52 優先順位
廊下を移動しながらリュアティス君に彼らのことを聞いてみる。
『てことになったんだけど、彼らって、なんか、ごまかせそうじゃないんだけど』
『カルファレス兄上はともかくレイテリアス兄上をごまかすのはまず無理ですね。
言うなら真実を、言わないなら「これ以上は言えません」と言うほうがまだいいです。
ごまかそうとすると誘導尋問に引っ掛けられて、全部しゃべらされますよ』
こわっ!
『まあ、今回彼らが聞きたいのは、たぶん、きみとエリスレルアの婚約についてだと思う。夕食前に会話の流れで、エリスレルアが「婚約者って何?」って僕に聞き返したんだよ。
向こうの言葉でしゃべってたから何を言ったのかはわかっていないだろうけど、話の流れとあの子の表情と……僕のうろたえぶりで、何かを感じたようなんだ』
リュアティス君からの返事が遅い。
たぶん、笑ってるんだろうな~。
『それだと、兄上は本当に婚約したのかどうかを疑っている可能性があります。
下手なことを言うと、彼女に確認しようとするでしょう』
『僕もそんな気がする』
それにしても、こんなに早く、婚約を認める条件のうちの1番が起こるとは。
しかも、一番厄介な相手の前で、エリスレルアに質問されちゃうとはーー!
『あ、エリスレルアは?』
レミアシウスは、ふと気になって聞いてみただけだったのが、リュアティスが答えるまでに、少し間があった。
リュアティス君?
『……実は……僕も彼女に「婚約者って何?」と聞かれて……今、彼女の部屋の中がめちゃめちゃなのです』
えぇっ!
部屋の惨状が頭をよぎってレミアシウスの足が止まる。
『ん?』
『どうしたんだ?』
『いえ、ちょっと……』
レミアシウス的にはよくあることで片付け慣れてはいるのだが、ここは公爵の屋敷だ。
『僕が公爵かレステラルスさんに連絡を取って人を手配してもらうから、扉が開くようにだけしておいて』
『わかりました。すみません』
「ハック…シュン!」
『ごめんごめん。何か、鼻がムズムズしちゃって。
こっちだよ』
僕の部屋のほうが手前でよかった。
歩きながら、公爵にエリスレルアの部屋の片付けの手配を頼み、ついでにレイテリアスとカルファレスがレミアシウスの部屋に来ることを告げた。
しばらく歩いて扉の前に立った。
『ここが僕の部屋』
扉を開けて二人を中に入れる。
『適当に座ってて。
お茶を入れるけど……きみたちはお酒のほうがいいのかな?』
食事中の歓談のお陰で会話するだけならだいぶ慣れ、緊張しないでしゃべれるようになっているレミアシウスは、隣のことが気になって仕方ないのだがそれは口にできないので、お茶をいれて落ち着くことにした。
『なんでもいいよ』
『俺も』
この人たち……
『……王子様って、お酒飲んでも、酔わないものなの?』
『量によるかな。
あの程度で酔ってたら、それこそ、誰に何を約束させられるかわかったもんじゃないからね。
自衛手段として、小さい頃から慣らされるんだよ』
『大変なんだね』
平然と答えるレイテリアスに、レミアシウスは心から思った。
王子じゃなくてよかった。
―――にいさんは、王子じゃないけど……もしかして、大変だったのかな?
お湯が沸いたので紅茶をいれ、テーブルまで運ぶ。
『どうぞ』
いれられた紅茶のカップを手に取り、レイテリアスはそれを見つめた。
『きみ、これ、どうやっていれた?』
一瞬、なんのことだろうと思ったレミアシウスだったが、『力』でお湯を沸かしたのを思い出した。
『ああ、魔法だよ』
『魔法?』
『うん。
向こうの世界の魔法だから不思議に見えたかもしれないけど、そんなに難しくないんだ。
根本的にここの世界の魔法とは違うから、教えることはできないけど』
『ふーん』
紅茶を一口飲んだレイテリアスが、目を見張った。
『これ、きみがいれたんだよね?
どうやった?』
『だから、魔法で―――』
『そうじゃない!』
カップを置き、レミアシウスの腕を掴む。
『え?』
『是非、僕と一緒に来て、毎朝僕のために紅茶をいれてくれ!』
『はあ??』
『レイテリアスー!』
カルファレスが二人の間に割って入り、レミアシウスを自分の身体でかばった。
『わがままを言うな!』
そのまま顔だけレミアシウスのほうを振り返る。
『すまない。
こいつ、根っからの紅茶好きで、いつも最高の紅茶を探し求めているんだ』
『わがままじゃない!
お前も飲んでみろ、すごいから!』
すごいのは、師匠です。
渡されたカップを手に取り、一口飲んだカルファレスは、カップを持ったまま回れ右をして片膝をついた。
『僕のところに来て、毎朝紅茶をいれてくだ―――』
スパーン!
レイテリアスに頭をはたかれ、彼は最後まで言わせてもらえなかった。
漫才? いや、コント?
おかしなコンビだな~。
『メインテーマはさておき、きみが隠していることを話してくれ』
紅茶のほうがメインなのか!?
