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【短編】妹に婚約者を寝取られた上、山に置き去りにされました。

作者: 小狐ミナト


 歩いても歩いても景色はほとんど変わらなかった。正確に言えば景色は変わっているのだろうが、深い山林地帯ではどこを向いても同じような植物が生い茂っていて目印になるものは一切ない。

 獣か何かの咆哮が遠くに聞こえ、デライラは身を震わせた。山林にはふさわしくないヒール靴、装いは社交パーティーを思わせる華やかな桃色のドレスは土やら枯れた植物やらで薄汚れてしまっている。

 その上、ドレスの裾が山林の土から水をたっぷりと吸い上げてずっしりと重く彼女にのしかかる。つまり、デライラは、森の中ではよく目立つ色彩と甘い肉の香りを漂わせた猛獣の格好のエサになっているのだ。


「誰か……いるの?」


 夜風が木の葉を揺らし、月光がわずかに差し込むとデライラはうっすらとした視界を鮮明に確保する。自分のものではない足音、低く唸るような音。デライラが振り返ると茂みが揺れてそこにいた何者かが大きく動いた。

 ぎらり、と茂みの中から光る二つの目は明らかに彼女を狙っている。

 デライラはそのまま足のサイズに合っていなかった窮屈なヒール靴を脱ぎ捨て、自らドレスのコルセットも外してしまった。

 そのまま、ゆっくりとドレスを地面に敷くとゆっくりと寝転がった。その刹那、茂みから飛び出してきた大きな獣が寝転がったデライラに覆いかぶさるように立ちはだかり大きく唸った。

 デライラは悲鳴をあげるでも、泣き叫ぶでもなくうっすらと笑みを浮かべていた。彼女の目に映った獣は真っ黒で大きな狼だった。


「さぁ、私を食べてちょうだい」

 

 彼女は死を受け入れようと狼に向かって手を広げたのだった。





***数時間前***





「お姉さま、今日は公爵様とお出かけかしら?」





 ベルティア伯爵家の邸宅内、3兄姉妹の末っ子セレン・ベルティアが意地悪く笑った。一方で、部屋の中にやってきたセレンに引き攣った笑いを浮かべているのは姉のデライラだ。

 デライラは20歳、やっとのことで決まった婚約を妹に奪われそうになっている。というのも、兄であるコニーが跡取りであるため、姉妹はベルティア伯爵家の今後の内政を鑑みて婚約相手が決められる。姉妹には選ぶ権利はないものの、お相手には選ぶ権利がある。

 デライラは引っ込み思案でブルネットの髪に聡明な学園での成績から目上の殿方には疎まれてしまい、20歳になるまで婚約者が決まらずにいた。



*+*+*+


「デライラ、殿方の間違いを指摘するのをやめなさい」

「レディーなら大人しく微笑んでいるだけで良いの」

「あぁ、貴女がもう少し愛想の良い子だったら」


 そんなふうに嘆く兄や母の小言を聞きながら、デライラは少しずつ「大人の女性」になっていった。間違った知識をお食事の場で披露する殿方に「知らないふり」をして笑顔を振り撒いたり、意見を求められても明確な事は言わないように避けたりと自分を殺してやっとのことで取り付けた婚約はアマリス公爵家の長男・リバルトとの大変名誉なものであった。


「リバルト・アマリスと申します」

「デライラ・ベルディアと申します」

「あぁ、そのあまり緊張しないでおくれ」

「ありがとうございます、公爵様」

「リバルトでいいよ、僕たちは婚約をするんだから」


 2人の巡り合わせは運命だと思わせるほど順調に進んでいった。初めての食事から婚約成立まではほとんど時間がかからず、家同士の政治も絡んでいたとしてもリバルトの優しい眼差しにデライラは少しずつ心を開いていった。

(きっと、私は幸せになれるんだわ)

 デライラがそんなふうに思い始めていた時のことだった。ベルティア家の中庭、兄への挨拶へ向かったはずのリバルトの声がしてこっそりと足を運んだ彼女の目に耐え難い光景が映り込んだ。

