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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
48/49

~茨木童子~


 月曜日の五時限目のすぐ後。

2組の頼光が一人の女子と共に1組に入って来て教壇の前に立った。

「すみません、いきなりで申し訳ないんですが、ちょっと良いですか。来月末の文化祭の事で、2組から提案と言うか、お願いがあるんです。」

 同席している女子、2組の委員長の白木(しらき)真由美(まゆみ)と一緒に並んで、頼光は1組の教室内を見回す。

 ほとんどの生徒が衣替え前に上着を脱いで、合服姿になっている。

 白ブラウス・白シャツがまぶしい。

 生徒達は何だなんだと前を向く。

「2組は文化部が多くてクラスの企画に参加出来るメンツがかなり少ないんです。そこで、合同授業している1組のみんなと一緒にやってはどうかという案があるんですが、どうでしょう? 受け入れてもらえますか?」

 頼光が心配そうな顔をして周囲を見回す。

 その隣で委員長の真由美が、凛とした声で援護する。

「こちらの案では、お互いのクラスの実行チームを選出して、一緒に出し物を協議・進行する運びにしたいと思うんです。いかがでしょうか?」

 しばし沈黙の後、生徒達は隣近所でざわざわし始めた。

「いいんじゃね? 何するにしても人手は多い方が良いし、2組は顔馴染みだし。」

 かたっと席を立って、1組の委員長の甲本(こうもと)(まさ)(のり)が声をあげた。

 健明ほどではないが背の高い彼は、少しクセっ毛の頭で周囲を見回した。

 周囲も異存は無いようだ。

「ありがとう。それじゃあ合同チームとして盛り上げていきましょう。」

 真由美は嬉しそうに頷くと頼光に目をやった。

「それじゃあ、2組さんの実行チームの名簿を明日にでも渡してくれよ。こっちも六時限目の話で選定するから。それに希望も摺り会わせたいから、やりたい事をピックアップしてくれ。早いうちに準備に取り掛かりたいしな。」