『別に隠してることなんて、ないと思うけど』
レミアシウスは冗談抜きで『何の話をしにここに来たんだっけ?』と思った。
それが伝わったのか、レイテリアスが苦笑しながら聞きたいことを口にした。
『彼女、婚約者の意味がわかっていないような気がしたんだけど』
ああ、そうだった。
『えっと、それは……』
『その前に、紅茶、おかわり』
『俺も』
ガクッ
二人分の紅茶をいれ、椅子に座った。
『確かにエリスレルアは婚約者の意味をわかってないよ。
それどころか、恋愛もわかってない。
本当に子供なんだ』
『それじゃあ、婚約できないんじゃないか?
な、レイテリアス』
『そうだな。本来、婚約は二人の合意に基づくものだ。
でも……それでもいいって、リュアティスが言ったんだね?』
『うん。
意思確認ができるようになるまで待つけど、あの子のことしか想えないのに、別の許嫁がいるのが嫌だって』
『やっぱりね』
レイテリアスはそれだけで納得したが、カルファレスはそうはいかなかった。
『え? え? どういうことだ?
確認できないのに、許嫁の解消のために、婚約を偽装するってことか?
えー? あんな可愛い子、そんなことに使うなんて、あいつ、許せん!』
『ち、ちが―――』
『違うよ、カルファレス。
今の彼女に合意を得ることはできないけど、婚約したいほど彼女のことが好きだから許嫁を解消してくれって、父上に頼んだってことさ。
あいつは真面目っていうか、お子様っていうか、恋愛経験がほぼ皆無だから、本気で好きな人ができたのにほかに許嫁がいるってことが、二股かけてるみたいで嫌だったんだろ』
カルファレスが腕を組んだ。
『つまり……どうしても許嫁を解消したくなって、それをベシス家に了承させるには婚約済みのほうが話が早いから、彼女を婚約者にしたってことか?』
『婚約者にしたっていうより、その立場にしたって感じかな?
彼女が同意してるわけじゃないから、厳密には婚約者じゃないからね。
で、彼女をその立場にすることを、きみが承諾したってことだよね?』
そう! そのとおり!
『すごいね、きみ』
『フフフ……おかわり』
……飲み過ぎなんじゃ? まあいいけど。
レイテリアスが微笑みながら紅茶を飲んでいる隣で、カルファレスは難しい顔をしていた。
『でも、それって紙一重じゃないか?
話を全部聞けば、リュアティスってなんて一途なやつなんだ、って感じだが、やってることだけ見たら、許嫁解消のために婚約を偽装してるだけにしか見えないっていうか……』
『そうだな』
そうなんだよね。
でも……
『けど、そう思われてしまうリスクがあっても、リュアティスは彼女への想いを優先したってことさ。
……自分のことを好きになってくれるかどうかもわからない彼女へのね。
だから承諾したんでしょ?』
!!
『えっ?』
『……そうだよ』
ホントにすごいな。
この人、訓練すれば、リュアティス君がやってる『通信』じゃなく、僕たちが使ってるテレパシーが使えるようになるんじゃ?
『エリスレルアが答えられるようになるまで聞くのは待つし、その時選んでくれなかったらあきらめるとか、自分に対してそういう気持ちがないってわかっているから婚約したい人がいることにするしかないだけで、ほんとはしたいんだ、なんて言われて、断れる?』
僕には無理。
『無理だね』
『無理だな。
てか、あいつ、そんなこと言ったのか!
すごいな! 見直した!!』
あ……ごめん、リュアティス君……
『だからさ!
今回の、このパターンが、一番困るんだよ』
この一言だけで、レイテリアス君にはわかったっぽい。
『あー、だからあの時、慌てふためいていたのか』
ふためいた、まではいってないと……
『あの時?』
『僕がお前に彼女を紹介した時、彼の態度が変だったろ?』
『そうか?』
そうです。
偽装婚約だと思われたんじゃないかって焦ったんだよー。
なんとか質問に答えられて、レミアシウスが一息ついていると、レイテリアスが軽く伸びをした。
『じゃ、ついでにもう一つのほうも聞いておくか』
『もう一つ?』
紅茶のカップを片手に、彼は、レミアシウスを見つめた。
『きみたちは、本当に召喚されたのか?』
『えっ?』
突然、来た、これ!
ただ、この質問だけは何度もシミュレーションをしていたレミアシウスは、そこまで慌てずに済んだ。
これは、エリスレルアにも秘密にしていることだから、聞かれても動揺しないで受け答えのできる質問だったのだ。
『そう聞いてるんだけど……違うの?』
レイテリアスが、真偽を見定めようとレミアシウスを見つめていると―――
カシャン!
どこかのガラスが割れた。
『隣だ!』
『おう!』
『えっ?』
音だけで場所がわかるの?
隣だと言いながら廊下ではなくベランダに飛び出した王子二人に付いていくレミアシウス。
その彼らの目の前で、壁から外へはみ出した不思議な模様が広がって消えた。
次回予告〔転移魔法〕




