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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
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~トンネルの向こうに~


 全員の息が整うまで、出口から少し離れた広場にへたり込んだ。

 ヒバリの声とそよ風、流れる雲と樹々のそよめき。

 ピクニックに来ていたのなら、このまま寝転がりたい風景に心を休める。


 保昌はトンネル出口をスマートフォンで撮影していたが、撮影したトンネルの開口部にツララが下がっているのを確認して苦笑いを浮かべた。

(これは、季節感が違うな・・・)

「禎茂さん、あれは何でしょう?」

 地べたに座り込んだ香澄の隣に立っている頼光が、川向うの丘を指差した。

「うん? 何かあったのかい?」

 撮影中のスマートフォンを手にしたまま、保昌はその方向に顔を向ける。

 丘には雑木林がびっちりと繁茂(はんも)して緑色のアート作品のようにも見える。

「? 樹木以外は何も見えないけど・・・」

 保昌は何の気なしに、撮影モードになっているスマートフォンを掲げた。

「?!」

 スマートフォン画面には赤レンガ造りの古い洋館が映し出されていた。

 保昌が画面から実風景も見ると、そこには緑色の大樹が葉を茂らせている。

「・・・そこに建物があるっ!」

保昌が自分に言い聞かせるように大きく声を出すと、川向うにそびえていた大樹は一瞬で姿を消して、古めかしい赤レンガと漆喰で出来た洋館が姿を現した。

「そうか。投稿した連中は電子機器が映し出す、その映像を見ていたから『誤認』の幻術が効かなかったんだな。」

 保昌は洋館を撮影したスマートフォンを構えて、その画面を覗きながら周囲を探る。

「禎茂さん。ここの丘を下った所に橋が架かっています。」

 少し小高いマウントの上に乗った頼光が足元を指差して叫んだ。

 幅は1.5メートル程ある橋ではあるが、石組みの橋脚はあちこちがコンクリートで補修され、そのコンクリートは素人目にも劣化が進んでいるのが判る。

 欄干は鉄製で、白いペンキが剥げて茶色く変色し、腐食が進んで崩れ落ちている箇所もある。

 橋面舗装のアスファルトには亀裂が走り、そこに溜まった土から草が生えている。

 感想を言えば、あまり渡ってみたいと思える橋では無い。

「・・・橋はここだけかい?」

「そうですね・・・見える範囲ではここだけみたいです。」

 

