55 寝てちゃダメなの?
闇業者・ヴァズフォスは、【恋人に裏切られた方、募集中!】という噂を流し、高額報酬でいろいろな依頼を請け負う闇の業者だ。
大きく分けて復讐コースと奪還コースの2種類があり、どちらのコースも対象者の近くに魔石を放り込んで転移魔法陣を発動させ、転移させてからおこなわれる。
復讐コースは復讐すれば終わり、奪還コースはどんな手段を使おうと取り戻したい人さえ依頼人のところへ戻ってくれば終わる。
つまり、本当の目的は、依頼主からは金をむしり取り、依頼の遂行と称して誘拐した対象者に好き放題し、あわよくばそっちの家からも金品を得る、というものだった。
「一度きりの依頼です。
対象は、昨日アークレルト公爵家に来た娘。
可能な限りの制裁を加えてください。
奪われた恋人を取り戻したいのです。
お請けいたただけますか?」
「報酬は?」
「金貨100枚です」
「少ないな。依頼は二つだろ? 制裁と奪還の」
制裁しても王子を取り戻せるとは思えず、少し迷った侍女だったが、戻ってこられることもあるかもしれないし、お嬢様なら出せる金額だろうと考えた。
「では、一つ100枚で、合計金貨200枚でどうでしょう?」
ヴァズフォス側の交渉係は心の中でニヤついた。
(これは、言えばいくらでも取れそうだ)
「それでいい。ただし、必要経費は別にもらうぜ?
最近魔石が高いんだ」
「……わかりました。その代わり、なるべく早くお願いいたします」
「了解した」
「前払いということでしたので持ってきましたが、金貨100枚の予定でしたのでそれしか持ち合わせていません。
残りの報酬は成功報酬で構いませんか?」
一瞬考えた交渉係は、誘拐するだけなら金貨100枚は多過ぎるくらいなので、「それでいい」と返事をした。
侍女は、セフィテアの名前もベシス家の者だということも伏せて、目的が達成されて報酬が支払われれば消滅する魔法が掛けられた契約書を交わした。
一見、正当に見えるこの契約だが、裏を返せば、報酬が支払われなければ消えないということだ。
だが、侍女にとっては薄暗い室内の雰囲気や、不慣れな交渉ということもあり、そこまでは気が回らなかった。
依頼主が帰ると、ヴァズフォスの調査部隊は早速動き出した。
あっという間に情報を集め、対象の少女が公爵家の賓客として扱われていることを突き止めた。
そしてそこに、この国の第5王子、リュアティスが一緒にいることも。
「ということは、依頼主は、ベシス家の娘か」
瞬殺で依頼主の身元までわかり、簡単すぎる依頼に、爆笑するヴァズフォスの者たち。
「これで金貨200枚に、プラス言い値の必要経費ってのは、もらい過ぎじゃないっすか?」
「何言ってやがる。
対象は、王子様とそのお相手なんだぜ?
その100倍もらってもいいくらいだ」
「簡単な依頼ほど難しいってこともある。
バレたら打ち首どころじゃ済まないしな」
「「「「「確かに」」」」」
首謀者のせいにできる範囲を越えている。
「急ぐって言ってたし、決行は今晩だ。
対象者の居場所を間違えるんじゃねぇぞ?」
「おぅよ」
そして、計画は実行された。
☆
☆
☆
そこは、昔、人を信じない大金持ちが隠れ住んでいた屋敷だった。
人目に付かないように周囲を高い木々で囲んであるその屋敷は逆に目立っていたが、持ち主が途絶えてから数百年の時は優に過ぎていてところどころ崩れており、王都の中心地から外れていたため買い手も付かず、幽霊屋敷と呼ばれていた。
「おいおいおい! 王子様付きだぜ!」
ん……
「まずい! 魔力の使用禁止結界を張れ!
この王子は魔力が高いんだ!」
言いながら傍にあった短剣を掴んだ男が、リュアティスに飛びかかった。
エリスレルアを抱きしめた状態で転移先の陣に現れたリュアティスは、状況を把握する前に押さえつけられ、左腕と左太腿に、短剣で浅い傷を付けられた。
「っ!」
その間に天井の四隅に設置してある魔道具が作動し、部屋の中は魔法の使えない空間となった。
傷つけられた左腕に右手を添え治療しようとしたが、回復魔法が発動しない。
切られて血が流れているのに痛みもなく、右手を添えても触られた感触がない。
しびれ薬か!
同様に左足の感覚もなくなり、リュアティスは男に怒りのまなざしを向けた。
「大丈夫ですよ、殿下。その傷はすぐに治ります。傷跡も残りません。
おい、殿下は丁重に扱えよ!
王族に危害を加えたら、それだけで死罪だからな!」
「「おう!」」
「何をする! 放せ!」
エリスレルアから引き離されたリュアティスは、腰にベルトを巻かれ、柱に縛り付けられた。
「ボスー! 見てくださいよ、この娘!
