災厄
「こちら、ふーきーん2年の遠宮てとら!喧嘩は見過ごせないよ!」
鈍く、痛む首筋を撫でながら、僕は立ち上がる。ふーきーん……?風紀委員、か?成程、確かに今のは外から見れば喧嘩に見えるか。僕がやっていたのは、明らかな外敵の駆除に過ぎないというのに。
「遠宮、先輩ですか?これはですね―」
倒れて動かない、寝宮。それを見た僕は、遠宮先輩に事情を説明することを最優先にした。
「大丈夫、分かってるよ!」
僕の言葉を遮り、自信満々に頷いた遠宮先輩。その様子に安心しかけた僕は、すぐさま困惑することになった。
「うん!見れば分かるよ!きっと君たち二人は幼馴染の大親友で今のも仲が良いからこその喧嘩みたいなものなんでしょ?」
何を言ってるんだ、この人は。寝宮とは方向性が違うが、この女性も明らかに、狂っていた。
「うん、うん!仲良きことは美しきことだけれども、校内ではそれなりに秩序を守らないとね!寝宮くんも、後輩くんも、いつものように仲良くしてカップル用のパフェでも一緒に突きたまえ!」
言いたいことを言い終えたのか、満足そうに遠宮先輩は鼻を鳴らし、学校の中へと戻っていった。
「遠宮め、まあいいか。どうせ、他がある」
寝宮も、最早僕に興味は無い様で、遠宮先輩の攻撃を受けたと見られる足を交換して中庭の外へ。
「一応、礼は言っておくよ、心逆くん。一つ借りができたね」
「七ツ星さん―」
僕が打撃を与えた腹部を支えながら、彼女は立ち上がった。両の眼は僕を睨みつけており、僕に声を掛けるのを躊躇させた。
「心逆くん、次は、負けないから」
七ツ星さんはそう吐き捨てて、去っていった。
ようやく一人になれた僕は、少しだけ、先程の戦闘を振り返る。
七ツ星はてな、彼女は圧倒的な経験不足という明確な弱点を持っていたが、成程確かにその異能は特級と呼んで差し支えない、強力なものだった。今回こそ、楽な勝負ではあったが、彼女が確かな経験と技術を手にした時、僕は勝てるのか?確実ではない。
遠宮てとら先輩、対象及び空間の動きをスローにする異能。今日のような奇襲であれば対応は難しい。が、元々僕は体質的に夢現が常時発動している事が多い。確信までは持てないが、夢現が発動している状況なら、彼女の異能も僕には効かない。充分対処できる範囲内だ。
寝宮神郷級、彼の『この世の全ては、代わりがある』という発言の通り、自分の部位をパーツだと認識し、この世のあらゆる物でその部位を再現する、というような異能。そして、攻撃用の異能の二つが確認できた。【破】では鬼門、夢現でさえ強引にその上から叩いてくる異様さがある。余り、相手をするのは得策ではないだろうが、相対した場合は本気を持って対処する必要がある。
『こんにちはっ』
明らかに肉声ではない、合成音声。喉元を見ると、何かの機械が付けられているのが分かった。
一見冷淡な様に見えるが、それと同時にどこか、幼い印象を受けるその彼女が敵かどうか、判断を保留にして僕は一先ず頭を下げた。
「……どうも」
『あなたも災難ですね。寝宮さんと遠宮さんに絡まれるなんて』
実に不思議なことに、機械から放たれた音声とは思えないほどに自然な彼女の声音からは、同情と心配気な感情がひしひしと伝わってきた。
『仮天真です。あなたよりも一つ、先輩ですよ』
「先輩、でしたか」
一つ、上。すなわち彼女も、先程の彼女と同じ、2年生。恐らくは寝宮も。
「失礼を承知で伺いたいのですが、貴女もあの二人と同じ、ですか」
『あの二人と同類扱いはされたくありませんね。しかし、同じ【災厄】か、と問われれば、頷かざるを得ませんけど』
【災厄】、ね。確かに、先程の二人を見れば理解できる。あのような人には理解できないような性質で、更に暴力が付随していると考えれば、災厄と呼んで然るべきだろう。
