100 兄弟と兄妹
「じゃ、向こうについて、準備ができたら話しかけるわね」
「うん! リンシェルア、またねー!」
「またね」
優しく微笑んでエリスレルアに別れを告げたあと、リンシェルアは二人の息子を見つめた。
ルオレアスが口を開く。
「母上、本当に城にはお戻りにならないのですか?」
「何度も言ったじゃない。私は不治の病なのよ?
戻ってはおかしいでしょ」
「ですが、父上が、寂しいと私に愚痴ばかりおっしゃって、うっとうしいのです」
「兄上、母上はここでののんびりとした生活が気に入っておられるのです。
僕だって、できればずっとこっちで暮らしたい」
ニヤッと笑って小声になるルオレアス。
「それは彼女がここにいるからだろ?」
「そうですよ。王都は遠い」
「……素直過ぎるだろ、お前……」
今更隠してどうするという話だ。
何とかして、そのうち近くにしてみせるけど。
「兄上こそ。
城へ戻らなくていいのですか?
職務があるのでは」
「ここ2年ほどずっと西方の諸国と対峙していて休暇がほとんどなかったからな。
この機に長期休暇を取った」
羨ましいような、ご免こうむりたいような話だ。
こっそりため息をつき、リュアティスはリンシェルアに向かって微笑んだ。
「それでは母上、またお会いしましょう」
「えぇ。二人とも元気で」
リンシェルアを乗せた馬車は公爵邸に向けて出発した。
しばらく馬車のあとを追いかけて、見えなくなるまで手を振っていたエリスレルアがリュアティスたちのところへ戻ってきた。
「じゃ、リュアティス、家の住み家を探してくるねー」
「いってらっしゃい」
エリスレルアとレミアシウスの二人は森の中へ入っていった。
「お前、一緒に行かないのか?」
「そうしようと思ったのですが、秘密にして驚かせたいと断られたのです」
少し不機嫌になったリュアティスに、ルオレアスは笑みを浮かべた。
「じゃあ、おにいさまがいろいろと相談に乗ってやろう」
「結構です。兄上の回答が参考にならないことは昨日判明いたしました」
「昨日は冗談半分だったんだ」
僕は真面目に聞いたのに。
屋敷の中に入っていきながら、リュアティスはじとっと横を歩く兄を見た。
「兄上より、レイテリアス兄上に相談するべきだったと思ったのは、昨日が初めてです」
「悪かったって!
昨日はさ……
昨日は、冗談が半分で、嫉妬が半分だったんだ」
なんですか、それは。
「妃にしたいとおっしゃったのは、もしかして本気だったのですか?」
「それも半々だ。
半々はまだマシなほうだぞ?
レフィナーサがいなくなってから、7,8割方どうでもよくなっていたからな。
仕組んだと目されるやつらがどうしても許せなくて、意地でも王太子の座に居座ってやろうと、ここまでやってきただけで」
それで本妻を選ばずに、ほかの女性たちと……
「世継ぎ問題の蚊帳の外にいられる第5王子でよかったと、心から思います」
僕の場合、エリスレルアのことを想いながらおじいさまの領地で隠居生活をしていても、誰も何も言わないだろう。
ていうか、いっそ、彼女の世界へ一緒に行くっていうのはどうだろう?
いやいや、それは無理だろう、と首を振ったリュアティスだが、本当に無理なのだろうかとも思う。
生活習慣も何もかも異なる世界で暮らしていけるのか、と考えた時、二人をこっちの世界へ呼んでしまったことを、改めて申し訳なく思った。
そんなリュアティスの胸の内を知ってか知らずか、彼の肩にがばっと腕を置いたルオレアスは、その顔を覗き込んだ。
「よし!
午前中は男女の営みについて、みっちり享受してやる!」
はぁ!?
「こんな昼間から何を言っておられるのです!」
「お前こそ何を言っている。
あれは別に夜でなくてはならないなんてことはないぞ?」
「僕はこれから書庫で調べ物があるのです!
母上から連絡があるまでにいろいろと準備が―――」
「母上が向こうへお着きになるのは夕方頃だろ?
午後から調べても充分時間はあるじゃないか。
さ、お前の部屋に行こう」
「放してください、兄上!」
ルオレアスの巧みな拘束術に身体の自由を奪われたリュアティスは、この時ほど8歳の体格差を呪ったことはなかった。
☆ ☆ ☆
「ねえねえ、おにいさま! ここはどう?」
「ここはちょっと、遠過ぎるかな。
お前は飛べても、僕はきつい」
「そっか~。案外難しいねー」
泉があって、川が流れてて、小鳥とかが飛んでるところで、見晴らしもよく、にぎやかだけど夜は静かで、レステラルスさんちのなるべく近くなところか~。
あ、そうだ!
「ねぇねぇ、おにいさま!
この前、リルちゃんと行ったんだけど~
牧草地の南の山は?」
「南の山?」
「南の山地の、一番南の山頂までがレステラルスさんたちの領地なんですって!
山の向こう側は別の人の領地だけど港町があるってリルちゃんが言ってた。
一度二人で行ってみたの。
そんなに高い山じゃないんだけど、滝とかもあったよ!」
「牧草地の南か……島も近いし、港町も近くにあるって、案外いいかも。
行ってみるか」
「うん!」
牧草地側の中腹に出現した二人は、とりあえずその山を登ってみた。
一番高いところまで登るとその先は谷になっていて、その向こうにもっと高い山がある。
西から東へ流れている川は、そのまま海に流れ込んでいた。
「ここ、いいな。
家を建てられそうなスペースもあるし、レステラルスさんに聞いてみよう」
「やった!」
おにいさま、気に入ったみたい!
「どこまでがアークレルト領なのかも確認しないとだし、港町も……
港町は行ってみたのか?」
「ううん。リルちゃんも一緒だったから、戻る時疲れたら困るかなって」
「ちょっとだけ様子を見て帰ろう」
「うん!」
エリスレルアは領地の境界の山頂と思われる場所にレミアシウスを連れてテレポートした。木々の間から見下ろすと、港町というより寂れた漁村という雰囲気の町があった。
「行ってみる?」
ワクワクしながらレミアシウスに聞いてみたが、彼の返事はノーだった。
「お前も僕も、見るからに貴族って感じの服装じゃないか。
こんな格好で行ったら目立ち過ぎるよ。
今日はこれで帰ろう。
まずは、町より家だろ?」
そうだった!
「どんな家がいいかな~
お部屋は多いほうがいいよね!
リュアティスさんとか、リルちゃん用とか~
先生の部屋もほしいかも!
リンシェルアも来るかもだしー」
「ハハハハ」
「食堂とか、勉強部屋もいるかも!
お風呂は大きいほうがいいし!
それから~」
あれもほしい、これもほしいと設備を追加していくエリスレルアに、呆れ返るレミアシウス。
「お前……こんな山の中に、どんな豪邸を建てるつもりだよ……」
とうとう100話まで来ました。
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