~妖魔の部屋~
地下への階段を下って行く。
光源は無く、保昌と頼光がライトで足元を照らしながら進む。
十五段の階段を下りきると右に向かう通路が現れた。
このコンクリート製の通路自体の高さは3メートルはあり、外観のレトロな洋館とはイメージが異なる。
見える限りでは、4メートルぐらい進んだ先が行き止まりになっており、左の通路壁にライトオークの扉が付いている。
「さて、いよいよってところだな。」
保昌が先頭で通路を進む。
中程まで進んだ時、保昌の頭上から大量のコウモリが降って湧いた。
キーキーと甲高い鳴声と羽音が響く。
「うわっ!」
「きゃあっ、なにっ?」
保昌と香澄、ササメが頭を覆うように身をよじる。
「?」
頼光は独り、きょとんとして振り返った。
その時、頭上で何かの気配が動いた。
「飛礫っ!」
頼光が叫んでその方向に掌をかざす。
足元の砂塵が舞い上がり、ぱんっと乾いた衝突音がして天井からばらばらと砂が舞う。
保昌達が驚いた様子で周囲を見回した。
「え? 消えた?」
「・・・幻術か。」
保昌はサヌカイト・ナイフを構える。
天井から、黒い布を纏った『何か』が頼光に飛び掛かって来た。
頼光は短く唸ると両手の甲から大爪を飛び出させ、その布を切裂いた。
手応え無く布が切り裂かれ宙に舞う。
その布の影から何かが飛び出し、右腕を振り抜いた格好の頼光の首筋に噛み付いた。
「ちぃいっ!」
頼光は左の大爪を首元の敵へ突き出す。
大爪が当たる前にそれは羽音と共に飛び下がった。
香澄が慌てて駆け寄り、ハンカチを頼光のキズに押し付けた。
「頼くんっ。」
保昌が頼光の前に立ってナイフを投げつける。
それは天井へと飛び上がり、逆さまになって四人を見下ろした。
「ここは私が管理を任されている。許可の無い者は去れっ!」
頼光は首のキズを押さえながらライトで照らす。
背中からコウモリの羽根を生やし、両側頭部に牛のような角を持った赤毛の少女が腕組みをして不敵な笑いを浮かべていた。
黒い革のようなボンテージ衣装にBカップぐらいの胸が寄せ上げるように収まっている。
「じゃあ、許可してくれ。」
頼光が軽い感じで声をかけ、香澄が驚いて見つめる。
「あ、あんた私が怖くないの? だいたいサキュバスの唾液が体に入って平気だなんて、あんたひょっとして・・・」
「ああ、僕は・・・」
頼光は自分の正体を話そうと口を開く。
「・・・童貞じゃないね。」
「そうきたか。」
頼光の傍らで香澄が一層目を丸くする。
それにはお構いなしに、このサキュバスは話しを続ける。
「ここを通りたかったら私を倒し・・・きゃっ!」
口上中に保昌がナイフを投げつけ、彼女はバランスを崩して落下した。
「ちょっと、ここカッコイイとこなんだから邪魔しないでよっ。」
ウエーブのかかったミディヘアの彼女はむくれて保昌を指差した。
「あ、なんか緊張感が一気に無くなった。サンキュ香澄、もう血は止まったみたいだ。またハンカチは洗って返すから。」
「う、うん。それで、あの・・・さっきの『童貞じゃない』って・・・?」
「え?」
「こら、そこっ。ほのぼのしてるんじゃない! 私をバカにする気だなっ。」
赤毛を振り乱して彼女は怒鳴るが、冷静になって彼女を見ると幼の残る顔立ちに、激高したせいか頬が赤くなっていて何となく可愛らしい。
「えっと、保昌さん。ここは僕に行かせてもらって良いですか?」
「ああ、頼くんがそう言うなら。」
両腕の大爪を収納した頼光は数歩前に出て、左手刀構えに身構えた。
「はん。ニンゲン風情がいい気になるんじゃないよ。」
「自己紹介がまだだったな。僕は皆本頼光。」
「私はアリアンナ・・・って友達かっ!」
目を剥いて叫んだ彼女は両手を胸の前で交叉する。
広げた両手の赤い爪がダガーナイフの様に鋭く伸びた。
アリアンナが両手をかざす。
香澄の目前まで巨大な炎が噴き出した。
「どうだっ、ニンゲ・・・痛っ!」