 四人は橋の前に並んだ。

 近くで見ると、さらに劣化がはっきりと見える。

「・・・渡って大丈夫なんですか?」

 香澄が保昌を見る。

「何とも言えないな。だが、連中はここを渡ってあの建物に行ったはずだ。多分渡れるだろう。」

 覚悟を決めた一行が橋に踏み出す。

 痛んだ舗装面の亀裂を蹴ると、アスファルトは簡単に剥がれて転がった。

 腐食して欠落した欄干付近の舗装面は崩れ落ちていて、橋脚構造の鉄筋がむき出しになっている。

「さっきのトンネルよりここの方が怖いよ。」

 頼光は錆びた橋脚構造を見てぽつりと漏らした。

「両端は痛みがひどいな。なるべく中央辺りを歩いて行こう。」

 先頭を行く保昌が振り返って舗装面を指し示す。

「了解です。このはし、わたるべからずってヤツですね。」

『一休さんかいっ。』

 ササメと香澄が同時にツッコミを入れた。



 橋を渡り終えた一行は、生い茂った下生えを踏み分けながら洋館を目指す。

 道なりに小枝が折れていて、そう遠くない過去に誰かがここを通った事を示していた。


草むらを抜けた所に砂利敷きの広場が現れた。

雑草が雑然と生えてはいるが、この洋館の正面の庭だろうことは予想出来た。

 辺りの樹々が太陽の光を遮って薄暗いこのエリアに、煤けたベージュの漆喰と赤レンガで出来た二階建ての、この洋館は不気味な存在感を漂わせている。

 風雨で朽ちた雨扉や割れた窓ガラスに掛かる蜘蛛の巣、日焼けて黄色っぽく変色した赤いカーテン、崩れて開けっ放しの玄関の扉。

どれを取ってもホラーハウスのようだ。

「うわ、雰囲気あるね。」

 頼光が感嘆して見上げる。

 香澄とササメは黙って目の前の洋館を見つめていた。

「それじゃ、潜入といきますか? ササメ、香澄ちゃんの二人で屋内の様子を撮影してもらって良いかな?」

 保昌がデジカメを取り出し、洋館の正面を撮影して振り返る。

 顔色の優れない二人が、笑った顔を作って保昌の方を向いた。

「僕が先行する。頼くんは女の子二人の殿(しんがり)を頼む。」


 半壊した玄関の扉から中に入る。

中の様子は、意外にもすっきりとしていた。

天井は天板の表面こそ剥がれているが、床の色褪せた紅い絨毯には残骸も無く、落ち葉や虫の死骸も見当たらない。

正面に見える階段には床と同様、色褪せた紅いカーペットが敷かれている。

大きな汚れも無く、管理されている物件なのではと言う考えもよぎる。


頼光が前を行く保昌に声をかけた。

「不自然なくらい小ざっぱりして、何か居そうな感じですね。どこから調べましょうか?」

「な、何か居そうとか言わないでよっ!」

香澄が真剣な顔で振り向き、ササメは恐るおそる階段を見上げる。

「まずは、足元から固めて行こう。左の白い扉の部屋に行くから付いて来てくれ。」


 蝶番(ちょうつがい)が嫌な音を立てて軋み、部屋の中を覗く。

 半分ぐらい開いたカーテンから、外の光が射し込んで部屋の中の見通しは良い。

 紅い絨毯が敷かれて、その窓側が日焼けてくすんでいる。

 アンティーク調の書斎机と椅子、その奥に本棚が見て取れた。

 机の端には灰色錆びの浮いた金属フレームの写真立てが置かれ、オールバックに口ひげを蓄えた男性と、オードリー・ヘプバーン風の髪型にした女性が並んで映っている。

「ここの(あるじ)の部屋なのかな?」

 保昌が呟いて中に入る。

 他の三人も彼について行く。

 入室してすぐさま、室内風景としての撮影を行う。

 部屋の中は整頓されていて、廃屋になる前の様子をうかがわせる。

「推理小説とかでは、本棚の裏に秘密の通路とかありますよね。」

 頼光が机を回り込んで本棚を覗く。

 日焼けた背表紙のマルティン・ハイデガー著の『存在と時間』、オルテガ・イ・ガセット著の『大衆の反逆』、デカルト著の『方法序説』などの哲学書が並んでいる。

「小難しいモノ読んでたんだな。」

 頼光は腕組して蔵書を眺める。

 試しに本棚をずらそうとしてみるが重くてびくともしない。

 本自体がスイッチになっているのかとそれぞれに手を掛けてみるが、手応えに特に変わったものは無かった。

 香澄は保昌の指示で撮影を続行し、ササメはおっかなびっくり部屋の中を見て回る。

「頼くん。本棚に変わった所はあるかい?」

「本棚にも床にも同じように埃が積もってます。少なくとも数年は、これを動かしていないと思います。」

