~ 隠れ里での密談~
山霧に煙る山間の一角に、寝殿造り風の建築物が垣間見える。
朱塗の柱や真っ白い漆喰壁のこの建築群は、山の静寂を乱す事無く静かに佇んでいる。
そのいくつかある別棟の一つ。正面に簾を配し、その後ろに几帳を立てて外界を遮断している。
板敷の部屋の中には中央辺りに畳が敷かれ、その畳の横には箱型の調度品が数個、大きめな葛籠が2つとかなり大きな姿見の鏡台、そして漆喰壁に沿って洋式のベッドが置かれている。
家屋の雰囲気にそぐわないベッドの上に、両手を頭の後ろに組んで天井を眺めている青年の姿があった。
逆立った栗色の頭髪に赤い瞳をした彼は、ふてくされたように舌打ちして、ごろりと横を向いた。
不意に空間から、マナーモード着信のような振動音が響いて来た。
「誰だ?」
青年はその格好のまま口を開く。
『私だ、ヌタナワだ。叢雲、見舞いに来たぞ。』
「ああ。今、結界を解く。」
叢雲と呼ばれた青年はベッドから上体を起こしてさっと右手を振った。
大きな姿見の鏡面が水面のように揺らめく。
そこから烏帽子に木彫りの翁面を被った、若草色の狩衣姿の人物がにゅっと姿を現した。
「あの『雷帝』にやられたと聞いていたが、思ってたより無事そうじゃないか。渡した『テレポート・リング』は役に立ったみたいだな。」
翁面の人物はとすとすと歩いて来ると、袖と下衣をふわりとさせて、叢雲の近くの畳にあぐらをかいて座った。
「・・・嫌味を言いに来たのなら適当な座標に『移送』してやるぞ。」
「相当機嫌が悪いな。手土産にサンショウウオの塩焼きを8本持ってきてやったぞ。気が向いた時にでも食って力を付けろ。」
翁面のヌタナワは、袖の内側から竹皮包みを取り出して前に置いた。
「ああ済まない。そういうことなら礼を言うよ。で、わざわざ鞍馬の隠れ里まで出向いて来たのは、純粋に見舞いという訳ではないんだろ?」
叢雲はベッドの上で座り直し、それを見て頷いたヌタナワは少し身を乗り出した。
「私がいくつか所有している『取引所』を憶えているか?」
「ああ。お前さんが『大家』で『店子』連中に設備一式を貸してるアレだな。」
「そのうちのひとつが潰された。その上、そこの今季の店子料のほとんどが盗難に逢うし、全くもってツイてない。」
「そいつは災難だったな。それを愚痴りに来たのか?」
「その犯人の一人が例の白天狗、お前さんが目の敵にしているアイツだ。」
その話で叢雲の目に鋭さが宿った。
「最初は冒険者気取りのニンゲンが侵入して来て魂石を盗んで行ったんだ。それの回収を、懇意にしている西洋妖魔に頼んでいたんだが・・・どういう経緯か陰陽師と白天狗が乗り込んで来おってな。おかげで取引相手と貸出物件の両方を失ったよ。」
ヌタナワは、熱っぽく話しているうちに斜めにズレた翁面を直した。
「少し見ないウチにそんな事までするようになったのか。野放しにしておくほどに被害が拡大するな・・・」
「で、叢雲。お前さんが以前話していたコトを思い出してな。あの白天狗の骸を鬼族が欲しがっているそうじゃないか?」
「ああ、国津神クラスの魂魄の力にも崩れない貴重な『器』とみているんだそうだ。」
「ヤツ自身の魂魄は不要か?」
ヌタナワの翁面の目の奥がギラリと光る。
「そういう話だったな。捕縛時の生死は問わないし、なるべく肉体に大きなキズが無いほうが嬉しいと言っていた。」
叢雲は腕組して斜め上を眺めた。
「私がヤツの魂魄を喰ろうても良いか?」
「お前さんが・・・? 出来るのなら構わんが、発現したての青い小僧とタカをくくっていると痛い目に逢うぞ?」
「お前さんと違って、私はあまり直接戦闘向きでは無いのは自覚してるよ。だが戦の上手い輩でも虚を突かれれば脆いものだ。・・・四百年前、本能寺という京の寺で・・・」
「おっと、その話になるとお前さんは長いからな。で、勝算はあるのか?」
上の方を虚ろに眺め始めたヌタナワを制して、叢雲は彼を覗き込んだ。
「まあな。西洋妖魔と交易していると、色々と面白い道具が手に入る。お前さんに渡したテレポート・リングも然り・・・私が思うに、日本の妖族も積極的に他国の妖魔と外交するべきであって・・・」
「分かった分かった。それじゃ、こうしよう。魂魄はお前さん、骸が手に入ったなら俺によこしてくれ。結構な額面の報酬を約束しよう。」
叢雲はニヤリと笑って顎を撫でた。
「ふむ・・・その報酬と言うのはお前さんの主から出るのか? 鬼族からか?」
「その両方だよ。」




