【かみさま】
「荷解き、なんて、何もない癖に良く言ったもんだ」
夢と別れ、寮の自室に戻った俺は、自嘲するように呟く。備え付けのベッドに、間に合わせで購入した寝具を敷けば、他に俺の私物はかばんとノイズさんに貰ったノートPCくらいしかない。幸い、テレビやテーブル等、備え付けの家具のおかげでそれらしい部屋にはなっているが。
半年前、美月が覚醒したその日に、俺の私物は焼けて消え、その数日後に大事だった人の殆どが死んだ。家族代わりだった、【機関】のメンバーは皆。
嫌だな、これ以上、思い出したくない。泣きそうになる。
ベッドに横たわって、枕に顔を押し付ける。涙を拭うためだったが、眠くなる。薬の効果か。幸い、夕食までは時間がある。それまで、少し休もう。
目を閉じると、眠気は強くなり、すぐに眠りに落ちてしまった。
「や」
はずなのに。俺は、何故か真っ白な空間で座り込んでいた。
夢と言うには余りに現実感のあるその光景には、俺以外に一人の女の子がいた。真っ白の髪を床につくほど伸ばした、小柄な少女はにこやかに俺に手を挙げた。
「……どうも」
挨拶してきた彼女に、一先ず俺も会釈する。
「あれ、思ったより困惑してるね。こういうの、慣れてんじゃないの?」
成程、これはこの子の異能か。挑発するように問う彼女に納得感を覚え、俺は暫く彼女と会話することに決めた。実に腹の立つ言い方だったが、今の所敵意は感じない。
「夢に入りこまれるのは生憎初めてでね」
「ふぅん。【征服者】はしなかったんだ」
「さぞ、あんたの友達は気の長い奴なんだろうな」
二言目もまた腹の立つ発言で、もう俺は苛立ちを覚えた。だから、皮肉交じりに言ってやると、彼女は首を傾げた。
「どうだろ?友達って一人しかいないから分かんにゃいなー」
「そうかよ。で?なんで俺の夢に入り込んだ?俺に何の用だ?」
煙に巻くように答えた彼女に、俺はこれ以上の雑談を止め、本題に入ることにした。
「あ、そうだそうだ忘れてた。君に、お願い事があってね」
こほん、と一泊置いてから、彼女は続けた。
「君が通う学校は明日にでも襲撃されます」
衝撃的、と言うには余りに唐突な発言に俺は眉を顰めるだけに留める。運命を見ることで、未来に起こる出来事をある程度予想できる男は知っているから、ありえないことではないが既に彼女は、俺の夢へ入り込む異能を見せている。このレベルの異能を二つ以上持つ彼女を、【管理局】が関知していないとは考え辛い。
「あー!信じてないな!これでも私、【征服者】の同類なんですけど!」
「根拠は?」
流石にその言葉は聞き捨てならない。すぐに俺は問い返した。
神にも等しい権能を、【神性】を持っているというのなら、見せてもらわなければ。
「君の名前と【征服者】の関係知ってて、君をこの場に呼び寄せて未来も予言できる以上にいる?」
呼び寄せた?この場は、俺の夢ではないのか。気にはなるが、それは今の所本題ではない。一先ず、置いておき話を続ける。
「言いたかないが、俺はそれなりに有名人なんだろ?あんたが俺を知っていても、全く不思議じゃない」
「ジェイド・アルケー」
「……何?」
思わず、問い返す。その名前を、何故知っている?【管理局】のメンバーでさえ、知らされていない人間もいる程の、機密を。
「聞いてみなよ、あいつに。私のこと、ようく知ってるからさ」
「あんたのことは、なんと呼べばいい?」
今の時点で、俺は彼女の発言が真実だとは思っている。が、裏はとっておきたい。そのためにも、話を通しやすくするために、彼女の名前は聞いておきたかった。
「そうだね、【かみさま】、とでも」
傲慢な本性が垣間見えるようで、笑えてくるネーミングだが、それで気が済むというなら呼んでやるとしよう。
「で、かみさま。あんたは、俺に何を求める?忠告だけをしに来たわけじゃないだろ?」
「まず、第一。その首謀者と相対する時が必ず来る。君にはその思惑を止めて欲しい」
「首謀者ってのは?」
「言わない。言っても意味がないからね」
その返答は予想できた。気にしても仕方ない。今の所は、かみさまと敵対する存在と仮定しておく。
「第二に、君の傍でそれを観測させてもらいたい。はい、これ」
おもむろに人形が投げ渡された。その人形の姿はどこか、かみさまを模しているように見える。
「これは?」
「所謂、化身みたいな物。私と直接繋げてて意思疎通も出来るから、それは常に持ち歩いてね」
これを持ち歩くのか、そういう趣味に見られるのはまあ良いけど、これに向けて話しかけてたら頭おかしくなったように見えかねないな。
「見返りはあるのか?」
「ない、と言ったら?」
「この場で殺す」
なんて、見返りなんてあろうがなかろうがどっちでも良いし、更に言えば彼女の指令に乗ってやってもやらなくても良い。これは俺のスタンスを示すためだけの言葉でしかない。
「笑い飛ばしてもいいけど、君が言うと冗談にもならないよ。ま、元々、ご褒美は用意してたんだけどね」
そんな俺の発言を虚仮威しに過ぎないと感じ取っていたのか、彼女は余裕そうな表情は崩さずに続けた。
「完遂してくれた際には、君の願いを一つだけ叶えてあげるよ」
そんな、胡乱な発言は、俺の心を動かすには十分だった。
「ようやく、かみさまらしくなってきたな」
軽口を叩きながら、俺の鼓動はどうしようもなく早くなっていた。願いが、叶う?美月を、蘇らせることができる?訝しげな発言だったはずなのに、俺の思考はもう、それしか考えられなくなっていた。
「残念だけど、彼女を生き返らせることは出来ないよ」
彼女が続けた言葉に、俺は落胆を隠せない。
「ま、彼女がいる世界に、君を送ってあげる事はできるけどね」
くすくす、と愉快そうに笑う。嘲笑だと感じるのは穿った見方だろうか。
俺は、その言葉の意味を測りかねていた。過去に戻せるということか、それとも。
「……悪魔め」
こうやって考えてしまうこと自体が、遊ばれてるように感じてきて、俺は吐き捨てた。こうまで情報がないと考える意味もない。
「良いだろう、乗ってやる」
「ほんと?やったぁ」
かみさまは俺の答えを聞いて、無邪気に喜んだ。
「それじゃ、そろそろ夕食みたいだし。起きたほうが良いよ」
ぱちんと、かみさまが手を叩くと同時に、目が覚める。
時刻は18時きっかり。夕食は15分からだから、もう直ぐだ。
「しかし、感じの悪い奴だったな」
【失礼だね】
苦笑混じりの呟きに、手元に握っていた人形が反応した。【かみさま】と同じ声に思わず、眉を顰める。
「……ああ、そういや化身だとか言ってたな」
少々驚いたものの、納得出来る範囲だ。状況を受け入れるのに、そう時間はかからなかった。今後、こいつを常に持ち運ばなければならないと思うと、頭が痛いが。
「それじゃ、飯行ってくるから大人しくしとけよ」
【今日の献立は何かな~】
人形をテーブルの上に置こうとすると、彼女は俺の腕にしがみついて離そうとしなかった。
「……ああもう、好きにしてくれ」
十数秒ほど格闘しても、決して離そうとしないかみさまに俺は根負けして、人形をポケットに突っ込んだ。
【むぐひい】
広いとは言えない空間の中で、彼女は苦しそうに言った。