 政紀はにこりと笑うと両手を腰に当てた。


 そして放課後。

 六時限目のクラス会議の後、香澄は部活へ、頼光は帰途へと就いた。

 頼光の携帯電話に美幸からメールが入り、校門で椎名と一緒に合流した3人はバスの待合所へと歩いて行った。

「いきなり皆本くんが教室来たからびっくりしちゃった。」

 歩きながら美幸は頼光を見る。

「うん。ウチの担任に話したら『話をまとめられるなら行ってこい。』って事でさ。意外と話が解る教師陣で助かったよ。」

 頼光は嬉しそうに美幸に微笑む。

 美幸はにこりと笑い返して、恥ずかしそうに目を伏せた。

「結構苦戦してるのね。ウチはすんなり決まって、担当分けも決まったのよ。」

 二人の少し前を歩いていた椎名は、楽しそうに振り返る。

「へぇ、3組は何やるの?」

「ウチは映画作るのよ。ま、ハンディカム撮影だけど。」

「どんなの撮るの? 恋愛モノ?」

 美幸は椎名を覗き込む。

「ううん。コメディよ。タイトルは『13日の金曜日』。」

「バリバリのホラータイトルじゃん?」

 頼光は目をまるくした。

「パロディだから。草案の段階でもみんなノリノリなの。楽しみにしててね。あ、そうだ。撮影で皆本くんの神社の林、使わせてもらえると嬉しいかも?」

 椎名は頼光を覗き込む。

「協力出来る所は協力するよ。でも藁人形とかは打たないでくれよ? 絶対マネする輩が出るんだから。」

 三人は盛り上がりながら、バスの待合所の中に入って行った。

 回収業者が来た後なのか、あふれるぐらいにいっぱいになっていた空き缶用のゴミカゴがすっきりとしていた。

 それだけで清々しい。

三人は長ベンチに腰掛けた。

 椎名は美幸を頼光の隣に座らせて、彼女をグイと頼光の方へと押し付けた。

 頼光の肩が密着して、セーラーブラウスの長袖越しに頼光の体温が伝わって来る。

「し、しいなっ。」

 美幸は隣の椎名に小声で抗議する。

「う~ん。混んでるわね~。」

 椎名はとぼけた感じで斜め上を見ている。

「どこがっ。」

「ほらほら、文化祭のお話し。続けた続けた。」

「~・・・」

 絶句していた美幸は軽く咳払いして、頼光へとちょっと首を向けた。

「あの。えと、ウチの委員長が実行メンバー決めろって言ってたでしょ? 皆本くん、入ってるの?」

 美幸がチラリと頼光をうかがう。

「うん。合同企画の発案者は最後まで責任取れってさ。実行チームのリーダー押し付けられちゃったよ。」

 頼光は苦笑いして頭を掻いた。

「あ、あのさ。私、私も1組の実行メンバーなんだ。だから、よろしく。」

 美幸は恥ずかしそうに頼光を上目遣いに見つめた。

「え、そうなの? 美幸ちゃん人が良いから押し付けられちゃった?」

「ううん。そんなんじゃないの。あの・・・私も、ちょっとでも自分のカラを破ってみようかな・・・なんて。」

 美幸は口ごもりながら、チラチラと頼光をうかがう。

「へぇ、偉いなぁ。その姿勢見習わなくっちゃな。」

 頼光は感心してうんうんと頷いた。

(良かった。皆本くんがメンバーじゃなかったらどうしようかと思ってたんだ・・・)

