51 光の塊
エリスレルアの部屋のベランダで、リュアティスは西のほうにまだ明るさの残る夜空を見上げていた。
東の空には、『1年間毎日同じ時刻に願いをかけ続ければその願いは叶う』と言われている星が昇っている。明るくて見えない季節には、その星を思い浮かべながら同じ時刻に祈るのだ。
「1年は、長いよな」
彼女がこの世界に来てから、まだ2ヶ月も経ってない。
最近、夜になると、空ばかり見ている気がする。
遠距離通信をするしかなかった頃に、いつも夜空を見ながら話していたからだろうか?
エリスレルアは星を見ているのが好きだ。
夜は集中しなくてもたくさん見えるからとても楽しい、とよく言っていた。
……僕のことなんて、あの星のひとつより、小さい存在なんだろうな……
思ってから、ハッとして、真っ赤になった。
レミアシウスの『王子様の甘い言葉、来たー!』という幻聴が聞こえたのだ。
いや、思うくらい構わないだろ!
言わなければいいんだ! 言わなければ!
リュアティスが彼女の部屋に留まっているのには理由があった。
それは、少し前のことだ。
夕食後、エリスレルアの部屋の前で話していた時、彼女に聞かれたのだ。
『ねぇねぇ、リュアティスさん!
少し前に、レイテリアスさんに、私はリュアティスさんのコンヤクシャだって、カルファレスさんに紹介された感じがしたんだけど、コンヤクシャって何?』
と。
その問いに、彼は。
『何だったかな?
ちょっと思い出しますので、少し待ってください』
と答えてしまった。
つまり、答えなくてはならなくなってしまった。
とりあえず、廊下でこの話題はまずいと思い、彼女の部屋に入る。
すぐに出ていくつもりだったので、立ち話でいいか、と、4,5メートル中に入ったところで立ち止まった。
何と答えればいいんだろう。
将来結婚する相手だ、なんて言うと『ケッコンって?』となるのは確実だ。その問いに、夫婦となることだ、と答えたら『フウフって?』と聞かれるんじゃ……
辞書で調べてください!
と言うわけにはいかないし……
彼女はこの世界の文字が読めないのだから。
目の前で返答を持っているキラキラした瞳に、リュアティスは思い切って、素直な気持ちをぶつけてみることにした。
何か変な誤解をされたら修正すればいいだろう、という軽い気持ちで。
「婚約者とは、何があってもずっと傍にいたい人のことです。
僕の婚約者、というのは、僕にとって、あなたがそういう人だということです」
本当は、あなたも僕のことをそういうふうに思ってくれていないと、婚約者とは呼べないのですけれど。
『なるほど!』
!? わかってくれたのか?
そう思って、うれしくなったリュアティスだったが。
『ということは、おにいさまとかリルちゃんは、私のコンヤクシャ?』
『違う!!』
強い否定に、エリスレルアがびっくりしていたが、それを気遣う余裕がリュアティスにはなかった。
……僕は……
―――あなたのコンヤクシャの中にも入れないのか?
絶望的な想いに打ちのめされて、彼の中に激情が湧き起こる。
その感情に突き動かされ、リュアティスは、思わずエリスレルアを抱きしめて叫んだ!
「こうやって、ずっと抱きしめていたい人のことを、婚約者って言うんだ!!」
突然の感情の洪水に、驚いて固まるエリスレルア。
その心の中に、激しい想いが流れ込んでくる。
それは、まぶし過ぎる光の塊となって彼女の胸の奥をいっぱいにし、それでも止まらずあふれ出す。
初めて見たその激しい光が怖くて、その塊をはじき出そうとしたエリスレルアだったが、どこかで似たような、でも、もっと優しい光を見た気がして、止まった。
(どこだっけ?)