 ベルティア家の美しい花園で口づけをする2人の男女。それは先ほどまでデライラに甘く愛を囁いていたリバルトと15になったばかりの妹セレンの姿だった。

 あろうことか、2人は少しだけ乱れた服で甘い吐息が聞こえてきそうなほど熱い光景であった。あまりのショックにデライラが物陰に身を隠すと、キスを終えた2人が小さな声で囁き合った。


「あぁ、リバルト様。また会いにきて下さって嬉しいわ」

「もちろんさ、君から文をもらってからずっと君のことばかり考えていたよ」

「あら、でも今日はお姉さまに……?」

「便宜上は……ね」

「でも、お姉さまに見つかったら怒られてしまうわ」

「いいんだ。まさか、デライラと婚約した後に彼女よりも美しい妹がいたなんて……運命の悪戯さ」

「お姉さまだって素敵よ」

 デライラは猫をかぶっている妹に吐き気を感じて口元を抑えた。というのも、普段からセレンは地味で賢いデライラを小馬鹿にするような態度を取ったり親や兄の目の届かない場所では何度も罵倒されていたからだ。

「いいや、正直僕は贈り物に分厚い本を選ぶような女は趣味じゃないんだ。家同士の決めた婚約とはいえ……知れば知るほど彼女に興味がなくなっていったよ」

「そんなひどい……」

「ひどいのはコニーの方さ。セレンのような美しい子がいるのに年齢を理由に姉の方をあてがうなんて」

「お姉さま、もう20歳ですもの、仕方がなったのよ」

「あぁ、なんて優しい子なんだ君は」

「リバルト様、冷えますわ・よければ展示室に行きませんこと? メイドたちも滅多にこない静かな場所ですの。お父様が集めたコレクションをご紹介して差し上げますわ」

 セレンが伏せ目がちに唇を舐めるとそっとリバルトの胸に触れた。彼はごくりと喉を鳴らす。

「あぁ、行こうか」



 この日を境に、デライラは再び心を閉ざしてしまった。

 目上の貴族との婚約ということもあり、デライラはこの2人を糾弾することは許されずメイドたちやあまつさえ兄までも彼らの怪しい関係を見過ごしているようだった。

 いっそのこと、婚約破棄をしてセレンと婚約をし直してくれれば良いが便宜上リバルトは家名に傷がつくことを恐れてなのかデライラとの婚約を破棄する事はなかった。

 リバルトはおそらく禁忌の関係にのぼせ上がっており、妹のセレンは姉を貶めてやっているという自己顕示欲をみたしているようだった。

 つまるところデライラは盛大な当て馬になっていたのだ。

 けれど、公爵が愛人や妾を作るのは当然のような風潮もあったし。このような乱れは社交界ではよく聞く話でだったこともありデライラは家の繁栄のため令嬢としての役目を果たすことだけを考えて深く心を閉ざしたのだった。

(セレンにも婚約者があてがわれればそのうちリバルト様もお目覚めになるでしょう、私は正式な婚約者なのだからじっと我慢するほかないわ)

 賢いデライラはどんなことがあっても妹のセレンに自分の立場が奪えない事はわかっており、粛々と妹の馬鹿げた煽りを受け流し続けた。



*+*+*+



「お姉さま、リバルト様はどこへ?」

 セレンがわざとらしく猫撫で声でいった。彼女はリバルトが「今日は妹さんも連れておいで」とデライラに伝えているのを知っているのに知らないふりをしているのだ。

「今夜、とてもきれいに星が見える場所があるから一緒にどうかと。セレンも一緒に」

「まぁ! セレン、大好きなお姉さまたちとおでかけできるのが嬉しいわ」

「そう、よかったわね」

 デライラは唇を噛み締めた。けれどすぐに笑顔に戻り「おしゃれをなさいね」と何も気がついていない馬鹿な姉を装った。

「お姉さまには桃色のドレスがいいと思うのだけれど」

「桃色? それは銀色の髪のセレンによく似合うのではなくて?」

 セレンはニヤリと笑う。デライラに似合わないドレスを着せて馬鹿にしてやろうという魂胆なのだろうか。

「実はね、リバルト様は桃色のドレスが好きだからお姉さまに着せてほしいってセレンにおっしゃったの。それとね、香水は甘いムスクの香りが好きなんですって」

 あまりの強引さにデライラは相手をするのも嫌になって「ありがとう」とドレスを受け取った。

 彼女が手にした桃色のドレスはところどころに細かい宝石が散りばめられ、まるで舞踏会にでも行くようなドレスだ。その上、甘いムスクの香りを纏っては星が見えるような自然いっぱいの場所では虫やら動物やらが集まって苦労するに決まっている。