途端に炎は消え、アリアンナの真後ろに立った頼光が裏拳のゲンコツを頭に叩き付けていた。
「ちぃっ!」
不機嫌そうに舌打ちをして、振り向きざまに右手の爪を振る。
頼光の胸元を捉えた爪がそのまま素通りして、その姿が揺らいで崩れる。
驚くアリアンナの真後ろからまたゲンコツが落ちる。
「ああっ、もう!」
体をスピンさせて周囲を薙ぎ、後ろへ飛びすさる。
着地して前を見ると、また頭にゲンコツが落ちた。
「こっ、このぉおっ!」
激高に顔を真っ赤にして叫ぶと間合いを取って飛び退り、両腕を広げて天を仰ぐ。
唸り声と共に体が黄色い光を放つ。
めきめきと体が大きくなり、頭部が黒山羊に変化した。ちょこんと飛び出していた角が、ロングホーン・シープの様に張り出して行く。
変化中に頼光が姿勢を低くして飛び込み、足払いを掛けた。
巨大なバフォメットの悪魔のような姿がふっと消え、もろに尻もちを突いたアリアンナの姿がそこに現れた。
「もうっ! なんなのよぉっ!」
顔をしかめて彼女は叫ぶ。
「組手中にスキが大き過ぎ。それと、肩に力が入り過ぎて次の行動へのモーションが大きい。それじゃ、次の動きが相手に読まれる。」
頼光は後輩を指導するように近寄り、つん、と鼻頭をつついた。
ぎりっと唇を噛んだアリアンナは目の前の頼光を睨みつけた。
「・・・そこと見せかけてまた後ろだっ!」
彼女は後方に爪の刃を突き出した。
体をひねった格好のまま、目前の頼光のゲンコツを受ける。
アリアンナは後方に飛び退って涙目で頼光を睨み、肩を震わせた。
「もうっ! バカにして、バカにして・・・ううっ・・・」
「それじゃ、『倒した』から通らせてもらうよ?」
「そ、それは言葉のアヤ。私はまだ・・・」
『そこまでだアリアンナ。そいつはお前が敵う相手ではない。』
天井の空間が紫色に揺らいで声が響いた。
香澄がきょろきょろと天井を眺める。
「カ、カナーン様・・・」
『私たちの客人として案内しろ。特にそこの黒い長髪の男に用がある。』
「わ、わかりました・・・どうぞ、こちらへ・・・」
アリアンナは頼光をキッと睨んで扉を開けて、ドアガールよろしく首を垂れた。
部屋の中を覗くと真っ暗で、保昌はライトで中を照らす。
「ニンゲンには暗かったですね。明かりを点けます。」
まだ硬い表情のアリアンナがパチリと指を鳴らした。
天井の豪華なシャンデリアが光を放ち、部屋全体を照らし出す。
天井は高く3~4メートルぐらいあり、部屋は4~5メートルの正方形のようだ。
入口付近の壁にはガラス扉の棚が据え付けてあり、酒瓶がずらりと並んでいる。
奥には籐製のパーテーションで区切ってあるスペースがあり、ここからではその向こうの様子は判らない。
部屋にはヴィクトリア調の丸テーブルと椅子が3セット配置されていて、一番近くのテーブルセットに白いペスト・マスクの人物が座っていた。
「また会えましたな。まあお座りください。私のキープ・ボトルのブランデーで良ければご馳走しましょう。」
穏やかに語りかけながら、自分のテーブルの席を指し示した。
「あいにく運転しなくちゃならないんでね。飲酒は控えさせてもらうよ。」
保昌は彼と対面する格好で席に着き、頼光達は保昌の後ろに並んだ。
「ふむ。今日はあの宝石はお持ちでないようだ。・・・感知できないと言う事は結界に収めたね?」
「ああ。またウチの事務所に来て暴れられては困るんでね。結構な散財だったよ。で、あれはあんたの物かい?」
「今は違うが、いずれそうなる。あれは交易価値が高い。同族間での通商はもちろんの事、魔王様に献上しても喜ばれること請け合いだ。」
ペスト・マスクの目の部分から覗く赤い眼が細くなる。
「あのダイヤの色は中に収められている『魂』の色だね?」
保昌の言葉に後ろの三人が驚く。
「ああ。普通、信心の無い死者から抜いた魂は『意識体』を分離した後、天使の『回収班』に見つかる前に魔王様たちが管理する保管庭園へ速やかに運ばれる。」
