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手と手、繋いで

作者: 村崎羯諦

仲がいい双子、なんて言葉で括らないで欲しい。一生、手と手を繋いだままでいようねって約束した私たちを、そんな可愛い言葉で表現しないで。

 帝王切開で取り出された時、私と芽衣はお母さんのお腹の中でぎゅっと手を握り合っていた。出産後に引き離そうとした時も、私たちの手は信じられないくらいに固く繋がれていて、看護師さんは仕方なく私たちを同じ新生児ベッドに入れることにしたらしい。


「肉体や骨がくっついているというわけではなく、二人の手と手は物理的には別々に分かれてます。舞衣ちゃんと芽衣ちゃんが手を繋ぎっぱなしにしているのはおそらく精神的な理由だとは思うのですが、なにぶん前例がないもんですから……」


 その時のお医者さんの口調を、お母さんは今でも楽しく再現してくれる。手術で切り離すことは難しいという説明もあって、そのまま私たちは手を繋いだままの生活を送ることになった。


 眠る時も、食事を摂るときも、遊びに行く時も、私たちはずっと手と手を繋いだまま。何でも片手でしなくちゃいけないのは正直大変だったけれど、芽衣にお願いしたら手を貸してくれるし、この生活に慣れるにつれて大体のことは片手だけでできるようになった。


 お医者さんの言う通り、私たちが手を繋いでいる理由はあくまで精神的なもの。それはつまり、私たちがその気になれば、いつだって手を離すことができるということだ。だけど、私たちのうち、どちらか一方だけが離したいと思うだけじゃ駄目。私たちが同じタイミングで手を離して初めて、私たちの手は離れ離れになる。


 その事実を理解し始めた頃、私と芽衣はこれからどうやって生きていこうかと真剣に話し合った。もちろん手が繋ぎっぱなしであることは不便だったし、成長するにつれてたまには一人になりたいと思うことだって多くなっていた。私たちは手を離すことのメリットを一つ一つ挙げて、手を離した後の人生について想像してみたりした。だけど、いくら話し合っても、私たちの気持ちは変わらなかった。産まれた時からずっと繋ぎっぱなしだった手を離すなんて、どう考えたってありえないよね。私たちはいつだって、最後はそんな言葉で締めくくる。


「ねえ、舞衣。もうこうなったらさ、死ぬまで一生手を繋いでいようよ」

「ずっと手が繋ぎっぱなしだったら、お嫁にも行けないよ」

「いいよ別に。その時は舞衣のお嫁さんになるから」

「何それ」


 もちろん私たちは別々の人格を持っていて、いくら一緒にいるといっても、性格や考え方にだって違いは出てくる。だから、他の双子と同じように意見がぶつかったり、喧嘩してしまうことだって沢山あった。それでも私たちの手が離れてしまったことは一度もない。もっと厳密に言えば、私たちが同じタイミングで手を離そうと思った時は一度もなかった。


 私がもう顔を見たくないと心から思って芽衣の手を離そうとした時は、決まって芽衣が私の手を離してくれなかった。逆に芽衣が私の手を離したいと思った時は、私が芽衣の手をぎゅっと握りしめて離さなかった。双子なのに、こういう時だけ別々の行動をとるなんておかしいよね。仲直りをした後、私たちは決まってこんなことを言う。それから、同じタイミングで噴き出して、そのまま一緒にくすくすと笑い合うのだった。


 死ぬまで一生手を繋いでいようね。芽衣のそんな言葉を私は笑って受け流したけど、心のどこかではきっとそうなるんだろうなって思ってた。この先どんなことがあっても私と芽衣は一緒。進学するときも、就職するときも、それから、誰かに恋をした時も。


 中学校で三宅くんと初めて会った時だって、私の気持ちは変わらなかった。私たちはお互いに隠しごとなんてしなかったから、三宅くんってカッコいいよねって無邪気な話題で盛り上がったりもした。だけど、それから三宅くんと少しずつ仲良くなって、本気で惹かれていくにつれて、私たちが三宅くんのことを話すことは少なくなっていった。お互いに別々の人間で、考え方や性格が違うと言っても、ずっと一緒にいる以上、私たちはお互いが何を考えているのかなんて何となくわかってしまう。私たちが三宅くんのことを話すことができなかったのは、きっとそれが理由。


 芽衣の気持ちはずっと握り続けている手から電気信号みたいに伝わってくるし、ずっと一緒にいる以上、隠し事なんてそうそうできるわけがない。だからこそ、私が寝たのを見計らって、芽衣がこそこそとLINEをしている時だって、その相手が誰かなんてすぐにわかってしまう。抜け駆けしないでよって戯けた口調でからかうことができたら、もっと楽になれるのかもしれない。だけど、芽衣が音を立てないようにメッセージのやり取りをしている横で、私はただ寝たふりをすることしかできなかった。双子なんだから、好きになるならどっちだっていいじゃん。芽衣の息遣いとスマホを触る音に耳を澄ませながら、私は思う。だけど、見た目だけじゃなくてきちんと内面を見て好きになってもらえたんだなって気がついて、私は芽衣と繋いだ方の手を握る力を少しだけ強めた。


