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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
32/49

~心 穏やかならずや~


 スマートフォンを真正面に置いて、香澄はベッドの上で正座していた。

 スマートフォンに手を伸ばして、画面にタッチしてまた手を引っ込める動作を何度となく繰り返している。

 耳元で囁かれたフレーズがリフレインして、頭の中がぐるぐるして胸の奥が焦げるようなもどかしさに満たされる。

「え、えっと。ちょっと落ち着こうか、私。」

 大きく息を吐いて、大きく息を吸う。

(今僕が気になってるひとは・・・今、電話で話ししてるひと。)

「ふぉおっほっ。」

 妙な咳込みをして香澄は枕にぼすっと顔をうずめた。

「・・・どういう意味で言ったのかな・・・あーもー、私も気になってますよぉだ。この5年分の想い、どうしてくれるのよぉ。」

 しばらく枕に顔をうずめたまま、にじにじと体を揺り動かす。

 喫茶店での麗奈との話が頭を巡る。

『見た目もだけど、性格もかわいいんだ。結構努力家で、人には見せないようにしてるけど伝わってくるし。フィーリングも合うし。』

「そんなふうに思っててくれてんだ・・・」

 香澄は起き上がると枕をぎゅーと抱きしめた。

「ああっ、もうっ! 好きよ、好きですともっ。何か文句あるっ、文句があるならはっきり告ってから言いなさいよっ!」

 涙目の香澄は、真っ赤になって布団に枕をばんばん叩き付けて騒いだ。

 息が上がって、肩が上下に動いていた。


「はぁはぁ、ふう・・・明日、ライコウが数学見てくれるんだっけ。何にもしてないのはカッコ悪いからちょっとでもしておこうかな。」

 ぼさぼさになった髪もそのままに、ため息をついて香澄は机に向かった。

「え~と、何々。『n個の中からk個を選び、それを並べる方法がm通りある場合、「順列」を求める式は nPk=m で表されます。』・・・?」

 香澄は小首を傾げる。

「『これを一般式で表すと nPk=n(n-1)(n-2)…(n-k+1) となります。』・・・? えっと、『組み合わせを表す記号C は「n個の中からk個を選ぶ選び方が何通りあるか」を求めるもので、先ほどの順列P は「n個の中からk個を選び、さらにそれを並べる並べ方が何通りあるか」なので、順列(P)=組み合わせ(C)×「●通りの並べ方」であると言えます。』・・・ふむ?『これを、文字を使って表すと nPk=nCk×k! つまり nCk=nPk/k!  つまり nCk= n(n-1)(n-2)…(n-k+1)/k! となります。』・・・何言ってんの? そもそもこのビックリマークは何よ。学生をイジメて楽しいのっ?!」

