~甘味処 「雪月花」~
翌日の夕刻、甘味処『雪月花』には美幸と一緒にツインテールの女の子「石川紗彩」がカウンター席に座っていた。
カウンターの向こうには、ベージュ地にアゲハ蝶の舞う着物に濃茶のお太鼓帯を締めた女将、「香月涼子」と紺地に矢羽根模様の着物姿の頼光が立っていた。
二十代後半ぐらいの美人で、長い髪をシニョンで纏め上げた涼子の衿元からはレースの半襟が覗き、現代風の着物の着こなしがサマになっている。
「あ、このわらび餅、すごいもちもちしてますね。おいしい。」
紗彩は手元の「わらびもちセット」の一切れを頬張って、笑顔を浮かべた。
「気に入ってくれた? ありがと紗彩ちゃん。」
涼子は嬉しそうに笑いかける。
「皆本くんて、さっきこのお抹茶点ててわよね。茶道も、やってるの?」
美幸は自分の「わらびもちセット」のお抹茶の椀に口を付けた。
「ううん。お抹茶の点て方は涼子さんに教えてもらっただけ。そこまでマルチな人間じゃないよ。」
頼光は肩をすくめて笑い、その笑顔に照れた美幸は手元の椀にぱっと視線を落とした。
美幸の様子をにこにこ眺めながら紗彩は自分のお抹茶をすする。
「う、にが・・・」
「あら、紗彩ちゃんにはお抹茶、強かったかしら? ミルクかほうじ茶に変えましょうか?」
「え、いえ。大丈夫です。折角、涼子さんが紗彩の分、点ててくれたんですから。」
紗彩はそう言うと、もう一口抹茶を含んで、すぐにわらび餅を口に放り込んだ。
「美幸先輩はお抹茶、慣れてるんですか?」
紗彩は口の中のものを飲み込むと、行儀よく食べている美幸に顔を向けた。
「ん、慣れてるってコトは無いわよ。でも、この二色わらび餅とお抹茶って合うから。美味しくいただいてるわよ。」
「ん~。オトナなんですね。」
「紗彩ちゃんはパフェの方が良かったかな?」
頼光が覗き込む。
「あ、皆本さんもバカにする~。」
紗彩はちょっと頬を膨らませて、眉間にシワを寄せた。
お客の来店を告げるドアベルの音に、頼光はカウンターから出て席へと誘導を行う。
その様子を眺めた涼子は、紗彩に目を向けた。
「沙綾ちゃん、このゴールデンウイークは楽しかった? ご家族で旅行だったんでしょ?」
紗彩は屈託ない笑顔で涼子に向き直った。
「はい。お父さん、お母さんと一緒に信州に行ってきました。まだ5月は寒いんですね。ここら辺の感覚で行ったから、外出る時にはカーディガンの下に多めに着込んじゃいました。戸隠神社の参道の大きな杉の並木道にもびっくりです。」
「私は行った事無いけど、きれいな所だって聞くわね。」
「はい。なんだか空気が澄んでいるというか。霊感とか疎いほうなんですけど、こう、心がしゃっきりとする感じでした。」
紗彩はわらび餅を切って、口に放り込んだ。
「ご祭神はどなた?」
「あ、誰だっけ、なんか偉い神様?」
紗彩は口をもごもごさせながら美幸の方を見た。
「観光参拝って、多くの人がそんな感じよね。去年、出雲大社に行ったら、隣のおばさまが『誰お祀りしてたっけ? 吉宗さん?』とか言ってたから。」
「暴れん坊将軍もびっくりね。」
美幸に相づちを打った涼子は帰って来た頼光に目を向けた。
「オーダーです。抹茶オーレHOT2つ、抹茶シフォン1つ、フルーツあんみつ1つ。お願いします。」
伝票を読み上げると、頼光もカウンターの中に入って、支度を始めた。
「私がオーレとシフォンケーキをやるから、皆本くんはフルーツお願い。」
「了解です。」
涼子はミルクパンを火にかけて、ガラスケースの内側から半分ぐらいになったホールのシフォンケーキを取り出した。
抹茶色の断面が、柔らかく光に浮かぶ。
ホールの約8分の1の大きさにカットして白備前の平皿に盛る。
白地に赤茶の火襷模様が走る上に若草色と茶色のコントラストが映える。
涼子は脇に添えるホイップクリームを冷蔵庫から取り出した。
頼光はバナナを剥いてスライスし、いちごを3個縦半分に、キウイは2分の1個をイチョウ切りに。
