最低でしたね、先輩は
完全にフィクションです。作者の経験は1mm程度しか加味されていません。どこかの大学の3,4年生が少し昔にやってそうな絡みのつもりです。 よろしくおねがいします。
「先輩、責任取ってください!」
研究室に続くエントランスで落ち着かない様子の後輩、すなわち、ハラハラ後輩が突拍子も無く僕に詰め寄って来た。二日酔いの頭に響く。僕は顔を顰めながら、身に覚えのない謂れに説明を求めた。
「まぁ、落ち着きなよ。後輩。僕が謂れのない責任追求に免疫が無いと知っての狼藉かな?」
「勿論です。幾ら素面でなかったとはいえ、簡単には納得しかねます。何なら、責任取りやがれ、です。」
ふむ。どうやらいつものお巫山戯の雰囲気ではないな…。面倒な…。
「っ⁉『面倒な』って、ひょっとして、まだ酔っ払っているんですか⁉思考だだ漏れですよっ!」
クッ!?うるさい。そもそも酔っ払った状態で、大学に"出勤"してくるわけないじゃないか。酔っ払った状態で働いたらいけないことは、社会に出たことない僕でも分かる。
この雰囲気からして昨日僕が何かしたことが原因なのだろう。とは言え、直ぐに思い当たることはない。昨日は確か…
〜〜〜とある居酒屋にて〜〜〜
「上杉、5番テーブル見たか?まかない、あるぞ。」バイトの同僚、大学同期の西が僕にコッソリ寄ってきて耳うちする。
「上杉ッ!5番テーブル、バッシング入りまぁすっ!!!」ホールスタッフ全員に聞こえるよう僕は声を張って宣言し、お盆を持って"清掃"に入る。
個室居酒屋らくにぃは、地域のチェーン居酒屋であり、値段も安価で地元民にそこそこ愛されている。大学も近くにあり、バイトもその多くを大学生を雇うことで、地元にも大学生にも優しい居酒屋となっていた。また、全室個室が学生バイトにもお客様にも嬉しいオプションであった。
ということでね、5番テーブルの清掃に入った僕の前には、食べ終わったあとの食器の他に、お客様が頼んだにも拘らず、の手付かずの'唐揚げ様'が鎮座しています。そうして僕はモクモクと食器を下げ始めた。
<偶然>という言葉がこれ程考えさせられる言葉だと、高校生の頃の自分に教えてあげたいが。偶然、そう、偶然。…いや、図らずして、テーブルの上の食器をお盆に次々と下げていたその"手"が唐揚げ様に触れてしまい(その温度と柔らかさを伝えてくる)、慌てて手を引っ込めたのだが、不思議にも唐揚げ様は付いてくる。驚いた拍子に口を開けてしまい、そう反射で。<反射>、この言葉の意味を深く考える今、小学生の頃の自分の善性はもう、無い…のかもしれない。反射による手で口を抑えようとした行為により、唐揚げ様は僕の口にお出迎えされた。その後、下げられたお盆に唐揚げ様は一つも無かったという…。
「…ということがあったけど、もしかして、それ系?」
「ッ⁉1ミリもカスってねーですよ!本当にしょーもない話してくれやがりまして。マジで当てる気あるんですか!」
ヒステリック気味に返してくる後輩、すなわち、ヒス後輩を見て、(そんなに声張り上げて疲れないのか)と思ったが、考えてみるといつものことなので、流しておく。
「あと、あったことと言えば…」
"まかない"により5分チャージを終えた後は、その後3時間バイトで走り回る体力を手に入れ、終了時間まで存在感をタップリとアピールし、西のチャージ時間を捻出するのに貢献した。'おつかれ'と手を振る西に挨拶を返した僕は、ふと研究室の忘年会があることを思い出し、現場へと向かった。
〜〜〜とある忘年会会場にて〜〜〜
「上杉ぃ〜。おそ〜い。」現場に到着した僕を出迎えたのは、出来上がった様子の同期。社会人も経験しているだとかで、既にアラサーの内海だった。会場を見回すと、30人程の規模だったが、そこそこ落ち着いたのか内海以外に絡んでくる面倒な男は居ない。というか、内海の周りしか空いている席は無いのであった。
「内海さん、僕なんかに絡むより、他の人と飲むほうが楽しいッスよ」僕は居酒屋で鍛えた営業スマイルと言うやつで、危機を脱しようとするが、誰も一緒に飲んでくれないのだろう。内海は悲しそうに、手に持っているブツを僕の目の前に置いた。
工業用アルコール。工業用、ということは一歩間違えなくとも、飲用ではない、ということだ。だが、現実には行き場を失って彷徨った挙げ句、合法なのかも怪しいが、飲用になって世に出される強者も世の中には存在する。
「これで、俺と乾杯してくれ!」何かを決心したような、そんな鬼気迫る脂滴る顔で躙りよって来るアラサー。どうでも良いとは思いつつも、何に乾杯するつもりなんだ、と頭の端で思考が過る。大学生には、この展開からの切り返しは荷が重い。バイトで疲れていたこともあり、『早く楽になったほうが、楽か』そんないっときの迷いで、注がれた強者へと手を伸ばした―――。伸ばした―――。した―――
あれ?そこから、どうなった―――?