(私があまりにも相手にしないから、恥をかかせたいのね)


 最近、セレンとリバルトはスリルを楽しむように逢瀬を重ねていた。デライラはもちろんそれに気が付いてはいるが相手をしても仕方がないので無視をしている。ある時は、デライラの部屋のクローゼットに2人が忍んでいたり、机の下で手を繋いだり……。あまりにも馬鹿げていてデライラは笑い出さないように誤魔化すのが大変なくらいだ。

 今夜だって、暗がりに応じてデライラの隣で口づけくらい平気でするだろう。もう何をされても傷つかないが……2人に容姿や服装などを馬鹿にされそうで彼女は気が乗らなくなっていた。


「お姉さま、もうすぐリバルト様がお迎えにいらっしゃるみたい。お姉さま、セレンが用意した香草茶の味見をお願いしても?」

 セレンはせっせとバスケットに焼き菓子を詰め込みデライラに味見用のティーカップを差し出した。


(あぁ、私より自分が優位であることを示して優越感に浸りたいのね)


 デライラは味の悪いハーブティーを飲み込み、形ばかりの味見を済ませると荷物を持って準備を始めた。




 


 馬車に取り、なぜか隣同士に座ってデライラと向き合っている不審な笑顔の2人。

「ごきげんよう、リバルト様」

「あぁ、デライラ。綺麗な星空をお二人にと思ってね」

「ありがとうございます」

「少し道のりが長くてね。山を一つ超えた先の領地なんだ。お兄様には約束を取り付けてあるから今日は星を見たら我が別荘で休んでいくといい」

「うれしいっ、セレンまで」

 2人が愛おしそうに見つめ合い出したところでデライラはそっと目を逸らした。




 車窓を見ていたところまでデライラの記憶に残っていたが彼女は頬に触れる地面の冷たさで目を覚ました。

 目の前を大きな甲虫が通り過ぎて、思わず彼女は悲鳴をあげた。急いで体を起こすと彼女は思っていたような場所とは全く違う山林の中にいることに驚愕する。


「ここは……どこ?」


 本来であれば、デライラは美しい丘の上で夜のピクニックを楽しんでいる予定だったはずだ。馬車の中でリバルトがゆっくり過ごせる領地の丘で星を見ようと話していたが、デライラが眠りこけていた場所は明らかに美しい丘ではなかった。木々が生い茂り急な斜面になっているところを見ればそこが山林である事は確かだった。


「まさか、馬車が事故に……?」


 しかし、デライラ自身ほとんど怪我をしていなかったことや周りに馬車の残骸らしきものどころか人のいたような痕跡がなかったことからその可能性は薄いと彼女は判断する。


「ではここはどこ?」


 あたりを見回すと、斜面の上の方に足跡が2人分。明らかに男性の大きさだった。この足跡からどのくらいの時間が経っているかは定かではなかったが、こんなに派手なドレスを着ているレディーが倒れていても何もしなかったところをみると彼らは……


「あぁ、私はここへ捨てられたんだわ」


 馬車の中で意識が遠くなったのは、おそらく味見用の香草茶に眠り薬が仕込んであったであろうこと。謎の足跡は目的地に着くまでに立ち寄った山林で眠りこけたデライラを置き去りにするために雇った男たちのものだろうこと。


「まさか、私が不慮の事故で死んだことにすれば妹と婚約しても家名に傷はつかない……そう。そんなに私との婚約は嫌だったのね」


 独り言を呟きながらゆっくりと立ち上がると、デライラは強い後悔と馬鹿だと見下していた2人にしてやられたことに絶望を感じていた。ただ、彼女が疑問に感じていたのは「命が奪われなかったこと」だった。雇った男たちが人殺しをできない臆病者だったか、それとも斜面を転がしてデライラが死んだと思い込んだのか……。