 香澄は乱暴に教科書を閉じてイスの背もたれに深く体を預けた。

「はあ、ライコウ今、何やってんのかな・・・よし、今日は早いけど、もう寝よう。明日も朝練ある事だしっ。」

 香澄は頼光にいつものようにお休みメールを入れるとばふっとベッドに飛び込んだ。

「ふう。良い夢でも見て、気分をリフレッシュさせるのだ。」

 (つぶや)くと、布団を顔の方まで被せて目を閉じた。



 翌朝6時。香澄は目覚ましを1コールで止め、ベッドの上に上体を起こして深くため息をついた。

「はあああああぁ・・・良い夢見過ぎて疲れたよぉ・・・」

 赤い顔のまま、ぶんぶんと頭を振って気分を変えようと努力する。

「あんな夢の後、本物に顔合わせづらいなぁ・・・変な寝汗もかいてるし・・・」

 じっとりとしたパジャマに顔をしかめてボタンを外す。

 パジャマを脱ぎ捨てて、部屋の鏡に映った自分の姿に目をやる。

 ボサボサした髪を手櫛で撫で付けて、自分の小ぶりな胸を凝視した。

「はぁ、同い年でも個人差が出来てるのよね・・・中一ぐらいまではみんな同じようなもんだったのに。チクショウ。」

 香澄は掌に収まるぐらいの膨らみを、くいっと寄せてみた。

「麗奈さん、また育ってたな・・・やっぱり男の子って胸が選択肢の上位なのかなぁ。健明のカノジョさんも結構大きいし・・・」

 自虐した香澄は視線を落とした。

 鏡に映る薄ピンクの下着が変な具合に濡れている。

「うわっ、やだ、もうっ!」

 真っ赤になった香澄は慌てて脱ぎ捨てて、パジャマに包んだ。

「・・・シャワー浴びて、しゃっきりしなくちゃ。」

 香澄は体操服のジャージをとりあえず引っ掛けて、洗濯物をしっかりと抱えてお風呂場へと向かった。


「おっす。ライコウ。」

 教室に入って来た頼光に、元気な杉浦健明の声がした。

「おはよー。健明。」

「ん? 左腕、どうしたん? 包帯なんか巻いて。」

 健明は包帯の影が透けて見える長袖シャツの袖を覗き込んだ。

「ああ、昨日ちょっと火傷しちゃってね。たいしたことは無いんだけど、完治するまでは包帯しとこうかと思って。」

「そうか。そう言えば家事はライコウがほとんどの事やってんだよな。お疲れさん。痛むのか?」

 心配そうに健明が尋ねる。

「いや、ほとんど痛みは無いんだけど、ちょっと見た目が。」

「ああ、何か痛々しいってヤツだな。お大事に。」

「ありがと。」

 頼光は微笑んで荷物を机に置いた。

「今日、5時限目の音楽があるだろ?」

 健明が隣に立った。背の高い彼が隣に来ると視界が一気に陰る。

「うん。」

「レミ先生が今日の授業の和楽器、デモンストレーションでライコウに弾いてもらえるかって、昨日の部活の時聞いて来たんだ。その腕じゃムリか?」

「大丈夫だよ。ちゃんと指も動くし、別に痛くもないから。音楽室にある和楽器って三味線か琴だろ?」

「5時限目だから『春の海』とか琴でやったら確実に寝ちゃうからな。レミ先生も三味線が良いんじゃないかってさ。」

「教本通りの『津軽じょんがら節』で良ければ。あ、バチって小さめのヤツあるかな?」

「そこまでは判らないな。発表会じゃないんだから、それっぽく出来たら良いんじゃね?」

「バチ先が大きいヤツは(はや)()きやりにくいんだ。ギターでもピックの種類とかで、やり易いとかあるんだろ?」

 頼光は健明を見上げた。

「ああ、俺は『ジャズ型』が使いやすいな。弦が拾いやすいし力加減が利くし。」

「おはよ。何、音楽談義してんの? ライコウくんも軽音部入部する?」

 ゆるふわ髪をポニーテールに束ねた須藤(すどう)杏子(きょうこ)が傍に立った。

「おはよ、須藤さん。今日の音楽の授業の話してたんだ。」

「ああ、レミセンセが言ってた件ね。あれ、腕大丈夫?」

 杏子も包帯を覗き込んだ。

「ああ、大したことは無いよ。ありがと。演奏のデモで三味線するんだ。笑わないでくれると嬉しいな。」

「別に笑う所じゃないよ。前にも聴いたことあるけど、ライコウくん三味線上手いと思うよ。逆に、なんでギターしないのって。メンバーも不思議がってたよ。」

「いやぁ、『F』が押さえられなくて。」

 苦笑いをしながら頼光は頭を掻いた。

「何だ、意外に普通。ちょっとがっかりだわ。」

 杏子はつまらなさそうに腕を組んだ。

「僕にどうしろと?!」

 健明、杏子、頼光の所に登校して来た菊田(きくた)(ゆう)(すけ)も加わってわいわいと話している中、教室の入り口からそおっと香澄が顔を覗かせた。

「お、香澄おはよっ。」

 振り向いて健明が声をかける。

 香澄はきょろきょろと教室内を見回して、少しほっとした表情で微笑んだ。

「おはよ、健明。」

「やあ、おはよー香澄。」

 健明の陰から、頼光が顔だけ覗かせて笑顔を向けた。

 目が合った香澄は見る見るうちに真っ赤になった。

「オオオオオハヨウ、ライコウ。ソ、ソコニ居タンダネ。見エナカッタヨ。」

「でかくて悪かったな。」

 健明がちょっとむくれた。

 杏子が香澄の傍へと駆けて行った。

「おっはよー香澄。ちょぉっとお話ししよっか?」

 ニヤニヤしながら香澄を教室の隅まで連行して行った。

「かすみかすみ、いつもに増して変だよ。何があったの?」

 満面の笑顔に小声で、杏子は香澄の顔を覗き込む。

「べっ別にそんな大したことなんてないよ。フツーだよ、フツー。」

「それ、ライコウくんの隣で言ってみな。」

「う・・・」

 頼光をチラ見した香澄は赤くなってうつむいた。

「どうしたの? 告られた?」

「くぉっ、こくっ・・・て、て、そんなんじゃなくて、その、あの・・・」

「面白いけど、話が進まないから一旦落ち着こう香澄ちゃん。はい、深呼吸。」

「あ、香澄。昨日電話してた件だけど。」

「ひゃいっ!」

不意に真後ろからの頼光の声で、香澄はビクッと硬直した。

「うわっ、何っ?」

 妙な声に頼光が怯え、香澄は機械仕掛け人形のようにぎこちなく振り向く。

「え、あのっ、いや、で、でんわのって、こここここんなところで?」

「うん? 数学二時限目だろ? ちょっとやっとくか。」

「あ、ああ数学・・・ね。」

 目が泳いでいる香澄にお構いなく、頼光は香澄の席を指差した。

「そうだね。しっかり膝付き合わせて話しした方が絶対良いよね。ガンバっ。」

 杏子はばんばんと香澄の背中を叩いて香澄を席の方へと突き飛ばした。

「うわっ!」

 不本意に席に座らせられた香澄は隣にイスを持ってきて座る頼光を、どきどきしながらチラ見していた。

(普通に、普通に、いつも通りに・・・って、私いつもってどうしてたのっ?)