瞬間、ちょっとしたフラッシュバックが僕の脳を襲う。
ん?夢か現か分からんけど、洋式便所を抱えながら「俺は便器とけっこんする!」とさけん…d…る映像が記憶に散見…
あ…、調子のってウォシュレットで顔洗ったわ、そのあと。ヤバいな。人間の尊厳がヤバい…
「人間の尊厳がヤバい…。」
「あ、思い出しましたね?思い出しやがりましたか。」
ここぞとばかりに、得意げな顔をして後輩がにじり寄ってくる。
“コイツも笑顔はかなり可愛いのに…、性格がもったいない…”
しかし、僕の尊厳の失墜になぜコイツはこんなに顔を突っ込んでくるんだ…?もちろん、僕自身の尊厳の失墜は黙っていても、その結果生じる負債はすべて僕が負うものだ。なのに「責任をとれ」という事は…“「人間の尊厳がヤバい」レベルのことを僕が昨日(多分)この後輩にしている…と。
“そういうことか!リリン。”…ってふざけていられそうも無くなってきたな。
横目で後輩の顔色を窺う。
その顔には、謝罪は今か今かと書かれているように見える。フム。
しかし!記憶にないッ!
されど、いくら二日酔いのこの頭でも、それを正直に言うのが、まして、「で?昨日なにしたっけ?」と言おうものなら地に落ちるのは想像に難くない…。(研究室での僕の信用とかその他諸々がね…。既に落ちているかもしれないとしても!
「昨日、後輩ちゃんもあの飲み会に参加していた…。そうだな?」
こういうときは、有無を言わさず、事実確認をしている体を取ればいい、と何かで読んだことをfullマックスで回転している頭が教えてくる。特に自信を持ってしゃべること!
「そう、ですけど…」困惑気味に返す後輩。
「そこで僕は内海と飲んで盛大に酔っぱらった。…そうだな?」
「そうですけど…?」
さて、ここからが正念場だ。選択肢を一つでも間違えれば、即退場だ…
「ここで、勘違いしないでもらいたいのは、今行っているのは事実確認だ。ただ…。人は…僕も君もそうだろうけど、主観でしか物事を捉えにくい。だから、僕に取っては、こういう事実だったけど、君に取っては、違う意味だった、ということにならない為の擦り合わせさ。」
「はぁ………」分かったんだか、分かっていないんだか、微妙な顔をする後輩。
「さぁ、続きを確認しよう。」
「はい」
「僕は、…盛大に酔っぱらった後…」
再び、思い出す振りをしながら指の隙間から後輩の顔色を先ほど以上に観察する。少し頬が赤くなっているように見える。…あれ、何この雰囲気…
「…トイレにいったよね…?」
「はい…」気持ち、周囲の温度が上がっていないか…?エッ…
「そこで…そこで…、僕は君に…
「先輩は、“便器と人間が結婚出来る分けないじゃないですか”と介抱しながら言う私に、“じゃあ、僕と結婚してくれよ、肉便器としてッ!”ってサイテーなプロポーズしてくれたんですよ」
それは最悪だね…
“最悪、最低だね…うん、うん。”と後輩をあやしながら、研究室に向かう。
隣で後輩は、「ホント、サイテー。」とニコニコしながら付いてくる。
あ、研究室の新聞、忘れるとこだった。
読んでいただき、ありがとうございます!恋愛?とも悩んだのですが、これ以降後輩ちゃんを主人公が意識して行くと言う読者の頭の中での続編を期待しています。(他力本願)自分は長編が好きなので、長編で人を感動させるのが夢です。