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神殺しの後日談  作者: 雑魚宮
第一章 入学
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二匹の虎

「校舎、見えてきた」


 僅か数分の道のりを多少の歓談で盛り上がっていると、早くも校舎の全体像が見えてきた。


「しかし、広いね」


 僕は、率直な感想を漏らした。平均的な校舎の大きさがどれほどのものかは知らないが、少なくとも、僕の知る限りでは最も広いそれに。

 三棟の校舎はいずれも見上げなくてはならないほどに大きく、外観は実に今風らしい。開校十年ほどと聞くから、それ相応の新しさだと思う。

 校舎と比べると流石に見劣りするらしいが、敷地内には他県他国からの入学者のために寮もある。入学者の過半数はこの寮に入るらしい。自分は通学なので縁はないだろうが、交友関係次第では寮の様子も知れるだろう。


「僕らは通学だけど、寮ってどんな感じなんだろうね」

「……?私は寮」

「嫌そんな、言うまでもないみたいな顔されても」

「ふふふ、冗談」


 ……表情は乏しい割に、存外愉快だと思う、この娘。


「入寮は今日から。荷物は届いてるから。今日だけ、家から来た」

「成程ね。僕は実家だけど家から結構遠いんだよね。寮も興味あるから、どんな感じか教えてよ」


 半分、嘘。家からは遠いが、それが理由じゃない。家に居辛いだけ。


「構わない」

「助かるよ」


 なんて、言っている間にもう少しで敷地内だ。


「おはよう、新入生ですわね?」


 校舎前に5人の男女。その中でも一際目立つ、校門前に立っていた、お嬢様然とした女性から声をかけられた。


「ええ、そうです」

「早い到着で感心ですわね」


 真剣な表情を崩さず、頷く彼女。


「私は3年の聖定坂歌音(せいていざかかのん)。生徒会長を任されております。直接関わる機会は少ないでしょうが、覚えてくれると嬉しいですわ」


 軽い自己紹介を終えて、手を差し伸べてきた彼女に、戸惑いつつもその手を握る。続けて、恋之淵さんとも。


「あなたたち1年生の教室はA棟の4階ですわ。クラスの通知は届いていますわよね?」


 僕たちがうなずくと、彼女は微笑んだ。


「なら、問題はありません。先に進んでくれて構いませんわよ」


 促され、僕たちは真っ直ぐ校舎の方へ向かった。

 他の、生徒会のメンバーだと思われる四人に見送られながら、先へ進んでいく中で、その内の一人が目に入った。


 最奥にいた、男性。外見に強烈な印象があるわけではない、存在感があるわけでもない、強いとも思えない。そんな彼から何故か目が離せず、彼の目の前で一度、立ち止まってしまった。


「どうかした?」


 何でもないように、問うその男。僕は、そこで彼に抱いた感情に気がついた。


「いえ、すみません」

「そう?僕は都一生(みやこいっしょう)、副会長をしてます。困ったことがあったら、いつでも言ってね。この学校、色々変だからさ」


 不躾な態度だった僕に、実に丁寧な対応。礼をして、足早に先へ進む。

 何故か、僕は彼に、根源的な恐怖を覚えていた。死への恐怖、何故か彼のそばにいると、それを如実に感じた。

 先へ進んでも、残り香のようなその恐怖は完全には失せてくれない。その恐怖を少しでも軽減したくて、恋之淵さんに話しかけた。


「恋之淵さんは何組?僕B」

「私も。奇遇。ぴすぴす」

「急に可愛いことするね君」


 これが素なんだろうか。いずれにせよ、彼女のお陰で少しは気が紛れた。


 校舎に入り、正面の階段を登る。


「しんど……」

「エレベーター欲しくなるね」


 どこかにはあるのかもしれないが、今から探すほうが面倒だ。

 軽口を叩いている間に、階段を登り終え、共にB組の教室へたどり着いた。


「どうも」


 ドアを開けると、どうやら先客がいたようで挨拶された。

 先客は隣り合った席に座った二人。挨拶をしてくれた、無造作に長く伸ばした黒い髪の線も、表情も薄い少女。もう一人は、やけにガタイの良い、筋骨隆々の女性。おそらく2メートルは超えている。眠っているのか、微動だにせず机に突っ伏している。

 およそ対照的とも言える二人に挨拶を返しつつ、席順が書いてある前方のホワイトボードへ向かう。


「うお」


 ホワイトボードに近づくと、その先からドン、と破裂音のような大きな物音がした。


「A組で何かあった?」


 疑問に思っている様子の恋之淵さん、しかし僕にはその音に聞き覚えがあった。


「喧嘩でもしてるんじゃない。この学校じゃ珍しくもなさそうだし」

「止めに行くべき?」

「……嫌、いずれにせよもう終わってるよ」


 この音を放った人物がどちらにせよ、直撃して立っていられる奴はそういない。もう、僕らに出来ることはないだろう。そう判断して、僕は席の確認を急いだ。

 どうやら一クラスあたり十名の生徒。およそ異能と言うなんでもありのものが存在している以上、これでも多いくらいだ。

 席順は当然のように、五十音順で決められており、僕の席は恋之淵さんのすぐ後ろだった。

 ついでに、他の名前も一通り目を通しておく。挨拶をしてくれた彼女が、人形ヶ原負荷(にんぎょうがはらふか)。寝ているほうが、久尾詞(くおことは)という名前であることが分かった。そして、僕の隣の席になる八雲めぇという名。変な名前だなと思いながら、席に戻る