 美幸は頼光の傍らで嬉しそうに微笑んだ。


 鴻池駅バスステーション8番乗り場に停車したバスから頼光、美幸、椎名が連れ立って降りて来た。

「皆本くんはこれからバイト?」

 椎名が頼光の顔を覗き込んだ。

「あ、今日はお休み。父さんがもうすぐ伊勢から帰って来るから下校ついでに迎えに行こうかと。」

「うへぇ? 皆本くんてお父さんっ子なんだぁ?」

「うん。片親だから。」

「あっ・・・ごめんなさいっ。」

 ニヤニヤしていた椎名が顔色を変えて頭を下げた。

「ああ。いいって。全然気にしてないから。」

 ひらひらと両手をかざす頼光をすぐ隣で美幸が見つめた。

「それじゃ、私、お邪魔かな? 何時に着くの?」

 美幸が軽く首を傾げて視線を投げる。

「うん。もう着いてるはず。そこの東口改札に行けば居るんじゃないかな。」

「あ! 私、急用を思い出したっ。それじゃ、美幸。皆本くんのお父さんによろしく伝えといてね。じゃっ!」

 椎名は慌ただしく叫ぶと、満面の笑顔で美幸の背中をばんっと叩いて噴水広場の方へと駆けて行った。

「え? あ、ちょ、ちょっとしいなっ!」

 笑顔で大きく手を振った椎名は、ポニーテールをぶんぶん揺らしながら走り去って行った。

「小林さん、忙しいんだね。」

「・・・」

「じゃあ、帰り道がてら、改札まで一緒に行こうか。」

 頼光が覗き込む中、美幸はあわててコンパクトを引っ張り出した。

「う、うん・・・あ、私、髪とか、変じゃないかな?」

「うん? いつも通りのサラサラ髪だけど。どうしたの?」

「いや、その。皆本くんのお父さんに会うなんて思ってもみなかったから。私、失礼な格好じゃないよね?」

「挨拶するだけだから良いんじゃない?」

 妙に慌てている美幸を不思議そうに眺めながら、肩をぽんと叩いて美幸を促した。

「じゃ、行こうか。」


 駅舎の東口に向かう。

 普段は人が切れることがほとんど無いこの場所が、今日はなぜかがらんとしている。

「ここまで人気(ひとけ)が無いのって珍しいね。中央口か西口で何かやってるのかな?」

 二人はきょろきょろと周囲をうかがう。

 お土産屋さんの店内を覗くと店員の姿も見えない。

 東出口改札の方に歩みを進めると、切符売り場の前に40代の男性が立っていた。

 そのスーツ姿の男性は、頼光達の姿を見ると足早にキャリーケースを引きながら近づいて来た。

「父さん、お帰り。」

 頼光が軽く手を挙げて挨拶する。

「ただいま。お迎えありがとう。おや、お友達かい?」

 ピンストライプのダークグレーのスーツにちりめん織り風の薄いパープルのネクタイを締めたこの男性は、優しくにこりと微笑んだ。

 がっしりとした体形の人ではあるが、どことなく頼光に雰囲気の似た笑顔に美幸は少しどぎまぎした。

「あ、あの。初めましてっ。私、有松美幸と言います。頼光くんとは、その、お友達させてもらってますっ。」

 早口にまくし立て、機械仕掛け人形のようにペコっと頭を下げる。

「頼光の父の(よし)(あき)です。息子がいろいろとお世話になってるそうで。今後もよろしくお願いしますね。」

「いえっ、こちらの方がいろいろとお世話かけてると言うか・・・」

 緊張のせいか赤くなってわたわたしている美幸に軽く会釈(えしゃく)して義晃は頼光に耳打ちした。

「頼光。この場を離れるぞ。気取(けど)られないよう、慌てずに普通に行動しろ。」

「・・・解った。」

 にっこりと笑うと義晃は頼光の肩をぱんと叩いて、美幸のほうに顔を向けた。

「有松さん。確か柳町の教会で頼光と写真撮ってくれた娘さんだね? その時は出張で居なくてね。話とか聞かせてもらえると嬉しいんだけど、一緒にお茶でもどうです?」

「え? あ、あの・・・」

「父さんが美幸ちゃんとお話ししたいってさ。今日はまだ時間良いでしょ?」

 頼光も笑顔で促す。

(ちょっと押しが強い所はお父さん似だったのね)

