~ 夜襲~
大幅に家事が減った頼光は、夕食の後に自室に戻って予習を始めていた。
午後8時。
ちょっと一息入れていた頼光の傍らで携帯電話が着信を告げた。
『着信 吉田香澄』
頼光は充電器から携帯電話を取り外し、ぱかっと開いた。
「もしもし。」
『もしもしライコウ? 今、食事とか終わった頃かなって電話してみた。』
機嫌の良い香澄の声が響く。
「今日は結構早めに食事が済んだから、明日の予習してた。」
『うわ。ライコウ、午後中にあんな大捕り物やって、夕方、空手道場行って、まだ余力あるんだ?』
驚いた声がする。
「大捕り物と言えば、香澄。やっぱり危ないから、次回からの同行は遠慮してくれないかな?」
『それは、その時の私の気分によります。ライコウが上手く説得出来れば考えてあげても良いよ?』
悪びれなく響く元気な声に、頼光は頭を掻いた。
『早くに食事を済ませたってコトはお惣菜だね。ウチもお母さんがパート先で余ったんで持って帰って来たんだ。「立飯」の助六寿司。』
「ああ、香澄のお母さん、葬儀会館だったな。僕の夕食はアリアンナが作ってくれた。」
『え、あの悪魔っ子? 料理とか出来たんだ?』
「ああ、結構な腕前だよ。長い間、家事や雑務をやっていたから、ここでもやらせてくれって。お陰で自分の時間が取れるから、ありがたいよ。」
『ふ~ん。式神ってそういうものなの?』
怪訝そうな香澄の声が聞こえる。
「禎茂さんを見てた感じでは何か違うと思うけど、当人に向いてるコトをやってもらうのが一番効率も良いし、長続きすると思うんだ。」
『ライコウ、なんか経営者みたいな物言いだね。え・・・と。か、家事ぐらいならさ、その、私に言えば、何かはやってあげても良いんだよ? ほら、カンタンで良ければ夕飯ぐらい。』
香澄が、ちょっとたどたどしく言葉を繋ぐ。
「え? 香澄、去年家庭科『2』じゃなかった?」
『何で知ってんの?』
「自分で言ってたじゃん。入試科目に家庭科が無くて良かったって。」
『あ、ははは・・・。』
香澄と暫く雑談をして電話を置く。
美幸から届いていたメールに返事をして、再び机に向かう。
数学の教科書を眺めていて、がくっとなった頼光は軽く頭を振った。
「まだ9時か・・・確かに香澄に言われた通り、大捕り物とかで疲れてるんだな。」
頼光は教科書とノートを畳んでカバンにしまうと、就寝の準備に洗面所へと向かった。
初夏の夜の気候は心地よく、Tシャツと短パン姿に着替えた頼光はベッドへもぐりこんで、明かりを消す。
するとすぐに、ベッドに何かが乗る感覚がした。
「ん? ミケコかな。布団に入るかい?」
頼光が掛布団を持ち上げる。
その隙間に温かいものが潜り込んで来た。
「わぁい。」
「うわっ。アリアンナ?」
「うふ。『布団に入るかい?』だって。うれしいっ。」
彼女はぴとっと頼光に寄り添う。
「いや、ちょっと待て。呼んでないよね?」
思わず頼光は飛び起きる。
「細かい事は気にしないの。」
ちょこんと座ったアリアンナが暗がりの中、少し光る瞳で頼光を見る。
「気にするよ。種族は違っても、君は女の子で僕は男。変な気が起きて襲わないとも限らないだろ?」
「起きても良いのに。それとも天使さまは、私に魅力は感じないの?」
寂しそうにアリアンナは首を傾げて見つめる。
「いや、そんな事は無い。アリアンナは充分かわいいよ。でもさ、出会って一日も経ってないのにそんなコトするのは体目当てみたいで、君も嫌だろ?」
頼光はアリアンナの両肩に手を置いて、にっこりと笑って見せた。
「う~ん。時間って重要なんですか? ほら、世の中には『出会って3秒で合体』とか言うDVDもありますよね?」
「いったい人間界の何を見てるの?」
なんとか言いくるめてアリアンナを帰した頼光は、再び床に就いた。
どのくらい時間が経ったか。
二階の頼光の部屋の窓のカギがカチリを外れる音がした。
そっと窓が開き、ふわりと夜風が吹き込む。
その窓からラグビーボールの形をした影がにゅっと覗き、ランランと光る二つの光が目のように輝く。
窓枠に手を掛けたそれは、ひょいと部屋の中に身を躍らせた。
ひょろ長いシルエットで、例えるなら吊り人形のようだ。
関節部からキシャキシャと木材の擦れるような音が鳴る。
それは頼光のベッドの方へと近づき、頭まで被った掛布団に手を伸ばした。
