44 秘かに交わされた約束
「その条件、すべて飲みます。
いいですよね? 母上」
「えぇ」
「おじいさまも」
「……仕方あるまい」
夕食後に時間をつくってもらい、公爵の部屋にリュアティスとリンシェルアを呼んでもらってレミアシウスがした提案は、あっさりと受け入れられた。
アークレルト公爵はこの話を聞いた時、最初、少しばかり複雑な心境だった。
一人娘であるリンシェルアをことのほか愛していた彼は相手が王族であろうと、いや、王族であればこそ、結婚させる気などなかったのだ。
だが、リンシェルアが当時の王太子であるアルデラフト・シュテリアムと恋に落ちてしまい、彼女が子を産んだ場合、姫か何番目かの王子を跡取りにするという条件で婚姻を許した。
今の王太子である第1王子、ルオレアス・サレストアを跡取りにすることはさすがにできないので、公爵は、リュアティスを跡取りにと考えていたのだ。
だから、昨日の夜、リンシェルアから、リュアティスが子を成すことができるかどうかもわからない異世界の人間と婚約しようとしていることを聞き、反対しようとしたのだが、相手がリュアティスの制限のない召喚に応えてきた者だと知って、考えを改めた。
彼の妻も制限のない召喚で異世界から呼び寄せられた人だったのだ。
ただし、エリスレルアのように自力で渡ってきたのではない。
ある時、彼が召喚しようとしていたものと一緒に世界を渡ってきたのだ。
本来、制限のない召喚は普通の召喚に紛れて発動し、対象者はまるで巻き添えにあったかのように召喚される。
リュアティスの場合のように、普通の召喚部分が破棄され、制限のない召喚だけが残ってしまうというのは、極めて珍しい現象であった。
リンシェルアもレステラルスから話を聞いた時点では、エリスレルアもそうやってこちらに来たのだと思っていたのだが、リュアティスが「詠唱を破棄した」と言ったので、彼女が自ら壁を越えたことに気づいたのだ。
『ホントにいいの? こんな条件で』
「えぇ。
どれも妥当な条件だと思いますし。
ただ、一つだけ、こちらの希望を聞いてください」
『何?』
大きく息を吐いたリュアティスは、まっすぐにレミアシウスを見つめた。
「一度だけでいいので、僕と一緒に父と会っていただきたいのです」
『えっ……と……謁見?』
「いえ、そのような仰々しいものではありません。
ただお会いしていただくだけなのです。
本当は父を呼び寄せたいのですが、さすがに30日近くも城を離れるわけにはいかないので」
『片道十数日かかるのでしたね』
「はい。
場所は王城でなくてよく、王都にある公爵家の別邸で構いません。
……兄上がどうされるのかが気がかりですが」
レミアシウスは、少しだけ考え込んだ。
心情的にはOKを出したいのだが、こちらにも気がかりなことがあるのだ。
この部屋には、それができることを知っている者しかいないので、素直に聞いてみることにした。
『リュアティス君と一緒に移動するのでない限り、あいつに十数日の馬車の旅をすることなんて、できないと思います。
きみと一緒に移動していても、「リルちゃんと遊ぶ!」とか言って、突然ロドアルさんの家にテレポートしてしまうことだってあるかもしれませんし、お会いする約束の時間にどっか行っちゃってるかもしれません。
そのような場合、約束の時間に家にいないことになりますけど、それでも構いませんか?』
「「「!!」」」
3人集まって、ひそひそ話を始めた。
レミアシウスには、断片的に、『構わないのでは』とか『大掛かりになって目立つ』とか『部屋を指定すれば』とかが聞こえてくる。
まあ、さすがに王様と会っている最中に飛んで行ったりはしないだろうけど。
『あ、それから、エリスレルアが何か家事の手伝いをしようとするかもしれませんが、できればやめさせたほうがいいです。
特に料理は』
3人がレミアシウスのほうを同時に見た。
リンシェルアがおずおずと口を開く。
「それは…料理ができないとお聞きした時に使用人がするからいいと、言いましたよね?
それを手伝うのもだめということかしら?」
『そうです。
食材や食器類、調理道具などが壊滅的な被害を受け、最悪の場合、爆発してしまいます』
「「「!!!」」」
少しオーバーかもしれないけど、これくらいは言っておいたほうがいいだろう。
でないと、危険だ。
『温める系の料理でなければ、まだマシなんですけどね』
エリスレルアの一番得意な料理は、かき氷だ。
水を凍らせて細かく砕くだけだからだ。
つまり、シロップはレミアシウスが作っている。
『リュアティス君とリンシェルアさんは体感されていますよね?
あの子の『力』を。
あれ、彼女が制御できればそんなにひどいことにはならないんですけど、感情に左右されやすくて、そうなると抑えが利かなくなるのです』
レミアシウスは、言外に『それでも、本当に、婚約されるのですか?』という思いを込めて話している。
それは、『あきらめるなら早いほうがいいよ』という忠告だけでなく、『無理をすると世界を越えなくても大きな被害を出してしまいますよ』という警告であり、最大限の配慮である。
エリスレルアと婚約したいなんて、僕には恐ろしくて考えもしないことだけど。
そう思いながら反応を待っていると、リンシェルアが目を閉じてリュアティスに話しかけた。
「リュアティス~、こんなこと言いたくないけれど、婚約するの、見直す?」
目を開けた彼女が、ちらっと彼に視線を送ると。
「見直しません!」
リュアティスはきっぱりと言い切った。
「それくらいで見直すくらいなら、条件を聞いた時点で見直しています」
ありがとう。
大きく深呼吸して、レミアシウスは3人それぞれに視線を送りながら宣言した。
『その他の注意点は、追々話すとして、僕としてはこの婚約、というか、婚約したい相手として、エリスレルアを指定することを認めます』
「「「おおーー!」」」
「よかったな! リュアティス!」
「よかったわね!」
「ありがとうございます、おじいさま。母上」
微笑んでその様子を見ていたレミアシウスは、表情を引き締めて付け加えた。
『これだけは、本当に、心してくださいね!
この婚約は、僕が勝手におこなったものです。
エリスレルアも、兄も、まったく知りません。
彼らのどちらか一人でも反対すれば、たぶん壊れてしまうでしょう。
それでもよろしいのですね?』
リュアティスも真顔に戻り、レミアシウスを見つめ返した。
「はい」
ふうぅ~~~
緊張したーー!
娘が彼氏を連れてきた時のパパの気持ちを、この年で味わうなんてーー!!
こんなの、にいさんの役目じゃんかー!
ていうか………にいさん、怒るかなぁ………
もっと面倒な事態に陥る前に、迎えに来てくれないかな~。
『それじゃ、レステラルスさんも交えて、今後のことを話し合いましょう』
「はい」
「えぇ」
「うむ」
仕方ないよね。
これが、ここで平和に暮らしていくために、今できる最良のことだと思うから。
次回予告〔かすかな動揺と久しぶりの頭痛〕




