~乱戦~
妖魔たちが襲い掛かって来る。
しかしその動きは統制の取れているものでは無く、チンピラがイキがって殴り込みをかけるように個々の動きでしかない。
頼光の体がフラッシュのように一瞬光る。
和太鼓の一撃のような衝撃波が近くの妖魔を怯ませる。
眉間に鋭い一角が生え、両目尻が裂け上がった、真っ白の妖の姿に変化した頼光が姿勢を低くして大爪を構える。
「え? あの姿、能天使・・・?」
飛び出そうとしたアリアンナが頼光の『白鳳』を見て立ちすくんだ。
怒号を上げながら黒牛の頭の妖魔が飛び掛かり、手にした棍棒を振り下ろす。
その棍棒は白い妖の頭を素通りして、妖魔は態勢を大きく崩した。
ふわりと風が動き、その妖魔のすぐ後ろに一角の白い妖が姿を現す。
黒牛の口から大量の血が吐き出され、大きく切裂かれた右脇腹から臓物を撒き散らし倒れ伏した。
急に目の前に現れた敵に、カエル顔の妖魔が怯む。
白鳳は、ガードのがら空きの腹部に右回し蹴りを蹴り込み、そのまま突き出された顎先に右蹴込みをねじ込む。
アッパーカットを打たれたボクサーのようにその妖魔は後方へ跳ね飛んだ。
保昌の九節鞭が唸りを上げ、周囲を薙ぐ。
鞭の先端が緑色の妖魔の左腿に裂け目を刻む。
怯んだ群の中から殻付きのイモムシが這い出る。
その妖魔は丸くなって九節鞭の一撃を弾くと、そのまま転がって保昌に突進した。
保昌は身を翻してそれをかわすと、ジャケットのポケットから取り出した水晶の砂礫を投げつけた。
「いんどらや そわか!」
バリバリと雷の火花を上げながらその妖魔は転がり、備長炭のようになって入り口の扉にぶち当たり、薄煙を上げて止まった。
アリアンナは大きく目を見開いて、扉の向こうの通路に身を隠した。
ゲル状の目玉の妖魔がササメに飛び掛かる。
ササメは香澄を後ろに立たせ、落ち着いた様子で人差し指をピンと立てた。
ひゅっと短い吹雪の風鳴りが響くと、真っ白に霜が付いたその妖魔は床に落ちて砕け散った。
ササメはそのまま両手を広げふうっと深く息を吐き出した。
どんどんと室温が下がり始める。
緑色の妖魔が保昌に飛び掛かる。
保昌が九節鞭を一度床に叩き付けて切っ先を撃ち込む。
緑色の妖魔は手にした棍棒でそれを払い、九節鞭は棍棒に絡みついた。
妖魔はニヤリと笑うと、そのまま力に任せてその棍棒を振り上げる。
保昌は妖魔の引く力に任せてそのまま懐に飛び込み、手のひら大の和紙呪符を押し付けた。
「いんどらや そわか」
帝釈天真言と共に緑色の妖魔は雷に包まれ、消し炭のようになってぼろぼろと崩れた。
もんどり打って倒れたカエル顔の妖魔は、大爪を煌めかせて襲ってくる白い妖に長い舌を打ち出す。
一角の白い妖は大爪でその舌を切り払おうと右腕を振る。
腕の軌道を避けるようにその舌が動き、動きの止まった右腕を絡め取った。
舌はそのまま上体へ巻き付き、あり得ないぐらい大きく開いた妖魔の口の中へと納まった。
「ライコウっ!」
香澄が叫んでササメの後ろから飛び出した。
「だめっ、香澄ちゃん!」
ごくりと飲み込んだカエル顔の妖魔が香澄に目をやる。
その妖魔の灰色の腹から和太鼓を一撃するような音が響くと、一気にその腹部がボールのように膨らみ、そして破裂した。
血と内臓を床に撒き散らした骸の上に一角の白い妖が立って辺りを見回した。
「ふぅ、今のはちょっと、あせった。」
香澄と頼光の間に無数のツタの蔓が押し寄せて、香澄と頼光に巻き付いた。
「きゃあっ。」
「香澄っ!」
頼光は衝撃波を纏ってツタを弾き飛ばして、香澄に巻き付いた蔓を大爪で切り払う。
そこへアンモナイトの妖魔が触腕を伸ばして襲い掛かかる。