 いずれにせよ、命があることに変わりはない。


「けれど、ここはどこかしら。人里を探しましょう」


 彼女は自分を鼓舞するように独り言を呟き、歩き出した。その時、胸元からひらりと一枚の紙切れが落ちた。


「なにかしら?」



++++++++


お姉さまへ


お姉さま。あなたがこのお手紙を読む頃にはお姉さまはきっと死の淵にいるのかしら。

リバルト様と私は愛し合っています。

そのために障害物であるお姉さまには消えていただくことにしました。

お姉さま、その森は狼や熊、翼竜などが出る深い山林です。お姉さまの死体は跡形もなく食べられてしまうから安心をしてね。

リバルト様と幸せになります。戻ってきても無駄よ? だってこの計画はリバルト様が計画をしてくれたんですもの。どんなにお姉さまが頑張っても公爵家の力であなたを亡きものにします。

お姉さまは惨めですわね。学生時代は誰よりも賢く生きそのせいで殿方には疎まれその努力はなんの実にもならないのに。滑稽でしたわ。勉強ができなくても愛嬌と魅力があればなんでも手に入るっていう私の主張の勝ちですわね!

それでは、さようなら


セレン


++++++++



 森の中ではよく目立つだろう桃色のドレス、虫や獣が好む甘いムスクの香水。そして斜面を転がされてできたであろう無数の裂傷からは血の匂いが漂っている。

 すべてはデライラを恐怖のどん底に陥れ、殺すために用意周到に行われた計画の一部だったのだ。

 いっときのスリルを頼んでいたはずの2人は1人の人間を殺してでも一緒になりたいと思うほどに愛し合っていたことにデライラは気がつくこともできなかった。たとえ、奇跡的に生還して馬鹿な妹がご丁寧に残した手紙を持って糾弾しても2人の証言で無かったことにされてしまうか、もっとひどい状況に貶められてしまうに違いないとデライラは思った。

 2人の意志は彼女が思っていたよりもずっとずっと固く強いのだ。


「あぁ、私の人生って虚しいものだったのね。こんな最後に……」


 デライラはゆっくりと歩き出した。



***



「さぁ、私を食べてちょうだい」

 

 彼女は死を受け入れようと狼に向かって手を広げ、一番最初に首を食いちぎってもらえるように顔を背けた。大きな黒い狼が威嚇するように口を大きく開け、生臭い匂いが立ち込める。ぼたぼたと唾液が肌に落ち滑りと光を反射した。


 思ったよりも狼が食いつかずにデライラはそらした目を狼の方に向けた。

 その時、


「ジーク、待てだ」


 低い唸るような声と足音、明らかに人間の声。デライラの上に乗っかっていた狼はスッと横に避けると行儀良く後ろ足を折り曲げて座った。

 月明かりの逆光でデライラにはよく見えなかったが、男は驚いていた。それもそのはず、領地である翼竜保護区にドレスを敷いて裸で寝転んでいる女がいたのだ。


「変態女……? それとも拷問か何かか?」


「きゃ、きゃ〜!」


 突然、現実に引き戻されて悲鳴をあげたデライラは意識を失った。




 1日のうちに「意識を失って知らない場所で目が覚める」という貴重な経験を2度もしたデライラは、暖かいベッドの上で目を覚ました。

 ベルティア家よりも豪華な部屋の天井、爽やかな香りが漂い横のサイドチェアには軍服姿の男が座っていた。


「起きたか」

「あっ、あっ……」

 デライラは全てを思い出し恥ずかしさから何も言い出すことはできなかった。

「御無礼を許してくれ、君はどこかの令嬢か。これを読んだが」

 彼女が裸で寝転がっていた言い訳をする前に男は言った。彼の手にはセレンが残したあの手紙。

「あぁ……私もはデライラ・ベルティアと申します」

「なるほど」

 男は挨拶もせずに納得したように何度か頷くと顎に手を当てて考え込んだ。特徴的な黒髪を軽く後ろで束ね、キリッとした目元はまるで狼のようだった。

 暗がりの中では気が付かなかったが、デライラは彼を知っていた。

「あの……ディラン殿下」

「おや、僕をご存知かね。デライラ嬢」

 ご存知もなにも、彼は第4皇子ディラン・アブール・ジェルドラド。黒髪で生まれたことで出世レースからは外れた異端の皇子で狩りや戦いが趣味だとあまり良くない評判で有名な男だ。

