40 制限されない召喚
「大きくなりましたね、リュアティス」
「はい。
ルオレアス兄上も元気にしておられますよ」
ルオレアス・サレストアもリンシェルアの子で、この国の第1王子であり、現在の王太子である。
母上は、随分お痩せになった。
この狭い空間から出られないのだから仕方のないことなのかもしれないが。
おいたわしいことだと目を伏せたリュアティスに、リンシェルアが明るく声をかけた。
「それで、リュアティス。
あなたが呼んだという異世界のお嬢さんは?」
「え?」
「レステラルス叔父様から聞いたわよ。
とても可愛らしいお嬢さんなんですって?
あなたがどんな子を選んだのか、とても楽しみにしていたのに、連れてこなかったの?」
は?
「いえ、僕は選んでなどいません。
彼女は、たまたま僕が開いた魔法陣の傍にいただけです」
それなのに「返したくない」とか……わがまま過ぎるな。
「召喚対象に指定されていたのは、彼女の兄君ですし。
それに、彼らがこっちの世界にきたのは―――」
彼女の『力』だと言いかけて、ぎりぎりで止まったのだが。
「あなたの魔法によるものではない、と?
……それは違うわ、リュアティス」
リンシェルアはとても優しい微笑みを浮かべた。
「あなたが呼んだから、その子はこの世界へ来たのよ」
なっ……そんな……ことは……
というか、彼らがこっちへ来たのは彼らの力によるものだと、母上はわかっていらっしゃる。
それならば、もう、隠す必要はない。
「そんなことはありません!
僕はあの時、詠唱を途中で破棄しました。
扉は徐々に閉まっていっていましたし、魔法陣も小さくなっていっていました。
あのような大きさの魔法陣で人など呼べるはずがありませんし、大体、僕は、人を二人も召喚できるほどの魔力を使っていません!」
微笑んだままリンシェルアは、そこにあるベンチに座った。
「違うのよ、リュアティス。
あなたが言っていることは正しいわ。でも違うの」
正しいのに、違う?
「召喚魔法は、異世界からいろいろなものををこちらの世界に呼び寄せるもの。
技術力と魔力量によって制限される。
それは確かに正しいわ。
でも、それが正しいのは、それらによって制限される範囲の召喚対象を召喚する時だけなの」
んん?
「さっき、あなたは言ったわよね?
詠唱を破棄して魔法陣は小さくなっていたし、人を二人も召喚できるほどの魔力を使っていないと。
確かにそれで召喚できるはずないわ。
その召喚は失敗に終わる。だから正しい。
だけど、彼らはこちらへ来たのでしょう?」
「ですからそれは彼女の『力』で、僕が召喚したのでは―――」
「その召喚は……そうねぇ……簡単に言えば、制限されない召喚なのよ」
「制限されない……召喚?」
そんなの、聞いたことない。
「先ほどからあなたは、彼女の力でこっちに来たと言っているじゃない。
それは、あなたが展開した魔法陣の近くにたまたま彼女がいたから、ではなく、彼女の傍にあなたが魔法陣を展開したから、なのよ」
「それは、一緒なのでは……」
「違うわよ。
制限のある普通の召喚は、どうやってするもの?」
「それは…召喚先を選んで扉を開き、そこから見えるものを指定して召喚します」
「そうね。
じゃあ、二人を召喚した時は?」
「召喚先を選んで扉を開き、どの帽子にしようかと選んでいる時に暴走しそうになって…たまたま目に入った男性に注目していたら対象指定されてしまって……」
そうだ。
あの時、彼女は、最初―――いなかった。
「ゆっくりと小さくなっていく魔法陣の中に彼女が突然現れ、詠唱を破棄していたのに魔法陣が光って……」
詠唱が破棄できなかったのは……待っていたから?
魔法が発動したのは……待っていた人が来たから?
待っていたのか?
あれは。
―――本当の対象者が現れるのを……
「小さな魔法陣、少ない魔力。
これで呼べるのは、あなたが心からこっちの世界に来てほしいと願った人だけ」
リンシェルアの優しい声が、うつむいたリュアティスを包み込む。
「そして、その子は、あなたの想いに応えたの。
だからこちらの世界に来られたのよ」
!!
