生徒の動向
一方、A棟。籠城戦に追い込まれた仮天派閥の面々がいた。
『やばいですよ!やばいですよ!扉もう持ちそうにないんですが!?』
「お、落ち着け、仮天。す、直ぐに、梵天が助けを、よ、呼んでくれる」
『そ、そそそうですよね!?それまで持ちますよねこの扉!?バリケードも作りましたもんね!?』
ガン!ガン!と、音が鳴るたびに、仮天がひぃ!と怯えた声を上げる。扉の直ぐ先には大勢の、仮面の集団が待ち構えていた。
「……不味いですわ、助けを呼びに行かせた指全滅しとります」
『マジですか落葉松くん!?』
落葉松梵天の希望を断つ言葉に、仮天は動揺を隠せず声を荒げた。
『ああ、もう!久豆里さん!お願いします!』
阿鼻叫喚の声を上げながら助けを求めた仮天に、久豆里は微笑みを向けた。
「天命を揚げた藁にもなく櫨隔てるお豆の汁!」
久豆里は直様、バリケードと扉をぶち破り、仮面の集団を蹴り飛ばす。
「さ、流石だ、ゼノ」
思わず、感嘆の声を上げる不浄共鳴。が、攻勢の音はそこで止まる。
「……九豆里さん、逃げてません?」
『やってくれたなぁ!九豆里ゼノォ!』
一拍間を置いて気づいた落葉松が呆然とした声を出して、仮天が怒りのままに何度も地団駄を踏んだ。
「ど、ど、ど、どうする!?こ、このままじゃ全滅だ!」
『や、や、やってやりますよ!?』
最早手は他にない。実にやぶれかぶれに、仮天が突撃した。
『これでもあの無茶苦茶な姉の妹だぞこらー!』
*
「ああこれ無理だ、絶対無理だ」
一方、A棟。生徒会の二人もまた、危機的状況に追い込まれていた。
「情けないですよ灘くん、ピンチの時こそ笑顔を湛えなければ!」
「嫌無理だろこの数、そもそも俺ら対多数には向いてねえってのに!」
仮天たちと違い、彼らには扉という防壁すら初めからない。戦闘向きではない生徒たちを守るために廊下で立ち向かっている。
「先生や梶谷くんの助けが来るまで持ちこたえましょう!」
「あいつは今B棟だぞ、A棟まで来れる保証はねえ。教師は言わずもがな、殆どは体育館があるCか、予備でBに備えてやがる。時間がかかるんだよ、確実にな」
八尾の希望的観測を、灘が現実的な結論で片付ける。
その間、八尾が三体の仮面を撃破する内に、灘が息も切れ切れに一体の仮面を倒す。数十にも値する、仮面の集団に、このペースでは八尾たちが先に力尽きるのは明白だった。
「四方津がいりゃ、多少はマシだろうに!お姫様のとこにさっさと行っちまったからな、うお!」
二体目の仮面を灘が倒した時に、もう一体いた仮面が襲いかかった。
「灘くん!【即弾即傑】!」
「八尾!後ろだ!」
それを見た八尾が即座に自らの異能を発現した。手に生まれた銃を、直様仮面に撃つ。真っ直ぐに向かった弾は頭に命中、血を流すことさえなく倒れた仮面。
倒れた仮面に押しつぶされた灘が、それでも八尾に向けて声を上げた。彼が、危機的状況に陥ったことを理解したから。
「不味い―!」
八尾の背後には仮面が二体、弾丸発射の隙きを突かれた八尾が両腕を掴まれる。これでは、弾を命中させることは出来ない。
「く、クソ!」
やぶれかぶれに、引き金を引く八尾。当たるわけもなく、銃声が鳴るのみ。三人目の仮面が、無防備な八尾に襲いかかるのは目前。
瞬間、周囲の時間の動きが緩やかになった。
「【失墜】!」
そして、一人だけ正常なスピードで、八尾に掴みかかった仮面を蹴り上げる、少女の姿。風紀委員、遠宮てとら。
「良くやったのである、遠宮」
その遠宮を褒める、鎧の姿も。風紀委員、金剛リーン。
「【重ね併せる】!」
瞬間、仮面同士が引っ付き合い、一つの塊となっていった。
「間に合ったようであるな」
「遠宮さん!金剛さん!助かりました!」
「八尾の異能のお陰である。銃声がしたから、場所が分かったのである」
八尾の礼を聞くと、鎧の下からでも分かるほどに満面の笑みを浮かべて、金剛は応えた。
「灘もナイスガッツである。いつもは気だるげそうであるが、やはり灘はやる時はやる男であるな」
金剛はそう言うと、倒れたままの灘に手を差し出した。
「あ、あ、あの、金剛さん、よ、良ければ今度その―」
手汗が滲んだ手で、金剛のガントレット越しの手を握りながら、灘が吐き出すように言葉を紡ごうとした瞬間だった。
「よぅし!次は諸悪の根源、校長先生!ぶっ倒しに行くぞぉ!」
「はぁ!?何を言ってるのであるか遠宮!待て、待つのである!」
「映画とか、どうかな、って」
