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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
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~ 魔具『ペンローズの階段』~


 拝殿に向かう石段の上から月光に映し出された影が伸びる。

 ひたひたとその影が石段を降りて来て、その(ふもと)に倒れ伏している少年の傍に立った。

 若草色の狩衣の袖から突き出た水かきの付いた右手が、正12面体の水晶球を月光にかざした。

「意外とあっさり仕掛けに引っかかったな。自信と過信は紙一重と言う言葉通りだな。」

 烏帽子(えぼし)を被った翁面の目の奥がギラリと光る。

「意識体はこの『ペンローズの階段』に閉じ込めた。こいつの魂はゆっくりと味見してやろう。」

 ごつい灰色の右手が水晶球を弄ぶ。

 古式の革沓(かわくつ)で頼光の体を蹴り転がす。

力無くその体は仰向けに転がった。

 翁面の妖が獲物を良く見ようと、覆い被さるように覗き込む。

 ひゅんと風を切る音と共に、大爪を生やした頼光の右腕が振り抜かれ、覗き込んでいた木彫りの翁面を打ち据えた。

「なにっ?」

 驚いて飛び退(すさ)り翁面を押さえる。

 ばらりと面が割れ落ちて石畳に散らばった。

 ヤツメウナギにカエルの目が付いたような妖の顔が(あら)わになった。

 頼光はすっと立ち上がり、両手の指を伸ばした格好で両腕の大爪を月光に輝かせ身構えた。

「ちっ、あの妖魔。まがい物を(つか)ませやがったか。」

 毒づいたヌタナワは、横の林の方に正12面体の水晶球を放り投げると両手の水かき付きの手を広げ、その鉤爪を構える。

 朱の鳥居の方から豹のような唸り声と共に、両目を緑色に光らせた大きな黒い獣が姿を現した。

 黒い獣は一気に駆け寄って飛び掛かる。

 黒い前脚から突き出た白銀に輝く爪が空を裂く。

 ヌタナワは12階段を飛び上がり、その攻撃をかわした。

 狩衣の前身頃には、斜めの裂き傷が3本刻まれ、夜風をはらんではためいた。

「くっ。この獣は苦手だ。」

 ヌタナワは空間を歪ませてその中へ姿を消した。


 構えを解いた頼光の背中から湧き出すようにアリアンナが姿を現し、がくっと力無く崩れる彼を抱き止めた。

「ミケコちゃん。ありがとね。あと、お願い。さっきアイツがあの林へ投げ捨てた水晶球を探して持って来て。」

 傍らに寄り添っていた黒い獣は短く唸ると、林の方へと駆けて行った。

 アリアンナは頼光を膝枕に横たえて、パチンと指を鳴らす。

 紫色の光の粒が渦を巻いて二人を包み、その渦が散ると二人の姿は頼光の部屋に戻っていた。

「ふう。まさか東洋の妖魔が『ペンローズの階段』の魔具を使うなんて・・・」

 アリアンナは頼光の髪をそっと撫でて、ベッドへ寝かせた。


 再びレンガ階段に降り立った頼光は、ぐるりと階段を目で追ってみた。

 目前の上り階段は右に折れて上り、その階段はさらに右に向かって直角に曲がっている。

 その上り面をたどって行くと、今、自分が立っている階段の(ふもと)に繋がっている。

「ええ? 高さの概念が無い空間?」

 エッシャーの無限循環水路もこんな感じなのかななどと考えて、この直方体の角の踊り場に腰を下ろした。

「・・・高さが無いなら落下も無いな。」

 頼光は呟くと階段の外の漆黒に歩み出る。

 足元には何の感触も無い空間だが、構わずその足に重心を乗せる。

 体がくるりと90度起き上がり、直方体の側面に立った。

 振り返って覗くと、足元の垂直面に無限階段が見える。

「・・・そういうことか。」

 妙に感心した頼光は、てくてく歩いて残りの面を散策する。

 どうやら階段の面以外はフラットなレンガ平面で、他には建造物は見当たらない。

 隠し扉のような継ぎ目の隙間も無く、試しに衝撃波を当ててみたが破壊は出来ないようだ。

「やれやれ。万事休すと言ったところだな。」

 階段面に戻って来た頼光は、ため息をついて頭を掻く。

「『明日香』」

 アリアンナの式神名を呼んでみたが反応は無い。

「本格的に寂しくなってきたな。おーいアリアンナー。」

 漆黒の空間はただ静かにそこに広がっている。

「まいったな・・・さて、どう状況を打開するか・・・」

 ぽてぽてと階段を上がってみる。

 階段一段一段に何か変わった部位が無いか眺める。

 何度目かの踊場に立った時、頼光の後方の空間が歪み、半透明の腕が頼光を羽交い絞めにして、その空間に引き込んだ。


「うわっ!」

 頼光は短く叫んで、羽交い絞めにしている後方へと肘打ちを放つ。

