41 『魔 法』
リュアティスは混乱していた。
母上のお話を総合すると、僕は彼女と結婚していいことになる気がする。
いや、まあ……彼女が同意すれば、だけれど。
今の彼女にそんな意識がまったくないのは疑う余地もないから彼女が同意することはない。というか、今聞いても意味がない。
でも……それを目指してがんばってもいい、ということだろうか?
魔法陣より外側にある庭のベンチに腰掛ける。
とはいっても、聞いても意味がない相手に、「先々結婚したいので、婚約してください」とか言うのも違う気が……
というか、その前に、交際を申し込まないと?
その前に……告白?
いや、でも、あの「甘い言葉事件」のあと、恥を忍んで「大好き」の意味をこっそりレミアシウスさんに聞いて……撃沈されたんだよな……
『リュアティスさん、大好き!』も『リルちゃん、大好き!』も『このお菓子、大好き!』も一緒だって。
そんな彼女に「好きです」とか告白しても、通じないのでは……
てか、『大じゃないの?』とか、言われそう……
―――そういう場合、どうすれば…………
「……だめだ……もう……この手の話の、僕の処理能力を越えた。
この問題は、後回しだ」
リンシェルアがいる家を見る。
「とにかく、送還だけは思いとどまっていただかないと。
母上のお命に関わる」
魔法陣には入るなと言われているけどそんな場合ではない、と立ち上がろうとした時、『声』が聞こえてきた。
『リュアティスさ……リュアティス……んーー
なんで、さんって言いたくなるかなぁ。
リュアティスー! とか、なんか、違和感なのよね~。
私も、おにいさまみたいに、リュアティス君にしようかなぁ』
なぜ?
笑ってしまった。
『フレシエスとか~クラフィアスとか~さん付けなくても平気な人いっぱいいるのに。
何が違うんだろ?
リュアティス君なら呼べそうな気がする!』
なぜですか。
『何か御用ですか? エリスレルア』
『え? あー、そうだった!
おにいさまがね! リュアティスさんの休みはいつまでなのって~。
えっと~期間じゃなく、いつこっちを出発するのかなって』
……ああ、そうだ。
僕はずっとここにいるわけにはいかないんだ。
『遠方の生徒に配慮してあって学園の夏季休暇は長めで、休み明けの10日ほどは授業を猶予されているのですが、そうですね……』
二人を送り返すのは、母上ではなく、僕の役目なんだ。
『多少は遅れても構いませんが、十数日―――』
「あなた……何をやっているの?」
「え?」
リュアティスが声に振り返ると、リンシェルアが家の外に出てきていた。
『十数日?』
『母上……』
『ハハウエ?』
『あ…その……』
「何をやっているの?」
「母上というのは―――」
間違えた!
『すみません、続きは少し待ってください』
『? うん』
「さっきから、強い魔力が放出されているわ。
リュアティス、あなたよね?
何をやっていたのか、答えなさい」
今まで、僕が彼女と通信していても誰も気づかなかったのに、母上にはわかるのか。
まぁ、母上に隠してもあまり意味はない。
「異世界から来た彼女と話していました」
「……えっ?」
「彼らは心で話せるようなのです」
「えぇええ!?」
思いっきり驚いたような顔をしたリンシェルアに、リュアティスは、子供の頃、彼女を驚かせたくていろいろないたずらをしていたことを思い出した。
それでも、ここまで驚いている彼女は、滅多に見たことがない。
リンシェルアは、魔法陣から発せられている光の壁のすぐ傍までやってきた。
「あなたはそんなこと、できないわよね?」
「はい」
「でも、やっていたわよね?」
「えぇ」
「どうやったのよ!!」
まさか、これほど興味をお持ちになるとは。
「僕がやっているのと彼らのそれは、根本的には違うのですけど、彼らはこの技術をテレパシーと呼んでいます。
彼らはこちらの言葉を知りませんが、そのテレパシーを駆使して会話することができるのです。
皆にはわかりやすいように『テレパシという魔法だ』と説明していますが、テレパシーで頭の中に話しかけ、こちら側の言葉とともに発せられている心の『声』を感じ取っているそうです」
「……それで?」
「母上のおっしゃるように、僕にはそのようなことはできません。
ですが、必要に迫られたのです」
リュアティスは、彼らが王都にいる自分のところではなくどこかの遠い島に現れたこと、その彼らを探すためには彼女と会話するしかなかったことを話した。
「僕は、高出力魔法に想いを乗せて発信しています。
最初の頃は彼女がこちらに意識を向けている時に彼女の『声』に対して発することしかできませんでした。
今はだいぶ慣れて、こちらから呼びかけることも可能になりましたが」
(……あきれた。
この子、そんなことができるほど大切な相手と離れることができるなんて、本気で思っているのかしら?)
