~探偵事務所にて~
破壊されたソファーと本棚を粗大ごみの引き取りに出して、散らかった室内を整理した保昌は、だだっ広くなった自分の部屋を見回した。
「・・・ま、PCや電気系がやられてなくって幸いといったところだな。」
扉がノックされて水色銀髪のササメが、数枚の書類を持って顔を覗かせた。
「保昌サマ失礼します。来客用のソファーの手配が終わりました。来週の半ばぐらいに届くとのことです。あと、先日のストーカー相談の山口サマの勤務日程と通勤ルートをピックアップして図表にしています。それと、中央署の科捜研からFAXが届きました。」
ササメは机の横に立っている保昌に書類を手渡した。
手渡す際にひんやりとした指先が触れた。
「ありがとう、ササメ。助かるよ。しかし、PCスキルはどこで覚えるんだい?」
「あら、新潟の山奥でもちゃんと勉強できますよ。私たちの種族は結構ニンゲンに近い所で生活してますから、これも溶け込む術の一つなんです。」
ササメはちょっと誇らしそうに胸を張る。
「おかげで僕はかなり楽させてもらってるよ。そうだ、石井さんのご主人の、浮気調査の報告書は構成出来たかい?」
「今、現場写真を時系列で構成中です。女性が二人おられるので、判りやすく構成しようかと。」
ササメは肩をすくめて楽しそうに微笑んだ。
「そう言えば、お世話になって半年経ちますけど、保昌サマに女性のカゲが全然見えませんね。まさか衆道とか?」
上目遣いで覗き込むササメに保昌は吹き出した。
「ふっ。なんでそうなるんだ。見てて分かるだろ? 出会いが無いのさ。」
「じゃあ、保昌サマの好みはどんな女性なんです?」
「そうだな・・・こんな仕事してるから、傍に居て安らげるひとが理想だな。」
「見た目とか体温とかは気になります?」
ササメは一歩にじり寄って保昌を見つめる。
「後者の意図が判らないけど、外見よりも心が響くかどうかが重要だと思うな。」
「そんな抽象的な表現じゃ、判りませんよぉ。具体例を希望しますっ。」
不満そうに口を尖らせるササメの頭を、保昌は優しく撫でた。
「ササメもそのうち解るようになるよ。そのためにニンゲン世界に留学に来ているんだろ?」
保昌はにっこりと笑って書類に目を通した。
「お、科捜研からは、昨日の妖魔の溶解液の分析が出たみたいだ。警部とも話をしておかないとな。ありがと、ササメ。仕事に戻っていいよ。」
「はい、保昌サマ。」
扉を閉めて、部屋を後にする。
ササメは自分の頭にそっと手を当てて、ふふっと微笑んだ。
「もしもし、禎茂です。赤磐警部、今良いですか?」
『おお、ちょうど良かった。こちらから連絡入れようかと思ってた所だ。で、要件は先ほど出た科捜研からの分析結果で良いのか?』
「さすが話が早いですね。あれが被害者たちを溶かしたものの正体です。」
保昌はFAXされてきた報告書を手に持って改めてそれを眺めた。
「薬品というより『酵素』ですね。低温時と酸素との反応で活性が失われる性質があるみたいです。」
『正体は不明となっているな。テロリストの生体兵器なのか? そもそもどうやってこれを手に入れたんだ?』
「それを吐き出す妖がウチに襲撃に来ましてね。」
保昌はぐるりと部屋を見回した。
『ハッ! またソレか。そんな非現実的なモノのせいにして納得出来るか?』
鼻で笑った赤磐警部はカチカチと手もとのキーボードを叩いた。
『・・・ま、確かに、遺体に付着していた残存物と、お前さんの持ってきたその「酵素」とやらの構造は一致したそうだ。警察としては「バイオ・テロ」の方向で進めるつもりだ。』
赤磐警部は手元のコーヒーをすすった。
「そうなるのが妥当でしょう。シナリオとしては、『テロリストの関係施設から宝石を盗んだ者たちが報復として、新開発の生体兵器の実験も兼ねて殺された。』というところですね。」
保昌はイスに腰掛けて、深く背もたれに体を預けた。
『創作物みたいに言うなよ。まあ、こちらも調書なりを纏めなくちゃならんのでな。・・・そうだ、例の撮影現場は特定出来たのか?』
「一度その辺りに行ってはみたんですが、妙なことに幾つかあるはずの脇道が見当たらないんです。この土曜日にリトライする予定です。」
『カーナビで分かるだろ?』
「カーナビにも林道扱いで詳しくは表示されていませんし、その脇道の入り口自体が見えないんです。ですから、ちょっとアプローチを変えてみようかと。」
『ふむ? まあ、その辺は任せる。それと、お前さんを襲った「テロリスト」のことを聞きたい。近いうちにこっちへ来てくれないか?』
「はい。それじゃ、早速向かわせてもらいます。東署に着いたらまた連絡します。」
通話を終えると、保昌は先ほどササメがまとめた書類を眺めた。
「よし、調書の後に、ストーカーの調査も行っておくか。」
保昌は、いつもの黒いジャケットを羽織った。