そして、会話こそまともに成立しているものの、彼女もまた、【管理局】とも違う、慮外の雰囲気を感じる。寝宮、遠宮先輩と比べれば大分マシとは言え、【災厄】と呼ばれてもおかしくないだけの実力は備えていそうだ。
『こほん、では本題に入りますよ?』
咳払い、何の意味があるのかわからないが、をしてから、彼女は続けた。
『まずは、素直に称賛致します。個人的に、要注目としていた七ツ星はてなに圧勝し、【災厄】の中でも度し難く御しがたい、寝宮神郷級をあと一歩まで追い詰めた。一年生としては充分過ぎるほどの結果でした』
称賛、ね。最後に無様に負けてしまっていては、その言葉は素直に受け取れない。
『よろしい。遠宮さんにあっさりとあしらわれた件には、しっかり悔しさを覚えているようですね』
顔に出ていたのか、そう指摘される。当たり前だ。言葉は悪いが、学生にあんなに簡単に敗北していては、僕の目標は、夢のまた夢だ。
「ええ、想定以上に鈍っていたことを自覚しました。この敗北を、二度味わうつもりはありません」
思えば、十年続けてきた修行を、もう半年以上も怠っている。それを言い訳にするつもりはない。が、このままにしておく訳にもいかない。
『良いですね。その意気です』
僕の発言を聞いて、満足そうな顔をする彼女。
「……で、あなたの用は?見ず知らずの人間に発破かけるために来たわけでもないでしょう」
そのまま、去ろうとした彼女に、思わず声をかける。
『……?あ!そうでしたそうでした。忘れて帰るところでしたよ』
この人、もしかして天然なのか?正直、外見からは全然そう見えないけど……
『あのですね―』
彼女が口を開こうとした瞬間、ぞわり、と空気が変わった。感じるのは、灼熱。それとなんだ?良い、匂い?肉の焼けるような―
新たなる、来訪者。校舎の中からやってきた男、短い白髪を丁寧に纏めた彼は、一切精力を感じさせないような瞳のまま、こちらにやってきた。
「まちなよ、かりそら」
どこかたどたどしい発音で、彼は口を開いた。
『これはこれは。2年筆頭様のお出ましですか』
成程、確かにこれほどまで分かりやすい実力を備えていれば、学年最強と呼ばれるだろうな、と思う。司ほどではないけど、【管理局】のナンバーを得てもおかしくはないほどだ。
「いやないいかたをするね。まあいいや」
溜息を吐きつつ、彼は続けた。
「けいこく、それいじょうは、るーるいはんだ。まだ、じきじゃない」
淡々と、言葉を紡ぐ彼。その言葉から察するに、2年生以上は新入生との接触を禁じられているのだろう。どういう理由があるのかは知らないが。
『忘れ、てた』
仮天先輩は、本気で忘れていたようで、顔を真っ青にしていた。やっぱりこの人天然だ!
「こんかいはねみやがわるいしめをつむるから、ここはひいてくれ」
『……そうですね、これ以上先を越してしまうのも、顰蹙を買いますし。最後に、心逆くん』
『また、逢いましょうね』
最後に彼女は僕の方を向いて、妖しく笑みを浮かべて、素直に去っていった。
「やれやれ、めんどうなのにめをつけられたね、きみ」
呆れたように言う、彼。その面倒なのが、誰を指していたのかは聞かないでおこう。
「ぼくのなまえは、梶谷透。きみのことはおぼえておくよ、こころざかくん」
底が見えない瞳で、僕の目を覗いて、彼もまた校内に去っていった。
さて、僕も行くか。これ以上ここにいても、何が起こるでもない。また厄介事に巻き込まれたくもないし。
「遠宮めが先行してしまったのである!早く行かないと手遅れになるのである!」
「もう手遅れな気がしますが」
校舎の中に入ると、メイドと、なんだ?鎧が中庭へ向かっていくのが見えた。まあ別にそういう生物なり、異能の持ち主がいてもおかしいなんてことは全く無いんだけれど。
「……つくづく、変な学校だな」
今日はもう帰って、寝よう。明日も、学校だし。
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