 美幸は妙に感心して首を縦に振った。

「よし、じゃあ行こう。」

 頼光はぽんと美幸の肩に手を置いた。

「あ・・・」

「頼光、幼馴染み相手じゃないんだから、それは慣れ馴れしくはないか?」

 歩き出した義晃は頼光をたしなめる。

「え? 美幸ちゃん、嫌だった? ゴメン、気にして無かったよ。」

「そ、そんなことないよ。皆本くんの好きなようにしてくれて良いよ。あ・・・」

 自分が言った言葉が変にいやらしかったので、美幸は赤くなってうつむいた。

 伊勢の時事の話題などを雑談しながら駅舎を出る。

 東口から外を見ると周囲に人影が見えない。

 バスステーションにもバスが一台も停まっていない。

「さて、お出ましだな。」

 さっきまでにこやかだった義晃の表情が途端に険しくなった。

 近くのドウダンツツジの植え込みの陰から無造作ヘアの長身の青年がゆらりと姿を現した。

 黒のスキニーパンツにショート丈の革のジャケットを合わせた姿の青年が革手袋をした右手で義晃を指差した。

「やあ、雷帝とはお初にお目にかかる。」

 頼光は美幸の前に立ってその青年を睨みつけた。

「滝沢さんでしたっけ? なんの用です? 雪月花はここより西ですよ。」

「今日はシフォンケーキを食べに来たわけじゃ無いんだ。幸治郎、いや、鴨川童子からちょっと面白いコトを聞いてね。自分で確かめたくなったんだ。」

「『雷帝』の名を知ってのことか。鬼族とはいえ無事で帰れると思うなよ。」

「良いねぇ。そのセリフ、ぐっとくるよ。」

 ニヤリとした口元からキラリと牙が光った。

 頼光は美幸を抱え上げ『空間跳躍』で横っ飛びに身をかわす。

 義晃もその場にキャリーケースを置いて飛び退いた。

 空を切裂く音が響く。

 両手の甲から三本の刃を飛び出させた女性が、三人の居た場所を薙いでいた。

 レザー光沢の、ぴったりとした黒い衣装を纏った彼女は、自分の攻撃が空振りになったのを知るとトンボを切って距離を取った。

 ウエーブのかかったロングヘアから二本の角が突き出し、縦長の瞳孔が赤紫色に発光する瞳に浮かび上がる。

「ほう、さすが良い反応だ。」

 滝沢は顎に手をやって、満足そうに頷いた。

「え? え? な、なに?」

 頼光に抱えられたままの美幸は、目をぱちぱちとさせて頼光を仰ぎ見る。

「おい! この娘は関係ない。この娘には手を出すなっ!」

 頼光は滝沢に向かって声を荒げた。

「・・だってさ、雛菊(ひなぎく)。どうする?」

 滝沢は低く身構える鬼女に視線を向ける。

「私の『人払い』の域から抜け出せれば追いはしないわよ。抜け出せれば、の話だけど。」

 雛菊と呼ばれた鬼女はぺろりと舌なめずりして、嬉しそうに微笑んだ。

「そうか、では先ず鬼のお嬢さんから始末を付ければ良いんだな。」

 義晃はすっと右腕を横に伸ばした。

 掌の前の空間に紫色の八卦陣が灯り、そこから放たれた銀色の光が六尺程の槍の形にまとまった。

 その得物を握り、一度大きく振り回すと左前半身(はんみ)に身構えた。

 古代の矛のような形状のこの槍は、薄紫色の霧をその刀身に纏い、それ自身もぼうっと紫色に輝いている。

 初めて見る父親の術に頼光も目をまるくした。

「ほう、『黄泉の矛槍』か。確か神をも(ほふ)ると言われる黄泉の武器の一つだな。」

 滝沢は自分の右手の革手袋を脱ぎ捨てた。

 手袋の下から真黒でごつごつとした、岩のような甲殻を纏った右手が現れた。

