都一生
(中級、か)
彼女、七ツ星はてなは自嘲するように思う。
しかし、当然の結果だと納得もしていた。
ジャックシャーク、心逆夢、自分が手も足も出ない相手が、【管理局】以外にも大勢いるのだと実戦を持って知ったから。
その一方で、焦りもあった。このままでは彼らに追いつけない、という向上心に類した焦りが。
(……私には、高すぎる評価だよ)
が、その焦りすらも、今は消えつつあった。
この中で、唯一完全な素人がいる。それが、自分だということに気づいたから。
否、完全な素人というのには語弊がある。半年にも満たないという短い月日ではあるが、黒虎を含めた【管理局】のメンバーに師事し、訓練を積み重ねてきた。
だが、実のところ、訓練と実戦では勝手が違う。積まれる経験は、雲泥の差があった。それが戦闘でも、それ以外でも。
例えば、八雲めぇ。四肢を負傷しているという意味で、彼女はそもそも戦闘に向かない。
「よいしょ、と」
しかし、彼女には広い視野が備わっていた。効果的な抜け道を見つけ出し、戦闘を行わなずにこの試験をクリアしようと試みる。
「レオンくん、だったね」
例えば、二条院空、彼の異能は出力も応用性も、七ツ星はてなに大きく劣っている。
「どうだい、協力体制を敷くというのは」
しかし、彼には鋭い嗅覚が備わっていた。抜け目なく、決められた規則の裏側に隠されたオリエンテーションの本質を悟り、集団でこの試験をクリアしようと試みる。
例えば、八司院九郎や大曲灯。彼らは徒手空拳を中心に戦いながらも、それすら七ツ星の質量には及ばない。
「おらぁ!」
しかし、彼らには実戦の経験があった。恐れることなく魔物に立ち向かい、経験を積み重ねていくことで、単独での試験クリアを試みる。
(彼らには、勝てない)
そんな実感を抱えながら進んでいくと、倒れている誰かの姿が見えた。
「恋之淵さん!?」
直様駆け寄る。どうやら、魔物に敗北した訳ではないらしい。そもそも、大きなダメージを受けることはないと、立板に書いてあった。外傷はなく、どこか幸せそうな表情で寝込む彼女は、まるで、酩酊しているかのようで。
「ふむ、良い素体だ。丁度いい、君にも聞かせてあげようか」
背後から声が聞こえた。直ぐに振り返って臨戦態勢を取る。
中年の域に至って久しい年齢の男、小汚い服装と無精髭、フケだらけの髪でとにかく不潔さを感じる。それなのにどこか信仰の対象のような神聖さを感じるが、全く削ぐわないその神聖さはむしろ忌避感を増長するに充分だった。
それなのにその姿を見た瞬間に、七ツ星の心が解けて、彼女から警戒心が消えた。動かないといけない、はずなのに。そんな使命感も、幸せとともに失せてしまう。
「さあ、傾聴したまえ」
その明らかなる侵入者に頭を掴まれることに、反応すら出来ず、七ツ星は瞬時に心を蝕まれた。幸せな感覚に、溺れてしまうように。
*
「侵入者!」
恋之淵が倒れた瞬間、都冴が声を張り上げた。
「第一は【難攻不落】にしましたが、第二と第三には既に侵入されています!」
「第二にも……!」
続けた都の言葉に、襲撃者に備えていた霧山と佐々が顔を歪ませる。
上級は生徒のみで対処が出来るほどの戦力ではあるが、中級は教師陣が向かわざるを得ない。
「なら早く向かわなくちゃね。都くん、急ぎましょ?」
「迷宮だけではありませんわ、既に校内にもかなりの人数が入り込んでいます」
中級に向かおうとした佐々を止める、体育館に響く女性の声。生徒会長、聖定坂歌音が校内から現れた。一人の、仮面をつけた男を懐に抱えて。
「仮面の集団、恐らくは傀儡でしょう。人間を使っているかまでは定かではありませんが、少なくとも自由意志は感じませんでしたわ」
仮面の男を教師陣の前に投げ捨てながら、聖定坂が続けた。
「一人ひとりは大した戦力ではありませんが、数がとにかく多い。体育館には私の異能で止めていますが、先生方は校内の収拾に向かわれた方が良いかと」
「とは言え、第二グループに向かわないわけにも行かないだろう?彼らは襲撃者に対応できる程の実力ではない」
霧山の反論に聖定坂が首を振る。
「いえ、必ずしも向かう必要はありませんわ。そうですわね?都先生」
「ああ。佐々先生、霧山先生、言い遅れましたが、第二グループについてはご安心を」
都冴が、聖定坂から言葉を受け取り続けた。
「一生が既に備えています」
*
「実に、幸運だ。これほどまでに良い素体が得られるとはな」
倒れた七ツ星の前で、小汚い中年は実に満足そうに笑みを浮かべていた。
「未発達とは言え、【管理局】に値する素体など、滅多に手に入るものではない。どう動かすべきか……」
「その子から離れて貰えます」
悦に入ったその中年を邪魔する、声が聞こえた。途轍もない程の殺意と共に投げかけられた言葉に、思わず中年が驚愕する。そこには明確な殺意があったから。振り返る中年に投げつけられたのは、どす黒い槍。
「ぬぉ!」
だが、その不意打ちの槍が男に命中することはなかったからだ。
中年はそれを重力が急に増加したかのように、地面に叩き伏せられたからだ。
「成程、人心掌握、ですか」
それは彼の異能でないことを彼は、直ぐに理解した。意識を失いながら、僅かに上がった七ツ星の手が、彼女由来の異能だということを示していたからだ。
「話が早いな。悪くない。で?君は一体何者だ?」
よろよろと立ち上がりながら、中年が問う。
「生徒会副会長、都一生」
「これはこれは、まさか本命が来てくれるとは。幸運にも程がある」
薄く微笑みながら名乗った都一生に、中年は満面の笑みで答える。
「奇特な人ですね。避けられない死を、幸運と呼ぶなんて」
都はそんな彼の笑みを嘲笑した。その嘲笑はまるで、死神のように。
「速やかに、生徒会を執行させて貰います」
「やってみたまえ、君のナイーヴな心が耐えきれるのならば、な」




