~心霊トンネル~
トンネルの内部は荒れていた。
壁面を覆っていたレンガやモルタルが剥がれ落ちて、あちこちに散らばっている。
歩く度に、モルタルの破片が、がりっじゃりっと嫌な音を立てる。
ぱたぱたと追い着いた女子たちがそれぞれのパートナーの傍に並んで歩く。
ササメが保昌の左腕にむきゅっとしがみついて歩く様子を見て、香澄もチラチラと頼光の腕をうかがった。
トンネル内はヒンヤリとして、時折しみ出した水滴が水音を立てる。
「かなり老朽化してるな。壁面が剥がれて岩肌が見えてる。」
頼光はきょろきょろと見回しながら呟いた。
トンネル内の反響で呟き声も大きく響く。
保昌が小型のライトで足元を照らす。
トンネルの中程に、弾けて飛び散っているモルタルの塊が浮かび上がった。
「例の動画でイエローの横に落ちて来たヤツだな。」
すぐ目の前の光の中を、小さな影がちょろりと横切った。
「きゃっ。」
香澄は頼光の腕にしがみついた。
「野ネズミだよ。ほら。」
頼光はぽんぽんと香澄の頭を撫でる。
「びっびっくりした。」
「出がけの威勢はどうした?」
「う、うるさいわね。出るって分かってるところで普通に出来る?」
「だから、それを禎茂さんが確認したんだよ?」
頼光は、自分の腕をがっちりと抱え込んでいる香澄の顔を覗き込んだ。
「もうあんまり香澄ちゃんをいじめてあげないでくれよ。」
保昌が笑いながら頼光に声を掛ける。
彼にしがみついている色白のササメは、白を通り越して蒼い顔色をしている。
「や、保昌サマはこういうの平気なんですか?」
「うん。場慣れみたいなモノかな。もっと修羅場な場面にはよく遭遇するし。」
「そ、そうなんですかぁ・・・一緒に居られるかなぁ・・・」
ササメは弱々しく呟く。
モルタル塊の横を迂回しながら過ぎる。
再び、数匹の小さな影が光の中に走り出た。
「うっ。もう、ネズミ多すぎっ。」
ちょっとビクッとなった香澄は頼光の腕をぐっと握ってその影を睨みつけた。
「香澄、痛い・・・」
「きゃああああっ!」
「いやああああああああああああっ!」
香澄は叫び声を上げて頼光に抱き付いた。
その香澄の叫び声に驚いたササメがもっと大声で叫んで、その場にうずくまる。
保昌は左耳を押さえて顔をしかめた。
「香澄っ、どうした?!」
「ね、ネズミの顔が、人の顔した、ネズミが・・・」
涙目でたどたどしく話して、指をさす。
頼光にはそれは、きょとんとした顔の小動物にしか見えない。
「落ち着けよ香澄。怖い怖いと思ってるからそんな風に見えるんだよ。」
しがみつく香澄の頭を優しく撫でて頼光がささやく。
その様子を横目でササメがチラリとうかがった。
(そうか、恋人というものはそうするべきだったのね。)
「大丈夫かササメ? 立てるかい?」
保昌が手を差し伸べる。
「は、はい。」
(やっぱり保昌サマ、やさしい・・・)
手を握って立たせてもらったササメは、ちょっとはにかんで保昌を見上げた。
「しかし、君がこんなに怖がりとは知らなかったな。」
にっこりと保昌が微笑みかける。
照れくさそうにササメも、へへっと笑顔を返す。
目の前で保昌の顔がどろりと溶けた。
「き、きぃやあああああああああああっ!」
ササメは叫ぶと元来た道を駆けて行った。
「お、おいっ、ササメっ?!」
慌てて保昌が追いかける。
「ど、どうしたの? ササメさん。」
「なんだろう?」
香澄と頼光が突然の事に立ちすくむ。
真っ暗の中で抱き合ったままの二人が残された。
出入口から差し込む薄明りでほのかにお互いの顔は見える。
(あ・・・わたしひょっとして、すごい大胆なことしてるんじゃ・・・)
そう思った途端に先ほどとは違った心臓の拍動が刻み始めた。
「香澄、心臓がバクバクいってる。そんなに怖い?」
「う・・・うん、その・・・」
(わ、心音バレてるっ。どうしよう、でも、離れるのは怖いしっ。)
「そういえば、昔から香澄、お化け屋敷には入らなかったな。やっぱり、こういうこと?」
「ちが・・・そんなんじゃなくて。あれは人形とかバイトの人でしょ? これはガチなヤツだからっ。」
「はいはい。そういうことにしといてあげるよ。」
「もうっ。ばかにして。」
いつも通りに話していると、気分がすっと落ち着いて来た。
「香澄ってさ。」
「な、なによぉ」
「こういうとこも可愛いよな。」
「!」
耳元で響く言葉に体も震えた。
「な、ななななな、何を・・・」
「香澄と居ると飽きないよ。知り合って10年以上になるけど、まだまだいろんな発見があって楽しい。」
「あ、ははは・・・」
(うわ~、こんな密着状況でそんなこと言うなぁ、心臓が、心音が・・・くそぉ、解っててやってんじゃないの?)
