替わり者
「なっ!?」
寝宮の拳が、砕けた。余りに異様なことに、目を見開く。
「なんだ、思ったより大したことないんだな、金って。それとも、君が凄いのかな」
何でもなさそうに後退した彼は、ひび割れて半分も残っていない手首から先をぶらぶらさせる。
「なら次はこれでいこうか」
拳の残骸を左腕に叩きつけ落とした彼は、地面に敷かれた石畳に腕を押し当てた。
「【壊れてしまった代替品】」
そして生まれたのは、石で出来た剣。そこでようやく僕は、それが彼の異能だと理解する。恐らくは、手首から先を他の物質で補う、そんな異能だろう。
「さあ、どうかな」
地面につくほどの長さの石の剣の斬撃を、薄皮一枚で躱す。リーチは長いが、剣術は素人なんだろう、その剣筋は読みやすい。
「破の型、鉄壊!」
拳の強度を一時的に高め、石の剣を叩き砕く。
「これも駄目か。しょうがない」
寝宮は残念でもなさそうに言って、懐から何かを落とし、それを蹴り上げた。あれは、ペットボトル?水が空から溢れて、飛沫が上がる。
それが奴の狙いだったということに気づいたのは、奴の攻撃を受けてからだった。
「さあ、お休み」
剣の残骸を脱ぎ捨てた奴は、空から溢れた水を自らの手に変じさせた。そして間髪入れずに、その水の手で僕の鼻と口を塞いだ。窒息狙い、そのことに気づいた瞬間に僕は対抗手段を探した。
「ぐぐげ、ぼしぃ!」
破の型、崩れ星。蹴り上げて、蹴り下ろす。本来は脳を揺らすための技だが、今回は水を寝宮の腕から引き離すことに集中させた。
「【破】ッ!」
直様追撃に移り、奴の胴体に【破】を直撃させる。
「ああ、痛いなあ。痛いなあ」
幸い、今の攻撃は寝宮に大きなダメージを与えたようで、苦悶の声を上げるのが聞こえた。
「だから、体もかえることにするよ」
「は―?」
推測を誤っていた、こいつの異能は手首だけに留まらない、恐らくは全身の部品を他の物質で代替できるんだ。
しかし、こいつは、なんだ?僕が今まで出会ってきたどんな人間とも違う。何か、大事なものを失ったかのような―
「驚くことはないよ。この世の全ては、代わりがある」
僕の戸惑いを見透かしたように、寝宮は言う。
「自分が死んでも何も変わらない。自分じゃない誰かが死んでも、世界はただ、同じ時を刻んでいくんだから」
何の感慨もなく、ただ淡々と続けた寝宮に僕は、空恐ろしい感覚を覚えた。彼が、かつての僕に似ているということに気づいたから。
最早、決着を遅らせる理由もない。全力で、速攻で、意識を落とす。それが、最善手だ。
「幻の型、踏み荒らせ、水鏡分身!」
手を叩き、大きく音を鳴らす。そうして生まれたのは、十人の僕の分身。
「代わりが沢山だね」
これすらも、どうでも良さそうな感想を漏らす寝宮。ただ、反撃の準備はしていた。
「ならこれだ」
換装されていく両腕、そして生まれたのは機関銃。今までのとは、違う?
「【撃ち切っても止まない銃嵐】」
縦横無尽に放たれる、弾丸の嵐。
思わず、にやけてしまうな。他に異能を持っていたことは想定外だが、その攻撃は実に、僕に好都合な異能だったから。生憎、範囲攻撃系の異能は僕にとって、餌でしかないんだよ。
弾丸に貫かれた僕の分身が、一体、また一体と消えていく。それを脇目で見ながら、僕は駆け出す。寝宮はそれに気づかない。何故か?
技を使ったからだ。【朧駆け】、自分の幻覚をその場に残し、僕自身に視線を向けさせなくする技。だから、寝宮は、分身の中に僕の本体もいると誤認した。
「これは、やられたかな」
だから、水鏡分身の十人に、朧駆け含めた十一人の分身を彼が撃ち抜いた時、既に僕は彼の視界には収まっていなかった。
「頂いた」
寝宮の背後を獲った僕が、崩れ星を放とうとした、その瞬間だった。
世界が、ゆっくりになる。思、考、も。う、ご、き、も。な、に、も、か、も―
「ふたりとも、ス、トォォォップ!」
第三者からの打撃が、僕と寝宮を、ノックアウトした。