圧倒
「このくらいの広さでいいかな?」
「ええ、ありがとうございます」
模擬戦を行うために体育館まで向かった私たちを待っていたのは、確か嘉山空白という教師だった。
彼は私たちが訪れると剣を一振りし、空間を作り上げた。改めて、デタラメだと思う。
『それでは私たちは外から拝見させていただきます。いってらっしゃい』
仮天さん、梵天さん、不浄さん、人形ヶ原の四人は空間の外に残し、私たちはその空間に足を踏み入れた。
「相変わらず、何もねえ空間だなあ」
帝斗がボヤく。私は、彼のボヤきを無視して、先程の夢の発言を思い出していた。
三人いっぺんに相手する、なんて、実にエゴにまみれた発言だ。彼のことは嫌いではないが、あの発言は正直鼻についた。夢には現実を見てもらうしかない。
「まずは私が行く」
だから、私は先んじて、余裕そうな態度でストレッチをしていた、夢へと歩を進めた。
「おいおい、協力したほうが……」
「いい、むしろ邪魔になる」
そもそも三対一なのだ。そのままやれば、圧勝に決まっている。
「んー、そうなっちゃうか」
そんな私達のやり取りを見て、少しだけ落胆したように夢が言った。
「まあ、それでもいいか。始めよう」
ストレッチを止めて構えた夢へ、私はゆっくりと歩みを進めていく。流石に走る、なんて大人げないことはしない。別に怪我をさせたいわけでもない。分かってくれればいい。仮に一対一だったとしても、私を相手するのは難しいということを。
「行くよ」
夢の目前に立った私は、殴る前に言った。流石に防御態勢なしでは、大怪我は免れない。念には念を入れ、軽く軽くを意識して私は拳を振った。
「おいおい、流石にそれくらいは受け止められるよ」
意外なことに、私の拳は簡単に手のひらで受け止められた。流石に、手を抜きすぎていたかな。思い返せば、戦闘術の授業では毎度黒虎とかいう子と大立ち回りを演じている夢だ。そこまで気を使う必要もなかったか。
なんて、思っていた瞬間だった。夢が私の拳を握った。最初は触れられたことにさえ気づかないほどだったその感触は段々と強くなり、痛みになり、軋む音がなり、このまま強くなっていけば、拳が砕かれそうな気さえした。
「うわあああああ!」
そんな未来が見えた時、私は反射的に夢の腕を振り払った。
「竜胆、次は手を抜かないで来てよ」
なんだ、今のは。冷や汗が、全身に浮かぶ。それは、紛うこと無く恐怖、命の危険が間近に迫っていたことを今頃になって理解する。ただの人間のはずなのに、なんで、なんで、夢に、父が被る?
「う、があああああああ!」
恐怖のために彼から全力で放れた距離は想定より長く、その恐怖を振り払うために全速力で拳を叩き込むことに決めた。もう、なりふり構っていられる状況じゃなかったから。
そして、私は迷うこと無く実行した。全速力で、夢の体に拳を叩き込んだ。
「か、たい?」
それなのに、確かに、拳は届いたはずなのに、夢は微動だにしていなかった。両腕で防御態勢を作っていたとは言え、そんなことが、ありえるのか?