 無論、デライラも彼のことは知っていた。

「も、もちろんでございますわ」

「まぁいい。つまるところ、君の葬儀は5日前に行われたよ。君が眠りこけている間にね」

「葬儀……? 5日?」

「あぁ、アマリス公爵家の婚約者が亡くなったとのことで僕にも声がかかってね。君の妹君が盛大に悲劇のヒロインになっていたよ」

 ディランは愉快そうに笑うと「僕は彼女みたいな子は苦手だね」と付け加えた。一方でデライラの方は理解が追いつかずに混乱している。

「つまり、私は死んだことに?」

「あぁ、なんでも『お姉さまが狼に連れ去られてしまってぇ』とのことだ」

 悲劇のヒロインを演じるセレンが簡単に想像できてデライラは吐き気を催した。

「そう……」

「で、この手紙の通り2人は婚約するようだな。ただ、2人の計画はうまくいっていないわけだが?」

「そうかしら、でも婚約したのでしょう?」

「君は生きている」

「戻ったところで、誰も信じませんわ。むしろ、精神をおかしくしたとか言われてこの手紙の通り公爵家の権限で……」

 デライラの言葉を遮ってディランが

「僕は不貞を働く輩が嫌いでね」

「え、えぇ」

「今、君は王族なんて愛人やら妾やらが大勢いるのにとおもったかね」

「実は」

「素直で良いな。君は。そうさ、実際、王族や侯爵たちにもそういう奴らは多い。そういう奴らのせいで、たかが髪の色が違うだけでメイドの子だと疑われて出世レースから外れ、母からは『取り違えられた』と疑われる可哀想な男が生まれるんだ」

 ディランはため息をつくと銀色の水差しからグラスに水を注ぎデライラに手渡した。

「さて、死んだことにされた君は今後どうしたい?」

「そう言われても……伯爵令嬢という立場だったからこそ生きてこられた私が名前も家も無くしてできることなど何もありませんわ。手紙の通り女としての魅力も……」

「なるほど、君は彼らの不貞を見過ごしていたのかね?」

 グサリと突き刺されるような言葉にデライラはぐっと唇を噛み締めた。

「その通りでございますわ。愛想はなく、髪の色も地味で華やかな御令嬢とは程遠く学園では勉強を頑張ることで孤独を紛らわせて……一番になれば賢い女は可愛くないと」

「ほう。なぜそのように?」

「跡取りでない御令嬢はニコニコと愛想を振りまいて婚約を勝ち取ることが全てだからですわ」

「なるほど、中級貴族の御令嬢らしい考え方だな。まぁ、確かに賢すぎる女は可愛くないというのは男たちから出る意見の一つではあるな」

 フッとうまい冗談を自慢するようにディランが笑って見せるが、デライラの表情は暗いままだった。

「努力の方向を間違えた、まさに妹の言う通りですわ」

「あまり悲観的になるな。君は今誰といるか考えてみるといい」

「……?」

「僕はこの国の第4皇子。無論、公爵家のものよりも立場は上で権限もある。その上、ちょうど賢い女を助手にしようと思っていたところだ」

「助手?」

「あぁ、僕はここで保護区の保守監督をしながら生態系と突然変異の研究をしているんだ。もっぱら、自分の立場を回復するためだがね」

「従来、金色の髪しか生まれないはずの王族から黒髪が生まれた理由を?」

「あぁ、君は実に話が早くて良いな。さて、僕の助手をしてもらうにあたってまずは問題を片付けないと」

「問題?」

「あぁ、言っただろう? 僕は不貞が大嫌いなんだ」




 ベルティア家とアマリス家が王家からの手紙で町外れの別館へと呼び出されていた。内容は伝えられず不安に感じるものは先日の不幸へのお見舞いだとか、新しく婚約した2人への祝福だとか口々に噂している。

 その中心にはセレンとリバルトが冷や汗を垂らしている。

「レバルト様」

「大丈夫、きっとあのことじゃないさ」

 小言で囁き合っている2人を見て、周りの人間は仲睦まじいと思っている。だが、実際は姉を、元婚約者を亡き者にしたという罪悪感で2人はいっぱいだった。

 2人の新婚生活は夢に見たような甘いものでは無かった。大きな隠し事をしているという罪悪感は2人の予想を遥かに超えて重くのしかかり、常に他人の言動にビクビクと警戒をし続けることとなった。


