過虐のパンタシア
「旧交を温めたくもあるが、実は急いでいてね。済まないが、また今度の機会にしてくれるかな?」
不味い、不味すぎる。本調子でも難しい相手、今の状態では勝ちの道筋は限りなく狭い。
「ン?こいつら見逃す気かヨ凪裏」
「殺せるものならそうすればいいパンタシア。【管理局】と今から来る人類最強を敵に回せる、覚悟があるなら、ね!」
斧の女に返答していた凪裏さんに襲いかかる剣、それを容易く彼はナイフで弾く。
「お前の相手は俺だ、裏切り者」
剣を片手に現れたのは、司。直ぐに、彼は凪裏さんに襲いかかった。
「おやおや、冷泉の忘れ形見。これも運命だね」
「ほざけ!」
彼が放った剣も、近距離での斬撃も、咄嗟に躱した凪裏さんは、実に嬉しそうに大きく微笑んだ。
その軽薄な態度が癪に障ったのだろう司が、怒号を上げた。
「【純愛剣】!」
司の背後に生まれた無数の剣、天を埋め尽くす程のその物量は一斉に凪裏さんに襲いかかった。
「それだけじゃ、足りないよ」
無数の剣さえも、彼のもとには届かない。まるで、そうなることが分かっていたかのように、紙一重で避けていく。
【運命視】、起こる事象の全てを予期することが出来る異能。司の奇襲も、剣が来る場所も、全て彼の目は予測している。
このままでは不味い。冷静さを欠いた司では、その隙きを突かれる。早く、何か伝えなきゃ、そう思うと司が駆け寄ってきた。
(二人とも、そっちは任せるぞ)
(……!司こそ、頼むよ!)
僕ら二人に聞こえるほどの声で言った彼に、安心する。少なくとも、司は冷静だ。なら、あの人相手でも勝ちようはある。
「おいおい、よそ見してんなヨ、ガキ共」
そんな安堵は直ぐに消え去る。司が向かって直ぐに、巨大な斧が僕を襲ったから。
「ぶちのめしてやラァ、【暴虐の斧】」
大ぶりの斧が僕に向けて放たれる。が、僕だけなら、夢現で問題なく回避できる。それ程、怖くはない。
「ラァ!」
二撃、三撃と、斧が振り下ろされるが、全て僕には届かない。
「なんで無傷なんだヨ、お前。たく、凪裏の奴、情報くらい寄越せってんダ」
そんな現実に、斧の女は苛々したのか、カリカリと頭を掻く。疲れたのか、斧に顎を乗せ休み始めた。
「大振り、直情的、攻撃一辺倒、か」
「凪裏さんに比べたら、雑魚同然だね」
僕が敵の傾向を分析すると、黒がしたり顔で言った。
「比べれば、だけどね」
呆れ混じりに返してあげる。
あの攻撃性は僕はともかく、黒に対しては致命傷になり得る。僕自身も、一瞬でも気を抜けば一撃で落とされかねない。
とは言え、それは僕たちが相当消耗しているからだ。黒は著しく消耗、僕に至っては両腕がほぼ使用不能。本来のコンディションなら、単独でも恐るるに足らないレベルなのに。最も、実際に拳を突き合わせている今、言い訳にもならないが。
「ねぇ」
思索を重ねる中で、黒が僕を呼んだ。何、と問おうとしたけれど、それは止めた。黒が言いたいことが、分かった気がしたから。
「あれ、やろうか」
「分かった?」
僕が言うと、いたずらっぽく黒が微笑んだ。だから僕も笑い返してやる。
「分かるよ、この状況ではそれくらいしかないでしょ」
足し算では意味が薄いが、掛け算なら、活路はある。
「合わせてよ、黒」
「言われなくても」
黒がまず、混じり震脚を放つ。そして、それに合わせて僕が夢現を発動した。同時に放ったそれらは化学反応を起こし、いつもとは別種の現象を起こす。
脳の情報が、一瞬で僕の脳内に伝播する。それを噛み合わせず、黒へ送ることで僕の情報も黒に伝わる。以心伝心を真の意味で可能とする、僕と黒だからこそ出来る、幻と塗の融合にして極地。
「【鳴り止まない彼方の心音】」
背中合わせで、お互いの両手を握り合う。心と心をより繋げるために、お互いの技を正しく再現できるように。
「んダ、そりゃア」
一拍置いて、彼女が漏らしたのは嘲笑。滑稽だと思ったのか、未だにその表情から笑みは消えない。
「死にてえなラ、そう言えヤ!」
パンタシアが、僕ら目がげて薙ぎ払うように斧で払った。
が、どちらにもその斧が命中することはなかった。
『【夢現・共】』
夢現の共有、繋いだ手を通じてお互いに世界と噛み合わない状況を作り出す。
そして、共有できるのは僕の、幻だけじゃない。
「【金剛腕】!」
鉄壊を共有し、磨き上げた技。鉄壊を超えたその技は、金剛石さえ打ち砕くほどの強度となり、パンタシアを襲う。
「がぁ!」
パンタシアを、両の腕で挟み込むように放ったそれは、彼女に甚大な被害を与えた。
が、それでも尚、痛みに喘ぎながらも、彼女は大斧を振り回す。
「手前ラァ!もう終わりだゾォ!」
パンタシアの雰囲気が大きく変わった。赤く染まったその斧は、初めの一撃とは比べ物にならない威力となっていそうで、この一撃だったら僕は止められなかっただろうな。
推測するに、怒りの程度に応じて、斧の威力が上がる異能だったのだろう。僕らを睨めつけながら、冷静に隙きを見逃さないとするその雰囲気は、彼女の真髄はここからだということを思い知らす。
だが、生憎、僕はもうそこにはいない。幻影を残して、僕はパンタシアの背後に位置どっていた。もう既に、勝敗は決している。
黒に合図を送ると、黒はただ頷いた。
「だぁ!」
黒の混じり震脚によって、遠隔でありながらにして、黒の技術の全てが僕に伝わってくる。だから、後は、決めるだけだ。
「【静謐の世界】」
腰を落として、正拳突きの構え。黒の秘奥の再現、黒のそれに比べれば大分不細工ではあるが、今一撃を決める分には問題ない。
「【覇天】!」
全身全霊を載せた正拳。腹部を粉砕するように放った綺麗な突きは確かに、彼女を打ち貫いた。
「が、はぁ」
パンタシアが崩れ落ち、僕もまた崩れ落ちる。限界はとうに過ぎていた。
「っと」
地面に落ちる前に、黒に抱えられた。
「司の助太刀に行ってくる。夢はここで休んでて」
交わす言葉もそこそこに、足早に黒が司たちが向かったほうへ。
「嫌、こっちも終わったよ」
と、その前に肩を落とした司が向かってきていた。
「司、凪裏さんは」
「逃した。初めからやる気が感じられなかった、囮だったんだろ」
僕が聞くと、司は悔しそうに首を振る。
「まあ、それはそれだ。それよりもお前ら」
「うん、ちゃんと向き合えたよ」
「そうか、良かった」
黒の返答に安心したかのように、司が言う。思えば、司にも心配をかけてしまっていたな
「……二人共、聞いてくれる?」
少し悩んでから、僕は口を開いた。彼らに伝えなければならないことがあった。
僕はもう、『虎』の候補者じゃない。【管理局】の時期ナンバー候補ではまだあるかもしれないけど、それだけじゃ彼らと並び立てるとは思えない。
「これから、僕は―」
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