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神殺しの後日談  作者: 雑魚宮
第三章 敵襲
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決着、そして

「まだ、やれるよね?」


 夢の成長には、驚かされた。ブランクがあっても、これだけの新技を見せてくれるなんて。だから、更なる期待を込めて、僕は彼に問う。


 夢と出会ってから、もう十年も経つ。

 僕と破虎の爺ちゃんに、血縁はない。僕は孤児だった。気まぐれで拾われたのか、それとも僕に拳の才能を見出して拾ったのか、気にはなるけど聞く前に爺ちゃんは亡くなった。


 夢と出会ったのは、爺ちゃんが開いている武道館でだった。夢のお父さんも【管理局】時代、爺ちゃんから武術を教わっていたらしく、その繋がりでわざわざ日本から来て一ヶ月間も夢を通わせていた。

 実は、彼に出会った日のことは、よく覚えていない。その時は、近所の子供も何人か遊び半分で通っていて、夢もそんな子供たちの一人だと思っていたからだ。当時の感情表現が薄かった彼は見るからに武術に向いてなさそうで、注目するに値しないと思っていたのもある。

 だけど、夢が才覚を見せたその瞬間は、よく覚えている。何故なら、僕と試合していた時だったから。


 打ち合って数合、ほぼ互角。周囲から驚きの声が上がった。僕と互角に打ち合える子供はいなかったから。それを通って一週間も経っていない夢が行っている。焦りが、生まれた。

 その時既に、爺ちゃんから【破】を習っていた僕は、絶対に負けたくない、そんな一心で【破】を放った。

 【破】は彼には通用しなかった。僕の拳が、彼の体をすり抜けたのだ。【夢現】の原型。今のそれと比べるとお粗末ではあったが、およそ当時の僕は攻撃が通用しないという驚きで頭が一杯になり、呆気なく敗北した。

 僕に勝っても嬉しそうでもなく、呆っと僕を見下ろす夢に、嫉妬と正当性のない怒りを覚えた。


 当時の僕は決して表立って認めることはなかったけれど、夢は確かに天才だった。だから、彼に追いつくために、僕は懸命に努力を重ねた。どうやったら彼に攻撃を加えることが出来るか、何度も何度も思考して、試行して、失敗して、負け続けて、彼が日本に帰る前日にようやく、【塗】の原型を生み出すことができた。

 直ぐに僕は夢に勝負を申し込んだ。夢現を使った彼に攻撃を通したその時、夢が目を大きく見開いた。彼が驚くのを、というか感情をあそこまで見せた初めてだったから、嬉しくて笑ってしまった。最も勝敗は、一ヶ月の間に【破】を習得していた彼にそれを撃たれ、【塗】を砕かれた僕が負ける結果で終わってしまったのだけれど。


 一日、一週間、一ヶ月、半年、月日がすぎる程に、夢へのリベンジの渇望が強くなっていくのを感じた。

 彼に負けて一年が経った頃、初めて僕は、爺ちゃんに強請った。日本に行きたい、と。

 爺ちゃんは好諾してくれて、【機関】でお世話になることになった。


 司と出会ったのも、その頃だった。最初はいけ好かない奴だと思ったけれど、殴り合ってたらその内仲良くなった。

 彼らが僕と同じ元孤児だと知ったのは、その時だった。奇妙な共通点があったことに気づいた僕たちは、何とも言えない同族意識が生まれた。無為さんの影響で感情表現が豊かになり始めていた夢が、満面の笑みを作ってくれたことを、よく覚えている。

 そんな、彼のことを考える度に、心の奥底で小さなドキドキが纏わりつくようになった。

 それが初恋だと気づいたのはそれから何年も後のことで、今から一年前だった。


 爺ちゃんが死んだ。【征服者】の一件で、戦死した。

 僕は泣かなかった。覚悟の上だったから。むしろ、美月を殺した司の、錯乱した様子を見た時の方が悲しい気分になった。

 そして、夢のお姉さんの葬式で見た、彼の空虚な瞳が、幼い頃の夢を思い出して、ついていかなかったことを後悔した。


 程なくして、僕には虎の後継者として、【黒虎】の名と管理局NO.5の座が与えられた。そして、爺ちゃん同様【征服者】の一件で戦死した二人の穴埋めとして、夢ではない二人の人間がNO.9とNO.10を戴いた。

 直ぐ、ボスに直訴した。僕だけじゃなくて、ノイズ兄と司も味方になってくれた。

 その意見は、容易く退けられた。今思えば、当たり前だ。あの時の夢は、戦える状態じゃなかった。

 だから、待つことにした。虎の座で、夢が立ち直ることを。


 待った甲斐はあった。僕たちが鍛えたはてなが相手にならなかったと聞いて、夢は健在だと知ったから。

 再戦の機会は直ぐに来た。翌日、先生が模擬戦の手本として、僕と夢を指名したから。

 後ろめたそうに現れた夢に、爺ちゃんのことは気にしなくていいとか、そんなことを言いたかったけど、言葉じゃわかってくれないと知っているから、拳をぶつけることで答えた。

