~調査開始~
土曜日の午前9時。黒いスポーツセダン車が唸りを上げて源綴宮への坂道を上って来た。
駐車場に止まると、飴色革のスマホ・ホルスターを着用した保昌が降り立った。
「ふう、やっぱり慣れた愛車は良いねぇ。」
大きく伸びをして辺りを見回す。
朱の鳥居のところにトレーニングウエア姿の頼光と香澄が立っていて、保昌を見つけると小走りに駆けて来た。
「おはよう、頼くん、香澄ちゃん。」
二人は保昌と挨拶を交わす。
保昌は頼光に近寄って囁いた。
「香澄ちゃんも来ちゃったのかい? ひょっとしたら危険なことになるかも知れないよ?」
「そう言ったら、頑としてついて行くって聞かなくて・・・」
頼光は情けない顔をして頬を掻いた。
「香澄ちゃん、つかぬ事を聞くけど、お化け屋敷とかホラー映画は大丈夫な方?」
「ええ。笑っていられるぐらい平気って訳じゃないですけど、そこそこ大丈夫です。」
香澄は質問の意図を理解してか、得意そうに胸を張った。
「そういうことなら・・・でも、ムリはしないでくれ。頼くん、いざっていう時はよろしく頼むよ。」
傍らの頼光の肩をぽんと叩いて保昌は自分の愛車の方へ二人を誘った。
後席に並んで座った二人に助手席の女性がペコリと頭を下げた。
「おはようございます。今日はよろしくおねがいします。」
水色がかった銀髪の彼女は長い髪をポニーテールにまとめ、青いシルクのリボンを飾っている。
「あれ、ササメさん? おはようございます。」
頼光は意外な再会に目を見開いた。
「え、ライコウ、知ってる人?」
香澄が訝しがる中、ササメはにっこりと笑って、そのはっきりとした大きな目を細めた。
「あら、天狗さんの恋人さん? よろしく、ササメって言います。」
「あ、いや、あのっ、私とライコウとはそのっ・・・え? 天狗って・・・?」
慌てた香澄は、正気に戻って頼光を見つめる。
「ササメさんは禎茂さんの秘書なんだ。だから僕の事を知ってる。」
「そうなんだ・・・私、吉田香澄です。よろしくおねがいします。」
差し出された香澄の手をササメは笑顔で握り返す。
「うわっ、冷たいっ! ササメさんて、すごい冷え性なんですね。」
「ヒエショウ? あまり聞かない言葉ね。この辺りの方言かしら。どういう意味なの?」
「え?」
運転席に乗り込んで来た保昌は、笑いながら説明する。
「・・・そうなんですか? じゃあ、結構多くの妖族ってひと達が世間で暮らしてるんだ?」
香澄はぽかんとした顔でササメを見つめた。
「そうなるね。逆に、こちらの陰陽師で向こうの世界で勉強してる輩も居るよ。まぁ、交換留学みたいなものだ。そう言えば崇弘もしばらく行ってたそうだよ。」
保昌はエンジンをスタートさせた。
鴻池駅の横を通り抜け、国道53号線を北へと走る。
だんだんと勾配の強い道が多く出現するようになり、車窓から時折見える河原の石に大きな岩が混じるようになって来た。
「地図では見ていましたが、結構距離があるんですね。」
「ああ、目的地まであと20分は走るよ。それまでは気楽にしててくれ。」
景色から大きな建築物が見えなくなり、簡素な畑と森林が占める割合が大きくなって行く。
山肌の一角を切り崩して、巨大な太陽光発電システムのパネルが展開していた。
「私、ここまで来た事無かった。県内でもこんな所があるんだね。」
香澄が車窓の景色にはしゃぐ。
「吉田さんは町の子なんだね。私の実家はこんなのだから、ちょっと懐かしい感じ。」
ササメはヘッドレスト越しに振り向いて微笑んだ。
ササメの実家の新潟県の話に花が咲く中、車は山の横を行く道に乗った。
山肌に沿った緩いカーブが続く。
道沿いの山肌に掲げられた「←鬼びっくりまんじゅう」の看板が数枚、車窓を横切った。
