~ 「式神」アリアンナ~
保昌が事務所に戻り、クライアントへの浮気調査の報告書に目を通している時に、卓上の充電器に掛けてあるスマートフォンから着信音が鳴った。
『着信 赤磐警部』
保昌は軽く咳払いして通話をタップする。
「もしもし。禎茂です。」
『ああ。禎茂くん。赤磐だ。今さっき教えてくれた廃屋に踏み込んだところだ。』
「はい。ごくろうさまです。無事にたどり着けたみたいで良かった。」
保昌は書類を机に置いて椅子に深く腰掛けた。
『色々と聞きたい。なぜ、道がスマホ画面を覗いているヤツにしか見えなかったんだ?』
「電子機器はそのままの物を映し出します。だから幻が効かないんです。」
『初夏だと言うのにトンネルが氷漬けだったぞ?』
「ああ。それはこちらの不可抗力で・・・心霊現象をウチの秘書が極度に怖がってしまって暴走してしまいました。すみません。」
『地下の造りと家の造りの年代が一致しない。』
「それはこちらが聞きたいですね。」
『地下室のあの死屍累々は何だ? 一応は現場撮影してはいるんだが、まるで・・・』
「まるで悪魔とか魔物に見えるでしょう?」
スマートフォンの送話口で、保昌がニヤリと笑った。
『まったく・・・お前さんの言う事をどれだけまともに受けて良いのか判らん。お得意の「超常的な力」とでも言いたいのか?』
「う~ん。実際そうなので、そうとしか言いようがないんですが。」
保昌は頭を掻いた。
『で、あれは君がやったのか?』
「僕たちのチームはこういう事も優秀ですから。どう見ても『ヒト』ではないので『殺人』には当たらないですよね? そうそう、チェストは僕たちのチームメンバーの子が開けました。後でその子の指紋を送ります。だからその指紋を『テロリストのものだ』と決めつけないでくださいね。」
『ああ、その点は同行している三課の連中にも言っておかないとな。送ってくれた写真もあるし、そこまでの創作調書は書かんだろう。で、あのチェストの中味は、くすねてないだろうな?』
「大丈夫ですよ。カメラの故障で長細い引き出しの分は写ってませんでしたが、ちゃんと砂金袋が入っているでしょう?」
『ああ。このダイヤも含め、ヤツら「テロリスト」の資金が収納されているものと察しがつく。カラー・ダイヤは無かったのか?』
「送った写真の通り、クリアの隣の引き出しの列が空っぽでした。高価なカラー・ダイヤはあの被害者たちが持って行ったんじゃないでしょうか。」
『ふむ。そうかも知れんな。ま、色々と腑に落ちない事件ではあるが、構図が見えて来た。協力感謝する。』
「いえいえ。ありがとうございます。では調査協力としての見積もりを送らせてもらいますので、ご検討ください。」
保昌は傍らのペンを、手の中でくるりと回した。
頼光が空手道場から帰って来ると、玄関先にエプロン姿のアリアンナが走り出て来た。
「お帰りなさい。お風呂にする? ごはんにする? それとも、わ・た・し?」
「新婚夫婦コント? あの、僕、呼び出して無いよね?」
困惑する頼光にお構いなく、エプロン姿のアリアンナはうふっと笑って、くるりと後ろを向いた。
背中のコウモリの翼と鏃型のしっぽがゴキゲンに揺れる。
「そんな、新婚夫婦だなんて恥ずかしいっ。」
「良いトコだけ取ったね。えっと、家事してくれてたの?」
「はい。天使さまのお役に立とうと。」
真面目な表情で振り向いて、アリアンナは頼光をじっと見つめた。
「じゃあ、練習で汗かいてるからお風呂入らせてもらうね。」
「はい。お湯も浴槽に張ってあります。」
お礼を言って数歩踏み出した頼光は、さっきの発言の違和感に振り返った。
「え? 給湯システムの使い方知ってるの?」
「カナーン様の下で家事や雑務をしてましたから、ニンゲンの使う道具も勉強済みです。安心してくださいな。」
「へぇ、すごいんだね。あ、そうだ。ミケコにもごはんあげてくれるかい? そこのキャビネットに入ってる『いなば』シリーズが好きなんだ。」
「はい。分かりました。」
キャビネットの扉を開ける音に反応してか、二階から猫が駆け下りて来る足音が聞こえた。
言うだけあって湯温も適温で、恐れていた『新婚さん失敗あるある』は起きていなかった。
「・・・これが香澄なら予想を裏切らない事態になってるんだろうな。」
体を洗いながら頼光は独り微笑んだ。
「お背中、流します。」
いきなり浴室の扉が開いて、バスタオルを胸に巻いたアリナンナが入って来た。
「わあっ!」
「そんなに驚かなくても。」
「驚くよ。そういうのは良いから。」
「え~。せっかく触れ合いが出来ると思ってたのにぃ。」
不満そうにアリアンナは口を尖らせる。