突飛なことを言い始めた遠宮を追っていった金剛に、続けた言葉が届くことはなかった。
「こんな時にデートの誘いが出来るの、肝が据わってるなと思いましたよ」
「あー、うん、そうだよな、舞い上がりすぎだ、俺」
八尾の追い打ちに等しいフォローの言葉に、灘は少しだけ涙した。
*
一方、B棟。委員会室に集った二人の男がいた。如何にして、そう出来たかは不明だが、彼らはオリエンテーションの上級グループの映像を見ていた。
「良いね、面白い」
その映像を見て、美化委員長、二条院海辺が愉快そうに笑った。
「心逆夢、ね。皆が挙って持ち上げるあれよりも、余程良いじゃないか」
「……僕が集めた資料に目を通していないのか?心逆夢は初めから、近衛司や黒虎より高い、最高の評価を付けたはずだが」
そんな海辺に呆れたようにもう一人の男、美化副委員長、十刻院篝が返答する。
「もちろん読んだよ。だが、文字で読むのと、実際に見るとでは大違いだ。【夢現】ね、ともすれば君のそれより厄介じゃないか」
「で?何のために僕を呼んだのか、早く教えてくれ。仕事は早く済ませたいんだ」
腹を抱えて笑う海辺に、篝は苛立たしげに問う。
「そうだね、篝。出来るだけ第三グループに人を向けさせるな。心逆夢含めた【管理局】だけじゃない、深海生物の方もその真髄が見たいからね」
「簡単に言ってくれる、期待はするな。尾長や冴島ならばまだやりようがあるが、婆様や仮天鎹は無理だ。それと、護衛には簪を付ける。行動には細心の注意を払え」
「ああ勿論、お互いにね」
二条院が返答する頃には、既に篝の姿は影も形もなかった。
*
一方、中庭。そこにはA棟に向かっているのだろう、二人がいた。戦闘の痕を、明白に残し。
コンクリートに残る、焦げ。斬撃による傷。そして、中庭に点在する、ピンク色の肉のような何か。
肥大化した、肉のような何かに包まれた仮面たちは、精々の悪あがき、手足を振り回し藻掻くことしか出来ない。
「げのげ、だね」
「そうですね透くん」
つまらなそうに吐き捨てた梶谷透、そして彼の言葉を肯定するメイド、風紀委員、林道疼は微笑みを絶やさない。
「つきあわせてわるいね、疼」
「いえいえ、構いませんよ。これも一風変わったデートだと思えば」
「……おおものだね」
少しだけ冗談めいた林道の言葉に、梶谷は感心したように頷く。
「さて、誤答たちをまたせてはいられないね。いこうか、疼」
「ええ、貴方と共にならどこまでも」
梶谷が手を差し出し、迷うことなく林道は手を掴み、A棟へと向かっていった。
*
一方、A棟。一年の教室がある四階には本来、誰もいるはずがなかった。が、生憎一人の生徒がそこには残っていた。
「どけ、雑魚」
当然のように、オリエンテーションに参加していなかった久尾詞。彼女は憮然とした表情で、次から次に現れる、仮面の集団を無造作に殴り飛ばす。
「面白えイベントだが、こうも食い出がねえとな……」
階段を下りながら、退屈そうに彼女は漏らす。数は多くとも、一体一体は大した強さではないことに、彼女は飽き始めていた。
「曼荼羅、みーっけ」
だから、三階に下りて直ぐに見つけた、強者の存在に吸い寄せられるように向かった。
「死ねオラァ!」
「うわ」
久尾詞の恵まれた体躯から放たれた全力の拳、狙われた女性はその拳を紙一重回避し、地面にひびが入る。否、回避したのではなく、まるで久尾の拳が彼女まで届かなかったような。
「詞、今は君の相手してる暇はないんだけど」
呆れたように言うその女性は、釈迦堂曼荼羅。千年を生きる怪物だと知りながらも、久尾は明白な対抗意識を向けている。
「こういう異常事態なんだから、少しは人助けしときなよ。君も風紀委員なんだから―」
「【苦肉の削】」
曼荼羅の言葉を遮った久尾が言うと、瞬時に両者の手首に鎖が繋がれた。
「これ、は!」
「流石だな、もう気づくか。そう、あんたの異能も、この鎖が繋がれてる以上は無意味だぜ」
驚愕の表情を浮かべた曼荼羅に、久尾が野獣のような笑みを浮かべる。
「何をすれば、外す?」
「いい顔だな、そっちのが好きだぜ」
苛立ちを超え無表情となった曼荼羅を、からかうように久尾が言った。
「簡単なことさ、私を倒せれば外れる。安心しろよ、フェアな勝負だ。鎖に繋がれた二人の身体能力は同じになる。異能抜きのあんたでも、勝てない訳じゃねえ」
説明もほどほどにして、久尾は待ちきれんとばかりに臨戦態勢を取った。
「さ、殴り合おうぜ」