 教科書を広げる頼光の腕が視界に入った時、香澄の顔色が変わった。

「ラ、ライコウっ。左腕、どうしたの?」

「あ、ちょっと、ね。火傷みたいなもの。」

「そういう言い方する時は何かある時ね。どうしたのっ?」

 香澄が顔を覗き込む。

 頼光は辺りを見回して、くいくいと指で近くに寄るようにゼスチュアをして、香澄の顔の近くで囁いた。

「香澄と話している時、キャッチが入ったろ?」

 香澄は思い出して真っ赤になった。

「あれ、禎茂さんが襲撃を受けたってことで、援護に向かったんだ。その時に妖魔の攻撃を喰らっちゃって。」

 香澄の顔色から血の気が引いた。

「ひどいケガなの?」

「もう、香澄だから言うけど、腕の肉が溶けた。」

「ええ?」

 香澄が包帯の腕を掴む。

「そ、そんな大ケガ、ホントに大丈夫なの?」

「天狗の治癒力が無かったら、あの運転手さんみたいになってたろうな。腕の傷や形は回復してるんだけど、人の肌の色になって無くてさ。そこが回復するまで包帯で隠しておこうかと思うんだ。」

「もう、無茶ばっかりして。そんな事聞かされるこっちの身にもなってよね。心臓に悪い。」

 香澄は腕を掴んだままむくれた顔を向けた。

「心配かけてごめんよ。いや、これからも心配かけるけど、許してくれると有難いな。」

 頼光はにっこりと笑って見せた。

「もう、調子の良いっ。」

(あ、私、今普通にしゃべってる・・・)

 いつもの会話のペースを取り戻した香澄は、ちょっと安堵の息をついた。


「じゃ、やってみようか。香澄は『順列』と『組み合わせ』の取っ掛かりの辺りはどう?」

「ああ、何か説明読んだんだけど、ケムに巻かれてるみたいで・・・」

「じゃあ、公式は?」

「意味が解んない。」

「例題の回答例は?」

「何言ってるのか、さっぱり。」

「全部ダメじゃないか、じゃあ、最初から。PとかCとか記号で憶えようとするからワケが解んなくなるんだよ。『P』はpermutationの頭文字のPで『順列』って意味。何個かある中からいくつかを選んで、それを並べる『並び方』が何通りあるかってことを表現しますよって言う印し。『C』はcombinationの頭文字のCで『組み合わせ』。何個かある中からいくつかを選ぶ選び方が何通りあるかを表現しますよってこと。判る?」

「・・・・はは。」

「解って無いな。『P』『C』をいっぺんに憶えようとするから混乱するんだよ。先ずは『P』の『順列』の所を押さえよう・・・」

 

 しばらくのレクチャーが進み、予鈴が鳴った。

「どう? ちょっと感じが掴めた?」

「うん。少し解った感じ。記号が多いから訳わかんなかったけど、こういう事が言いたい式だったんだね。」

 香澄はノートを見て満足そうに頷いた。

「よしよし、偉いぞ香澄。」

 頼光は香澄の頭をさわさわと撫でる。

「うんっ、子ども扱いしないでよぉ。」

 言葉とは裏腹にちょっと嬉しそうな香澄は、杏子の視線を感じて表情を戻した。

「ん? 香澄、シャンプー変えた?」

「え、特には。シャワー室に置いてあるのも、いつものヤツだよ。」

「そうか? 今朝から何か甘い香りがするから、てっきり。うん、この匂いも良い感じ。」

 にっこり笑う頼光に香澄は自分の頭を振ってくんくんと香りを嗅いでみた。

「う~ん。私には分かんないや。でもさ、ライコウってそういうトコ良く気が付くよね。」

「どういうトコ?」

「ほら、髪型とか小物とかネイルとか変えても、カレシが全然気が付かないって愚痴ってるコ多いんだよ。」

 香澄は人差し指を立てて、くるくると宙を描いた。

「ああ、照れくさくて言えないって輩も居るそうだけど、僕は気が付いたらちゃんと伝えるのって大事だと思う。」

「そうだよ。誰のために日々オシャレしてるのって話だよね。」

 いつものペースが戻って来た香澄はいつものように、にかっと笑う。

「うん、香澄だって僕と会う時、リップを引いたり、爪を手入れしたりしてくれてるし。」

「!・・・」

 にっこり笑う頼光に香澄は大きな目をさらに大きく見開いた。

「き、気づいてたの?」

「うん、言う前に話が始まってるから毎回言いそびれてるけど。」

 香澄の頬がだんだんと赤くなってきた。

「さっきの話からすると、僕のためにオシャレしてるって話?」

「し、知らないっ。また、そうやってからかう・・・」

 視線を外して少しうつむくと、ニヤニヤしている杏子が視界に入って、香澄はキッと睨み返した。

 教室の入り口から担任教諭が入って来たので、本日の日直さんが号令をかける。

 頼光もイスを持って席へと戻って行った。

(あ~も~。これでまた意識しちゃうじゃないっ。)

 香澄はうらめしそうに頼光の斜め後ろ姿を見つめた。



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