文化祭といえば模擬店だよね
「諸君、来たる青葉祭、我が部の模擬店だが、バルバジュアンをやりたいと思うがどうだろう?」
部長の晴野太陽は、くいっと眼鏡を上げて部員たちに語りかける。
11月に開催される青葉高校の文化祭、『青葉祭』に向けてそろそろ準備を始めなければならないタイミングということもあり、各クラスはもちろん、各部活動においても連日模擬店の内容が話し合われている状況だ。
「部長、そもそもの話なんですが、バルバジュアンって何ですか?」
他の部員たちも、知らないなと互いに顔を見合わせている。
「バルバジュアンはな、わかりやすく言えばモナコ風餃子だな。青葉祭は部の存在感をアピールする絶好の機会だ。他の部の連中のようにありきたりの模擬店をして埋もれてしまうような愚行は断じて避けねばならない」
なるほど、たしかにバルバジュアンなら間違いなく被ることはないだろう。さすが部長だと部員たちも感心する。
しかし――――
「部長、私は断固反対です!!」
異を唱えたのは、副部長の美空飛鳥。
「なぜだ飛鳥? バルバジュアン美味いじゃないか」
「美味いとかそういう問題じゃないんです。部長、私たちの部の名前は?」
「……シシカバ部だが?」
「でしょ? だったら普通にシシカバブやりましょうよ!! 他の部とも被らないし、美味しいし、串に刺して焼くだけだから模擬店にピッタリじゃないですか!! 何より部のアピールをする絶好の機会になにバルバジュアンとか言ってんですか? 馬鹿なの? 太陽なの?」
後半は部長に対する個人攻撃だが、二人は幼馴染なのでいつものことだ。ちなみにシシカバ部の活動内容は小説を書いたり読んだりすることだったりする。
「へえ……そうなんだ。シシカバブ良いじゃん!!」
飛鳥の提案にあっさり乗っかる太陽。
「ちょっと待て、自分でシシカバ部という名前付けておいて、アンタまさかシシカバブが何か知らなかったとか言わないでよね?」
盛大にため息をつきながら太陽を睨みつける飛鳥。
「え? マジで知らなかった。だってなんか語感が良いから付けただけだし。みんなもそうだろ?」
「いや、普通にシシカバブ知ってますけど……?」
残念ながら部長に共感するものは一人もいなかった。
「……マジか。てっきりシラカバの親戚かなにかだと思ってたぜ……っていうか、何でお前ら知っているんだよ。給食にだって出ないし、シシカバブ屋なんて見たことないぞ?」
自分以外全員シシカバブを知っていることに衝撃を受ける太陽。逆に命名した本人である部長が知らなかったことに部員たちは少なからずショックを受ける。
「他に案が無いなら青葉祭の模擬店はシシカバブで決まりで良いわよね?」
「そうだな……それで行くか」
「「「私たちも賛成です!!」」」
飛鳥の言葉に太陽、そして他の部員たちも賛同し、シシカバ部はシシカバブをやることに決定した。
「ところで飛鳥、シシカバブって簡単に言えば串焼きなんだろ?」
「そうよ。シシが串のことで、カバブが焼いた肉料理全般を指すの。日本で言うシシカバブっていうのは、インド料理のシークカバーブとトルコ料理のシシュケバブが混ざったような呼び方になっているけど、元々は同じ料理なのよ。向こうでは宗教上の理由で羊肉を使うことが多いけれど、牛や鶏、魚や野菜なんかを使っても良いから結構自由度は高いの」
これには他の部員たちもへえ……と感心して聴き入っている。
「そうか……好きなものを自由に焼いて良いんだな」
「そうね」
「じゃあ、俺は砂肝が良いな」
「良いっすね部長、俺は鶏皮が良いなあ」
「あ、それなら私は鶏つくねが良いです!!」
盛り上がる部員たち。それってもはや焼き鳥じゃね? などと無粋なことは言わない。
焼き鳥も広義ではシシカバブであることを飛鳥はちゃんと知っている。
◇◇◇
「今日はありがとね、太陽」
「うん? 何のことだ飛鳥」
帰り道、肩を並べて歩く二人。
日中はまだまだ半袖が欲しくなる陽気だが、この時間になれば吹く風は涼しく日が落ちるのも早くなってきた。季節はしっかりと秋へと足を踏み入れているのだ。
「とぼけないで。バルバジュアンは私が中学の時、初めて太陽に作った料理じゃない。憶えててくれたんだ……」
「……まあな」
照れくさそうに頭を掻く太陽。
「あんな言い方しちゃったけど、私、とっても嬉しかったんだよ?」
「飛鳥の料理は世界一美味いからな」
「もうっ、そんなこと言っても、今夜のおかずが一品増えるだけだからね?」
「うはっ、ありがてえ」
飛鳥の両親はトルコに、太陽の両親はインドに海外赴任しているため、二人はこの春から一つ屋根の下で共同生活をしている。
「それに……あんなこと言ってたけど、シシカバ部って付けたのだって私のためだよね? 小学校の頃、私が飼っていた犬、シシカバブが死んだとき一緒に泣いてくれたこと忘れてないんだから」
「まあ……な。でも料理知らなかったのはマジだぞ」
恥ずかしそうに笑う太陽に身を寄せる飛鳥。
「太陽は私のために小説を書く部まで作ってくれたんだよね」
「俺は大したことしてないさ。運良く顧問と部員が見つかっただけだ」
「嘘。私、知っているんだからね。太陽が毎日先生に土下座して、必死に部員集めをしていたことを。その姿を見て入部を決めたんだって皆言ってたよ」
「ったく皆、大袈裟なんだよ」
「たしかに。太陽は私のことが好きなだけだもんね~?」
両手で太陽の腕をぐいと抱き寄せる飛鳥。
「ああ、俺は飛鳥の作る料理も、書いた小説も、その可愛らしい顔も、くるくる変わる表情も、その心地良い声も……全部大好きだ。世界一、いや、宇宙一、いや、神さまより好きだ」
「もう……何よそれ。でもありがとう」
飛鳥は背伸びして太陽の首にキスをする。長身の太陽にはそれでも届かない。そのことに気付いた太陽がわざとらしく中腰になるが、飛鳥はそれを無視して話を続ける。
「やっぱりバルバジュアンも作ろうかな……」
「良いね、とりあえず串に刺せばシシカバブになるだろ?」
「いや、まあそうなんだけど、そこまでしてシシカバブに寄せる必要無くない?」
万物シシカバブ説。
「そういや青葉祭、飛鳥はコスプレどうするんだ?」
青葉祭は生徒が各自好きなコスプレをして参加するのが伝統だ。強制ではないが、毎年ほぼ全員が仮装する。
「私はね……自分で書いた作品の主人公、サン王子にしようかなって。誰も知らないだろうけど、ね」
サン王子は太陽をモデルにしたキャラだ。飛鳥はバレていないと思っているが、部員は全員知っている。もちろん太陽も。
「そ、そうなんだ……なんだか恥ずかしいな」
「な、なんで太陽が恥ずかしいのよっ!? ば、馬鹿じゃないの」
真っ赤になっている飛鳥だが、辺りはすっかり日が落ちているおかげで太陽からその姿は見えない。
「そ、そういえば太陽は何のコスプレするのよ?」
「え? 俺は飛鳥のコスプレしようかなって」
「……それって魔法少女ガンクルセイダーの飛鳥よね? ね?」
「いや、お前だけど?」
沈黙が二人の世界を支配する。
「……それだけは止めて」
「なんで? だって一番好きなキャラって飛鳥だし」
「良いからヤメロ」
「……はい」