 定刻になると会議室の中に入ってきたのは保安局と第4皇子ディラン・アブール・ジェルドラドと美しい新緑のドレスを纏ったデライラだった。

 デライラの姿にベルティア家の面々は驚き、彼女の父と母は泣いて喜んだ。

「デライラ! 生きていたのね」

「えぇ、お父様。お母様」

「こほん、感動の再会は後に。よいかな、ベルティア伯爵、伯爵夫人」

 ディランがそう言うと2人は名残惜しそうにデライラの手を離し席へと戻った。一方で真っ青になっているレバルトと今にも発狂しそうなセレンはぼたぼたと冷や汗を垂らす。


「さて、状況を説明しよう。つい1ヶ月前。我が翼竜保護区にてこちらデライラ・ベルティア嬢を保護した。彼女は荷物も持たず我が保護区の中に倒れて意識のない状態であった」

 ヒィッとどこかで悲鳴が上がった。

「と同時に保護区に侵入した男が2名捕縛され彼らに詳しく聞いたところ『金でこちらのデライラ嬢を翼竜保護区に置き去りにするようにたのまれた』との証言を得た。さて、そこでデライラ嬢が持っていた手紙によれば……」

 ディランはセレンが書いたあの手紙を読み上げる。すると一瞬にして感動ムードだった会場がいっぺんする。

「我が国において、貴族令嬢の命を脅かす明確な行為及び計殺人の計画は当人の死罪もしくは爵位の返上に値するが」

視線のほとんどはセレンとレバルトに注がれ、「どういうことだ」「説明しろ」とベルティア伯爵が静かに言うまで地獄のような時間が流れた。

 爵位を返上し、一族全員が平民として生きるか当人を死罪にするか。貴族同士の揉め事の場合「一族に犯罪者が出る」ことよりも「爵位を取り上げる」ことの方が重い罰になることからこのような選択が容易されている。ただ、ほとんどの場合爵位を捨てる一族はいない。


「それは……」

 レバルトが口を開き、全てを自供するとセレンが泣きじゃくり、そのセレンをベルティア伯爵夫人が平手打ちをする地獄絵図と化した。

「だって、好きになってしまったのよ!」

「好きになったから、姉の婚約者に手を出して殺人未遂まで……我が娘が悪魔になってしまっていたとは……あぁなんということだ」

「すぐにレバルトは死罪にでもなんでもしてください。ですから、殿下。どうか我が家の爵位だけは……あぁお願いします。ご内密にぃ!!」

 ベルティア伯爵は項垂れ、アマリス公爵はそうそうに息子を見捨てたようだった。

「悪気はなかったの……ただレバルト様を愛して……お姉さま許して! お父様! お母様! お兄様!」

 泣き喚くセレンの方を見ようともしないデライラ。ベルティア伯爵はすがる娘の手を振り払った。

「我が家もアマリス公爵家と同じ結論です」

「いや、いやぁ〜〜!!!!!!」

 セレンの悲鳴が響いた。保安局の人間が廃人のようになったレバルトを連れ出した後、ディランはアマリス家の人間を先に帰るように促すとベルティア家の一同をあたらめて座り直すように指示をした。


「さて、先ほどベルティア伯爵は娘を死罪にとおっしゃいましたがその理由は?」

 ディランの質問にベルティア伯爵は「言葉の通りです」と返すが。

「保安局の調査によればことの原因となった不貞の現場のほとんどがベルティア家の邸宅であることがわかっています。そこで、このような重大事件の原因となった不貞を見過ごしていたであろう監督責任は重大だと」