 授業の時はやりすぎたと思ったけど、夢は立ち上がり、僕に並び立つと言ってくれた。

 嬉しかった、そう言ってくれるのは初めから司と夢くらいだったから。夢が戻ってきてくれたと、本当の意味で理解できたから。

 だから、立って証明して見せてよ。立って、僕に見せてよ。夢の、限界を。



 黒と出会ってから、もう十年。長いようで短い、なんて使い古された言葉で言い表したくないけれど、黒との十年はそんな、矛盾を孕んだ感覚を覚える。

 初めに出会ったあの日のことは、未だ記憶に新しい。


 僕は、孤児だった。出身も、誕生日も、名前もなかった僕は、ある日突然心逆家に引き取られた。

 感情表現、というか感情そのものや自我すら希薄だった僕を優しく扱ってくれた父さんと姉さんだったが、改善の傾向が見えない僕に流石に手を焼いたのか、いつの日か中国に僕を連れて行った。


 破虎師匠の武道館、僕と同世代くらいの子どもたちが集まるそこで、人付き合いを通して感情表現を学んでくれればと、父さんは画策していたらしいが、生憎父さんの試みは失敗に終わった。僕はただ、一人の存在に夢中になっていたから。

 一際目立つ、一人の子供。長い黒髪を棚引かせて、拳を放つ、少年とも少女とも言い難い子の拳が、とても美しくて、一瞬たりとも目が放せなかった。

 彼の拳を見様見真似で放っている内に、僕はめきめき成長していった。


 そして、初めての模擬戦。僕はその子を相手に戦い、勝利した。

 正直、がっかりした。憧れたその子も結局、僕とは相容れない存在だと思った。


 日本に帰る当日になる頃、期待もしなくなっていた僕に、黒は一撃を食らわせてみせた。驚いた僕が思わず見た黒の顔はとても美しくて、心の底から、ときめいてしまった。

 今も、鮮明に覚えている初恋。思えば、これが僕に浮かんだ初めての感情だった。


 だから、黒が日本に来てくれた時は本当に嬉しくて、ちょっと泣きそうになった。

 同じくらいの時期に司とも出会えて、僕の感情は徐々に形作られて、笑えて悲しめて喜べる、ふつうの人間になれた。


 そこからの九年はとても幸せで、師匠に出会えたことで多くの人と縁が出来て、色んな経験を積んだ。僕はきっと、世界で一番幸せだった。

 そしてその幸せは唐突に終わった。


 姉さんが死んだ。【征服者】の一件で、僕の知らぬところで死んだ。

 師匠が死んだ。【征服者】の一件で、僕を庇って死んだ。


 僕は泣かなかった。宙ぶらりんな気分のまま、目の前に写った現実がどこか他人事の様に思えて、日に日に現実から乖離していく意識が、幼い頃の自分を思い出させた。

 何度も、何度も、悔しさを反芻して、悲しみは止まらないのに、ただ現実感だけがふと、消えていった。


 それが今、ようやく、気づけた。もう、師匠はいない。虎を継いだ訳じゃない、ナンバーだってない。だけどそれでも、師匠の拳を全て受け継いだのは、僕と黒だけだ。僕だって、覇王流の後継者なんだ。僕だって、黒と並び立てるんだ。

 だから立たなくちゃ、証明するんだ。黒に並べるのは、僕だけだって。どうすればそう、証明できる?


