちが何をしたのかなんて知る由もない。
だが、心のどこかで、この叫びは自分のせいではないかと感じていた。
わたくしはただ、リュアティス様を奪ったと思われる子を排除しようとしただけだ。ただそれだけなのだ。
そのことで罪に問われることがあっても後悔するつもりはない彼女でも、そのせいでリュアティスの身に何かあったのではないかと思うと、身体が震えてくる。
「では、行ってくる」
「「「いってらっしゃいませ」」」
夜遅く、父を乗せて城へ向かう馬車を自室の窓越しに見つめながら、万が一、リュアティスが助からなければ自分も命を絶とうと心に決めるセフィテアであった。
☆ ☆ ☆
真っ暗な中、僕を呼ぶ『声』がする。
虹色に光るその『声』はとても小さくて、気を緩めれば聞こえなくなりそうで、それだけはどうしても嫌だった。
ずっと聞いていたいんだ。
ずっとずっと笑っていてほしいんだ。
なのに……なのに、あんなこと!!
苦しそうに息を吐き、また弱々しい呼吸に戻るリュアティス。
「エリスレルアちゃん、ドレスを着替えておいで。
風邪をひくよ?」
『でも、リュアティスさん、心配』
「着替えたらすぐ戻ってくればいいよ。
それまで僕が代わりにリュアティスを見ててあげるから。
ね?」
『でも……』
『エリスレルア、僕も着替えた方がいいと思うよ?
レイテリアスが付いていれば彼は大丈夫だからさ』
彼らがエリスレルアを着替えさせようとしているのには理由があった。
その一つはもちろん、今の格好が目のやり場に困るものであるためだが、それ以上に、リュアティスが意識を回復した時、今の彼女の姿を見たら再び激高してしまうおそれがあるからだ。
それは、せっかく補充した魔力がまた空になってしまい、公爵邸が破壊されてしまうことにほかならない。
それが危惧されるから、レイテリアスはリュアティスに少しずつしか魔力を分け与えられずにいた。
(とは言ってみたものの……本当に着替えに行かせてもいいのだろうか?)
とレミアシウスは思った。
彼の見立てでもリュアティスの状態は相当悪く、彼女が近くにいるからなんとか生きながらえているんじゃないかと思えてしまうほどだったのだ。
『……でも……』
うつむくエリスレルア。
(エリスレルアが着替えに行かないのも、何かを感じているからなのかも……)
『わかった。お前はここにいろ。
僕が取ってくるから、ここで着替えろ』
『おにいさま!』
「レミアシウス?」
微笑んだレミアシウスはそのまま部屋を出ていった。
(このままだと、あいつがクローゼットの服、全部呼んじゃう可能性もあるし)
リュアティスが好みそうなデザインのドレスを何着か選んで振り返ると、侍女が二人付いてきていた。
「私どもがお持ちいたします」
『あ、いいよ、持てるし』
「私たちもリュアティス様のために何かしたいのです!」
!
(彼、愛されてるな~~)
『じゃ、これ、お願いします。
エリスレルア、たぶん、その場で脱いじゃうから、渡す前に囲っておいて』
苦笑いしながらそう言うと、侍女たちも少し笑った。
「承知いたしました」
エリスレルアが着替えている間に魔力の回復薬を飲んで自分の魔力を満タンにしたレイテリアスは、彼女がちゃんと着替えたのを確認し、リュアティスの右手を取った。
最初は慎重に、ある程度送った時点から一気に魔力を送り込んでいく。
(今回は、どこかへ流れていく感じはしないな)
自分の魔力を半分くらい分け与えたレイテリアスが様子を見ていると、リュアティスがゆっくりと目を開けた。
礼を言おうとした彼の唇の前に人差し指を立て、レイテリアスがそれを止めた。
「礼を言うなら僕じゃなく、彼女に言え」
「え?」
『レイテリアス! リュアティスさんは、もう大丈夫なの?』
えっ?
フフッと笑ったあと、レイテリアスはとても優しい微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。
さあさあ、みんな!
ここはもうお開きだ。解散!」
「え、レイテリアス、俺はまだここにい―――痛っ!」
思いっきり足を蹴とばされ、涙目になっているカルファレスを押しながらレイテリアスは部屋を出た。
レミアシウスの横を通る時、『話がある』という視線を送りながら。
(だよねぇ……はぁ)
ため息をつきながらレミアシウスもあとに続いた。
寝室の中が二人だけになると、リュアティスは身体を起こした。
「エリスレルア、さっき兄上のこと、レイテリアスって―――」
彼のセリフの途中で、エリスレルアがリュアティスに飛びついてきた。
え!