「そうか。香澄ちゃん、念の為にこの本棚や机も近景を撮影してくれ。」

 香澄がカメラを構えた時、開け放していた扉が勢い良く閉まった。

「きゃあっ!」

 香澄は扉の方に体をねじって硬直し、ササメはクローゼットの扉を叩き閉めて、その場にうずくまった。

「風だよ、多分。」

「そこは言い切ってっ!」

涙目の香澄は頼光を睨んだ。


部屋を出て廊下を進み、オーク材の扉を開ける。

この部屋は陽が射しておらず真っ暗なので保昌がライトで照らす。

部屋の中央には大きな長方形のテーブルが据えられていて六脚の椅子が並べられてある。

部屋の奥には仕切り壁があり、その奥に戸袋と流し台が見えた。

「どうやらここは食卓といった所だな。頼くんと香澄ちゃんは奥のキッチンを見てくれないか?」

 保昌は予備の小型ライトを頼光に渡し、ササメと一緒にテーブル周りを探る。


 頼光は袖口を掴んだままの香澄を連れて仕切り壁から中を覗く。

 長細い長方形の間取りに昭和な台所が設置されている。

「どう? 何か変な物ある?」

 香澄が頼光の肩を盾にして様子をうかがう。

「昔な感じの台所があるだけ。でも廃屋にしては結構キレイな感じだな。」

 頼光は流し台の前に立って蛇口をひねる。

 意外なコトにそこから澄んだ水が出て来た。

「え? 水が出るって?」

「誰か水道料金払ってるってこと?」

 香澄が頼光の肩越しに覗き込む。

「多分、湧き水を引いてるんだと思うんだけど・・・錆び水が最初に出ないのは直近にこの蛇口を使った者が居るってことだよ。」

「と、投稿者の人達だよ・・・ね?」

 覗き込む香澄に頼光は口元だけでニヤリと笑った。

「その意味深な笑いは()めてっ。」

 戸袋の中には博物館行きの缶詰めや調味料、得体のしれない瓶詰めが入っていたが、特にめぼしい物は見つからない。

 頼光達は保昌の所に戻って見たものを伝えた。

「こちらも部屋自体には別におかしな所は無かった。が、テーブルと椅子に埃が積もっていない。床も綺麗に清掃されている。」

「それって・・・」

「ああ。つい最近にも、ここを使った者が居るってことだ。」

 しばらく一同が黙る。

 扉の辺りでコトリと音がした。

保昌と頼光はライトを照らし、ササメと香澄はそれぞれのパートナーの腕にしがみつく。

影のような物がすっと家の奥の方向へと横切って行った。

それを追いかけようとする男性陣を、女性陣が強力に引き戻す。

「香澄?」

「ササメ?」

 女の子二人は涙目になって、首を小刻みに横に振っている。


 何とかなだめすかして影が動いた方へ歩みを進める。

 今回は男性陣が前に並び、それを盾に女の子が歩いて行く。

 通路はL字に曲がり、正面の壁には開け放した扉、そこへ行く手前の右側に、少しだけ部屋の方に開いた扉が見えた。

「人間心理としては、この手前のちょっとだけ開いた扉の方が気になりますよね。」

 頼光が小声で保昌に囁いて目配せをした。

 四人はその扉の前で足を止める。

 肩に掛かっている香澄の手から力が抜けた時、頼光は一気に駆け出した。

「えっ! ちょっとライコウ!」

 香澄の声を背中に受けながら頼光は正面の扉の方へ駆けて行き、力いっぱい壁を蹴りつける。

 漆喰壁と壁レンガが鈍い音と共に砕け散り、足裏大の穴が開いた。

「キャアッ!」

 甲高い叫び声と、ばさばさと言う羽音がして、気配が地下へと移動した。

「やっぱり居たな。」

 駆け寄って来る三人を見ながら頼光は左脚に降った漆喰破片をぱんぱんと払った。

「何か居たみたいだったが?」

「はい。正体までは判りませんでしたが、この地下への通路を下って行きました。羽音がしたので、そういう輩だと思います。」

 頼光は保昌に頷いた。

「なんだ、お化けとかじゃ無かったのね。怖がって損しちゃった。」

 ササメは短く息をついて腕を組んだ。

「ササメさん、声の調子が変わりましたよ。」

 頼光が目を丸くする。

「まあね。ニンゲンで言うなら『お化け屋敷』を見に来た感覚になっちゃった。ここに居るのが妖族なら怖くも何ともないわ。」

 彼女は長い髪をさらっと払って目を閉じた。

「ササメさん・・・強いですね。」

 香澄が苦笑いして呟いた。

「じゃあ、香澄ちゃんの護衛は任せて。天狗さんは前衛をよろしくね。」

「はい、了解です。」



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