「【騒擾の渦】」


 答えは明確だ、【静謐】と同等の技を見せればいい。

 綺麗さなどどこかへ捨て去ってしまった不格好な構え、【静謐】の逆という思いつきでしかないそれに僕は、どこか満足感を覚えた。


「何だ、それは」


 それを見た黒が呆然と、問うた。怒り、疑問、不安、そして僕が君に感じるような恐れを、如実に感じた。


「はぁ!」


 強い拳でありながら、捉えようのない拳が黒を襲う。まるで、【破】と【幻】の型を混ぜ込んだような。


「こんな、もの!」


 普通の相手だったら惑わせただろうその拳は、両方ともに慣れている黒には届かない。回避した黒は、カウンターの鋭い蹴りを放つ。


「う、あああ!」


 回避しようと試みた僕は泥のように不定形となり、瞬時に遠い背後へと消えた。制御なんて欠片も出来る気がしない。


「……ふ」


 少しだけ、黒の表情が綻んだ。


「小賢しいやり取りは、止めにしよう」


 少なくとも実戦で扱えない程度に【騒擾】の練度が高くないことに気づいた黒がそう言った。フェアじゃないと思ったのだろうか、こっちとしてはありがたい限りだけど。


「全力で打ってきなよ、夢」


 黒が、力を抜いた。それはすなわち、【静謐】。流石に、そこまで甘くはしてくれないか。


「僕の全力で、答えるから」


 腰を落とし、綺麗な構え。おぞましささえ覚えるその構えを超えるほどに、僕もよりおぞましいほどの不格好へ。


「【猛虎】!」


 素直な、真っ直ぐな拳。だがそれ故に、一撃必殺。


「【酔虎】!」


 どうしようもなく、捻じ曲がった拳。だがそれ故に、全て呑み込む。


 途轍もない、威力の拳のぶつかり合い。凄まじい二つの拳から滲み出た闘気が拮抗する。

 だが、直ぐに僕の拳が押され始める。当然の帰結、拳の威力を極限まで磨いた【静謐】に、【破】と【幻】をごちゃまぜにした連打を前提とした、そもそも単純な大出力に向いていない、ましてや俄仕込みの【騒擾】が勝てるわけがない。


 だが、左腕が、まだ空いてる。まだ、拳は終わっていない。


「【破】」


 そっと触れたそれはいともたやすく、【静謐の世界】を、打ち砕いた。


「これで」


 ボロボロの右腕で、黒を押し倒す。もう限界なんて、とっくに過ぎていた僕は、その上に倒れ込んで。


「僕の、勝ちだ」

「うん、僕の負けだね」


 覆いかぶさるようになった僕らはお互いに耳元で囁きあって、それが決着となった。


「流石、夢。静謐をあんな形で破ってくるなんて」

「最後、黒が乗ってくれなかったらあのまま、終わりだろ。少なくとも今の僕じゃ、黒には勝てないよ」

「当たり前じゃん。半年も怠けてた奴に負ける訳ない、って新技見る限り怠けてた訳でもないよね」

「実は殆ど、ぶっつけ本番だったりする」

「うわむかつく、天才がぁ」


 二人で寝転びながら、感想戦。ああ、楽しいなあ。本当、昔に戻ったみたいだ。


「また、こんな風に、競い合っていこう。司も入れて、三人で」


 思わず口をついて出た、そんな言葉。それを聞いた黒が、呆然として、驚愕して、満面の笑みを浮かべた。


「!う、うん!」

「僕が言えた義理じゃないけどさ」


 快く頷いてくれた黒に、安堵を覚えながら僕は立ち上がった。


「どうかした黒?どこか痛む?」


 僕が起き上がると、黒が涙をこぼしているのに気づいた。僕が聞くと、ブンブンと黒が首を振った。


「うれしい、の」


 黒から端的に放たれたその言葉の意味がわからなくて、背中を擦りながら続く言葉を待つ。


「僕はずっと、夢と、司と、三人でいたかったから、夢が、戻ってきてくれて、うれしいんだ」


 黒が、涙をボロボロ零しながら、絞り出すように言った。それで、ようやく気づいた。本当に、皆に心配をかけていたことに。

 よろよろと立ち上がった黒を抱きとめて、答えようとした瞬間だった。

 殺気、それも濃厚な。


「黒、伏せろ!」

「え―?」


 不味い、そう思った僕は、呆けた黒を抱きかかえながら、一緒に地面に倒れる。

 辛うじて見えたのは、黒い巨大な斧。既のところで躱す。

 が、返しの一撃が来る。振り上げ、振り下ろされたそれは、二度目の回避を許してはくれない。


「鉄壊!」


 止めるしかない。瞬間、立ち上がって両腕に全身の力を全て注ぎ込む。斧が肉に食い込む。流血こそ避けたが、両腕の骨にひびが入った、かもしれない。鈍い痛みと、力が入らない感覚。だが、なんとか防ぎきった。ひとまずは、だが。次の一撃がくれば、ただでは済まない。

 異空間の中から、現れたのは二人の影。湧き出る冷や汗を手で拭うことすら許されぬまま、その影の方に視線を向ける。


「なんだヨなんだヨ、アタシの斧止めるガキがいるぞォ」


 呑気に感心するような声を上げる女、巨大な斧を片手で持つそれは、先程の一撃を放った奴に相違ない。こっちが上なら、まだなんとかなりそうだが―


「へえ。学生というのも甘く見たものではないね」


 もう一人の声が聞こえた瞬間、そんな淡い希望は打ち砕かれた。


「ん?ああ、なんだ。彼らなら、そりゃあ防がれるよ」


 穏やかで、優しげで、落ち着くような、じんわりと染み渡るような、どこか魅力に満ち溢れた、その声は。


「久しいね、虎の子たち」


 元【管理局】NO.6、凪裏、明白。1年前、司の師匠を殺し【管理局】を脱退した彼が、そこにいた。

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