「してもらいたい時は言うから。ね? 今は収めて。」
「はぁ~い。」
しぶしぶ彼女は引き下がって行った。
お風呂から上がって居間の方に向かうと台所から良い匂いが漂って来た。
「今、クリームシチュー温めてます。お召し上がりになります?」
ぴょこりと廊下に飛び出してきたアリアンナがおたまを掲げて微笑む。
「ちょっと早いけど、うん、いただくよ。」
「はい。」
アリアンナは嬉しそうに台所に戻り、頼光も食卓へと足を向ける。
「ルーとか言うものは油でギトギトしてるから、小麦粉・バター・牛乳でホワイト・ソースを作ってから作りました。」
アリアンナは深皿に盛ったシチューとバゲットのトーストを頼光のテーブルに置いた。
チキン・人参・玉ねぎ・じゃがいも・ブロッコリーのオーソドックスなものであるが、彩り、香り共に文句は無い。
「うん。旨い。」
頼光はひと口食べると感心したように唸った。
「ほんと? 嬉しいっ。」
食べる顔を凝視していたアリアンナは、小さく飛び跳ねて喜んだ。
背中のコウモリの翼がパタパタと揺れている。
「君も一緒に食べないの?」
「基本的にニンゲンの食べ物は食べても栄養にならないんです。味を楽しんだりはしますけど。私には天使さまのオドが定期的に流れ込んで来るので・・・かなり満足なんです。」
アリアンナが、ぽっと頬を赤らめた。
「ふ~ん。生命エネルギーか・・・美味しいの?」
「う~ん、美味しいって言うより、満足とか活力とか恍惚とか・・・そういう感じなんです。」
ちょっと恥ずかしそうに彼女は微笑む。
「良くわからないな。でも、このシチューは冗談抜きに美味しいよ。すごいね、どこで習ったんだい?」
ぱくぱくとシチューを食べながら、頼光はアリアンナを見上げた。
「へへ。『夢魔』の基本スキルです。その時代のニンゲンの文化や嗜好を知らないまま夢の中に入ったら、こっちが迷子になっちゃいます。ニンゲンの衣食住は私たち種族には押さえておくべき項目なんですよ。」
「そうなんだ。アリアンナは良い奥さんになれるね。」
「え? それ・・・プロポーズ?」
「いや、誉め言葉。」
「な~んだ。でも、ありがとうございます。そうだ、食べさせてあげますね。はい、あ~んしてください。」
さっとスプーンを持ち出した彼女は、シチューをすくい取って口元へとかざした。
「そういうのは良いから。」
「え~? でも、せっかくだから、この一口だけ?」
ちょっと悲しそうな表情に負けた頼光は、スプーンをぱくりとくわえる。
「うふふ~。 やっぱり天使さま、やさしい。」
ゴキゲンに微笑むと、アリアンナはくるりとキッチンの方へ向き直った。
「でもさ。アリアンナ。」
「ふぁい?」
さっきのスプーンをくわえたままアリアンナが振り返る。
「うぉ・・・ま、いいか。えっと、特に家政婦として契約したんじゃないと思うんだけど?」
「ああ、そのことならお気になさらずに。って言うか、今まで7年、カナーン様の下で雑務に従事していたんで、いきなり何もしないってのは何だか居心地悪いんです。破壊活動にはならないはずなんで、家事なんかをやらせてもらえますか?」
両手を前で組んで、彼女はしおらしく口を開いた。
「まぁ、僕としても家事にかかる時間が省けるなら、勉強やトレーニングに当てられるから嬉しいけど。」
「やったぁ。じゃあ、決まりですね。」
アリアンナは翼をパタパタさせすぎて、ちょっと宙に浮いた。
「あ、そうだ。アリアンナって、人間の姿には変化しないの? その格好はコスプレの人みたいだよ?」
スプーンを休めて頼光は彼女を見上げた。
「あ、あはは・・・変身術は苦手で。幻術の応用で角と翼と尻尾を隠すぐらいなら。ほら、こんな感じ。」
とすっと着地した彼女は、短く息をはいた。
「あ、悪い。僕には幻術は効果が無いみたいなんだ。だから全然変わって見えない。」
「ええ? あ、そうか、だからあの取引所の廊下で、私の蝙蝠や炎やバフォメットの幻に怯まなかったのね。」
「うん。正直言うと、妙なポーズだけが見えてたから面白かった。」
「うわっ、何気に傷つく。」
そんな折、足元にゴキゲンな様子でミケコがやって来て頼光の脚に頭を擦りつけた。
「やあ、ミケコ。おいしいのもらってゴキゲンかい?」
頼光はくりくりと三毛色の頭を撫でる。
「その子、天使さまの使い魔ですか?」
アリアンナが後ろに手を組んでその様子に微笑む。
「いや、普通にペットだよ。」
「そうなんですか? そんな強い霊力を持った子を使い魔にしないなんてびっくりです。普通に、魔女同士の争奪戦が勃発するレベルの子ですよ?」
アリアンナは目を見開いて頼光を見つめた。