めちゃくちゃ上玉ですよ!」
部下の一人が床で眠ったままのエリスレルアのドレスに手を掛ける。
「やめろ! 彼女に触れるな!」
リュアティスの様子から、彼が本気でこの少女のことを想っていることに勘づき、唇の端を上げる首領。
「やめろ」
「「「「え?」」」」
「やめるんですか?」
くっくと喉の奥で笑う。
「床の上じゃ、いくらなんでもお姫様が可哀想だろ?」
「何!?」
「あ~~なるほど~~」
魔法陣展開のため横に避けてあった低めのテーブルを部屋の中心に移動させ、その上にエリスレルアを横たえた。
「王子。大変申し訳ないのですが、これは仕事でね。
既に報酬をいただいているんですよ。
この、王子のお姫様に、できる限りの制裁を加えてほしい、というね」
「なんだとっ!」
「やらなければ契約違反となってしまうんでね。
しばらく見て見ぬふりをしていてください」
言いながら、短剣の切っ先をエリスレルアの喉元に当てた。
!!
「やめろ!! 眠っている無抵抗な少女を殺す気か!」
「殺す?」
そこにいたヴァズフォスの面々は顔を見合わせたあと、大笑いした。
部下たちがリュアティスの前まで来てあざける。
「こんな上玉、殺すわけないだろ」
「王子って、案外、バカなのか?」
「やー、そういう方面には疎いとか」
「えぇ? 選り取り見取りでヤりまくってそうだがな」
彼らの発言から、リュアティスにもこれから起ころうとしていることへの察しがついた。
「まさか……」
「おぅ、そのまさかだ。
お前ら、そこをどけ。王子様が見えないだろ」
再びエリスレルアの喉元に切っ先を当てる。
「やめろーーー!!」
柱に縛り付けられているリュアティスがその戒めからなんとか抜け出そうとしながら絶叫する中、短剣が胸元方向へ引かれていく。
魔力を高めてもすぐに減っていき、リュアティスは唇をかんだ。
『エリスレルア! 起きて!!』
急に黙ったリュアティスに不信を抱きながら、首領の男はドレスの裾まで短剣を引き切った。
『エリスレルア!』
『……ん……誰…………まだ眠い……』
なかなか目を覚まさないのは、暴走したからか!
「さ~て、王子。どっちが先に見たい?
上? 下?」
何だ、その質問は!!
ただでさえ、高めても高めても減少していく魔力を高めるためにいつも以上に集中しようとしているのに、心を乱されて集中し切れない。
「どっちもだめだ!!」
それを聞いた男たちは、ゲラゲラ笑った。
「この王子、面白いっすね」
「あっ! ボス! 王子に質問があるんすけど、いいっすか?」
「いいぜ」
その部下はリュアティスの前まで行き、その顔を覗き込んだ。
「質問でーす。
王子様は、この子とヤったことあるんですかー?」
「っ!?」
反射的に赤くなったリュアティスだが、怒気を帯びた視線をまっすぐ質問者に向けた。
「ボス、こりゃ、ヤってませんね。
下手すると、この子だけじゃなく、誰ともヤってないかも」
「ほーぉ、今時珍しい。
んじゃ、俺たちが見本、見せてやろーぜ。
順番的には……やっぱ、上からだよな」
短剣を置き、手袋を外した首領がその手でエリスレルアの胸元に触れた。
それを見た瞬間――――――リュアティスは激高した!
『『やめろーー!!!』』
ドォォォーーン!!!!
一気に最大値付近まで高まった魔力が大爆発し、ヴァズフォスのメンバーたちを含め、腰くらいの高さから上にあるものが屋敷もろとも吹っ飛んだ。
彼が縛り付けられていた柱も折れ、うつむいて両腕を横に少し広げると、戒めがボロボロと崩れ落ちた。
左腕と左足から流れていた血は止まり、感覚も戻っている。
ただ、魔力禁止結界の内側でそれを打ち破るほどの魔力を放出したため、リュアティスは魔力切れを起こし、膝を突いた。
意識を失ってたまるか!
顔を上げると、ローテーブルの上で眠っているエリスレルアのドレスが風圧で乱れていて、泣き叫びたくなる。
こんな不快な事件に巻き込んでしまうなんて!
救いは、エリスレルア自身は何かに守られているかように悠々と眠ったままだったことだけだった。
その彼女の髪が大量の魔力を吸収して光り輝き、エリスレルアは眠い目をこすりながらゆっくりとその身体を起こした。
『んーー? やめろって……寝てちゃダメなの?』
残っている力を振り絞って立ち上がったリュアティスは、上着を脱ぎながら近づき、それを彼女の肩に掛けて抱きしめた。
『いいえ……寝てていいです……寝ていてください』
……できることなら、今すぐ部屋に戻りたい!
『わかった~』
「リュアティスたちは無事……か?」
「リュアティス! エリス……」
二人の身体が虹色に輝いて、消えた。
次回予告〔響き渡る絶叫〕




