42 衝撃的な出来事
「こんにちはー!」
さすがのリンシェルアも、表情が抜け落ち、頭の中が真っ白になった。
何度か経験しているリュアティスでさえ、まさかここにエリスレルアが現れるなんて思いもしていなかったので、息をのんで固まった。
一人エリスレルアだけが、ちゃんと着けたことを喜んでにっこり笑い、ここの言葉で挨拶をしたのだが、その表情が心配そうなものに変わった。
『……リュアティスさん。リンシェルア、病気?』
はっ!
僕まで呆けている場合では。
『いえ、母上は、あなたが突然現れたので驚いておられるだけですよ』
「母上、お気を確かに!」
魔法陣の外から声をかけると、リンシェルアの金縛りが解けた。
「……え……ええ…………今日、一番の衝撃だわ……
これも彼女の『魔法』なのかしら?」
「そうなのです。僕も時々卒倒しそうなくらい驚かされます」
『だって、リンシェルアが、私に会うのを楽しみにしてたのに! って……』
「え……えっ……ええ……そうね。
お会いできてうれしいわ」
『私もー! じゃなくて、リンシェルア、病気?』
優しく微笑むリンシェルアに笑顔を返したエリスレルアだが、またすぐ心配そうな顔に戻った。
「え?」
『波長が不安定で、色も元気そうじゃないから、病気でしょ?』
言いながらリンシェルアに近づいていくエリスレルア。
あ。
彼女が言っているのは、母上の胸の病気のことか。
リンシェルアもそれに気づいたようで、魔法陣の端から離れた。
「私に近づいてはだめよ、エリスレルアさん。
うつるかもしれないから」
『うつらないよー』
一応立ち止まったエリスレルアは、悲しそうに横を向くリンシェルアをじっと見つめた。
『―――毒?』
「「!!!」」
『どうしてリンシェルアの中に毒の塊があるの?』
「……それは……」
「私が話すわ」
言葉に詰まるリュアティスに、弱々しい微笑みを向けて、リンシェルアはベンチに腰掛けた。
「私には、リュアティスのほかにもう一人、リュアティスより8歳年上のルオレアスという息子がいるの。
その彼が18歳の時、卑劣な罠にかかり、ごく少量で致死量となる猛毒をその身に受けたのよ。
ご丁寧なことに、その毒には毒消しの薬とか魔法とか、とにかくその毒を消し去ろうとすると、毒を受けた者がほんのわずかな時間で死んでしまうという呪いがかけられていたの」
『ノロイって何?』
「んー……そうなるように悪意を込めて願ったもの、かしら」
『どうしてそんなことするの?』
「どうしてかしらね。
そんなことをしても、悲しみの連鎖を生み出すだけなのに」
エリスレルアの素朴な問いに、リンシェルアは本当に悲しそうに目を伏せた。
「呪いを解かなくては毒を全て消してしまうことができない。
けれど、それにはある程度時間が必要で、解ける前に全身に毒が回ってしまい、結局彼は死んでしまう。
しかも、毒を受けた者を確実に死に至らすほどの強い呪いなのに、呪われているのは毒だけだから、その制作者へ跳ね返すこともできなかったの」
術者への呪詛返しは呪詛された者しかできないからだ。
「そのおかげで、呪いごとその毒をこの身に移せたのだけれど。
身体への影響を最小限に抑える魔法をかけてね」
「……母上……」
自分に移す際、リンシェルアは、ルオレアスの身体の中から毒をなくそうとしている、ということで『毒を全て消す』という条件を満たしてしまうのではないか、ということだけが気がかりだったのだが、毒自体を消そうとしたわけではなかったため条件を満たさず、彼は無事だった。
もしも捨てるために取り出そうとしていたら、条件を満たして彼は亡くなっていただろう。
そして、人にしか効かない毒だったので、他の生き物に移す行為も捨てるのに値すると考えられるためにそれもできず、リンシェルアの身を案じて自分に毒を移してくれとの申し出が何件もあったが、それは彼女が拒否をした。自分のために申し出てくれた者に毒を移すことなど、彼女にできるはずがなかったのだ。
片手を胸に当てるリンシェルア。
「この毒を消してしまおうとすると呪いの効果が発動し、あっという間に私は死んでしまうわ。
でも、消し去ってしまおうとしなければ大丈夫なの。
封じ込めている部分から少しずつ漏れているものを浄化するくらいならね。
ただ、封じ込めるのに魔力を使い続けていなければならないし、猛毒なのでそこから漏れ出した毒はすぐに浄化する必要があるの。
この、緑色の光はそのためのもので、この中にいればかなり楽なのよ」
『ふーん』
兄上が摂取した毒はわずかな量だが、それが極力漏れ出さないように母上は相当無理をしておられる。
そこはまさしく毒の病巣であり、極微量ではあるがそこから漏れ出す浄化される前の毒に徐々に肺をむしばまれている。なのに治療することができない。
それが明らかになった時の兄上の慟哭を、僕は忘れられない。
アークレルト公爵は、ある意味安定している今なら呪いを解けるのではないかと解呪できる者を探しているのだが、解呪自体が毒を消す行為につながるとみなされてしまうのではないか、と皆恐れ、誰も解呪しようとしてくれないのだ。
『ということは……そうなるように願いを込め直せばいいのね!』
「「えっ?」」
『毒に、消そうとされたら殺しちゃえっていう願いが込められているんでしょ?
