~子供と家族と~ ~妖 暗躍~
水曜日の午後四時。
カウンター席には、美幸、紗彩に並んで香澄が座っていた。
「美幸先輩って高校ではどんな感じなんですか?」
抹茶パフェをつつきながら紗彩は、美幸越しに香澄を覗き込んだ。
「合同授業でしか一緒じゃないけど、結構楽しそうだと思うよ。ね、美幸ちゃん?」
「うん。特にいじめなんてものは受けて無いし。クラスのみんな、いい人だもの。」
美幸はにっこり笑ってシフォンケーキを切り取った。
「紗彩も高校は明芳志望なんです。だから今から『香澄先輩』って呼んで良いですか?」
ツインテールをふわりと傾けて紗彩が微笑む。
「あら、ありがと。嬉しい。でもウチって、自分で言うのも何だけどさ。ちょっとレベル高いじゃん? その辺、石川さん・・・紗彩ちゃんはクリアできそう?」
香澄は白玉ぜんざいを木製スプーンですくい上げて紗彩を見る。
「へへ~。こう見えて紗彩、頭良いんですよ。」
「そうなの?」
「はい。紗彩、毎回、地区学力テストで100番以下になったことないんです。」
「うわ、私より優秀。」
香澄は目をまるくして、タレ目、ツインテールのあどけない紗彩の顔をまじまじと見つめた。
カウンターの奥で、呉竹模様の着流し姿の頼光が下げ物をシンクに置いて、ふぅと少しため息をついていた。
「あの。皆本さん、何か元気ないですね?」
紗彩が美幸に小声で囁いた。
「あ、ちょっと家のコトで考え事があるって。詳しいコトは・・・香澄ちゃん、何か聞いてる?」
「う・・・ん。何かお父さんの事で考えているコトがあるって、電話で漏らしてた。」
「お客さん、お水はいかが?」
レースの半襟で黒地にアゲハ蝶柄の着物姿の涼子が、銀色に光るピッチャーを差し出した。
「涼子さんありがとうございます、いただきます。・・・皆本さん、今日は何か沈んでません?」
紗彩がグラスを差し出して小声で涼子に話しかけた。
「ええ、昨日からちょっとあんな感じなののよ。本人は大丈夫だって言ってるけど。何か悩み事かしら?」
「何か家庭のコトだそうです。紗彩、ちょっと話してみます。」
「家庭の事なら、あまり触れないほうが良いんじゃない?」
「大丈夫ですよぉ。こんな時こそ、紗彩の『無神経キャラ』の使い時ですよ。」
得意そうに紗彩が胸を張る。
「え? 『キャラ』なの?」
「あ、涼子さん、ひどい。」
しばらくして頼光がカウンター席の友人の所へやって来た。
「香澄、お味はいかが?」
「うん。甘さ控えめでおいしいよ。添えの塩昆布とお茶も良いね。」
「気に入ってもらって良かった。香澄のは今回は僕がおごるから。」
「ありがと。でも良いの?」
「気に入ったらまた来てよ。涼子さんにはちゃんと話通してるから。」
「へへ。ゴチになります。」
「え~、紗彩は?」
「紗彩ちゃんの分おごってたら僕のバイト代が無くなっちゃうよ。」
「紗彩、そんなに食べないもん。あ、そうだ。皆本さん。」
「なに?」
「えっと、何か元気ないみたいですよ? 心配事ですか?」
頼光はちょっと困ったように頭を掻いた。
「やっぱり判るのかなぁ。涼子さんや香澄や美幸ちゃんにも聞かれてね。まぁ、家庭の事情ってヤツ。」
「お家の人とケンカ?」
「そんなんじゃないよ・・・まぁ、ここに居るみんなには良いか。実は僕の父さんの生い立ちを聞かされてね。いろいろと考ちゃってるんだ。」
「皆本くんのお父さん? 穏やかな感じの人よね?」
「美幸ちゃん知ってるの?」
「うん、月曜日、皆本くんと一緒にお話ししたの。」
「月曜日と言えば駅の東口広場に隕石が落ちたってニュースしてました。美幸先輩の下校時刻あたりですよね? 巻き込まれなくて良かった。」
紗彩が覗き込む中、美幸と頼光は顔を見合わせて苦笑いを交わした。
「・・・父さん、幼いころ親戚中をたらい回しにされていたそうなんだ。おじいちゃんとおばあちゃんが結婚を反対されていた中で、父さんが生まれて。」