香澄は足元に散らばっている水晶の砂礫を手に取って投げつけた。
「いっ、いんどのそばやっ!」
アンモナイトの妖魔が一瞬怯んで後ずさる。
が、何も起きない。
その格好のまま、殻ごと両断されたアンモナイトが体液を床に撒き散らして倒れた。
『ふふ。今回はもう出番が無いものと思っておったぞ。』
五つの腕全てに大ナタを装備したナナツが嬉しそうに身構える。
朽木の妖魔のウロがぼうっと光った。
が、ナナツがそれを真っ向から叩き割った。
『はん。薪にしかならんな。』
ツタ植物のうごめく触手を切り払った頼光は茎の部分に蹴込みを放ち、ナナツの方へ蹴飛ばした。
「ナナツっ!」
『おうっ。』
ナナツは包丁人よろしく、五つの腕で飛んでくる獲物を切り刻む。
ぼとぼとと肉塊が散らばる。
『ふむ。次回は盛り付けの美しさも探求すべきだな。』
ナナツは肩をそびやかして保昌を見た。
数分と経たない内に配下の者を倒されたペスト・マスクの妖魔はじりっと後ろに下がる。
「良い気になるなよニンゲンどもっ。このカナーン・カウフレウタの力、見せてくれるわっ!」
手元のステッキを壁に立て掛けるとペスト・マスクの妖魔の姿が黒い霧を纏ってぐんぐんと大きくなった。
マスクが外れ、口吻の尖った爬虫類のような顔が赤い目を輝かせて保昌達を見下ろす。
背中からも六本の腕が突き出し、それぞれに大きな三本の爪が宙を掻いている。
「マスクと大して変わらないな。」
「ほざけっ! 今、ここで喰らってやる。」
妖魔が口をくわっと開け、そこから薄緑色の液体が飛び出した。
ナナツが前に飛び出し、円形の光の盾を展開してそれを防ぐ。
「この気温ではお前さんの溶解酵素も効果が出ないぞ。大人しく手を引いたらどうだ?」
「はんっ、消化液が無くとも叩き潰してしまえば魂が肉体から離れる。全く問題ないっ!」
黒い妖魔は叫ぶと背中から突き出した六本の腕を振り回した。
ササメが強く息を吹き、妖魔の足元を凍て付かせる。
床に散らばった骸からの体液や残骸が凍り付き、足元の自由を奪う。
『保昌。ここは我が治めて良いか?』
「ああ、頼む。」
ナナツは嬉しそうに笑うと左手一本の大ナタを残して残りを消した。
代わりに右手の一つに織機で用いる大きな櫛のような「筬」が、残りの手には「杼」 (シャトル)が握られている。
『久々の大技を見せてやるぞ。楽しみにしていろ。』
足元に貼り付いた、かつての部下の骸を叩き壊したカナーンは腕の爪を振りかざす。
数撃を大ナタで弾いたナナツは、二本の左腕と一本の右腕を優雅に動かした。
しゅるるるる、と杼が軽やかな音を立て、半透明な白・赤・黄色の繊維が宙を舞う。
ひょいとナナツは距離を取って着地する。
右手の筬をカナーンの方へかざし、上から下へとすっと掻き落とした。
空間に「タンッ」と乾いた音が響いた。
宙を舞っていた半透明の繊維が一気に締まって、平織りの組織に組み固まる。
妖魔は襲い掛かろうとする格好のまま、その平織り繊維の画面の中に固まった。
『「ナシージョン・カフィフォン」だ。お前の空間を「経糸」にして、この「布」に織り込んだ。つまり・・・』
ナナツは平織り繊維に手を掛ける。
タペストリーを外すように、ぺらりとその空間が妖魔を内包したまま垂れ下がる。
目の前のイリュージョンに頼光と香澄、ササメまでが目を丸くする。
ナナツはそのタペストリーの布端を掴むと、ざらりと一気に引き裂いた。
断末魔の叫びと共に織物も光の粒となって拡散し、袈裟懸けに引き裂かれた黒い妖魔の死骸が目前の床に横たわった。
「お見事。ナナツ。」
『久々に良い運動になった。では、またな。』
満足そうに笑うとナナツはふっと姿を消した。




