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誰がための光  作者: Nixe(ニクセ)
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※今回は、若干の流血表現を含みます。ご注意下さい。

 王都へと戻った私は、早速ソギに己の魔術属性の特異性と、その扱い方を極めるように指示を出した。私の作り出した光の壁を通過した魔法――それは恐らく闇属性の魔法であると考えたからだ。

 この世界には6種類の魔術属性が存在するといわれている。火・風・土・水・光・闇の6属性に大別される。また各々の属性は他者に対して強属性と弱属性が存在する。火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い……といった感じで、反属性の魔法は他者に対して非常に大きな効果を発動することが可能である。そして反属性に当たらない魔術属性は通常の効果が発動されるのだ。

 しかし、光と闇の2種類だけは特殊属性で、他の4属性に対して優位に発動される。つまり、光の魔術士、闇の魔術士共に他の4属性の魔術士に対して優位に攻撃をすることが可能であり、逆に他の4属性魔術士が光・闇属性の魔術士に攻撃を加える場合は、それ相応の上位魔法が必要となる。そして光と闇各々が互いの反属性となり、互いの属性を抑えることが可能とされていた。

 ――『されていた』と伝えられたきたが、実際にそれが確認されたことは近代の歴史の中では一度としてない。というのも、闇属性の魔術士が確認されたことがなかったからだ。

 光属性の魔術士でさえ、全体の数%に満たないとされており、大変稀有な存在であった。それに対し、闇属性の魔術士に至っては最早伝説とされるレベルだったのだ。そのため光属性の魔術士はどの国家においても重用されてきたのである。

 事実、私が王立騎士団の団長を務めるに至ったのも、この光属性の魔術士であったからに他ならない。そしてもし、ソギが闇属性の魔術士であった場合――多くの国家で上位魔術士として君臨している光属性の魔術士達の相当の脅威となるであろうことが予測された。


「あぁ、またやっちまった」

 そう零したソギの手から砂粒のような物が零れ落ちていた。どうやらまた魔法の制御に失敗したらしい。

「おいおい、いい加減にしてくれよ。これじゃ幾つ武器があっても足りねぇよ」

 そう呆れて零すのは、騎士団の武具担当の者だった。

「いや、しゃーないじゃないですか。こんなに緻密に魔法を制御してきたことなんて、今まで一度もないんですから」

 そう呟いて、ソギは両の掌を天に向けて肩を竦めてみせた。

 ソギの魔術属性は、私の想像通りどうやら闇属性であったらしい。私達も初めて目にするその属性は、未知の部分を過分に含んでいた。そのため、当初は手探りでその効果を確かめる日々が続いた。

 王立図書館に残る古い文献などを参考にソギに色々な魔法を使わせた結果、主な効果としては腐食・腐敗といった物質を破壊する力がメインのようだった。そのためソギが意図的に魔法を通せば、手の中の物質の大部分がこのように砂と化す。これは生物に関しても有効で、食品を腐らせることなど瞬間のことであったし、生きている生物の皮膚を壊死させることも可能であった。

 私の持つ光属性とは、確かに対称的であると思う。光属性は強化・加速がメインであり、そのため治癒も得意魔法の一つであった。

「……だから言ったでしょう? オレの魔法は呪われてるって」

 魔術をある程度遮る効果のある手袋を嵌めながら、ソギは呆れた様子でそう呟いた。そう、王都へと連れ帰って間もなく、ソギは自から訴えたのだ『オレの魔法は呪われている』と。

 事実、その魔法で施錠されていた鍵を破壊し、盗みを繰り返して生計を立てていたのだという。その盗賊団から足を洗いたいと訴えたため、あの日ボコボコに殴られて殺されかけたのだ、と。

 それにソギはまともな魔法の知識を与えられていなかったため、完全に感覚だけで使っていたというのだから、危険極まりなかった。幼子の頃は己の力が分からず、手に触れるもの全てを砂と化していたらしい。両親もそんな子供を恐れ、いつしかソギに触れなくなったという。