「!?」


 腰を下ろした瞬間に、後方でも似た爆音が聞こえた。一体、学校を何だと思っているんだろう、あいつら。



 A組では、心逆の予想通り、喧嘩が行われていた。


「はぁ!」

「危なっ!」


 そして、彼の予想通りそれは、喧嘩と言うには程遠い、戦闘と呼んで差し支えないものであった。

 その教室には二人の人物だけが存在していた。最も、その内の一人は、『一人』と数えるのが正しいのか、怪しい存在なのだが。


「……あのさ、教室に入ったばかりで襲われるなんて聞いてないんですけど。もうやめにしない?お互い怪我したくないでしょ?」


 一方は、少女。実に一般的な女子学生の風貌だった彼女だが、一つだけ常人とは違う点があった。手に抱えた大きな槌。鉄で出来たそれは相応の重さがあるだろうに、まるで無重力にいるかのように、簡単に持ち上げている。


「安心しろ、貴様との経験は必ず奴を倒すための糧としよう!」


 もう一方は、人型の、鮫であった。両の足で地に立ち、自在に地上を翔けるその姿は、最早鮫と名乗らせるには、余りに特異であった。躱され床に叩きつけられた拳は、コンクリートを砕きつつも、一切の傷はなかった。


「話が通じなくて困るなあ」


 再度、血気盛んに襲いかかる鮫。彼女は悠然と片手に槌を抱え、ただ手を振りかざす。


「【過重】」


 そして、言葉と同時に腕を振り下ろした。


「ぬっ?」


 鮫に伸し掛かる、多大な重み。およそ地球上では感じることのないだろうその重さに耐えきれず、床が、みしりと音を鳴らした。


「その程度か?」


 だが、鮫にはその重さは多少、軽すぎた。


「はぁ!?」


 それで終わると思っていた彼女は、目の前の鮫が平然と立ったままだという事実に、思考が止まる。


「喰らえ!」


 その隙を狙い、鮫は渾身の打撃を叩きつけた。


「くぅ!」


 が、少女もまた、彼の攻撃を意に介さなかった。コンクリートを容易く砕く打撃を受けて尚、彼女は後ずさりさえすることなく、その場で立ったままでいた。その姿に、鮫は満足そうに笑う。


「ほう、やるようだ。だが、隙だらけだぞ!」


 無傷であろうとも、止まった体は中々動きを始められない。鮫の連撃が始まると思った、その瞬間だった。

 鮫と少女の間に立ち塞がった、小さな影。その影は、鮫に向かって攻撃を仕掛けた。


「【破】ッ!」


 叩きつけた掌底、高らかに鳴った破裂音。その音と共に、大きな体格差を物ともせず、鮫は吹き飛ばされる。


「はてな、大丈夫?」

「へ、黒虎(ヘイフー)~。死ぬかと思ったよ~」


 その背丈の低い人物が少女に気遣う言葉をかけると、助けが来て気が緩んだのか、今まで気丈に振る舞っていた彼女が泣き言を漏らす。


「―成程、成程なぁ。地上にも、このような慮外の者は大勢いる、か」


 そんな中、その化け物は平然と立ち上がった。二人が戦闘態勢を作ると、鮫は敵意がないことを示すように、両手を挙げた。


「大した拳術だったぞ、貴様。名は何という?」

「……黒、黒虎」


 戦闘態勢を崩さぬまま黒虎が答えると、鮫はその名を何度か繰り返し口に出し、満足そうに頷いた。


「黒虎だな。覚えた。貴様に免じてここは退いておこう」

「ここだけじゃなくて、今後せめて教室で戦るのはやめてくれないかな。戦闘ができる人ばかりじゃないんだし」


 黒虎の提案に、鮫が思案する様子を見せた。


「ふむ、それも一理ある。非戦闘員を巻き込んでしまえば、私も【破壊鯨】や坊と変わらなくなるか」


 そして、納得したように頷き、黒虎の提案を受け入れた。その後鮫は、少し頭を冷やしてこよう、と言い残し、教室を去っていった。


「ありがとう、助かったよ」

「気にしないでよ」


 何とか戦闘が終わって、一先ず、二人が落ち着けると思った矢先だった。


「うわー!何だこの教室!」


 新たに教室に入ってきた女性が、驚きの声を上げたことで、七ツ星と黒虎が教室の惨状に気づいた。


「……どうしようねこれ」


 かつて机や椅子だったものの残骸が埋め尽くした教室で、皆がただ呆然とするしか無かった。


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