54 誘拐の首謀者
『リュアティス君とエリスレルアが、誘拐された!?』
『おそらくは……』
『誰に? どうやって!』
なんで彼らを?
『申し訳ございません!』
レミアシウスに向かって深々と頭を下げたネスアロフに、レイテリアスが厳しい視線を送る。
『謝る前に説明しろ。
レミアシウス、エリスレルアちゃんはあの魔法陣で強制転移させられたんだ。
あれは、闇の業者がピンポイントで要人を誘拐するために編み出した魔法陣で、使用する魔石の純度により精度が変わる。
高純度の魔石を発動地点にし、対象者がそこにいれば、九分九厘成功する。
防ぐには、魔法陣が展開される前に魔石を砕くしかないからね。
いなければ空振りに終わってその魔石は無駄になる』
ということは……
カルファレスが自分の左手の手のひらに右手のこぶしを当てた。
『つまり、狙われたのはリュアティスじゃなくエリスレルアちゃんだってことだ。
あいつを狙ったのなら、あいつの部屋に投げ込むだろうからな!
なのに、あいつまでいないってのはどういうことだ?』
『それは、その……』
ネスアロフは言いづらそうに口ごもったが、レイテリアスの鋭い視線に射抜かれて意を決し、口を開いた。
『私が、夜は長いのだから婚約者様と仲睦まじく過ごされますように、と進言したのです』
『『えっ、それって……』』
『仲睦まじくって……ええぇええ!!』
二人の王子がハモり、レミアシウスが叫んだ。
カルファレスが赤くなりながら目をぱちくりした。
『それって…その……………さ中に転移?』
『どうかな?
僕らじゃなくて、あのリュアティスだよ?
できたとしても、せいぜい隣で寝るくらいだろ。
とはいえ、やっとあいつもやろうと思えばできるところまで来たか』
その感想って……何!
レイテリアスは微笑み、レミアシウスは頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっている。
慌ててネスアロフが追加した。
『いえ、お勧めはいたしましたが、私が部屋を出てからさほど時を置かず、殿下は私を呼ばれたのです!』
え?
『なんだ……
じゃあ、リュアティスは彼女だけが転移させられるのを防ぐために……ま、抱きしめたってところかな』
『だな。
あの魔法陣での転移は、対象者にくっついていれば一緒に転移できるからな』
何か残念そうなレイテリアスとカルファレスだが、すぐに真顔となった。
『だが、早く見つけ出さないと』
『彼女の身が危ない』
『エリスレルアの?』
身代金目的とかだと、『娘が本当に無事かどうか声を聞かせてくれ!』『おとうさん!』『みよ子!』とかっていうやりとりが……
『犯人にとって、リュアティスは王子だが、彼女はただの対象者だ。
依頼内容にも寄るけど、この手の誘拐は復讐目的がほとんどなのさ。
依頼者には言わずに、リュアティスを利用しようとする可能性もあるしね』
エリスレルアに、復讐???
そんな恐ろしいこと……ていうか。
『依頼者には言わずに?
犯人たちが首謀者じゃなく、依頼人がいるってこと?』
レイテリアスに聞き返したレミアシウスの質問に、カルファレルが答える。
『あの魔法陣は、要人を誘拐するためのものだが、犯行グループが対象を決めているわけじゃないんだ。
ま、最初はそうだったんだろうが、それだと誘拐先からしか金は取れないし、失敗すれば大損する。
だが、やつらは、依頼主から金をもらって対象者を誘拐し、依頼内容を果たすと同時に、誘拐先からも金品をせしめれば大儲けできることに気づいたようだ。
これだと、誘拐に失敗しても犯行グループは得しかしない』
『依頼主には後ろ暗いところがあるから、失敗したからといって表立ってとがめるわけにはいかないしね』
なんじゃそりゃー!
『両方から取り放題ってこと?』
『そういうこと』
『それって、誘拐事件だらけになっちゃうんじゃ?』
レイテリアスがほんの少しだけ微笑んだが、目が笑っていないため、少しばかり怯えてしまうレミアシウス。
『純度の高い魔石はとても高額で、依頼主に資金を出してもらわないと割に合わない。でも、その金を払ってまで依頼する依頼人ってのは、そんなにいないんだよ』
『そっか……普通はそんな組織、信用できないか。
失敗しても損しないなら危険を冒す必要ないもんね。
下手すると、弱みを握られるだけっていう』
『そのとおり』
『……じゃあさ』
レミアシウスには一つ疑問があった。
この世界に来てからエリスレルアはリュアティス君と僕にはいろいろ迷惑をかけてるけど、ほかの誰かに恨まれるほどの問題なんて今のところ起こしていない。
『なんでエリスレルアが対象に?
僕たちが王都に来てまだ二日目だよ?
出歩いたわけでもないし、王都までの道のりで、お金持ちそうな服装とかしていたわけでもない。
リュアティス君にとっては大切な人かもしれないけど、ほかの人にとっては、通りすがりの赤の他人じゃないか』
なのに、なんで、誘拐対象に……
『まさにそこだよ』
『え?』
レイテリアスの瞳が冷たい光を帯びていく。
『リュアティスの大切な人だから。
ほかに彼女が狙われる理由がない以上、それが狙われた理由なのさ。
つまり、今回の依頼者は、ベシス家の人間だ』
『『!!』』
『ベシス家?
……って、もしかして……彼が解消したがっていた許嫁の人の家?』
『そう』
あー、なるほど!
それならエリスレルアを狙うのもわかるか。
って、でも。
『お父さんである国王が、許嫁の解消しに行かれたんでしょ?