圧倒的な光の中で、ゆっくりと時が流れる。
そしてそれが、遊園地で一瞬だけ感じた『光』だったことを思い出した。
〈〈〈どうかこちらに来てください〉〉〉
エリスレルアは『あれは、あなたの光だったの?』と聞きたかったが、強く抱きしめられていることでリュアティスの全身から伝わってくる熱い想いが負荷となって言葉にすることができない。
恋愛感情に目覚めていない彼女が受け止めるには、彼の想いは大き過ぎたのだ。
許容量を大幅に超えている『想い』をどうすればいいのかわからなくて、エリスレルアは、リュアティスの身体を抱きしめ返して泣き出した。
「うあぁぁーーーーん!!」
泣くことで発散している彼女の周りに、虹色の風が巻き起こる。
えっ!?
激情のままに抱きしめてしまったリュアティスだったが、自分のことを抱きしめ返しながら大泣きしているエリスレルアに、我に返った。
「あ……」
「うわーーーん!!」
慌てて抱きしめていた手をほどいて離れようとしたが、リュアティスの胸に顔をうずめながら泣いているエリスレルアに抱きしめられていて離れられない。
暴風の中心にいる二人の周囲で強風が吹き荒れ、調度品がその風に乗って飛び回り、部屋の中がどんどんめちゃくちゃになっていく。
これは、危険だ!
「エリスレルア! 落ち着いて!」
抱きつかれているというのに、声をかけても聞こえている気がしない。
『落ち着いて! お願いだから!』
『『リュアティス!! うわあぁん!!』』
発散しているお陰で幾分か弱まっているとはいえ暴走テレパシーが直撃して意識が飛びそうになるのに耐え、大きく息を吸って吐いたリュアティスは、今度はふんわりと抱いた。
『……落ち着いて。
………………驚かせてごめん』
『リュア……リュアティス……』
「うぇ……ぇぇん…………グシュ……」
彼女が泣きやんで抱きしめていた手の力が緩むと、虹色の風も治まった。
飛んでいた物が床に落ちて静寂が訪れる。
……ホッ……
『ゴメン…なさい……光の……かたま…り……わからな……どしたら…………』
光の、かたまりって……塊?
何のことだろうと思いながらも、もう一度深呼吸するリュアティス。
「○△#、○□※##@、□△。
####、#####△□、@@」
涙に濡れた瞳を開いてリュアティスを見上げ、まばたきを数回繰り返したあと、エリスレルアは微笑んだ。
「ありがとう、ござい、ます」
彼女の身体の力が抜け、リュアティスの腕からすり抜けて落ちそうになり、咄嗟に抱き留めた。
……寝てる……
抱き上げて部屋に付いている寝室へ運び、ベッドに横たえた。
その端に腰掛けて、エリスレルアの髪にそっと触れる。
激情にかられて驚かせてしまったけど、少しだけでも伝わっているといいな。
「せめて僕も、コンヤクシャの中に入れてほしい」
誰か、リルちゃんに勝つ方法を教えてくれ。
しばらくそのまま寝顔を見つめていたリュアティスだったが、再び彼女を抱きしめたくなってきて、その場を離れた。
自分の部屋に戻ろうとしたのだが、部屋の中がめちゃくちゃで、扉の前には本棚が横倒しになっていて本が散乱し、片付けないと内開きの扉が開けられない状態になっている。
すぐに片付ける気にはなれず、リュアティスは廊下ではなくベランダを選んだ。
「……だが、ずっとここにいても仕方がない」
扉の前だけでも片付けて、その他の片付けの応援をネスアロフに要請しよう。
壊れた物もあるから、おじいさまにも謝らなければならないし。
部屋の惨状を改めて見て、ある心配が浮上する。
―――条件の2番に抵触してしまったのでは……
いや、僕はただ抱きしめただけで、手を出したわけでは……出したのかな?
婚約条件の2番がグルグルと頭を巡る中、散らばっている本を片寄せていると、レミアシウスの『声』が聞こえてきた。
『リュアティス君』
!? もうばれた?
次回予告〔優先順位〕