「それって私にもできるのかしら?」
「わかりません。
母上ならば可能ではないかとは思いますが」
たぶん、魔力操作に長けていないと無理だろう。
レイテリアス兄上はすぐできるようになりそうだが、カルファレス兄上は…厳しいかな?
僕の場合は何らかの補正がかかっている可能性がある。
でなければ、いくらなんでも、部屋の中で大声で叫んだだけで彼女に聞こえるとは思えない。
彼女と通信するようになってから、それだけはひしひしと感じる。
王都とこの辺りとは、自然とそう思えるほど離れているのだ。
「どうやるの!」
「えっと……そうですね……少しお待ちください」
『エリスレルア』
『ん?』
『僕の傍に女の人がいるのが見えますか?』
『んん? ……うん!』
『その人に向かって、「リンシェルア」と呼び掛けてください。
強さは僕に話しかけるのと同じ強さで、僕にもわかるように、お願いします』
でないと、母上に聞こえなかった場合、そのことを確認しようがない。
『わかった!』
『リンシェルア!』
「!!!!!」
母上が、ものすごく驚かれた。
どうやら聞こえたようだ。
『ちょっと待っててくださいね』
『はーい』
「聞こえましたか?」
「……え…えぇ……」
「それが彼女からのテレパシーですが、頭痛とか、お身体に何か異常はございませんか?」
「……特には」
強さは問題ないようだ。
「その『声』の発信元に彼女がいます。
彼女がもっと近くにいれば、普通にしゃべるだけで我々の言いたいことを感じ取ってくれるのですが、今は遠くにいるので、こちらの言いたいことを伝えるためには心の声をもっと強くしなくてはなりません」
「……」
「その増強に魔力を使います。
テレパシーは攻撃魔法ではないのですが似たような感じのものなので、魔力で強くした想いを、同種の魔法で相殺するイメージとともに単体攻撃用の高出力魔法を打つ感じで、彼女の『声』に向かって魔力とともに放出するのです」
「……あなた……それ、自分で考えたの?」
「必要に迫られたと言いましたよね?」
「……やってみてもいい?」
まあ、普通、そう思いますよね。
「大丈夫だと思いますけど、彼女が帰りたいと思うようなことは言わないように」
「それは百も承知よ!
だからこそ、そう思われる前に送還しようとしているのだもの」
ですよね。
でも、その認識だけでは不十分だ。
「彼女は、ここが異世界だということは理解していますが、自分の力で渡ってきたということは知らないのです。自力で世界を越えられるということも」
「えっ?」
「彼女の兄君は、それを彼女に知られたくないようです。
彼女経由で情報のやり取りをしていた際には、そのことについてはまったく触れていませんでしたし、僕に話してくれた時には彼女は傍にいませんでした」
「………なるほどね。
知らなければ、よほどの事態にならない限り、世界を渡ろうとはしないということかしら」
興味本位で渡られるのが、最悪のパターンだ。
「えぇ。
向こうの世界に帰ろうとする時だけは知らなくても渡れてしまうのでしょうが」
「よくわかったわ。では、話しかけてみるわね!
なんか、どきどきするわー!」
少女のように瞳を輝かせているリンシェルアに、リュアティスも微笑む。
「魔力の強さは、中型モンスターを倒す時くらいの強さで」
「中型モンスター!?」
「無理は絶対なさらないでくださいね」
「ええ!」
リンシェルアが魔力を高めていく。
『エリスレルア、先ほどと同じように彼女に話しかけてあげてください。
返事をなさると思います』
『わかった!』
『リンシェルア! エリスレルアです!』
『リンシェルアです。リュアティスのところへ来てくださって、ありがとう』
『どういたしまして!』
「すごいわー! リュアティス!
ホントに話せるのね!」
無言で笑みを返すリュアティス。
『レステラルス叔父様からお話を聞いて、お会いできるものと楽しみにしておりましたのに、リュアティスだけがこちらへ来てしまって、とても残念だわ』
『え? そうなの?』
すごいな、母上。
もう普通に会話していらっしゃる。
『えぇ。言わなくても一緒に連れてくるものとばかり思っていたのに』
『そうなのねー! じゃ、行くねー!』
『えっ?』
『えっ!!!』
一瞬後、二人の前に、エリスレルアが立っていた。
次回予告〔衝撃的な出来事〕