仮にも貴族なのに、王様に喧嘩売ったりしないんじゃ?』
『普通はそうだよ。ベシス侯爵はその辺りはちゃんと心得てる。
けれど―――』
しばらく黙っていたネスアロフが口をはさんだ。
『あの方ならば、やりかねませんね』
『そうだな。リュアティスにゾッコンって感じだったからなぁ』
カルファレスが賛同する。
え、まさか……
『もしかして依頼人は、学園にいるっていう、許嫁の方!?』
子どもじゃないかーー!
なんで子どもがそんな大金をー!
って、お貴族様のご令嬢か……
……お金持ちって、怖い……
『許嫁の解消のことはまだ公になっていないから、リュアティスは、セフィテアという許嫁がいながら、ほかの子を抱きしめていることになってしまう』
えっ!?
レミアシウスの表情を読むレイテリアス。
『ああ、きみたちの世界ではどうか知らないけど、この世界だと男女ともに許嫁のほかに本命がいるのはザラだからそれほどそのこと自体は気に病むことじゃないんだ。
ただ、公にするまではリュアティスの主張があったとしても婚姻の権利はセフィテアのほうが上位。
つまり世間的には、彼女がエリスレルアちゃんに危害を加えてもある程度は正当性を認められるってことさ』
なっ……
『ま、いくら正当性があろうと彼女を許すつもりはないし、依頼された証拠を出してきたとしても実行犯どもは叩き潰すけどね。
……って、レミアシウス?』
エリスレルアに……危害を加えるぅぅーーー!?
レミアシウスにとっては、そのあとに続いたレイテリアスのセリフが耳に入らないほど、今日一番の衝撃的な発言だった。
「街が吹っ飛ぶよ!!」
『『『???』』』
思わず向こうの言葉で叫んだ彼に残りの3人は驚いた顔を向け、何と言ったのか『魔法』で言い直してくれるのを条件反射で待つ。
が、レミアシウスにとってはそれどころではなかった。
『二人を探す!』
レイテリアスの目がわずかに細められたことに気づいたが、今はそれを気にするゆとりもない。
部屋から二人も姿を消しているのにレミアシウスが彼らの話をある意味のんびりと聞いていたのは、誘拐されたとしても人質なら粗末に扱われないだろうし、テレポートできるのだから「お腹が空いたら帰ってくるだろ」くらいの気分でいたからだった。
あいつがおとなしくそんな魔法陣に連れ去られるわけないから、多分寝てるんだろう。
……起こしたくないなぁ……
『その転移って、どれくらいの範囲まで飛べるものなの?』
『あの大きさの魔法陣なら、せいぜい半径5キロ以内ってところかな』
5キロか…
ポケットから一番小さな結晶石を一粒だけ取り出す。
目を閉じたレミアシウスは、念のため、そのエネルギーも使ってエリスレルアたちを探した。
急に雰囲気が変わったレミアシウスに唖然とした3人だったが、その様子にただならぬものを感じ、気を引き締め直す。
『……見つけた!
こっちの方向にある、古ぼけて崩れそうな館の中だ!』
レミアシウスの言葉を聞いた3人は、部屋を飛び出していった。
3人の身体能力が高過ぎて、微妙に追いかける気になれない。
でも、あいつが暴走しないうちに見つけないと、もっととんでもないことになりかねない。
―――そうなる前にあいつに危害を加えようとしている命知らずを止めてくれ!
彼らを追って走りながらレミアシウスは思った。
あれ?
これって、王子様たちをこき使ってることになんないか?
☆ ☆ ☆
(お父様ったら、何もわかっていらっしゃらない)
カーテンを閉め切った暗い部屋の中でセフィテアは心を決める。
(リュアティス様はわたくしのものだったのに……)
セフィテアはセフィテアでリュアティスの動向を探らせていた。
そこからの報告で王都に帰ってくることを知り、やっと会えると喜んでいたのに見知らぬ少女をエスコートしていたと聞いてブチ切れそうになり、召使いか、単なる性処理の道具だろうと思い込むことで心を落ち着けようとしていた。
(王族ですものね、そういうこともおありでしょう。
わたくしとはしてくださらなかったけど、それはわたくしのことを大切にしてくださっただけでしょうし)
と。
それが、次の日に、まさかの許嫁解消劇である。
それも、ベシス侯爵が言っていたとおり、王自ら訪問しての正式な申し出であった。
彼女にどうこうできる問題ではなく、セフィテアは絶望に打ち震えていた。
そんな彼女の気持ちも考えず、次の候補を脳内で物色していく侯爵。
「……そうだな……ロステアス侯爵家の長男とかどうだ?
あの家は確か……事業に失敗したとかで、昨今、婚約を解消されたのではなかったか?」
「そのように聞いております」
執事が同意し、侯爵夫人がセフィテアを憐れむ。
「それは……没落してしまうことがわかっている貴族にセフィテアを?
いくらなんでも、それはこの子が可哀想では?」
「いや、あの家は上手くやれば持ち直せる。
資金援助を申し出てセフィテアを妻に据えさせれば、侯爵領は我が家のものとなったも同然。
……うむ、悪くない。
よかったな、セフィテア。お前はいずれ侯爵夫人となれるぞ。
王家の5男よりはよかろう! ハッハッハ!」
(そんな縁談、わたくしが喜ぶとでも思っているの?)
「……ありがとうございます、お父様……」
エリスレルアへの復讐に、学園の少女たちの間で秘かにうわさとなっていた復讐業者を使う決心をしたセフィテアは、信頼できる侍女を闇の業者【ヴァズフォス】へ使者として送り出した。
次回予告〔寝てちゃダメなの?〕