業務用冷蔵庫からタッパーに入った缶詰フルーツのミカンと白桃、賽の目寒天、蜜豆、粒あんを取り出して、冷えた備前焼の器をキッチンに乗せた。
涼子は絞ったホイップクリームの横に頼光が出した粒あんをスプーンでひとすくい盛り付ける。
温まったミルクを火から下ろして備前焼カップに注ぎ分け、抹茶パウダーを散らせ、金粉を散らせる。
頼光は寒天を敷いた上にディッシャーですくった粒あん、フルーツ類を飾り付け、ソフトクリーマーでバニラアイスを盛り付けた。
和布をコースター代わりに敷いた塗り盆2つに、シフォンケーキ、フルーツあんみつ、抹茶オーレが並び、漆塗り風のスプーンとフォーク、マドラーが添えられる。
季節の造花として、緑のもみじ葉とカスミ草がスプーンと食器の間に飾られた。
「あ、きれい。」
「きゃあ、シフォンケーキもおいしそう。」
「ありがと。気が向いたら注文してみてね。作る楽しみが増えるわ。」
頼光はカウンターの外に出て、給仕に動いた。
「ケーキは涼子さんが焼いてるんですか?」
美幸は目で追っていた頼光が視界から離れると、カウンターに向き直った。
「ええ。消費期限が短いから、抹茶シフォンとプレーンの2種類しか出来ないけどね。」
「すごい。ケーキが作れるひと、憧れですっ。」
紗彩は目を輝かせて涼子を見つめた。
「そんなに大仰な事は無いのよ。慣れてしまえば、そこまで難しいものでもないから。」
「そうなんですか? 今度教えてください。」
「ちょっと、紗彩ちゃん。涼子さんお店で売りもの作ってるのよ。カルチャースクールと一緒にしないの。」
美幸は身を乗り出す紗彩をたしなめた。
「うふふ。確かにお店のある日はムリね。でもお休みの日で、紗彩ちゃんなら一緒にケーキ作っても良いわよ。」
「わ、やったあ。お休みは毎週木曜日ですよね。」
「すみません。ウチの紗彩がムリばっかり言って。」
美幸が頭を下げる。
「いいのよ。私個人としても、紗彩ちゃんと一緒にケーキ作りたいし。」
「あの、来週の木曜日って、紗彩お邪魔して良いですか?」
仔犬のような目をした紗彩がカウンターに身を乗り出す。
「ええ、いいわよ。来る前に連絡頂戴ね。何時ぐらいになりそう?」
「え、と。学校が終わってすぐに来たいので、4時前ぐらいになると思います。」
「りょうかいっ。それじゃ、その時にはお店に居て待ってるから。」
「はい、よろしくお願いしまっす。」
元気の良い声に店内のお客さんがちょっと振り返った。
「紗彩ちゃん、ゴキゲンだね。客席まで聞こえたよ。」
頼光が笑いながら声をかけた。
「あはは、すみません。紗彩、涼子さんにケーキ作り教えてもらえることになったんです。」
「へえ、そりゃすごい。涼子さんのケーキは美味しいからしっかり秘伝を盗んでいってね。」
「あら、皆本くん。お世辞言っても何も出ないわよ。」
嬉しそうに涼子と紗彩が微笑む。
美幸はほっこりした時間を幸せに感じていた。
再び来客を告げるドアベルが鳴った。
頼光がカウンターから出る。
モデルのようなすらりとした男女のペアが来店して来た。
「いらっしゃいま・・・せ。」
元気の良い頼光の声が途中で途切れた。
「やあ。」
無造作ヘアに髪をまとめた男性がひょいと革手袋の右手を挙げた。
隣のゆるいウエーブのかかったロングヘアの女性もペコリと頭を下げた。
レッド系のアイライナーを自身のつり目に施したこの女性は、テーブルに着くと傍らに立っている頼光をなめるように見回した。
「1日ぶりだね白鳳。いや、皆本くん。」
「滝沢さん、でしたね。こんな所まで何の用ですか?」
「おいおい。僕らは客だよ店員さん。あ、彼女は『雛菊』僕の優秀なパートナーだ。」
「よろしく、天狗さん。」
雛菊と呼ばれた女性は静かに会釈をした。
「それじゃ、注文、良いかしら?」
様子のおかしい頼光を目で追っていた美幸は、接客中の男性を見て目を丸くした。
(あ、あのひと。昨日皆本くんに声をかけてた二人組の・・・)
「どうしたんですか? 美幸先輩。」
「え、あ、いや、別に何でもないのよ。」
「美幸先輩がそういう風に言うのって、結構何かある時なんですよ。どうしたんです?」