 関節部分には真っ赤な筋線維が怪しく光り、脈打っている。

 右腕がぼうっと赤く光を放ち、光の霧が幾筋の蛇のように(うごめ)きその腕に纏い付く。

 滝沢の無造作ヘアから二本の角が突き出し、両の瞳が金色に変化する。

「自己紹介が遅れたな。俺の名は『茨木童子』。」

「え? あの『大江山』の?」

 頼光が美幸を抱き上げた格好のまま、その鬼を見つめる。

「へぇ、若いのに物知りなんだね。酒呑童子イブキ様の配下、茨木童子だ。以後お見知りおきを。」

 茨木童子は、左手をひょいと額にかざしておどけて見せた。

 義晃が矛槍を構えて鬼女を睨む。

 鬼女は左右にステップを踏み、長物の狙いを攪乱しつつ距離を詰める。

 鬼女が鬼の爪を煌めかせて一気に飛び掛かる。

 その軌道に目掛けて左半身(はんみ)の構えから槍の突きを放つ。

 鬼女は矛槍の切っ先が当たる直前、地を這う程に体を低く下げ、そのまま宙を滑ると義晃の大腿部目掛けて右手の鬼の爪を振り抜いた。

 鬼女、雛菊の爪が空を切る。

 そのまま滑空して着地すると、彼女は慌てて振り返る。

その視界に上空からふわりと着地する義晃の姿が映った。

次の瞬間、残像を引いた義晃が迫り、矛槍の石突側で雛菊の脇腹を叩き上げた。

「ぎゃあっ!」

もんどり打ってレンガ敷きの地面に転がる鬼女に目掛け、義晃は逆手に構えた矛槍の刀身を突き出した。

「ひっ。」

 固く目を閉じて両手をかざした雛菊の目前で切っ先が止まる。

 義晃が突き出した矛槍に、赤黒く発光する数匹の蛇が咬み付き、巻き付いてその動きを封じていた。

 蛇の尾の先は茨木童子の右腕に繋がっている。

「さすが、『雷帝』だ。まだまだ本気で無くともその動きか。」

 茨木童子は綱のように蛇の胴を右手で握ると、ぐいと打ち振った。

 義晃は体勢を崩し、その隙に雛菊は茨木童子の傍へと飛び退いた。

「も、申し訳ありません・・・」

「気にすることは無いさ。相手はあの『雷帝』だ。それに君を失う訳にはいかないしね。」

「茨木さま・・・」

 頬を染める雛菊に、茨木童子は頼光の方へと目配せをした。

「『雷帝』は俺に任せて、君は白鳳と遊んでやりな。」

「はっ。」

 鋭い眼光を宿らせた雛菊が頼光を睨む。

 頼光も身構えるが、目が泳いで怯える美幸を抱えたままでは大した動きが出来そうにも無い。

「美幸ちゃん。後で説明するから。」

「み、皆本くん・・・?」

 頼光は美幸を下ろして自分の後ろに立たせる。

「『明日香』っ!」

 頼光の傍らに紫色の霧の渦が湧き立ち、コウモリの翼と牛の角を持った赤毛の女の子が姿を現した。

「お呼びですか、ご主人さま。」

 鏃型のしっぽをピコピコさせて、ちょっとドヤ顔でアリアンナが微笑む。

「え、え? 何っ、悪魔っ?」

「この()を安全な場所へ。」

 頼光はパニックになっている美幸へ目配せをして、アリアンナに指示を出す。

「え~、ヤダ。私も闘う。」

「・・・『命令』だよ、アリアンナ。」

「は~い。」

 ちょっとつまらなそうに返事をした彼女は、背中のコウモリの翼を広げると、ひょいと美幸を抱え上げた。

「き、きゃあっ?」

「このエネルギー空域から出れば良いのね。あなた、ちゃんとつかまってなさい。」

 腕の中の美幸に声を掛けると、翼をさらに広げた。

「ほう? もう式神を持っているのか。それは聞いていなかったな。」