 ばいん、と頼光の体が跳ね上がり、ベッドマットの上で体が弾む。

「・・・あれ?」

 頼光はきょろきょろと辺りを見回す。

 見慣れた自分の部屋に、自分のベッド。

ミケコは勉強机の椅子の座布団で香箱を組んでこちらを見ている。

床には正12面体の大ぶりな水晶球と、ぐったりとして倒れ込んでいるアリアンナの姿があった。

「え? おい、アリアンナ。しっかりしろ。大丈夫か?」

 頼光がベッドから飛び降りて、アリアンナを抱きかかえる。

「へぇ、あんたが『天使さま』かい。」

 不意に頭上から声がした。

 顔を上げて見ると、そこには長身の女性が立っていた。

 アリアンナよりオレンジがかった、赤毛のロングヘアをふいと払ってこちらを見下ろす。

月明かりに浮かぶ彼女は、アリアンナのようなボンテージ風のビスチェドレスを纏い、コウモリの翼、(やじり)型のしっぽ、そしてアリアンナより立派な角と胸を持っている。

「あなたは?」

「私はラヴィーニア。その子の後見人みたいな者さ。あんたがその子の新しいマスターなんだろ?」

 少しキツめの眼差しで、このサキュバスは答えた。

「西洋妖魔の感覚ではそう言う事になりますね。アリアンナは一体どうしたんです?」

 見上げる頼光に、彼女は呆れたような口調で答えた。

「はっ。どうしたもこうしたも。あんたが『ペンローズの階段』に囚われたんで、その救助方法をその子が私に聞きに来たのさ。本来なら魔具の所有者の権限で解錠するんだが、それが出来ないからな。力技でこじ開けるしか方法がない。」

「ああ、あの腕は彼女か・・・」

 頼光は腕の中でぐったりとしているアリアンナの顔を見つめた。

「結構な魔力を一点集中するんだ。私の指輪の力で援護したとは言え、半人前のその子には大変な負荷がかかっているはずだ。ちゃんと(ねぎら)ってやりな。」

「・・・わかりました。あなたにもお礼を、助けてくれてありがとうございます。」

「よせよ。私は、その子があんまり真剣に頼むから手を貸したまでの事。礼はちゃんとその子にするんだね。」

 ラヴィーニアは肩をすくめて微笑んだ。

先ほどまでのキツい目つきが少し柔らかくなった。

「ラヴィーニアさんはアリアンナの事を大事に思っているんですね。」

 頼光が再び見上げる。

「ふ・・・ま、100歳年下の実の妹だからな。実を言うと、その子はまだオトコも知らないネンネでね。しかも訓練らしい訓練もロクに受けていない、夢魔としてもサキュバスとしてもまだまだなんだ。ちゃんと良いほうへ導いてやってくれ『天使さま』。」

 ラヴィーニアがふふっと笑う。

気位が高そうではあるが、笑顔が映える美人だ。

「気位が高いは余計だよ。」

 ニヤリとした彼女がチッチと指を振る。

「うわ、心を読んだ?」

「はは。訓練すれば夢魔はこういう事が出来る様になるんだ。その子はあんたにご執心だ。ちゃんと面倒見てやってくれ。それが私からのお願いだよ。」

 ラヴィーニアは腰に手を当てて、ちょっと前に屈んで頼光を見る。

「はい。式神契約の使役主としても、しっかりとパートナーを組んで行きます。」

 頼光は腕の中のアリアンナをくいっと抱えてラヴィーニアを見つめた。

「うん、よろしい。我が妹の見る目も、なかなかじゃないか。」

 彼女は満足そうに頷くと、鏃型のしっぽをゆらゆらと揺らした。


 朝陽が射し込み、アリアンナは短い呻き声と共に顔をしかめた。

(・・・夜が明けた? そうか、力を使いすぎて気絶しちゃってたのか・・・あれ、体が温かい?)

 アリアンナは薄目を開けると目の前に頼光の寝顔があった。

「うわっ。びっくりした。」

 目が覚めた彼女は自分の状況を整理してみた。

 頼光のベッドの中で、彼が抱えるようにそっと肩に手を置いている。

 右腕は枕と肩の隙間に入れられて、腕枕されているような格好になっていた。

 目の前で寝息をたてている頼光にアリアンナは安堵した。

「良かった、ちゃんと意識体の波動もあるし。・・・成功したんだ。」

 しばらく頼光の寝顔を観察する。

(うわ~、まつ毛長い。唇もぷりぷりしてる。女の子みたい。ふふ。)

 頼光の規則正しい寝息が彼女の顔にかかる。

 アリアンナはそぉっと顔を近づける。

 少しひんやりとした唇を、小鳥がついばむ様に唇で数度挟む。

 柔らかい感触と彼の(にお)いがして、少し頭の芯がくらくらとする。

 軽く唾液の糸を引いて唇を離し、アリアンナは、ほうっをため息をついた。

「えへへ。サキュバスのファーストキスなんてプレミアものなんだからね。」

 顔を赤くした彼女は、肩に乗っている頼光の手をそっと下ろしてベッドを抜け出した。

「さ、朝食の準備しなくちゃ。」



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