ペスト・マスクの妖魔は被っているボーラー・ハットをちょっとずらした。
「この石はその保管庭園と同じような結界効果で天使たちには発見できない。我らのような、貴族以外の悪魔にとっては、良質な魂を口に出来る数少ないチャンスでね。このシステムが開発されて800年、需要は衰える事を知らない。」
「それであのカラー・ダイヤにこだわっていたんだな。ダイヤの本体はどこから手に入れるんだ?」
「炭素結晶体のことか? 地獄の亡者どもが肉を削がれたり、炎で焼かれたりしているだろ? そこに行けば炭素原料などカンタンに手に入る。」
「・・・そういうことか。」
「ああ。ニンゲンどもはあんな『殻』を重宝がるようだ。そこで提案だ。」
「ああ、そう言うだろうと思ってたよ。」
保昌はテーブルの上に両肘を突いて手を組んだ。
「今、私の手もとに『殻』だけの炭素結晶が20個ある。それと君の持っている青い石と交換というのはどうだ?」
妖魔は左手をテーブルの上にかざす。
ガサリという音と共にキラキラと光る透明なトリオンカットのダイヤが小山を作った。
香澄が目を見張る。
「こちらでも調べさせてもらったんだが、この2年で『魂魄分離症』で昏睡している患者が急増しているんだ。例の宝石の中の魂は死者から抜いたものじゃないね?」
上目遣いで保昌が探るような視線を投げかける。
「さあな。肉体を残したままで魂を抜くなんて面倒なことは、私たちは行わない。東洋の魔族の仕業じゃないのか?」
妖魔は再びテーブルのダイヤの山に手をかざす。
とんと、テーブルに手が触れるとダイヤの小山は姿を消した。
「あまり色よい返事を返してくれるつもりは無いようだな?」
「僕の依頼主の中に『魂魄分離症』の患者の親御さんが居てね。助けられるのなら助けたいんだ。」
保昌はニヤリと笑って体を起こし、頼光とササメをチラリと見た。
「・・・つまり、お前もこの魂石を狙っているという解釈で良いんだな? 返答次第では後ろの三人も含めてタダではおかんぞ。」
「最初からそのつもりだろ? そこの壁から亜空間の入り口の波動が見えるぞ。手勢を隠してるな?」
保昌が指差す先の壁が波紋のように揺れた。
「ちっ、どの時点で気付いた?」
先ほどまでの紳士的な態度を豹変させ、この妖魔は立て掛けていたステッキを掴んで荒っぽく床を突いた。
「気付くも何も。頼くんとササメの能力はこの前の襲撃の際知ってるはずだ。それなのに悠々と取引話なんかを持ち出している。つまり心に結構な余裕が有るってコトだ。それともこちらの隙をうかがって、一斉攻撃するハラだったかな? 交渉して1個取り返すより、ここで4人分の魂を抜いたほうが得になるからな。違うかい?」
保昌は席を立って数歩下がる。
頼光たちも散開して身構える。
「ふん。喰えないヤツだ。」
妖魔はパチリと指を鳴らした。
壁の前の空間が揺らいで8つの影が湧き出て来た。
不定形にうごめく無数の目玉を内包したアメーバや顔型のウロを持つ朽木。黒い牛の頭の妖魔、緑色の皮膚の耳の尖った大男。
背中に殻を纏った巨大なイモムシ、カエルのような顔をした灰色の妖魔、花の中央にぱっくりと大きな口を開けたツタ植物、アンモナイトの殻を被った頭足類。
白いペスト・マスクの妖魔の前にずらりと並んだ。
保昌はホルスターの中から真鍮色の九節鞭を取り出し、先端を床に打ち付ける。
「頼くん。こいつらをどう見るね?」
「8体もいますが、見掛け倒しです。優秀な人材は得難いのは人間と同じですね。」
頼光は両腕から大爪を生やして身構えた。
「私も忘れちゃ困るよっ!」
入口に立っているアリアンナも爪を伸ばして身構える。
「8体居ようが関係ないです。まずは右の二体は僕が片付けます。」
「ほう、頼もしいね。」
「こらーっ、私を無視するなぁっ!」
「ササメは香澄ちゃんの護衛と援護を頼む。」
「はい、保昌サマ。」




