一【慶応四年 正月三日 伏見】
つい先日までどこにでもあるような市街地だった伏見の街道は、たった一夜の戦闘で炎に包まれ、天地震動する大乱の地と化した。
大砲の轟音、鉄砲の銃声が鳴り響く中、街の建物は焼け落ち、ただでさえ少なかった仲間の数が更に少なくなっていく。
俺や仲間たちが駆け抜けているのは、そんな戦場のど真ん中だ。
「いたぞ!!」
「撃てぇ!!」
そう言って俺に銃口を向けるのは、西洋かぶれの軍服を着た男たち。
鉄砲なんぞを持ち出しているくせに着ているものまで最新式と来たものだ。
「「「「オオオオオォォォォッ!!」」」」
そして、そんな奴らを相手に刀一本で斬りかかるのが、俺たちの戦いだった。
パァン! パァン! ドォン!
「ぐっ……!!」
「がっ……!!」
横を駆けていた仲間が弾丸に倒れるのも無視して、風の如く駆け抜ける。
弾丸が頬を掠ったが、それを撃った敵兵は目と鼻の先だ。
「……!」
その弾丸を撃った張本人の鉄砲を真っ二つに叩き切って、がら空きの胴に一閃する。
「がっ……!」
短い断末魔と血しぶきが舞う。
己の身一つでそれを浴び、飲み込まれるように休む間もなく敵の人波へと斬り込む。
「抜刀ォ!」
「斬れぇぇーーーッ!」
走ることを止めずに1人2人と斬っていく。
既に刀を抜いた敵の多くが俺を囲み、仲間の殆どは撃たれ、戦況は絶望的。
ここで止まれば、死あるのみ。
殺されるよりも先に──
「殺す!」
敵の刀を切り払い、返す刀で首、1人。
その勢いのまま左右、2人。3人。
鍔迫り合いに持ち込まれるも足で膝を崩して斬る、4人。
「なっ!?」
敵の首を掴み、それを軸に別の敵の側頭部を蹴って首骨をへし折る、5人。
掴んだ首を離し、無防備になった背中に一撃、6人。
身を回し、後ろから斬りかかってきた敵に一撃、7人。
「そこか……!」
壁を駆け、人波を飛び越え、後方で鉄砲を構え直していた敵に肉薄、上から頭部に一撃、8人。
左右の挟撃、左へと足払いをかけ、右を切り上げ、そいつが手放した刀を左へと突き刺す、9人。10人。
正面からの斬り込み、銃剣での突撃、背後への不意打ち、いずれも全て斬る、11人。12人。13人。
「──ッ!」
14、15、16、17………………。
斬って、斬って、何度も、殺して。
いつまで続くかも分からない命のやり取りの中に身を投じる。
伏見の街は、より一層に地獄と化した。
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「はぁ……はぁ……」
あんなに鳴り響いていた大砲や鉄砲の音も、今だけは聞こえず、ただ燃え盛る炎と、焼け落ちる建物の音だけが届いてくる。
戦いが終わった……という訳ではないが、敵側もこちら側も、援軍の様子は無い。
俺たち側は戦況不利と見て一時撤退、向こう側はそれを深追いせず……ってところか?分かんねえけど。
「にしても……」
少し冷静になり、頭の血が下りて、俺はようやく周囲をゆっくり見渡すことが出来た。
「生きてる奴、1人もいねぇんだけど」
いや、他の場所に行けばちゃんと生き残りは居るだろうし、ずっと前にここから撤退した奴らだっているだろう。
だが、それらが抜きなら少なくともこの路での戦闘の後に立っているのは俺だけだ。
最後まで死ぬことなくこの場に居たのは俺1人。
目に広がるは死屍累々。
敵も仲間もお構いなし。
皆が平等に血を流して街道に転がっていた。
「……」
死ぬ……別に珍しくもない。これまでも、多くの敵や仲間が死んできた。それを俺は間近で見てきたし、その中には俺が殺してきた人間だっている。
こいつらも、今日になってその順番が自分に回ってきた、ただそれだけのことだ。
俺に弾丸を放った敵兵も、それ以外の敵兵も、同じ釜の飯を食っていた仲間も、さっきまで俺の隣で共に戦場を駆けていた仲間も、皆等しく死んだ。
「……」
血と硝煙の匂いに包まれながら、大炎上する伏見の街並みを見る。
伏見はもうダメだ。特に南側は助かってる家屋の方が少ないだろう。
「ひでぇ有様だ」
そもそも、俺やこいつらが戦っていた本来の理由は、人々の暮らしがこんな風にならないようにするためのものだった筈だ。
でも、この街を火の海に沈めたのは俺たちだ。
……俺たちが戦ったからこうなった。
何故俺たちはこんな筋違いの戦いをしているのだろう。
「おっかしいなぁ……」
気付けば雪が降っていた。
そういえば、今日は寒い冬の日だった。
滲んだ汗と冷たくなった空気は、切り傷に染みて痛い。
燃えた家屋が生み出した熱風のお陰でちょっとした暖が取れるのは、随分と皮肉な話だった。
屍山血河に降った雪が血に染まる。
かじかんだ手で刀を鞘に収めて、俺は戦場を後にした。
ここは寒い。