 また、魔法を操るにはその効果に値する魔法を詠唱しなければならない。勿論魔法の詠唱が無くとも発動させることも可能ではあるが、その効果は非常に小さく、不安定になってしまう。それを集中して安定的に発動させるために魔法の詠唱が不可欠だったのだ。

 ソギはその詠唱に対する知識もなく、また闇属性の魔法の詠唱など、恐らく王立図書館の古文書でも読み解かなくては知り得ることも出来なかったであろう。事実、今回ソギの存在の発露により、王立図書館の書物が一斉に検索されたのだが、その中のかなり古い記録の魔法を詠唱させたところ、今までの比ではない威力の魔法が発動されたのだ。

「これは楽ですね~! こんなの唱えるだけで、楽に魔法が発動できるなんて」

 自身の手から放たれた闇の波動を目にして、ソギは瞳を輝かせていた。そもそも光・闇属性の魔法は身体的にも魔力的にも他属性よりも多くのものを必要とする。それを魔法の詠唱もなしに繰り返していたならば、身体的な負担は相当のものであっただろう。実際出会った当初のソギは骨と皮だけと呼んでも差支えがないほどに痩せ細っていた。

 それからソギには人目に触れる時はできるだけフードを目深にまで被るようにさせた。この世界の魔術士は、己の秘める属性の色がその瞳に現れることが多い。火属性の者は赤い瞳に、風属性の者は緑の瞳に、土属性の者は茶色の瞳に、水属性の者は青い瞳に、といった感じだ。事実、光属性である私の瞳は白金に煌めいており、ソギはといえば――黒曜石のような漆黒の瞳であった。そのため、ソギのその瞳の色を目にすれば、瞬時に闇属性を疑われる可能性があった。

 古い文献を読み解き、闇属性の魔法を探しながら、ソギは己の魔法の制御の仕方を学び、同時に剣術・体術も身に付けさせた。この先の戦場で必ず彼はこの国に必要な人物になると、誰しもが感じていたからだった。


 ソギと出会ってから二年と数か月の月日が流れた。20歳になった私は異例の早さで王立第2騎士団団長へと昇級していた。これも一重に光属性魔術士であるが故だと思えば、僅かに苦いものが浮かんだが。

 周辺諸国からただならぬ雰囲気が醸し出されるようになったのは、丁度その頃だった。西の大国ウルバーシュカと北の小国ギリバンが秘かに同盟を結び、我が国に攻め入ろうとしているという噂が流れ込んできたのだ。ギリバン単体なら大した脅威にはならなかったが、ウルバーシュカが絡むとなるとかなり厄介だ。出来るならば穏便に済ませたいところであったが、そういう訳にはいかない所まで事態は悪化してしまっていた。

 ウルバーシュカに送った使節団が半壊して戻ってきたとの情報が入り次第、私は騎士団の団員を緊急招集させる。こうなってしまっては戦は避けられないであろうと判断したからだ。

「残念ながら、開戦を避けることは叶わなくなったようだ。皆、いつ何時何が起こってもいいように、準備は怠るな」

 私の言葉にその場の全員が左胸に拳を当てる。その3日後、西の領地から敵国の侵入ありとの報告が上がった。

 戦場は、戦の大小に関わらず酷い状況であることには変わりない。第1騎士団の騎馬兵が敵の最前線に切り込む最中、我々第2騎士団の攻撃部隊が魔法を放つ。その後方では後衛部隊が補助魔法で援護しつつ、怪我人を治癒魔法で癒していた。

 第2騎士団の団長を務める私は、後衛部隊の背後から前衛部隊に指示を飛ばす。本来であれば最前線で敵線に突っ込みたいところではあったが、もし私に何かあれば士気が一気に落ちてしまう。その最悪な事態を避けるためにも、後方で団員の動きを見遣るしかなかった。