 芽衣は上手く隠れていたつもりだろうけど、それでもいつかは限界が来る。家でも芽衣が居心地悪そうにそわそわする時が多くなったし、学校で三宅くんと話す時なんか、こっちが恥ずかしくなっちゃうくらいに芽衣の声がうわずっていた。三宅くんが私を好きになることはない。近い距離から二人が話すのを見ながら、私はその事実に気がついたし、大好きな芽衣のために身を引く心づもりはできていた。


 だけど、芽衣は違った。芽衣は芽衣なりにどうやったらみんなが幸せになれるのかを笑っちゃうくらいに真剣に考えていた。手を繋いで産まれきた私たちは、仲の良い双子なんて言葉じゃ括れない。でも、だからといって、芽衣が私の苦しみまで背負う必要はないよ。そんな言葉をぐっと飲み込んで、私は空回りする芽衣をはらはらしながら見守り続けた。


 自分と一緒に三宅くんとデートして欲しい。


 ある日、芽衣はいつになく真剣な表情で私にそうお願いしてきた。いいよ。私は何も知らないふりをして、芽衣に伝える。芽衣が三宅くんから何度もデートに誘われていたことも、芽衣が私に遠慮してそれをずっと断り続けてきたことも、私はずっと前から知っていた。ショックはなかった。その時の私の気持ちはむしろ、やっとかという呆れの気持ち。


 デート当日。芽衣は朝からずっとそわそわしていて、髪をセッティングするときも、洋服を選ぶときも変じゃない? って繰り返し繰り返し相談してきた。私はそんな芽衣にはいはいと付き合いながら、芽衣が一番可愛く見えるようにアドバイスをしてあげる。緊張しちゃってるのはわかるけど、いつものままでも芽衣は十分可愛いよって。


 私たちは手を繋いだまま家を出て、三宅くんとの待ち合わせ場所へ向かう。芽衣はその間もずっと緊張していて、握りしめた手から揺れ動く感情が痛いほどに伝わってきた。芽衣が立ち止まる。芽衣の視線の先には、私たちよりも早く到着していた三宅くんの姿。芽衣が不安そうな表情で私を見つめて、行こうと声をかける。そこで初めて、私は首を横に振った。


 芽衣がきょとんとした表情で私の顔を覗き込む。楽しいデートなんだから、芽衣だけで行って来なよと私は答える。芽衣が目を見開いて、それから握りしめた私の手へと視線を落とす。私はすでに芽衣の手を離していて、芽衣だけが私の手を握り続けていた。そんなの嫌。芽衣は震える声でそう言うけれど、その表情には隠しきれない葛藤が透けて見えた。私の手を離したくないという気持ちと、ずっと心の奥に持っていただろう、この手を離してしまいたいという二つの気持ち。


「ねえ、芽衣。いつまでもこうしてずっと手を繋いでいるつもりなの? このままじゃ駄目だって、芽衣も心の中で思ってたんじゃない?」


 芽衣は何も言わず、私から目を逸らす。嫌。芽衣はもう一度そう言った。だけど、私の手を握りしめる力はさっきよりもちょっとだけ弱くなっていることに私は気がついていた。


「私が三宅くんと仲良くなったのを怒ってるの?」

「バカ。そんなことくらいで嫌がらせしようなんて思わないってば」

「三宅くんも好きだけど……舞衣はそれ以上に大事なの。わがままだってわかってる。でもね、三宅くんとも舞衣とも、ずっと一緒にいたいの」

「別に手を離したからって本当に離れ離れになるわけじゃないでしょ。今まではずっと手を繋ぎっぱなしだったけど、これからはお互いが好きな時だけ手を繋ぐように変わるだけ。ずっと手を繋いでいなくってもさ、()()()()()()でいられるでしょ?」


 三宅くんが待ってるよ。私の言葉に芽衣が顔をあげ、それから待ち合わせ場所にいる三宅くんへと視線を向ける。芽衣の手がゆっくりと開き始める。家に帰ったらまた手を繋いでくれる? もちろん。芽衣の親指と私の親指が触れ合って、解ける。怒ってないよね? そんなわけじゃないじゃん。私が笑う。芽衣の手が、私の手からゆっくりと離れていく。


 手を離した後で、芽衣がもう一度手を伸ばす。私はそれを、優しく振り解いた。三宅くんが待ってるよ。私がもう一度促すと、芽衣は私の方を見つめながら、ゆっくりと足を動かし始める。一歩。また一歩。最初はゆっくりだった足取りは少しずつ早くなっていって、芽衣が私から遠ざかっていく。


 私はその場で立ち尽くしたまま、じっと目の前の光景を見つめ続ける。芽衣が待ち合わせ場所に着く。一人だけでやってきた芽衣を見て三宅くんが驚く。二言三言話した後で、二人はぎこちなく微笑み合う。そしてそれから。芽衣と三宅くんは手を繋いで、歩き出す。私とずっと繋いでいた芽衣の手は、三宅くんの一回り大きな手に包まれていた。


「お嫁に来てくれるって話はなくなっちゃったんだね」


 私は遠ざかっていく二人の姿を見つめながらぽつりと呟く。二人の姿が見えなくなる。


 そしてそれから。私はその場で泣き崩れ、涙を隠すために両手で顔を覆った。

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