「それじゃ、頼くん。そろそろ店舗が出て来る。そこを過ぎたら『右の3本目の脇道』が目的地だ。よろしく頼むよ。僕には『脇道』自体が見えない。脇道を見つけたら、その都度教えてくれ。」
「了解です。」
大きな「鬼びっくりまんじゅう」の看板とコンクリート製の赤鬼のオブジェを飾った店舗を右に見送り、保昌の車は速度を落として走行して行く。
大きなコンクリート製の箱型のトンネル道路を過ぎると右手に森林地帯が広がる。
「そこに一つ目の脇道が見えます。」
「え? どこ?」
香澄が頼光の指差す方向に目をやるが、木立ちと下草が鬱蒼としていて分岐点は見えない。
「ほら、そこ。そこの黄色い花のちょっと向こう。」
その言葉が耳に入ると同時に、舗装道路の分岐が現れた。
「わ、いきなり出て来た。」
「そうかい? 結構前から見えてたけど?」
驚く香澄に頼光が不思議そうに返す。
「やっぱり頼くんに同行してもらって良かったよ。実を言うと僕も香澄ちゃんと同じ認識なんだ。」
「私も。天狗さ・・・皆本くんが言うまで見えなかったよ。」
頼光のナビゲーションで次の脇道を見つけ、そして目的の脇道を探る。
「あ、そこです。そのひときわ太い木の向こう側。テツッポウユリの白い花が群れている辺りです。」
そこに目をやると、突然に道の分岐が現れた。
「何か手品見てるみたい。」
香澄が楽しそうに頼光の顔を覗く。
「う~ん。僕にとっては普通の風景なんだけどな。」
脇道に入りしばらく進むとアスファルト舗装が無くなり、砂利道に変わった。
雨風で痛んだ砂利道をガタガタと進んで行くと、目の前に樹々の鬱蒼とした丘が現れた。
保昌は車を慎重に進める。
視界正面にぽっかりと口を開けた古めかしいトンネルが姿を現した。
レンガとモルタルでトンネル入り口面が構成されており、入り口横の山肌に石碑と六体のお地蔵様がお祀りされてある。
良く晴れた空にヒバリが鳴いて、辺りの樹々はさわさわと、その葉をそよがせる音が聞こえる。
「心霊スポットって言う割には爽やかな風景だよね。」
香澄が車窓を覗き込む。
「だけど、外灯も無いし、日が暮れたら結構な圧迫感だと思うよ。あそこのお地蔵さんも意味深だし。」
頼光は体を乗り出して前方を睨んだ。
「それじゃ、調査開始と行くか。」
保昌は車から降り、頼光達もそれに倣う。
トンネルの近くまで歩み寄った保昌は、スマートフォンを取り出してハンサム団の投稿動画を再生した。
「ああ、このお地蔵様だな。それにこの石碑・・・慰霊碑か。」
「いわく付きってヤツですね。」
頼光も興味深そうに眺める。
「じゃ、行こうか香澄・・・あれ?」
頼光は後ろを振り返る。
香澄はちょっと離れた所でササメと一緒に佇んでいた。
「行くよ、香澄。」
頼光が香澄に向かってくいくいと手招きをする。
「う、うん。」
香澄はその場で短く頷いた。
「ササメ、どうかしたかい?」
保昌はスマートフォンをホルスターにしまうと、立ちすくんでいる二人に声をかけた。
「あの、吉田さんが怖がってるから、一緒してるの。」
「香澄、怖いの?」
「ここ、怖くなんかないわよ。ほら、こんな日中だし。お化けが出るのは丑三つ時って決まってるじゃない。ねぇ。」
香澄は隣のササメに目をやる。
「そ、そうよね。それにお化けなんて非科学的なモノ、居るわけないじゃない。ねぇ。」
ササメも香澄に顔を向けて引きつった笑顔を浮かべた。
「あの、香澄は解るとして、雪女がお化け怖がるの?」
「あ、あんなのと一緒にしないでよっ。失礼ねっ。」
頼光に向かってササメが叫ぶ。
「おーい。それじゃ、僕と頼くんはトンネルに入るから。来ないんならそこで大人しく待っててくれ。」
保昌は頼光を連れ立ってトンネルに入って行った。
明るい屋外からトンネルの中は見えない。
闇に消えた保昌と頼光の姿を見て不安になった二人は、急いで後を追った。




