進むべき分水嶺
「それじゃ、行くか九郎」
「おう」
放課後、俺は直ぐに九郎を呼んで模擬戦を見に行こうとした。どれだけの人数が見に来るのかは知らんが、早く行くことに越したことはない。
「すみません、近衛さん。少し、お時間よろしいですか?」
そんな俺に声を掛けたのは、神泉幸だった。
あれから、二週間。これまで、会話らしい会話もなかった彼女が、久々に声を掛けた。そんな事実に、少し硬直してしまう。
「ひゅー、席取っといてやるからもてなしてやれよ色男」
なんて、事情を知らない九郎の冷やかしにも対応できず、俺は神泉と話すことを余儀なくされる。
「……あの時は悪かった。急に話を止めて消えてしまって」
「いえ気にしてませんよ。それでもお気になさると言うなら、今から伝えることを傾聴して頂ければ幸いです」
口元に手を当てて微笑した神泉が、笑顔を消して次に発した言葉は俺にとって驚くべきことだった。
「単刀直入に言います。今すぐに、貴方が接触している、神を名乗る者と縁を切ってください」
怖気が立った。どこから、情報が漏れた?嫌漏れるはずがない、俺はかみさまと接触したことを一人にしか伝えていない。確かに曼荼羅さんには伝えたが、彼女から情報が漏れるはずもない。
「どうやって、知った?」
「単純な話です。あなたの様子がおかしいように見えたので、カマをかけてみただけです」
「そんな訳ないだろ。そこまで具体的に言っておいて」
いたずらっぽく笑った神泉に、頭を抱えながら俺は返す。神と接触、なんて指摘しておいて、カマをかけただけなんて、言い訳になるわけがない。
「いえ、本当です。単なる推測です。と言うより、持っているイメージのない人が急に変な人形持ち始めたら、変に思いますよ」
「……あれって、もしかして目立つ?」
「上手く隠してるとは思いますが、ある程度親しい人にはバレてるんじゃないですか?」
九郎や姫の奴がたまに怪訝そうな目で俺を見ていたのは気のせいじゃなかったか……。
「嫌、待て。それだけじゃ、神なんてワードは出てこないだろ」
俺の問いを受けて、柔らかく、神泉は微笑んだ。
「それこそ、推測ですよ。初日に苦しそうだった表情が、どこか期待を持っているような表情に変わった。貴方が苦しかった理由は紫城美月の殺害、次いで機関の崩壊。ならば期待を持つ表情に変わった理由はそれの反対。紫城美月及び機関の復活、それが可能なのは誰か?それで思いついたのが、神格者の存在です」
「あなたもご存知の通り、神格者は今まで七人いたとされます。【英雄】、【無限】、【偶像】、【魔法】、【救済】、【征服】。いずれにせよ、強大な力を持っていたとされる者たち。人智を超える力を持っていた者たち。詳細に関しては私より貴方のほうが詳しいでしょうし割愛しますが、それよりも今挙げた名は一人足りませんよね?」
つらつらと語った神泉の指摘は、実に正しい。
確かに、一人足りない。だが、それは彼が秘匿しているからだ。【創造】の神格を持つ、【管理局】NO.1ジェイド・アルケーが。
本来は全てを秘匿するべきなのだろうが、彼らは異様に目立つ。幼少期から頭角を示し、十代の内には必ず大事件を起こす。そんな彼らだから、少しでも耳ざといやつの情報網には必ず引っかかってくるし、特に【偶像】こと、アイントラハトさんは歴史の教科書にさえ載るほどの著名人だ。
「まあ、それが誰かは問題ではありません。秘匿か、それとも誰にも知られず我が身を隠しているのか、勿論その足りない一人は前者でしょう。その名を知るものは僅かでも、存在するということは周知の事実なので。問題は後者が存在しうるか否か」
存在しうる、か。だが、正確に言えば、前者と後者の複合という方が正しいだろう。少なくとも、ジェイド・アルケー、俺たち【管理局】のボスは彼女の存在を知っているからだ。
「勿論、何の根拠もなしに言ったら、ただの言いがかりです。しかし、先程指摘したように、根拠は幾つかある。だから、カマをかけてそれが成功したというわけです」
そこまで言って、ようやく一息吐いた彼女に、俺は思わずため息を吐いた。
本当に、情報源もほぼ無い状況で、よくそこまで頭が回ったものだと思う。
「そこまで、推測でたどり着けたのは分かった。しかし、何で縁を切れ、という?お前はかみさまの人間性、神性か?も知らないだろ」
「ええ、知りません。ですが、まあ知れてますよね。よりによって貴方に接触する者なんて、醜悪に決まっている」
笑みを絶やして言った神泉の言葉は実に正しい。そして、きっと本当に俺のことを心配してくれているのだな、ということが嫌と言うほどに伝わった。
「……確かに、そうだな」
「でしたら」
「だけど俺は、その忠告を受け入れる事はできない」
だから、真摯に答えることにする。それが彼女に対する、最低限の礼儀だ。俺は、また美月に会いたい。嫌、正確に言えば俺が殺したという事実をなかったことにしたい。嫌な現実から、目を逸したい。
「そう、ですか」
悲しみの混じった表情を一瞬だけ見せた後、彼女は淡く、実に淡く微笑んだ。
「お時間を頂いて、申し訳ありませんでした。それでは、また明日」
軋んだ音を鳴らしながら、去っていった神泉。俺はただ、見送ることしか出来なかった。
【かばってくれて、嬉しいねえ】
そんな風に茶化す、かみさまの人形を俺は強く握りしめた。
「黙れ」
気丈に振る舞う神泉がまた、美月に重なって俺は、自分に苛立って仕方なかった。
分かってんだよ、間違いだってことは。それでも、止められるはずも、ないんだ。