 そんな私の意思を汲んでか、ソギは最前線で敵と対峙していた。細身で軽い身体を生かし、俊敏な動きで敵地に入り込み、右手から黒い波動を放つ。たちまちに敵の武具は崩壊し、そこへ第1騎士団の団員が切り掛かっていた。

 これまでの2年間、ソギはなんだかんだと文句を垂れながらも訓練を怠ることはなかった。武器を振るう力こそ弱かったが、魔法と組み合わせて戦う姿はもう一流の騎士と言っても過言ではなかった。しかも彼の操る魔法は闇属性、初めて目の当たりにした敵国の騎士達は、ただただたじろぐしかなかったようだった。

「なんだ、これは!? どうして武器が粉々に!?」

 そうして狼狽えたその一瞬が、戦場では命取りになるのである。

 ソギを先頭に切り込んでいく部隊は、他のどの部隊よりも敵陣奥地に入り込んでいた。それが彼の実力をそのまま示していたといえよう。しかし、私の顔は徐々に影を濃くしていった。この戦場で開戦して既に4時間が経とうとしているのに、ソギが一向に戻る気配を見せなかったからだ。

「ソギの部隊は、まだ戻らないのか!?」

 苛立ちを隠せずに近くの団員に問いかければ、彼は一瞬だけ唇を真一文字に引き結んだ。

「隊員の一部は帰還しているようですが、ソギ隊長は未だ戻っていないとのことです」

 その答えに、思わず舌打ちたくなる。闇属性魔法は光属性と同等か、それ以上に身体にも魔力にも負荷を掛ける。これまでの私の試算では、ソギがまともに行動が取れるのは3時間程だ。だからこそ、彼にもそれ以上の深追いはするなと厳命しておいたというのに。いい加減に戻って来ぬか! 胸の内だけでソギに呼びかけたその瞬間、敵陣の奥地の方で漆黒の爆発が起こる。

「あれは……ソギ隊長の魔法では?」

 この距離で目視できる程の爆発を起こすなんて。あれだけの魔力を放てば、恐らくソギの身の内に残された魔力はほぼ空になったはずだ。

「私が、出る!」

 堪らずに愛馬の手綱を引いた私を一瞬側近達が諫めようとしたが、その声が響いた時には私は既に戦場へと駆け出していた。


 ――あの愚か者は! 私の命令をなんだと思って!!


 いつだってヘラヘラと笑って何でもない風を装う男の体が、いつだって傷だらけであったことを知っていた。ふざけた風を装いながら、それでも誰よりも早く訓練場に現れ、誰よりも遅くまで訓練していたことも知っている。その上で、あの男はいつだって軽口の如くこう言い放つのだ。


『オレは貴女の忠実な僕なので、貴方が死ねと言えば、いつでも死にますよ』


 私は、一度として其方の死を願ったことなどない。

 寧ろその身の限界を知り、無茶をするなとあれ程言い伝えてきたはずなのに。

「馬鹿者が!!」

 馬上から歩兵に切り掛かりながら、私は愚か物への悪態を吐いた。

 光魔法で自分の身と武具に強化を掛けながら、敵兵を切り捨てていく。ソギ達の部隊が通り抜けたその道に残された兵は僅かで、私はすぐに激戦地へと入ることが出来た。

 目の前に見えてきたのは、薄黒の魔法を放ちながら馬上の騎士に切り掛かろうとするソギの姿。あんなに魔法が薄くなっているということは、もう彼の身の内に残る魔力はほぼゼロに近いだろう。

