あれから一週間
一宮院学園高等学校異能科、僕がこの高校に入学してから、早くも一週間の時が流れた。
入学の翌日に起きた大規模な襲撃の傷跡は未だに完治とは言えないが、それでも高校生活は流れそれなりにこの環境にも慣れてきた。
「心逆くん、飯行こうぜ」
午前中の授業は全て終わり、昼休みに入ると、クラスメイトの一人加賀帝斗がすぐに僕に話しかけてきた。彼は特に仲良くなった友人の一人で、良く昼食や放課後の時間を共にする。
「ごめん、帝斗。今日は先輩と約束してるから」
今回も快く頷きたいところだったけど、生憎本日は先約があった。断ると、少しだけ寂しそうに帝斗は苦笑した。
「あー、そっか、残念。しょうがねえや、十二単ちゃん行こうぜ」
「嫌。帝斗と二人きりはしんどい。夢がいる時なら行ってやってもいいけど」
間髪入れずに彼は、共通の友人である十二単竜胆を誘ったものの、すげなく断られていた。竜胆にお疲れ様の意で手を振ると、彼女は無表情のまま手を振ってくれた。
「やってもいい、って地味に上からでやがりますねえ」
僕の隣の席に座る、八雲めぇが微笑みながら言う。初日こそ僕らと昼食を共にした彼女だが、それからは毎日いつの間にか教室を後にしていて誘うタイミングがなかった。今日も予定があるようで、そのまま教室を出ていった。
そして、僕の前の席にいるべきはずの、恋之淵さんは一週間前の襲撃から、学校に来ていない。それだけの傷を負ったのだろう。何度か連絡はしたが、返事はない。
なぜ、恋之淵さんが狙われたのか?それは分からない。彼女の異能に起因するものか、それとも無差別か。どちらにせよ、友人が狙われたことには腹が立つし、何も出来なかった自分にも苛立つ。師匠をむざむざ死なせた癖に、何も成長していないのかよ、と思わずにはいられない。
「……良ければ、二人共一緒に来ない?」
少しだけ間を置いてから、僕は帝斗と竜胆の二人にそう尋ねた。
「それなら行ってもいい」
「誘いは嬉しいけど、俺たち、呼ばれてもないのに行っていいのか?」
豪胆に言ってのけた竜胆と、遠慮がちに聞いた帝斗に微笑み返す。
「うん。きっと、歓迎されると思うよ」
竜胆は勿論、帝斗も恐らく何らかの武器は持っている。だが、それでも、凪裏さんを始めとした敵対勢力には全く足りていない。
彼らが犠牲になった時、言い訳はしたくない。だから、出来るだけの備えはするつもりだ。最低限以上に、二人を使い物にする。それが僕の、僕なりの責任だ。
「それ、私もいいですか?」
声のした方を向くと、そこにはクラスメイトが。僅かに上がった口角だけが、彼女が好意的な感情を示していると教えてくれた。
「人形ヶ原さん、どういう風の吹き回し?」
が、彼女に裏があるということは、僕は知っている。少しだけ警戒して、問い返す。
「正直なところ、以前から皆様に話しかける隙を伺っていたのですが、機会がなかったもので」
「……そっか。勿論、歓迎だよ人形ヶ原さん」
裏の顔はおくびにも出さない彼女、腹芸では相手の方が何枚も上だろうと判断した僕は、彼女の問いに頷く。
僕の答えを聞いた彼女は唇だけの笑みを絶やさず、僅かに目を細めた。
*
「私、B棟の2階より上、初めて来たな」
「本を読め本を」
中庭を抜けB棟の扉を開いた僕たちは、待ち合わせ場所の3階目指して、階段を上る。
「で、心逆くん。その先輩ってどんな人なんだ?」
「僕もそんなに面識あるわけじゃないからなあ。でも、仮天さんって人はとても愉快だったよ」
帝斗からの問いに、僕は一週間前の彼女の姿を思い出しながら、正直な印象を告げる。人となりはまだ全然知らないけど、少なくとも面白い人ではあった。
3階に上ると、そこに人気は殆どなく、ただ一人部屋の前に立つ一人の影があった。
「あれは確か」
以前仮天先輩と一緒にいた、確か久豆里先輩だったか。彼女が体をぶらぶらさせて、暇を持て余しているように見えた。
「どうも、久豆里先輩」
「これはこれは、心逆くん。一週間ぶりだねぇ」
僕が声を掛けると、彼女は僕を覚えていたようで、好意的な声音で返事をしてくれた。
「そうですね。仮天先輩結構怒ってたみたいですけど、大丈夫でした?」
「怒ってたねえ。私としては助けを呼びに行った、つ、もり?」
言っている間に、彼女の顔色が徐々に変わって、青ざめたような、それでいて興奮で真っ赤になっているかのような複雑な表情を見せた。
「……え、もしかして私の言葉、伝わってる?」
「まあ、そりゃ伝わりますけど」
別に訛りがあるわけでもない、極めて一般的な日本語だと思うが。
「……夢、何言ってるのその人?」
そんな、不快げにさえ思えるような声を竜胆が上げた。
「え、いや、別に普通じゃ―」
振り返ると、同じように怪訝そうな表情を見せた帝斗。興味深げに口角を上げる人形ヶ原さん。何かがズレているのは、明白だった。
「え、え、う、ごめん、泣きそう」
何が起こっているのか推測しようとした瞬間、久豆里先輩がそんなことを言い出して、本当に泣き出した。
「え?え?」
僕はもう、困惑するしかない。あたふたしながら、どうするべきか悩んでいた時、目前の教室の扉が開かれた。
『どうしたんですか、久豆里さん。そんなに泣かなくても別にそこまで怒ってるわけじゃ―』
泣いてる久豆里さんを見て、あたふたしている僕を見て、その他三名の新入生を見て、百面相を作った後、やっと仮天さんは再度口を開けた。
『……ええと、どういう状況ですかこれ』
それは僕が聞きたい。