 光の蛇を腕に戻した茨木童子が感心したように呟き、隣の雛菊が短く舌打ちして頼光達に飛び掛かった。

「頼光っ!」

「おっと、あなたの相手は俺だよ。『雷帝』。」

 息子の方へと駆け寄ろうとした義晃に、赤い光の蛇が鞭のように鼻先をかすめた。

「はぁっ!」

 気合と共にアリアンナが右手をかざすと、その先から無数の小型のコウモリが湧き出し、雛菊を包む様に飛んで行く。

 雛菊は地面を転がりその攻撃を回避する。

 顔を上げると頼光の前に、黒山羊の頭をした筋骨隆々の悪魔『バフォメット』が仁王立ちに身構えていた。

「何っ?」

 驚く雛菊に向かってバフォメットはその巨大な拳を振り下ろした。

 拳が砕いたレンガ敷きの地面から横っ飛びに逃げて距離を取る。

 黒山羊の目が紅く光る。

 それに向かって雛菊が身構えた時、目の前のバフォメットの姿がすぅっと薄くなって霧が晴れるように消えてしまった。

「?」

 先ほど砕かれたはずの地面には何の跡も無く、丘の方向に目をやると、大きなコウモリのシルエットが空高く舞い上がって飛び去っていた。

「ちぃっ、幻か・・・」

「そういうことだよ。これで気兼ねなく動ける。」

 すぐ後ろで声がして、驚いた雛菊は鬼の爪で後方を薙ぎながら飛び退いた。

 姿勢を低く身構えた、額から一角を生やした真っ白の妖の姿がそこにあった。

 合服姿の妖は何だか滑稽ではあるが、めくった袖からは鎧籠手のような甲殻に覆われた腕が覗き、鋭い眼光と隙の無い構えが威圧感を感じさせる。

「白鳳・・・。体術に()けていると聞いてるわ。お手合わせ願えるかしら?」

「いいとも。お互い得物は『爪』なんだな。」

 頼光は大ぶりな二本の『天狗の爪』を両手の鎧籠手の甲から飛び出させた。

 その数メートル横で、義晃は茨木童子の繰り出す光の鞭を矛槍で弾いて応戦していた。

「どうしたんだい? こんなものじゃ本気出せないかい?」

 ひゅんと鞭を鳴らすと茨木童子はそれを腕に絡めて収めた。

 左手を真横に伸ばす。

 掌の先に赤い八卦陣が浮かび上がり、そこから黒い六尺の棒状のものが吐き出された。

 茨木童子は左手でそれを掴むと、チア・バトンのようにくるくると回して後ろ手に構える。

「イメージとは違うだろうが、これも『鬼の金棒』でね。棍棒型のヤツとは違ってスピードが出る。」

 そう言うと一気に踏み込み、左突きをフェイントして右袈裟に金棒を振り下ろす。

 義晃は半歩踏み込んで、矛槍の刀身で振り下ろされる棒の進路を弾き変え、石突を左脇腹へと振り上げる。

 その石突側の柄を金棒の左端が弾いて進路を変え、その格好で義晃の左頭部へ目掛け右端を振る。

 義晃は体を屈めて攻撃をかわし、送り手で引き縮めた刀身を茨木童子へと突き出す。

 バックステップを取りながら茨木童子は襲い来る矛先を弾き、金棒の先端を連撃で突き出した。

 鋭い金属音が連続で響く。

 お互いがお互いの得物の柄を薙ぎつつも、攻撃の隙を見つけては打ち込んで行く。

「やるねぇ。だが、そろそろ息が上がってきてるんじゃないか? ニンゲンの体力じゃ、限界があるよね?」

 少し間合いを取った茨木童子はぺろりと舌なめずりして見せた。

「く・・・『呪歌』を唱えさせないつもりだな。」

「もちろん。『黄泉津八(よもつはち)雷神(らいじん)』を召喚されては分が悪すぎる。それよりも、あなたの本当の『姿』を見てみたいんでね。息子さんの前では気が引けるのかい?」