「ソギ!!」

 愛馬の腹を一際強く蹴り、戦場を駆ける。漆黒の瞳が私を捕らえて瞠目した。

「リーゼヴェータ様!? どうしてここに!?」

「どうしてだと!? それは其方の方だろう! すぐに引け!!」

 余所見をしたソギに振り下ろされる長剣を片手て弾く。ソギの銀髪の上で火花が散った。

「何言ってんですか、これからが良い所でしょう?」

 ニッと笑うその顔は青白く、既に精気がなかった。恐らく立っているのもやっとという状況なのだろう。

 どうして、其方は、いつもそんな風に――。

 口に出そうとしたその言葉は、しかし目の前のソギが放つ闇魔法によって遮られる。

「戦場で、余所見は、ダメですって……!」

 慌てて背後を振り返れば、騎兵が私に剣を振り下ろそうとしていた。目を見張ったその刹那、その剣先は砂粒へと化してしまったが。零れ落ちる砂ごと、私は敵兵へと剣を振り下ろす。

「ぐあっ!」

 騎兵が落馬するその音と共に、背後からもう一つ響く地面を叩く音。振り返った視線のその先には――地面に散らばる銀髪があった。

「ソギ……!!」

 ソギに切り掛かった歩兵を切り裂き、私は愛馬から飛び降りた。

「ソギ! ソギ、しっかりしろ!!」

 抱き起こしたその顔は、突っ伏した際に泥に塗れてしまっており、右手で顔を拭ってやる。

「な、にしてんですか……戦場で自ら下馬するなんて、自殺、行為です、よ……」

 薄っすらを浮かべる笑みはいつもと変わらないものであったが、血の気を失った顔は既に青を通り越して土色に近かった。

「自殺行為は、其方の方だろう!!」

 力任せに叫んでソギを抱えた左腕に力を入れようとした……のだが、それは滑って上手くいかなかった。何事かと左手を見れば、それは深紅に染まっていて。

「ははっ……大分、派手に切られた、みたい、で」

「リーゼヴェータ様!」

 ソギの声に被さるように叫ばれた声と共に、背後から刃が交差する金属音が響いてくる。恐らく部下が私達を庇って交戦してくれたのだろう。この場での処置は難しいと判断して、私は小さく『フュルリテ 』と呟くと両手に強化魔法を掛ける。淡い光を纏った両手でソギを抱え上げようとすると、腕の中の存在が身じろいだ。

「捨て、置いて、ください」

 ぐっと押された右手に、私は瞳を大きく見開く。

「なにを……」

「オレが、戻っても、もう、役にたたない」

 呼吸がどんどん浅くなる。左手に伝う温もりが、否応なしにその命の終わりを告げるようだった。

「貴女なら、解るでしょう? その魔法は、無駄だって」

 場違いに柔らかく笑んだその顔。しかし、その笑顔に私の頭には体中の血液が逆流してくるようだった。

「無駄など……!」

「団長、私的な感情は、捨てないと、ダメでしょう?」

 それは、私がいつもソギに言い聞かせてきた言葉。騎士団に入団した時点で、私達は駒の一つなのだと。だからどんな状況下であっても、己の感情に左右されてはならないのだと。

 グッと唇を強く噛み締める。確かに団員の全てにそう言い聞かせてきたし、私自身もそうであろうと努力してきた。しかし、今、もし、この手を離してしまえば、ソギは――。


「オレは、貴女の忠実な、僕なので……貴女のためなら、いつでも死ねます、よ」


 そうして、もう大して力の入らない左手で、私の腕をぐっと押し返す。

 いつもの、あのふざけた言葉を、現実のものとするように。


「さぁ、行って、下さい。貴女を、待ってる人達が、沢山、いる……」

 漆黒の瞳の動向が、どんどん大きくなる。恐らくソギの視界には、もう何も映されてはいないだろう。

「リーゼヴェータ、さま……」

 震える左手が、私の鎧の下のアンダーウェアをぎゅっと掴んだ。


「貴女のために死ねて、オレは……幸せ、です」


 掠れた声が私の鼓膜を揺らしたその刹那、傷だらけの左手が私の鎧を滑り落ちた。



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