ずいと紗彩が迫る。
「あ・・・ナイショにしてくれる?」
「え? はい。先輩がそう言うんなら紗彩、誰にも言いません。」
きょとんとした表情で紗彩が答えた。
「じゃあ、ちょっと耳・・・」
美幸は紗彩の耳元で囁いた。
「ええっ! びーえるうっ?!」
「わーっ紗彩ちゃん、声おっきいっ!」
涼子を含め、店内のお客さん達がなんだなんだと振り返る中、慌てて美幸は紗彩の口を押さえる。
「むご、ごめんなふぁい・・・」
紗彩がスマートフォンを取り出して画面をタップした。
美幸のLINE着信音が鳴り、開いたスマートフォン画面に文字が躍った。
『でも、その話、ホントなんですか?』
『漏れ聞こえて来た話がそういう風にとれる感じだったの。』
『皆本さんには確かめたんですか?』
『聞けないわよ、そんなこと。』
紗彩と美幸はお互いの顔を見合わせた。
『じゃあ、紗彩がそれとなく聞いてみます。』
『お願い出来る?』
『はい。美幸先輩のカレシになる人にカレがいるようじゃ困りますから。』
美幸は目を大きく見開いて紗彩を見つめ、紗彩は真剣な顔で頷いた。
「それじゃ、よろしく。あ、先に言っておくけど、僕らに毒は効かないからね。」
「しませんよ、そんなこと・・・しばらくお待ちください。」
オーダーを取り終えた頼光が戻って来た。
「オーダーです。プレーン・シフォンセット1つ、抹茶シフォンセット1つ、ドリンクHOTアールグレイ2つ、共にストレートで。」
ちょっと無表情気味に読み上げた頼光はカウンター内に戻った。
涼子がケーキ類を、頼光が紅茶用のお湯を沸かし、食器類、添え物のカットフルーツを準備する。
緑のもみじ葉とカスミ草を飾り付けたシフォンケーキセットをパントリーに並べて、頼光は商品の出来をチェックする。
「・・・節分豆でも添えてやろうかな。」
「え? 何か言った?」
訝しがる涼子を尻目に頼光は颯爽と商品を運んで行く。
「あの、皆本さん。」
カウンター内に戻って来た頼光に紗彩が話しかけた。
「うん?」
「あのお客さん、さっきケーキセット頼んだ人達。お知り合いですか?」
「あ・・・そんな風に見えた?」
「え、と。て、言うか、いつも愛想の良い皆本さんがちょっと不機嫌そうにしてたから。何かあったんですか?」
(紗彩ちゃん、ナイスだよ!)
美幸は紗彩に乗っかって頼光を見つめた。
頼光はちょっと困った風な表情を浮かべて頭を掻いた。
「あ・・・心配させちゃったか。ごめん。女性客の方は初めてだけど、男性客の方と・・・ちょっとね。」
苦笑いを浮かべて下の方へ視線を落とす頼光に、紗彩がぐいと体を乗り出し囁いた。
「え、それって、あの、ヤキモチ的・・・な・・・?」
「へ? なんで?」
頼光は気の抜けた顔を紗彩に向けた。
「あの男の人がカノジョ連れだったんで・・・その、気分を害した・・・とか?」
「え? 何言ってんの・・・あ、それってもしかして、アレのこと?」
「え、何ですか?」
ぱっと表情を変えた頼光に美幸が身を乗り出す。
「紗彩ちゃんハマってるの? BL本?」
「やっ、ち、違いますよぉ。まあ、愛読してる子は居ますけど、紗彩はそんなマニアじゃありませんからっ。」
紗彩はちょっと赤くなって腰を落とした。
「そう? 美幸ちゃんも興味あるそうだから、てっきり紗彩ちゃんもそうかと。」
「え、な、なんで私が?」
美幸が頼光を見上げる。
「昨日、電話でそんなこと言ってなかったっけ? ほら、香澄と一緒の時に。」
「あれは違うのっ。話の流れが変な方に行っちゃってただけなの!」
顔を赤くした美幸は、少し涙目になってむくれた。
「あはは。ごめんごめん。ちょっとからかっただけだから。許して。」
頼光は笑顔で美幸の頭をぽふっと撫でて、顔を覗き込んだ。
「・・・」
さらに頬を赤くした美幸はちらりと頼光を上目遣いで見ると、こくりと頷いた。
LINEの着信音が鳴った。
『きゃー。美幸先輩、嬉しそう(ハートスタンプ)』
顔の熱の引かないままの美幸は、親指を立てている紗彩を見て口を尖らせた。