本当にそうなら、飛び上がりたいくらい嬉しい。
そして、それと同じくらい、苦しい。
「ですが、母上……彼女は……地球人ではありません。
どこか遠い星の人で…………子を成すことができるかどうかもわかりません。
その上、いずれ向こうの世界に帰らなくてはならない人なのです」
これが、【1 彼女と結婚できる見込みがない】理由なのだ。
「ですから、結婚はおろか、一緒にいることすら不可能で―――」
「リュアティス。
あなたはその程度の理由で、この先その子と共にいられなくても構わないというの?」
「えっ?」
顔を上げると、リンシェルアは立ち上がり、両手を腰に当てて、怒った顔をしていた。
「それなら、早くお二人をここへ連れてきなさい!
本当に申し訳ないことだわ!
私の命に代えても、二人をすぐさま送還します!」
は……
「母上! それは―――」
「この話は、終わりです!
本当に、本当に、情けない……
あなたの顔など見たくもありません!
……アルデラフトに手紙を書かなくては。
もっとちゃんと育てないと……よろしくお願いって頼んでお城を離れたのに……全然ダメな子に育っているじゃない」
父上に!?
というか―――
「何をそんなに怒っていらっしゃるのですか?」
「お父様にも叔父様にも書かなくては」
「母上?」
「叔父様にはお二人への懺悔をお願いして……お父様にはお別れのお手紙を……」
リンシェルアは、軽く握った左手を口の辺りに当て、ぶつぶつとつぶやきながら右手で扉を開けようとしている。
自分のことなど眼中にないと言わんばかりの彼女の態度に、リュアティスは焦った。
「お待ちください、母上!」
思わず魔法陣の中に入り、彼女の右手を掴むと、リンシェルアはそれを振り払った。
「入ってきてはダメだと言ったでしょう?
それに、お二人を早く連れてきなさい、とも」
「怒っていらっしゃる理由を聞かないうちに、ここを離れることはできません!」
心底驚いたという顔をしたリンシェルアは、大きなため息をついてヨロヨロとベンチに腰掛けた。
「それすらわかっていないとは…これは、アルデラフトだけのせいではないわね。
どちらかといえば、私の落ち度だわ」
もう一度ため息をついて、リンシェルアはリュアティスを見つめた。
「制限のない召喚は、あなたの深層心理の表れなのよ。
それは召喚魔法の中にいつも含まれていて、それが強い人ほど、何を召喚するにしても成功確率が高くなる。
でもね、制限のない召喚自体は、自分の意思で発動できるものではないの。
しかも、それに相応する相手がそこにいなければ発動しない。
発動しても拒否されるかもしれないし」
そんな召喚魔法聞いたことがない。
「それなのにあなたは……
召喚が自然に発動し、しかも相手の方が応えてくれたというのに、あなたは…!
地球人ではい?
子を成すことがなんですって?
いずれ向こうへ帰ってしまうから?
そんな些細なことで『一緒になんていられない』と言ったのよ?
怒るに決まっているでしょ!」
!?
「ですが、婚姻とはそういうものなのでしょう?
そうやって家同士のつながりを強くし、平和な未来を築いていくための。
万が一の不測の事態に備えて許嫁が決められているのだから、日頃から仲良くしておきませんと、と言われたのですが」
だから今夜は帰しませんよ、と。
振り切って帰ったけど。
めまいがするとでもいうように、リンシェルアは額に手の甲を当て、目を閉じた。
(誰がそんなことをこの子に言ったのかしら?)
「……私がなぜ怒っているのかは理解できなくても、これだけはわかるでしょう?
召喚によらないで世界を渡ることがどれだけ危険なことなのか、は」
!!
「しかも、自分だけではなく兄君まで連れて。
まあ、それはたぶん、その方が一緒でないと何か不都合があったということでしょうけれど。
そんな危険を冒してこちらの世界に来てくださった方をないがしろにして、あなたの未来にどんな平和が築けるというのですか」
!!!!
……僕の……未来……
「と・に・か・く!
あなたにその気がないのなら、急がなくてはならないわ。
その子は平然と世界を越えられる者。
こちらに来る時はあなたの召喚魔法が世界の壁を保護していたから問題なかったけれど、この先彼女が移動する際にはそれがない。
それこそ、不測の事態が起きる確率が跳ね上がっているのよ」
そう言うとリンシェルアは立ち上がり、家の中へ入っていった。
この物語をお読みいただき、ありがとうございます!
次回予告〔『魔 法』〕