 義晃は白鳳に変化して鬼女と格闘している頼光をチラリと見た。

 存分な体力を誇る鬼はビュンビュンとその三本の大爪を振り回し頼光に迫る。

 頼光は訓練された動きで攻撃を受け流し、大爪よりも脚技をメインに打撃を与えている。

 二人共衣服に幾筋もの裂け目が走り、切り傷から血が流れているのが見て取れた。

 さらに距離を取った茨木童子がふわりと街灯の先に飛び上がった。

「このくらいのコトをしないといけないみたいだね。」

 金棒を左手に下げた格好でごつい岩のような右手を宙にかざす。

 天に向けた掌の上の空間に直径三尺ほどの大きさの『揺らぎの玉』が現れ、その周囲を三寸ほどの小さな揺らぎが数個、衛星のように周回を始めた。


『ちのたまそらのたまかぜのたまやおよろずもろもろのたま ・・・ふるへ・・・ゆらゆらとふるへ・・・』


 茨木童子の金色の瞳が怪しく光り始めた。

 波動を感知した雛菊がトンボをきって街灯の上に飛び上がる。

「『魂降(たまふ)り』かっ! 頼光逃げろっ!」

 義晃が顔色を変えて叫ぶ。

「と、父さんっ!?」

「・・・遅い。」

 ニヤリと笑みを浮かべた茨木童子は、その『揺らぎの玉』ろ鷲掴みにすると眼下へ投げ付けた。

 『揺らぎの玉』は空中で四散し、細かな水滴のようになって散らばり広がる。

 空間自体が唸りを上げ、周囲一帯の街灯のガラスが一斉に砕け散った。

 義晃の前に立った頼光は、例の暴走車を弾き飛ばした空間壁を展開する。

 両掌の前に現れた「揺らいだ壁」が空間の衝撃波と共鳴し合って、耳を裂くような音が響く。

 掌の前の壁が激しく震え、そして崩壊した。

 台風にでも煽られるような圧力に頼光は後方に吹き飛んだ。

 後方に飛ばされた頼光は何かに柔らかく受け止められ、激突を覚悟してしかめていた顔をそちらに向けた。

 頼光を胸に抱く格好で、がっしりとした体格の半裸の大男が右手を前方に突き出していた。

 額からは一角が突き出し、顔や体には流紋線の模様が浮き出したこの大男は、胸元の頼光に目をやった。

 両の瞳が金色に輝き、縦に長い瞳孔が浮かび上がる。

 右掌の前には薄青色の揺らぎが大きな半球状に展開されていて『魂降り』の空間衝撃波を弾いていた。

 周囲の空間の唸りが収まる。

 二人の居る場所以外の敷レンガは、砕けて剥がれ飛んでいた。

「・・・頼光。」

「と、とうさ・・・ん?」

 目の前の一角の鬼を頼光がまじまじと見つめる。

 金色の吊り上がった目が優しく細められ、少し笑んだ口元からチラリと牙が覗いた。

 こめかみをトントンと叩きながら、その様子を茨木童子が眺めていた。

「やっと本性を出してくれたか。その姿は見覚えがあるよ。1950年代に伊勢の鬼狩が滅ぼしたカナデの一族だな。鬼の血脈は途絶えてなかったという訳だ。」

 街灯の上に立っている茨木童子を一角の鬼が睨みつける。

「鬼ではない。伊勢の鬼狩衆、皆本義晃だ。」

 エコーのかかった声を発すると義晃の変じた一角の鬼の姿がふいと消えた。

 次の瞬間、街灯の上に立っている茨木童子の目の前に現れ、手にした「黄泉の矛槍」を振り抜く。

 茨木童子は高く跳躍してその攻撃をかわし、右腕に纏っていた光の蛇の鞭を放つ。

 鞭の先が八つに分かれ、牙を剥いた大蛇に変じた。

 一角の鬼が街灯を足場に矛槍を構え、その蛇を打ち据える。

 蛇の鞭は矛槍の柄や刀身に咬み付き巻き付いたが、そのままふつりと薙ぎ払われ光の粒子となり四散した。

「おおっ?」

 驚く茨木童子の目の前に再び空間跳躍した一角の鬼が姿を現し、矛槍を振り下ろす。

 茨木童子は金棒で受け流すが、その衝撃で地面へと落下した。

 レンガ瓦礫を撒き散らして着地した茨木童子に上空から半透明の薄青色の珠が無数に襲い掛かる。

 茨木童子は金棒をバトントワリングに回してその珠を弾き、トンボを切って距離を取った。

「茨木さまっ!」

 雛菊が一角の鬼に飛び掛かる。

 鬼の爪がヒットする直前にその姿が消え、彼女のすぐ後ろに現れる。

 その位置から矛槍の石突で打ち据え、叩き落とす。

雛菊が地面に激突する直前に、茨木童子が抱え受け止めた。

「うぅ、・・・い、茨木さま・・・」

「何度も言うようだが、今きみを失いたくはないんだ。」

 雛菊を抱えた茨木童子が街灯の骨組みの先端に立っている一角の鬼を見上げる。

 一角の鬼は矛槍をこちらに向けたまま、何かを呟いていた。


『・・・ひだりの御みづらに 刺させる ゆつつまぐしのをばしらひとつ取りかきて一つ火燭(とも)して入り見たまひ時、 蛆たかれころろきて、かしらには大雷(おほいかづち)居り、胸には(ほの)(いかづち)居り、腹には(くろ)(いかづち)居り、(ほと)には(さく)(いかづち)居り、左の手には(わか)(いかづち)居り、右の手には(つち)(いかづち)居り、左の足には(なる)(いかづち)居り、右の足には(ふせ)(いかづち)居り、あはせて 八はしらの 雷神(いかづちがみ)成り居りき。・・・』


 周囲の気が重くなり、濃い紫色の霧が一角の鬼を緩やかに包み始める。

 風鳴のような音と共に亡者の呻き声のような低い音も響き始めた。

 一角の鬼の頭、胸、腹、下腹部、両手、両脚にパリパリと放電が起こり、紫の霧と相混ざって龍のような形を成して行く。

「ちっ、マズイ! 『黄泉八雷神』っ!」

 茨木童子の顔色が変わった。

大雷(おほいかづち)!』

 掛け声と共に、一角の鬼の頭に巻き付いていた龍が白く輝き上空へと飛ぶ。

 黒雲が湧き、そこから巨大な白紫色の稲妻が茨木童子目掛けて落ちて来た。

 頼光は慌てて後方に空間跳躍で飛び退く。

 落雷跡には、半分溶けた茨木童子の金棒が地面に突き刺さっていた。

 オゾンの金属的な匂いが周囲に立ち込める。

「・・・避雷針にして逃げたか。」

 一角の鬼はぼそりと呟いて、ふわりと街灯の天辺(てっぺん)から降り立った。

「・・・頼光。」

「父さん・・・」

 白鳳の姿のまま、頼光は一角の鬼に近づいて行った。

「話せば長くなる・・・。もうすぐこの結界の効力が切れて人が集まるだろう。その前に神社まで運んでくれないか?」

 頷いた頼光は背中から翼を解放し、キャリーケースを回収した義晃を抱えると宙へと舞い上がった。

 朱の鳥居の前に着地した頃、駅の方向からけたたましいサイレンの音が響き始めた。




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