暗がりで顔色がバレなくて良かったとか思いつつも、香澄は何かくやしい感じに心をモヤモヤさせた。
ごくりと生唾を飲み込んで香澄は頼光の肩口に顔を埋めたまま口を開いた。
「あ、あのね、ライコウ。」
「うん? なに?」
「あ、あのさ。ライコウにとって友達と恋人の境界線って・・・」
すっと顔を頼光の方に向ける。ほとんど身長が同じくらいの二人は、それだけで目の高さが合う。
色白で紅い瞳の頼光の顔が視界いっぱいに映る。
普段なら慌てる距離も暗がりのせいか心地よく感じる。
「あの、わたし・・・ね・・・」
心臓が早鐘を打ち鳴らして、その音で周りの音が聞き取りにくい。
ぎゅっと目を閉じて、一度伏せた視線を上目遣いに上げる。
目の前にミイラの顔がアップになり、乾いた皮膚組織がぼろりと剥がれ落ち、そこから無数の甲虫が這い出した。
「ふわあああああああああああああああああっ!」
香澄は大声で叫んで突き飛ばすと、来た道を一気に駆け戻った。
「な、なんだぁ・・・?」
ぎーんと鳴る耳を押さえて、しりもちを突いた頼光は香澄の走り去って行くシルエットを眺めた。
「さて・・・」
トンネルの入り口でへたり込む女子達を前に仕切り直しをした保昌は、腰に両手を当てたまま頼光の方を向いた。
「頼くんには幻術の影響は無いんだね?」
「はい。全く普通です。いっその事、何が見えたんだか教えて欲しいぐらいです。」
「それじゃ、僕と頼くんで行ってくるから、ササメと香澄ちゃんは車の中ででも待っててくれ。」
保昌はぽんと頼光の肩を叩いてトンネルの方へ目配せをした。
「いえっ。私は保昌サマの秘書として一生懸命お仕えする覚悟で来ました。同行させてくださいっ!」
ササメは膝立ちになって、必死な顔で保昌の手を握って叫ぶ。
香澄も頼光のトレーニングウエアの裾を引っ張ってじっと顔を見つめた。
四人はそれぞれのペアでしっかりと手を繋いでトンネルに再突入を図る。
モルタル塊の辺りまでは、先ほどと同じように足音、水音、瓦礫を踏み砕く音がトンネル内に響いて行く。
「大丈夫か? 香澄。」
頼光は、両手で左手を握り締めている香澄の顔を覗き込んだ。
香澄はただうんうんと頷くだけで、視線は足元一点から離さない。
モルタル塊を過ぎた辺りで、不意に空気感が変わったのが頼光にも判った。
香澄がビクっと体を震わせて肩を縮ませる。
保昌はホルスターに仕込んであるサヌカイト・ナイフを手にした。
ササメは焦点の合わない目で何かぶつぶつと呟いている。
「香澄?」
「・・・」
問いかけに答えないので、頼光は保昌の方を見た。
「禎茂さん、気配が変わりましたね。」
「・・・ああ。何か声がする。頼くんは聞こえるかい?」
「いえ、僕には全然。」
「そうか、これも幻術か・・・」
保昌は鋭い眼光を周囲に向けながら進む。
香澄はぎゅっと目を閉じ、調子外れのハミングを口ずさみ始めた。
それに呼応するようにササメの呟きも大きくなった。
「・・・てもさってもそうじゃないか てもそうじゃないか 逢いはせなんだか十日町橋で 長さ六丁のゆきもどり 恋か涼みか夜を明かす てもさってもそうじゃないか てもそうじゃないか ・・・・」
十日町小唄を無心に歌い続けるササメの声がだんだんと震えてきた。
突然、前方にモルタルの塊が剥落して派手な音を立てて地面に散らばった。
保昌は手にしているライトでその方向を照らす。
『いやあああああああああああっ!』
香澄とササメの叫び声がトンネル内に反響した。
ライトが照らした方向には、その天井から壁面まで、どす黒い顔が一面びっしりと浮かんでいた。
その顔は白く光る眼を剥いて一斉に甲高い笑い声を上げた。
「いやああ、もういやああっ!」
香澄は耳を塞いでしゃがみこんだ。
ササメは硬直してその場に佇んだ。
ササメのリボンが解けて、長い髪がバサリと落ちる。
目に妙な光が灯り、ふわりと腰を越える長い髪が宙に広がる。
周囲の温度が急激に下がり始め、トンネル内の湿気がキラキラと輝き始めた。
「マズイっ! 頼くん、香澄ちゃんを抱えて出口まで走れっ!」
いつになく保昌が慌てて叫び、そのまま彼はダッシュで駆け出した。
「え?」
良く解らないまま、頼光は泣きながらうずくまっている香澄をお姫様抱っこに抱え上げた。
表情を無くしたままのササメがすっと右手を掲げた。
「そっげ たべねぇことしると しゃぎつけるろーっ!」
鬼の形相でササメが叫ぶと、凍て付いたトンネル内の空気が激流のように逆巻いた。
頼光の後ろの空間がぐにゃりと歪み、ぱんと泡が弾けるように元に戻る。
空を裂きながら、香澄を抱えて一気に前方へ飛び出した。
「はぁ、はぁ・・・頼くん、無事かい?」
「ええ。僕は大丈夫ですが、香澄が放心してます。」
香澄は呆然として、頼光の首に両手を回したまま固まっている。
しばらくして、トンネルの中から半ベソかきながらササメが走り出て来た。
「保昌サマっ、置いて行くなんてひどいっ!」
「逃げないと僕まで氷漬けになっちゃうよっ。」