外から差し込む月明かりに、白木の腕とフック型の手のパーツが浮かび上がる。
フックを引っ掛けて布団をめくり上げる。
そこから黒い獣が飛び出し、それの頭部に咬み付いた。
頼光が跳ね起きて室内の照明を点ける。
ベッドの奥でミケコが毛を逆立て睨み付けるその先に、グレートデン犬ぐらいの大きさの黒い猫が唸りを上げて獲物の喉笛に咬み付いている。
黒い大猫は獲物の首をむしり取って、得意げにこちらに振り返った。
その口には細長い楕円球体の木材が咥えられて、木の箱に丸太を取り付けた木の人形を両前足で踏みつけている。
「え? な、なんだぁ?」
ツッコミどころが多すぎる事態に頼光が固まる。
黒猫はポトリと木の首を落とすと、炎が揺らめくように輪郭が震え、黒い霧となってミケコの下に集まって消えた。
「みけこ?」
「にゃぁーん。」
覗き込む頼光にミケコが愛想よく答える。
考えを整理する前に、首をもぎ取られた箱人形の胴体がむくりと起き上がり、フック型の両手を振り回して頼光に殴り掛かって来た。
頼光とミケコはベッドから飛び降り、ベッドからはバスンと大きな音と衝撃が伝わる。
頼光は両腕から大爪を飛び出させて身構え、ミケコは部屋の隅で総毛立って威嚇音を吹き出す。
箱人形は首の無い体を頼光の方に振り向かせた。
「なんだこいつは・・・『明日香っ!』」
頼光の傍らに紫色の霧が立ち、旋風のように渦を巻く。
紫色の光の渦が散ると、コウモリの翼を腰下に巻き付け、両手を胸の前で交叉させたアリアンナが姿を現した。
「お呼びですかご主人様。」
アリアンナはばさっと翼を広げ、閉じていた目をぱちっと開いた。
赤紫色に瞳が発光する。
「・・・ね、今の登場、カッコ良いでしょ?」
ドヤ顔で頼光を見るアリアンナに箱人形がフックを振り上げる。
「うるさいわよ。ヒトが良い感じで話してるんだから。」
アリアンナが右手の赤い爪をダガーナイフのように伸ばし、ひゅんと振り抜く。
振り下ろされようとしていた右腕の白木がすっぱりと切断されて宙に舞い、後ろから大きな黒猫が箱人形の左腕に咬み付いた。
ミシミシと木材が砕ける音がする。
「わお。ミケコちゃんすごい。さすが魔女垂涎の逸物。」
「あれ、やっぱりミケコなのか?」
「そうよ天使さま。逆に気が付かないのが不思議なくらいよ。」
箱人形は黒猫を振り払って、ブラブラになった左腕を下げたまま窓の外に飛び出した。
頼光が窓から外をうかがう。
シュールなシルエットが朱の鳥居の方へと走って行くのが見えた。
「何者か判らないが、神社の方へ行った。追ってみる。」
頼光はTシャツを脱ぎ捨てて、背中から羽根を生やした。
「うわ、純白。やっぱりキレイ。」
アリアンナが緊張感無くはしゃぐのを無視して、頼光は窓から飛び出した。
「あん、待ってよ。」
アリアンナも背中のコウモリの翼を広げて後に続く。
朱の鳥居まで飛んだ頼光は着地して前を見る。
左右に矢大臣を配した参門をくぐり、拝殿に向かう石畳を例の影が駆けて行く。
「逃がすか。」
頼光が姿勢を低く構え、後方の空間を圧縮して弾けさせる。
一瞬で石畳の端に着くと目の前の石段を例の箱人形がカタカタと駆け上がって行く。
頼光が後を追って石段を駆け上がる。
不意に霧が出て来て遠くの景色が霞む。
目前の箱人形も黒いシルエットになって階段を駆けて行く。
速足で駆け上るがなかなか追い着けない。
(ん? おかしいな。拝殿前の石段は確か12段のはず・・・?)
違和感を覚えて頼光は立ち止まった。
目前の対象も立ち止まる。
(何かおかしい)
頼光は深く息を吐いて体の表面を発光させた。
大太鼓を一撃するような音と共に衝撃波が起こり、頼光の周囲の霧を吹き飛ばした。
「な、なんだぁ?」
周囲の視界が開けると、漆黒の空間に黄土色のレンガで出来た階段の上に立っているのが分かった。
その階段はすぐ先で直角に曲がり先へ伸びている。
その先を目で追うと、また直角に曲がり先へと伸びる、その先は再び直角に曲がって自分の上っている階段へと繋がっていた。
「どういうことだ?」
頼光は翼を広げて宙へ舞い上がる。
眼下には、漆黒の中に『上り階段』で構成されたレンガ製の直方体が浮かんでいた。
「エッシャーの無限階段? 神社も無ければヤツも居ない。幻術は僕には効かないはず・・・これは?」