後ろで涼子が足を停めた。
「え~、ひどい。お互い愛し合って子どもまで出来たんなら結婚させれば良いのに。ね、涼子さん。」
「そ、そうね。」
憮然とした顔で紗彩は涼子を見つめ、涼子は目を泳がせて片付けものを始めた。
「父さんが生まれてすぐにおじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんは父さんを手放したそうなんだ。おばあちゃんの家柄にそぐわないからだったそうだよ。」
「ひどいっ。生まれてきた赤ちゃんをそんな理由で捨てるなんてっ。」
紗彩の声がすると、ガチャンとシンクの方で食器を取り落とす音が響き、頼光も驚いて振り返った。
「ご、ごめんなさい。手がすべっちゃって・・・」
心なしか、涼子の顔色を顔色が青白い。
「涼子さん、大丈夫ですか? 今落ち着いてるんで、少し休んで来ては?」
「そ、そうね。じゃあ、しばらくお店、お願い出来る?」
「はい。混んで来たら否応なしに声掛けします。」
涼子はチラリと紗彩を見て、そそくさとバックヤードへと小走りに入って行った。
「涼子さん、大丈夫かな?」
紗彩がバックヤードの扉の方を覗き込む。
「きっと、疲れてるんだよ。そうそう、明日、紗彩ちゃんとケーキ焼くの楽しみにして、今、バックヤードに材料が囲んであるんだよ。」
「わぁ、楽しみ。涼子さんと二人っきりでクッキング~♪」
はしゃぐ紗彩をそのままに、香澄はカウンターから身を乗り出した。
「だからライコウ、おじいちゃんとかおばあちゃんの話、してくれたコト無かったのね。」
「うん、父さん、その話題に触れないようにしてたの判ったから僕も気にしないようにしてたんだけど。そんな父さんに『片親にしてすまん』とか言われて、家族ってどういうものなんだろうって考えちゃってさ。」
弱ったように頼光は視線を落として、寂しそうに微笑んだ。
(うあ、なんかきゅんとした・・・)
その表情に美幸は、悪いとは思いつつもときめいた。
「ライコウ・・・私の所は両親とも健在で、おじいちゃんおばあちゃんも元気だけどさ。そんな私が言うのも何なんだけど。今、ライコウの周りでライコウのコトを思ってくれている人が居て、ライコウもその人のこと大切に思っているんなら、血のつながり云々よりも、そっちのほうが大切なんじゃないかな? 偉そうなコト言ってゴメンだけど。」
香澄は自論の照れ隠しに少し冷めたお茶をくいとすすった。
「うん・・・香澄ありがと。」
「すっきり・・・できた?」
「少し胸のつかえが取れた気分。」
上目遣いで探るように見る香澄に、頼光はにっこりと微笑んだ。
「美幸先輩。」
「なに? 紗彩ちゃん。」
小声で肘をつついて来た紗彩に耳を寄せる。
「皆本さん攻略方向が見えましたね。キーワードは『家族的雰囲気』ですよ?」
「さ、紗彩ちゃん?」
目をまるくする美幸からふいと離れた紗彩は、明るい声を出した。
「そう言えば、そろそろ明芳の文化祭ですよね。紗彩もお友達引き連れて見に行きますね。」
「そうなんだ。それじゃ、しっかりと企画しなきゃな。ね、美幸ちゃん。」
「う、うん。一緒にがんばろうね。」
シフォンケーキのフルーツをつつきながら、美幸ははにかんだ。
「あ、何、その連帯感? 体育部も文化祭までは活動縮小だから私も参画出来るんですけど?」
「でも、香澄ちゃん実行メンバーじゃないでしょ? 明日は1組2組の実行メンバー同士での企画会議なの。」
「へぇ、先輩達は何するんです?」
パフェスプーンをくりくりとしながら、紗彩が首を傾げて美幸と頼光を見る。
「ウチの有力候補は喫茶店だな。お互いのクラス、かわいい女子が多いからウエイトレスが華やで良いって。」
「それ、皆本くんが言い出したんでしょ?」
「まぁ、男子もノって来たし。シフト制にすれば人数が居る分、個人の自由時間も多く取れるし。」
「上手いわね。中学の学祭の生徒会企画もそのノリでやったわね?」
