猛吹雪で閉じ込められた女騎士二人と未確認生命体イエティ
「閉じ込められた…」
部下が呟く。
窓ごしに見た外の天気は猛吹雪。
正直、こんな小さな山小屋では心もとないぐらい吹雪いている。
「山の天気は変わりやすいからな。ま、変わりやすいってことは吹雪もすぐ止むだろう。暖でも取りながら待とうじゃないか」
お気楽な声を出しているのは山小屋にいるもう一人の女性。
装備を点検している彼女は隊長。
そんな隊長に、部下は冷静に返す。
「いや、薪、ないですけど」
「……」
沈黙。
「…なんで?」
「こんな長年放置されてそうな山小屋に満足な資源があるわけないじゃないですか」
「……一理あるな」
「はあ、全く。なんでこんな日にイエティの捜索なんか…それに全然見つからないし…」
「未確認生命体だからな。そう簡単には見つからないだろう」
なぜこの二人がここに居るのか。
それは二人が騎士だからだ。
騎士はこの王国の治安を守るのが仕事。
そして、今回、二人に課されたのは辺境の山の捜索だった。
この山にはイエティが出るという未確認情報があった。
麓の村の話によれば、農作物や家畜が盗まれるなどの被害が出ているということで、人に危害を加える前に排除しに来たのだ。
しかし、捜索は難航し、一時休憩に立ち寄った山小屋で吹雪に閉じ込められた、というわけだった。
「思うんだけど、イエティは猿っぽい姿をしていて、毛ムクジャラらしいじゃないか?この吹雪の中でも動けるんじゃあないか?」
「確かにそうですね」
「私たちは動けない、イエティは動ける。ってことは一方的に襲われてしまう可能性もある…」
隊長はあわわ、と口を押えた。
「私たちは寒さで動きはどんどん鈍っていく。イエティはそうならない。負けてしまうかも…イエティは猿に似ているってことは性欲はきっと凄いに違いない…負けたら、死ぬまで犯されるんだ…」
「いや、その前にこの寒さで死にますよ」
部下が冷静に突っ込んだ。
「その通りだな。となると、体温をしっかり保たねば。体調管理は必要不可欠だな」
「急に落ち着きましたね」
「独身のまま死にたくないしな」
「隊長、モテないですよね。端正な顔立ちしてて結構ハイスペックなのに」
「管理職としての仕事や今回みたいな出張もあるからな。恋愛している時間がなかなかないのだ」
「割と切実な事情」
「しかし大分寒くなってきたな…」
腕をさすりながら震える隊長。
部屋の中なのに白い息が出ている。
焚火がない部屋は、その室温を急速に下げていた。
「そうだ!運動でもするか!私は筋トレは嫌いだから…セックスでもするか?」
「なんで?!」
本当に唐突な提案だった。
「筋トレが出来ないならそれしかないだろう」
「意味が分からないです!ていうか、私たち女同士ですよ?!」
「そんなの関係あるか、命が掛かってるんだから」
「素直に筋トレしてくださいよ!」
「もう服を脱いだから無理だ」
「早い?!」
「部下よ、私のテク(童貞)は凄いぞ…大人しく手籠めになれ!」
「本性表しましたね?!」
隊長が素っ裸で部下に飛び掛かる。
数秒後。
「ガハ…」
隊長は足蹴にされていた。
「最近、隊長からのセクハラ被害が凄いと副隊長から相談を受けていましたが…レズ疑惑は本当だったようですね」
「流石は唯一、体術成績で私に勝てる女…」
「分かってて飛び掛かってくんなよ」
「痛めつけられるのもまた良いかなと…」
「どうしようもねえなコイツ」
「…部下は、男はいないのか?」
立ち上がりながら隊長が訪ねる。
「ええ、残念ながら。毎日仕事が忙しいので」
「恋人は欲しいのか?」
「まあ、出来るなら欲しいですよ」
「…私では、ダメか?」
ずい、と隊長が距離を詰める。
ウルウルと瞳に涙を滲ませて、愛嬌たっぷりに。
どきん、と部下の心臓が跳ねた。
正直に言えば、隊長はかっこいい。
美女というよりは、イケメンの部類だ。
スケベな以外は基本高スペックな彼女が男日照りな理由はそこにある。
ならば女にはどうか。
そう、モテる。
こんな塩対応でスケベな隊長を軽蔑している部下だって、一緒に居て悪い気はしていないほどに。
(隊長は女だけど、正直顔は凄く好みで、今日はこんなだけど部下思いで紳士的なところも沢山あるし、むしろスケベなところが隙があってちょっと可愛い、とか思ったり―――ダメダメ!流されてはダメよ!私はレズじゃない!)
「部下…」
隊長の顔が近づいてくる。
キスしようとしている。
部下の心臓がどんどん早くなる。
「たい、ちょう…」
ふたつの唇が近づいていく……そして―――
『ウホッ』
「「…ん?」」
聞こえてきた二人のものではない声に、窓のほうを見る。
百合廚のイエティが口に手を当てて、興奮しながら窓越しに中を覗いていた。
「なっなっなっ」
顔を真っ赤にして固まる部下。
そして隊長は、
「じゃますんじゃねえええええ!エクスカリバァァァァァアアアア!」
剣を抜き放ち、最大広域魔法をイエティに向かってぶっ放した。
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「イエティの毛皮ってあったかいな。薪要らずだ。これなら持ちこたえられそうだな」
「大分生臭いですけどね…」
剥ぎ取ったイエティの毛皮に包まり、二人は並んで座っていた。
「吹雪がやんだら山を下り始めよう」
「でも、装備も大分消耗してしまいましたし(主にエクスカリバーで)、助けが来なかったら帰還は難しいのでは…」
「実は広域通信魔法を使っていてな。副隊長とも連絡がついてる。あちらも天候が回復次第、こちらに向かうそうだ。吹雪さえなければ波動収束魔法を使ってお互いの位置を把握できる。下山途中で合流できるだろう」
「その魔法って特殊専門部隊が長年訓練して習得できるやつでは…ほんと、隊長はスケベ以外は隙がないですよね」
「あんまり褒めるな」
「褒めてないですけどね」
「…ちなみに、本気だぞ」
「え?」
「私は一途だから、浮気もしないし、収入もそこそこあるし、家事も出来る。優良物件だぞ」
ちらちらっと部下の顔色を伺いながら隊長がアピールしてくる。
なんだか犬のようだ。
というか、イエティの毛皮に包まれて、生臭さ漂う中で言われてもムードもへたっくれもないのだが。
はあ、と部下はため息を吐いた。
「またそれですか…私はレズじゃないですって。…まあ」
部下は朱に染まった頬を隠すように少し顔を背けて、言った。
「考えておきます」