53 転移魔法
『ここが僕の部屋』
そう聞こえたあと、扉が開く音がして人の動く気配があり、扉が閉められた。
少しだけ待ってネスアロフが様子をうかがうと、廊下には誰もいなかった。
彼が合図を送ると、数名の使用人と侍女たちがタオルとか毛布とかバケツとか、それぞれ必要そうな物を持って音もなく現れ、エリスレルアの部屋に入っていく。
最後にネスアロフも入って扉を閉めた。
部屋の中はいろいろな物が壊れて散乱しており、一瞬不安になったネスアロフだが、壁際にいるリュアティスは一見したところ無事だと感じられたので安堵した。
侍女たちはさすがにプロで、表面上はさして驚くこともなく、黙々と室内を片付けていく。
普段は、既に掃除が終わって準備が整った部屋しか見ることのないリュアティスは、音がしそうな割れ物などを布で包むことで極力音を立てないようにしたり、倒れた燭台のろうそくを新しい物に取り換えたりして、素早く片付けていく様子に、感動していた。
隣の部屋では王子二人とレミアシウスが話をしている。
大きな音がすれば気づかれて、彼らはここに来るだろう。
その彼らにこの状態を見られたら、どうしてこうなったのかを説明しなくてはならなくなる。それは、エリスレルアの『力』を知られる危険性が高まるということにほかならない。
壁が厚くてよかった。
ちなみに、壁に埋め込まれている室内灯は光魔法の魔道具で、風が吹き荒れている間は明るくなったり暗くなったりしていたが、今は普通に点灯している。
ネスアロフが彼のところまでやってきた。
「殿下、お怪我は?」
「ない」
「なぜこのようなことに?」
「それは……その……………彼女にわかるように婚約者の説明を……」
「婚約者の説明?」
「……彼女が勘違いしていたから、婚約者とはこういうものだと……」
少しだけ赤くなりながらリュアティスが言葉を発していると、ネスアロフは驚いたように目を見開いた。
「実践されようとなさったのですか!」
……え……
「そんなこと、しようとするわけないだろ!」
リュアティスは真っ赤になって横を向いたが、あれはそうだと言われても反論できないな、とも思っていた。
「殿下、そのように恥ずかしがられることではございません。
殿下は来年には16歳におなりになるのですから、そういうお気持ちになられるのは、至って普通のことなのです」
そういう気持ちって、なんだ!
僕はただ、リルちゃんに負けているのが悔しくて抱きしめてしまっただけで!
……って、こんな動機、もっと恥ずかしいな……
とても満足げにニコニコ笑っているネスアロフがうっとうしくなり、リュアティスは、片付けている使用人たちのほうを見た。
壊れた家具や備品が運び出され、破片等もきれいに掃除されていく。
めちゃくちゃだった部屋は10分ほどできれいに片付いた。
ただ、代わりの家具を持ち込む時間はないので、寝室のほうからそれなりに調度品を取ってきて整えた。
「助かった。ありがとう」
リュアティスが礼を言うと、使用人たちは深々とお辞儀した。
次々と部屋を出ていく。
最後にリーダーがお辞儀をして部屋を出ていった。
「では殿下。
私は損害の補填について公爵とお話しする準備がございますので、ごゆっくり」
ごゆっくり?
「僕も部屋に戻るよ」
そう言って、扉へ向かう自分に付いてきたリュアティスを、ネスアロフが押しとどめた。
「何をおっしゃっているのです。夜はまだまだ長いのですよ?
実践のチャンスはいくらでもあるではありませんか」
何を言っているんだ、こいつは!
「僕は、実践とかしようともしていないし、するつもりもない!」
苛立ち気味に叫んで横をすり抜けようとした彼の腕が掴まれ、引き戻される。
「手を放せ!」
「殿下!
実践なされるかどうかはともかく、部屋があのような状態になってしまうほど、お心を乱された婚約者様を、このまま放っておかれるおつもりですか!」
!!
「……それは……」
「少なくとも、お目覚めになられた時にお傍にいらっしゃらないと……
リルちゃんには、永遠に勝てません!」
!!!
リュアティスが肩を落とす。
「……そうだろうか?」
「そうです」
肯定しながらも、ネスアロフは何とも言えない複雑な気持ちになっていた。
(殿下の恋敵が、あの、リルテという幼女とは……)
「……わかった。しばらくゆっくりするよ」
「はい。
部屋の外におりますので、何かあったらあのような状態になる前に、お呼びください」
「うん」
外に出て扉を閉じ、横に立つネスアロフ。
(誰か、彼女のほうを後押ししてくれるものはいないのだろうか……)
ネスアロフに言われて部屋の中に留まったものの、リュアティスはどうしたものかとしばらく突っ立っていた。
「目覚めた時に傍にいないと、と言っていたな」
ひとまず、彼女の寝室に入る。
入ってみたものの、近づき辛い。
ネスアロフがあんなこと言うからだ!
やっぱり出よう、と扉のほうを向いた時、窓ガラスが割れた。
振り返ると、彼女が寝ているベッドの上にガラスの破片と一緒に何かが転がっている。
魔石だ!!
反射的に身体が動いて魔石をなんとかしようとしたのだが間に合わず、それを中心として魔法陣が広がっていく。
「くっ!」
彼女だけを連れていかせるものか!
リュアティスは、咄嗟にエリスレルアの身体を抱きしめた。
『ネスアロフ!』
その瞬間、魔法陣とともに二人の姿は寝室から消えた。
(殿下!?)
ただごとではないと、部屋に飛び込んだネスアロフだが、そこには誰もおらず、「失礼いたします!」と声をかけて入った寝室にも二人の姿はなく、ベッドの横に石が転がっているだけだった。
ベランダへ出てみようと寝室から出た時、レイテリアスたちが駆け込んできた。
「ネスアロフ! 何があった!」
「彼女はどこだ!」
「エリスレルア!
#、□#、□※□※@##▽□#@@☆※!
△○@#、#○#※@#※□。
#※○○○○@□##▽#@、△○▽□△○@##」
「「「えっ???」」」
レイテリアスにはレミアシウスが何と言ったのか、内容は全然わかっていなかった。
だが、緊急事態が発生しているというのに声の雰囲気に緊迫感がまったく感じられず、なんだか緊張が解け、あることに気づいた。
「あんなにしゃべていたのにきみの声を聞いたのって、これで2度目だよね?
カルファレスの前で婚約者の話題をごまかそうとした時と、今の」
レミアシウスもハッとする。
『そういえば、そうかも……』
(僕自身も、何の違和感もなく普通にしゃべってる気分になってた。
『魔法』の使い過ぎ?)
「なんか……頭の中に話しかけられているのに自然過ぎて……怖いな」
この物語をお読みいただき、ありがとうございます!
次回予告〔誘拐の首謀者〕