香澄が木製のスプーンをかざす。
「皆本くんって生徒会メンバーだったの?」
「いや、中二の時の委員長の代理でちょっと参加してただけ。」
「その時、麗奈さんと知り合ったのよねぇ。」
ひょうひょうとした感じで香澄が片眉を吊り上げた。
「何か言い方にトゲがあるな。あ、麗奈さんと言えば、明日帰国するんだってさ。空港に見送りに行くから企画会議終わったら速攻帰らせてもらうね。」
「はいはい、お好きにど~ぞ。」
「何、怒ってんの?」
「べ~つに。」
白玉ぜんざいをたいらげた香澄は、口直しの塩昆布をかじってお茶をすすった。
店舗の引き戸が開いて来客を知らせるベルが鳴る。
カウンター越しに愛想良く声を掛けて、頼光はトレイにお冷を2つ乗せてテーブル席に向かった。
中央警察署の白亜の建物に二十歳ぐらいの青年が歩いて行った。
警察署のロビースペースは意外と人の流れが多い。
免許更新の講習の手続きに来たおばさま、車庫証明の申請に来た中古車ディーラー、下着泥棒の被害相談に来たお姉さま、そして、出先から帰って来た捜査2課の刑事さん達。
窓口に立った青年が応対してくれた婦警さんの顔を覗き込んだ。
「あの、こちらの署に科捜研があるとおうかがいしたんですが、本当ですか?」
「はい。でも沢口靖子さんは居ませんよ。」
警察学校出たてぐらいの、若いこの婦警さんは冗談交じりに微笑んだ。
「・・・よかった。捜査1課の方をお願いします。僕、青山浩平です。自首しに来ました。」
すぐ隣の中古車ディーラーのお兄さんが驚いて固まった。
取調室で刑事二人組からの尋問を終えた浩平は、殺風景な小部屋へと連れて来られた。
簡易ベッド、簡単なテーブルと一脚の椅子、剥き出しの便座がオフホワイトを基調にした空間に配されている。
珍しそうにきょろきょろと周囲を見回す。
「ここが留置所だ。司法手続きなんかもあるから、しばらくここで大人しくしてな。」
「・・・留置所って鉄格子の檻をイメージしてた。」
周囲を見回しながら浩平が呟いた。
「ああ。ほとんどの人がそういうイメージだな。実際はこんなもんだ。言っておくが、窓には鉄柵、天井に監視カメラ、扉は耐圧構造になっているから、いくら暴れても抜け出せないからな。」
角刈りでツイードのジャケットを着た刑事がニヤリと笑って浩平を見た。
「・・・科捜研があるって聞きましたが?」
「うん? この署の三階にあるが。沢口靖子はいないぞ? ファンなのか?」
「いえ。・・・ちょっと気になっただけです。」
「そうか。ま、お前さんのとりあえずの罪状は恐喝だ。初犯でもあるし、自首してきたんだ。執行猶予付きになると思うぞ。ちゃんと反省して真人間になることだ。それじゃあな。」
刑事たちは浩平にそう言うと、見た目より分厚い扉を閉じ、がしゃんと大きな施錠の音をさせた。
人の気配は遠のいて行く。
「・・・ここが二階だカラ、この上ノ階と言うワケか。」
浩平の額がにゅっと伸び、広がった額に大きなコブが二つ浮かぶ。
肩の筋肉が盛り上がり、ろくろっくびのように首が長く伸び始めた。
着ている服がビリビリと裂け、皮膚の色が緑色に変わって行く。
額の二つのコブに裂け目が生じ、アーモンド型の金色のタレ目がぎょろりと現れる。
浩平の口が耳元まで裂け上がり、伸びた足の甲でつま先立ちになった指の間から恐竜を思わせるようなごつい鉤爪付きの指が飛び出した。
異形に変化した彼は窓を開け、その鉄柵に手を掛けた。
バキンと窓枠を留めていたビスが弾け飛ぶ。
異形はその窓に体を滑り込ませると、鉤爪を引っ掛けながらするすると壁を登り、それぞれの窓の中を覗いて行く。
お目当ての部屋を見つけた彼は、躊躇する事無くその窓を打ち破った。
突然の破壊音に科捜研の研究員がおののき、固まる。
緑色の妖はズルリとその身を窓から滑り込ませ、嬉しそうにその裂けた口を大きく開いた。
『石ダ。石ヲよこせーっ!』