「待ってください、それはどういう」

 ベルティア伯爵の言葉をディランは半ば無視し、子息コニーに向けて言葉を放つ。

「貴方は度々逢瀬を邸宅にて重ねる2人を目撃していたのでは? 不貞の現場を目撃した使用人が最も多かったのは別宅、つまり御子息と御令嬢たちの住まいです」

「なんということ……コニー。真実を答えなさい」

 ベルティア伯爵は嘆き、伯爵夫人は泣き崩れる。

「妹……セレンとレバルト殿との仲睦まじい様子を目撃したことは……あります」

「なるほど。では、婚前交渉の有無については?」

 ディランの質問にコニーはチラリとセレンに視線をやった。セレンは「やめてお兄ちゃん」と泣きながら懇願するもその願いは叶わない。

「ありました。そのことについて使用人から相談を……受けましたが、公爵方はみなさん愛人や公娼をとられる方も多く気に入った姉妹をどちらかを妾にする方も珍しくない。だから見て見ぬふりを」

「では、今回の件については伯爵と同じご意見かな?」

「はい、不貞はともあれセレンは姉を殺そうとしました。その計画について僕は知らず彼女が独断で行ったものですから」

「お兄ちゃん!!」

 セレンのことはもう全員が無視していた。いつものように泣きじゃくって見せても頭を撫でてくれる人はもういないのだ。

「なるほど、デライラ嬢何か意見は?」

 ディランは淡々と言葉を述べたが、デライラは2人に対する憎しみとそれから簡単に家族を切り捨てる貴族という生き物に心底ゾッとしていた。爵位のためなら簡単に娘息子の首を差し出す。

 デライラにはもう目の前にいる人間が暖かい家族には到底見えなかった。

「ございません。不貞をはたらき家族を殺そうとする人も……爵位のために簡単に家族を見捨てる人も……みんなみんな嫌いですわ。私は死んだことになっているのであればもう……いっそそのままベルティアの名を捨ててしまいたい」

 泣き崩れたデライラにベルティア伯爵夫人が近寄ろうとするも「来ないで」と拒絶されて彼女もまた泣き崩れた。

「お父様……じゃあ」

 セレンが命乞いを始めるとベルティア伯爵は小さくため息をついた。

「ディラン殿下、我が娘セレンは死罪にしてください。その上で、我が家は爵位を返上いたします。今回の事件は我が息子コニーが不貞や婚前交渉を見逃したことその全ては立場や政治に取り憑かれた私の責任です。犯罪者の娘を差し出して家族や立場を守ろうなど……伯爵の端にも置けないような行為でした」

「父さん!」

「黙っていなさい」

 ぴしゃりとコニーを制するとベルティア伯爵は続ける。

「ただ、お願いがございます。デライラだけは……十分に幸せな暮らしができるように爵位の返上前に財産を彼女にお渡しできないでしょうか」

「それには及びません」

 ディランはそっとデライラの隣に立つとさも当然ように顎を上げて堂々と

「デライラ嬢は今この時を持って僕の婚約者として我が別邸にご招待します。この1ヶ月、彼女の強さと賢さに僕は惚れ込んでいまして。不貞にならないようしっかりとこの場で2人を断罪してから彼女にも知らせるつもりでしたが。それでは、今後の爵位については王宮と保安局から知らせを届けさせます」


「どうして……お姉ちゃんばっかり! いやよ! お父様! 撤回して!セレンは死にたくない! いや、いや!」

 発狂寸前で連行されるセレン、驚いて動けないデライラ。唯一善良に育った娘が幸せを掴んだところでベルティア伯爵夫妻は平民として生きていく決意をした。まだ未熟だった息子の肩をポンとたたき、もう一度最初から家族をやり直すために。




「ちょっと、ディラン殿下婚約って……」

 帰りの馬車の中、動転するデライラにディランはクスッと笑って見せた。

「嫌だったかい? 王宮から婚約者候補をあてがわれて困っていてね。君を助手にしたいのに婚約者の女が騒いだら研究に支障が出るし……。無論、便宜上の婚約だ。君の許しが出るまでは手を出さないさ」

「そう、安心したわ。私、しばらくは恋愛とか家族とか……そんなの信じられないわ」

「まぁ、君の裸はあの夜に十分拝んだしね」

「やめてください」

「悪かったよ、しばらくは気の済むまで一緒に研究をしよう。勉強は得意だろう?」

「はい、殿下」

「その殿下ってのはやめていただきたいな」

「いえ、一線を引きたいので」

「あぁ、君は本当にお堅い人だな、全く……」

「でも、その……ありがとう」


 デライラはほんの少しだけ彼を信用し、ゆっくりと着実に幸せに向かって歩いていくのであった。










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