地球のドラマで見た、あれね!
えっと……やられる前にやれ!』
「(どらま?)え、ええ、そうだけど…」
『でも、それをされるとリンシェルアが死んじゃうから、それはやめてってお願いすればいいのよー』
そんなの、みんな、ずっと前から、それこそ、心の底から願ってる!
そう叫びたかったリュアティスだが、なぜだかそれを口にすることができなかった。
エリスレルアが胸の前で両手の指を組んで目を閉じると、彼女の周囲に風が巻き起こり、その身体が虹色に輝き出した。
〈〈毒よ! そんな願いを聞くのはやめて、あなたが消える時、その方を全快させていきなさい!!〉〉
そう言って両手を広げると、リンシェルアの身体が光り輝いた。
彼女の身体の中を、すごい勢いで毒が回りながら病気を癒して消えていく。
……え……
言葉を失ったまま、光っている自分の身体を見つめているリンシェルアと、彼女とエリスレルアを交互に見ているリュアティス。
虹色に輝いたままリンシェルアを見つめていたエリスレルアは、減っていく毒に、満足して礼を言った。
〈〈願いを聞いてくれてありがとう!
もう、変な願いは聞いちゃダメよ!〉〉
最後のひとかけらが消え、リンシェルアの身体が普通の状態に戻ると、虹色に輝いていたエリスレルアの光も消えた。
ええええぇええええ????
二人とも、何を言えばいいのかわからず、呆然としている。
『あ……あれ?』
光が消えたとたん、ふらついて倒れかけたエリスレルアを咄嗟にリュアティスが支えた。
『そんなに『力』使ってないのに、なんで?
……って、あ~~さっきテレポートして、ここに来たばかりだからか~
こんなに…すぐ近く…だったのに……やっぱりもう少し長くないと……』
しゃべりながらエリスレルアは眠ってしまった。
☆
☆
☆
「お父様! この子は絶対リュアティスと離してはだめなのよ!」
「だが、リンシェルア。セフィテアのことはどうするのだ」
「この子のこととは関係なく、僕はセフィテアとは結婚したくありません!」
「リュアティスもこう言っているじゃない!
アルデラフトに言って、許嫁を解消してもらうわ」
「だが、それにはこの方とリュアティスが正式に婚約しなければ……」
「おじいさま……先ほどそれは無理だと申し上げましたでしょう?」
「うぅ?」
(((はっ!)))
「め、目が覚めたのですか? エリスレルア」
「エリスレルアさん! 本当にありがとう!!」
「まさか、リンシェルアの病が治る日が来るとは……
娘を治してくれて、本当にありがとう」
『リュアティス、この人、誰?』
寝ぼけ眼のエリスレルアに、リュアティスが答えた。
「僕の祖父です」
『ソフさん、リンシェルアを治したのは私じゃないよー。
毒だよ。
ね、リュアティス』
目をパチクリするおじいさま。
クスッ
「そうですね。
あなたは毒に、母上を治すように願いを込めただけですよね」
『うん!』
「それより、エリスレルア。
僕のこと、やっとリュアティスって呼んでくれるようになったのですね」
『えっ?』
うれしくて、微笑みながら見つめていると。
『ん? なんでだろ?』
…………。
『何か、あまり違和感がなくなってー……あっ、そっかー!
私がリュアティスさんって呼びたくなっていたのは、おにいさまが「リュアティスさん」って呼んでたからかも!
ここだと誰も『さん』付けてないもんねー』
そ……そんな理由で……
『おにいさまが一緒だと、今度はリュアティス君って呼びたくなるかもー』
ニコニコ笑いながらそう言ったエリスレルアに、リュアティスは思った。
―――レミアシウスさんにも、リュアティスって呼んでもらおうかな……
次回予告〔婚約の条件〕