「流石に、【鉄壊】を使わせてもらったよ。君の本気を、素で受けられるほど頑丈じゃないからね」
なんて、簡単に言ってのける彼が拳を振り上げたのを見て、私は確信した。彼は人の身でありながら、龍の域に達したものだと。
「さて、まずはりんど―!」
反撃が、来ることはなかった。それは何故か、ピンク色の細い何かが、いくつも夢の右腕に絡みついていたから。
*
「そこまでだぜ、心逆くん」
俺には、戦闘経験なんて数えるほどしかない。それも別に大したことをしたわけじゃない、ただこいつが、【吸収癖】が暴れてくれただけだ。
だが、そんな俺でも、十二単さんがヤバい奴なのは分かるし、心逆くんがそれ以上のド級にヤバい奴だってことくらいは分かってる。
だから、十二単さんが一人で行った後も、タイミングは見計らっていた。
本来は他人に見えない程に細い、【吸収癖】を大量に重ねることで触手のように見立て、心逆くんの腕に絡める。上手くいくかは分からなかったが、成功して何より。
(どうやら予想通りだったようだな、帝斗)
(ああ、心逆くんも攻撃する時には、吸収が通るようになる)
俺の中にはもう一人、いる。それがギルガルガであり、一年前に俺に寄生した宇宙人だ。寄生された当初こそ、戸惑うに戸惑ったが、意思疎通が出来た後はこのように仲良くやれてる。
「やるじゃん、帝斗」
称賛の言葉、素直に受け取れる訳もねえその後に訪れたのは、ただただ冷静な一言。
「だけど、この程度なら対処は容易いよ」
「うお……!」
引っ張り返すことで触手を剥がそうと試みた、心逆くん。そこらの人間なら一笑に付せる行動だが、彼がやるとそれは夢物語ではない。一本、一本と触手が剥がされていく中、救世主が現れた。
「屍肉を貪る有意差に貧しない体の業界!」
「まあ、来ますよね」
九豆里先輩の援護、ありがたいにも程がある。俺は再度、触手を絡めることで、動きを封じ込める。
「十二単ちゃん、早くぶっこんでやれ!」
「……任せて!」
そして、止めの一撃は彼女に託す。彼女の一撃なら、彼にも届く。
「だあああああああ!」
動きは封じている。その一撃は必ず―!
*
「は?」
私の拳が、夢に届くことはなかった。届かせたはずの拳は、まるで彼をすり抜けたかのように空を切ったのだ。嫌、実際に彼をすり抜けた。何が、起こった?」
「……素直に称賛するよ。夢現を使うつもりはなかったのに、良く使わせた」
「ゆめ、うつつ?」
それが何かは分からないが、彼の必殺技の様な物だということは分かった。
「あー、十二単ちゃん、戦闘術の授業寝てんのか?何度も同じのやってると思うんだが」
「寝てはないけど」
まあ真面目には受けてないかも。受けなくても最強、なんて今まで思ってたけど、どうやら間違いだったということが分かった。
「じゃあ、真面目に受けてない竜胆には、少し本気を見せようかな」
くすり、と笑った夢。そして直ぐに、連打が訪れた。直ぐに私は防御に転ずるが、余りの速度の打撃に防御は追いつかなくなる。
「そのまま、やらせるかよ!」
「二度目は無いよ」
私を蹴り、その勢いで触手を再度伸ばした帝斗へと向かう。
「【水晶蓮華】」
先程の【ゆめうつつ】と同じように、触手は夢をすり抜け、近づいた瞬間に、無数の打撃が帝斗を襲った。
「が、は」
帝斗が崩れ落ちる。そして、夢の視線は私へと向かう。
「封印を構うエログロちっくなジュニア要素!」
「っ!?」
久豆里さんの打撃が通る。そして、それを食らった夢は、私にもありありと分かるほど、驚愕していた。何故?
「あー、そういうことか。久豆里さんの言葉が僕にしか通じない理由が分かったよ」
一度はまともに食らっていた夢だったが、続く打撃は軽くいなしながら、ひとりごちる様に呟く。
「同じ穴の狢だ、僕らは」
そんな言葉とともに、重い、重い一撃が久豆里さんを襲った。
「【怒張一体】」
そして、久豆里さんも沈む。残るは、私だけ。
「さて、竜胆。君の欠点は、その臆病さだね。僕とまともに殴り合える才能を持っているのに、相手が自分より格上だと思うと、足がすくんで動けなくなる」
講釈を垂れながら、私へと歩みを進める夢。彼の語る言葉はどれもその通りで、歯ぎしりしたく成る程に屈辱的だ。
「君の過去に何があったかは知らないけど、恐ろしい何かが、常に近くにあったんだろう。だから、ショック療法を受けてもらう。かつての恐怖よりも、より恐ろしい物があれば、もう怖くないだろう?」
その論理は無茶苦茶が過ぎる、とは思ったが、もう既に彼は目前まで来ていて、恐怖もまた、目前まで迫っていた。
「【破】ッ!」
彼の掌底を食らった私の意識は、そこで途切れた。