咄嗟にその身体を抱き止めようとしたが勢いに押され、そのまま後ろに倒れる。
「うわぁーーん!!!」
リュアティスの身体を抱きしめて、大泣きするエリスレルア。
『よかったーー!!!』
「うぇえぇーーん!!」
「…あ、あの…」
なぜ彼女が泣いているのかわからず戸惑っているリュアティスに、エリスレルアはさっきまで感じていた、失うことへの凍りつくほどの恐怖をぶつけた。
『死んじゃうかと思ったーー!!
リュアティスさん、死んじゃったら、どうしようって思ったーー!!』
!!!
叫ぶ彼女の全身から、恐れと喜びと心配と安堵がごちゃ混ぜになった感情が伝わってくる。
また暴走してしまうのでは、とリュアティスは心配になったが、今回はあの現象は起こっていなかった。
何か違うのかな?
そっと抱きしめ返す。
「心配かけてしまって……」
申し訳ありません、は、違う気がする。
……どう言えば…………どう言おう……
「心配してくれて、ありがとう」
「…うっ……うえっ………ぅく……」
リュアティスの部屋着に涙が染み込んでいく。
『ど、いたしまし、て』
そう言って顔を上げたエリスレルアは、まだ心配そうに涙をこぼしていた。
「…ひっく…………ぇうっ……うぇ」
僕はこの少女に……どれほどの心配をかけてしまったんだろう?
エリスレルアの背中に置かれていたリュアティスの右手がゆっくり動き、彼女の髪にそっと触れた。
『も、大丈…夫? 苦し…く、ない?』
身体に感じるやわらかい重みが心地いい。
『うん』
彼が微笑みながら返事をすると、エリスレルアはやっと笑顔を見せた。
『よかったぁぁ……』
心底ホッとした彼女がリュアティスの胸に再び顔をうずめると、優しい虹色の風が二人を包んだ。
「…………寝てる」
肌掛けを避け、体勢を入れ替えて、眠っている彼女の身体をベッドに横たえたリュアティスは、そのまま抱きしめたい気持ちを抑えてベッドを降りた。
薄い水色のドレスに包まれているエリスレルアの身体にさっきまで着ていたやわらかい肌掛けを掛けて、床に膝を突く。
「とにかく、無事でよかった」
エリスレルア。
あなたは、許してくれるだろうか?
あの時、望みのままにあなたに触れようとしたあいつを―――一瞬、羨ましいと思ってしまったことを。
かぶりを振るリュアティス。
いや、やはり、同意ナシはだめだろ!
眠ってる女の子に手を出すなんて!
……出すわけじゃないか……
…………出したいなって思うくらいは…………
うーーーー!
「あーーー! もーーーぉ!!」
ここは潔く、謝ろう!
「ごめんなさい!」
少しだけすっきりした気分でエリスレルアの安心し切った寝顔を眺めていたリュアティスは、ふと思いついて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「あなたに他意がないことはわかっているが、一つだけどうしても許せないんだ」
至近距離まで接近したリュアティスは、笑みを深めてささやいた。
「僕はリュアティスさんなのに、どうして兄上は、レイテリアスなの?」
『これは、その罰』
そう告げて、彼は初めて彼女の唇にそっと口づけた。
そのあまりのやわらかさに体温が急上昇してすぐに離れたリュアティスは、真っ赤になった。
やるんじゃなかった!!
こんなの経験してしまったら、できそうな時にはしないではいられない!!
『どうしよう!』と心の中でジタバタしながら意味のない動きをしていたリュアティスは、なかったことにしてみることにした。
「今のは、罪に対する罰なので、ノーカウントってことで!」
叫んでみたものの………なかったことには、ならなかった。
☆ ☆ ☆
リュアティスに気づかれないように、そーっと寝室の扉が閉じられた。
「リュアティスのヤツ、誰に何の言い訳をしているのやら」
「いいじゃないか、カルファレス。あいつらしくて」
『のぞき見は悪趣味だよ』
「きみだって見てたじゃないか」
『そ、それは、エリスレルアが大泣きしてたから!』
「ま、そういうことにしておいてあげるから、きみの部屋で本題に入ろう」
『………やっぱり?』
紅茶に眠り薬でも混ぜてやろうかと思うレミアシウスだった。
次回予告〔空間転移〕




