肉片
「わははははははははははははは!」
「博士!ついにやりましたね!!!」
「そうじゃ!助手よ!ワシらはついにやったのじゃ!!」
「ぎゃはははははははははははは!」
「わははははははははははははは!」
「ぎゃはははははははははははは!」
「わはははははははははははははっ…ごっ、ごほごほっ!」
「博士!大丈夫ですか!!」
助手はすかさず博士の背をさする。
博士はめまいを覚えるようにして傍らの椅子に腰掛けると、
「うむ…、ちょっと調子に乗りすぎたようじゃ…。
しかし助手よ、これが調子に乗らずにいられようか」
そう言いながら半笑いの顔を、
テーブル上のフラスコへと向ける。
紫色の液体。
「そうでした博士!今調子に乗らなくて一体いつ乗るんだ!」
そう言うと助手はまるで友達の背中であるかのように、
博士の背中をバシーンと叩いた。
博士はその助手の行き過ぎた調子乗りな行為に、
若干「ムッ!」とはしたものの、すぐに許した。
そのフラスコに免じて許した。
その紫色の液体に免じて許した。
その不死の秘薬に免じて許した。
不死の秘薬!
今彼らの目の前に不死の秘薬がある。
長年の研究の成果が今日、ようやく報われた。
彼らは不死の秘薬の開発に成功したのだ。
「これで人類は永遠に『死』の恐怖から開放されるのだ、
永遠の命を手に入れたのだ…、わはははははははは!」
「永遠の命!そりゃすごい!ぎゃははははははははは!」
一通り笑い終えたところで、
彼らは早速、その不死の秘薬の効能を確かめるため、
マウスを用いた動物実験を行うことにした。
実験は大成功だった。
不死の秘薬を注入したマウスは、
たとえどんな毒薬を飲ませても死ななかった、
「わはははははすごいすごいぞっ!毒が効かない!!」
「ぎゃははははすごいすごいです!毒が効かない!!」
今の医学では治療不可能な致死率100%のウィルス、病原菌、
そのどれに感染させても死ぬことはなかった。
「わはははははすごいすごいぞっ!ウイルスが、菌が効かない!!」
「ぎゃははははすごいすごいです!ウィルスが、菌が効かない!!」
さらには細胞自体が全く老化せず、
年老いたマウスに注入すれば若返り、
身体能力が最も高い一番ベストな状態をキープし続けていた。
「わはははははすごいすごいぞっ!全く老化しないっ!!」
「ぎゃははははすごいすごいです!全く老化しないっ!!」
非の打ち所がなかった。完璧だった。
その実験結果に改めて発狂するようにして喜んだ彼らは、
実験の内容をますますエスカレートしていった。
「わはははははすごいすごいぞっ!何をしても死なない!!」
「ぎゃははははすごいすごいです!何をしても死なない!!」
最後はとうとう、マウスは細切れになり、いくつかの肉片になってしまった。
しかし、驚くべきことに、マウスは肉片になっても、
その肉片ごとにモゾモゾとうごめき、そして生き続けていた。
「うはははははすごいすごいぞっ!肉片になっても生きてる!!」
「……………………………………………………………………」
「あれ?」
今まで一緒になって喜んでいた助手が急に黙り込んだのを、
博士は訝しげに見つめた。
「どうしたのじゃ?」
助手は先ほどまでとは対照的に暗く沈んだ顔をしている。
やがて机の上でうごめくその肉片を指差し言った。
「博士、コレって何なんですか…」
「何って…、お前さんも見ていたろう、マウスじゃないか」
博士は肉片の一つを摘み上げると指先でプニプニとしてみる。
「ほら確かににマウスだ…」
プニプニ…。
「うん、マウスだ…」
プニプニプニ…。
「うん?…マウスか?」
プニプニプニプニ…。
「あれ?…マウスなのか?」
プニプニプニプニプニ…。
「そうか!コレ、マウスじゃない!!」
ガシャーン!!
博士は机の上に置かれていたフラスコを床に投げつけ叩き割る。
まだフラスコに残っていた秘薬は床に四散し、
そして揮発性が高かったのか、みるみる蒸発してゆく。
「わははははは!そうじゃ助手よ!良いことに気付かせてくれた!!
この不死の秘薬はとんだ欠陥品じゃ!
細切れになったままで元に戻らない!『再生能力』がない!!」
「ぎゃはははは!そうです博士っ!良いことに気が付きましたっ!!
この不死の秘薬はとんだ欠陥品です!
細切れになったままで元に戻らない!『再生能力』がない!!」
打って変わって先ほどまでの熱狂ぶりを取り戻した助手は、
研究データが入った記録媒体やファイルなどその全てを持ってきて、
不死の秘薬が撒き散らされていた同じ床へと投げつける。
「ぎゃはははははははははははははは!
博士っ、こんな欠陥データ必要ない!燃やしてしまいましょう!!」
「わははははははははははははははは!
そうだ、そんな欠陥データ必要ない!燃やせっ燃やしてしまえ!!」
不死の秘薬の開発でそのテンションが最高潮に達していた彼らには、
もはやまともな判断が出来る状態になかった。
毒が効かない、そして万病に効く、さらには老化しない…。
それら効能のことなどはすっかり忘れてしまい、
行き過ぎた実験結果のみだけを採り上げて、欠陥品と判断してしまったのだ。
助手だけでなく、博士も一緒になって、
研究データが入った記録媒体やファイルなどその全てを持ってきて、
不死の秘薬が撒き散らされていた同じ床へと投げつける。
やがてその全てを投げつけ終えた博士は、
それに火を付けようとして懐からライターを取り出す。
もちろん、博士は助手は、そのことも忘れていた、
その不死の秘薬は揮発性が高く、尚且つその気体は引火性が高いということも…。
「よし!では燃やすぞっ!助手よ!!」
「よし!燃やしましょう!博士っ!!」
カチッ…!
こうして、不死の秘薬は永久に失われた。
失われたどころか、開発されたことすらも世間に知られることはなかった。
ただその跡地に、
未だモゾモゾと動くマウスの肉片のみが、全てを知っているだけである―。