表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
28/49

~甘味処 「雪月花」~


 翌日の夕刻、甘味処『雪月花』には美幸と一緒にツインテールの女の子「石川紗(いしかわさ)(あや)」がカウンター席に座っていた。

 カウンターの向こうには、ベージュ地にアゲハ蝶の舞う着物に濃茶のお太鼓帯を締めた女将、「香月(かつき)涼子(りょうこ)」と紺地に矢羽根模様の着物姿の頼光が立っていた。

 二十代後半ぐらいの美人で、長い髪をシニョンで纏め上げた涼子の衿元からはレースの半襟が覗き、現代風の着物の着こなしがサマになっている。

「あ、このわらび餅、すごいもちもちしてますね。おいしい。」

 紗彩は手元の「わらびもちセット」の一切れを頬張って、笑顔を浮かべた。

「気に入ってくれた? ありがと紗彩ちゃん。」

 涼子は嬉しそうに笑いかける。

「皆本くんて、さっきこのお抹茶点()ててわよね。茶道も、やってるの?」

 美幸は自分の「わらびもちセット」のお抹茶の椀に口を付けた。

「ううん。お抹茶の点て方は涼子さんに教えてもらっただけ。そこまでマルチな人間じゃないよ。」

 頼光は肩をすくめて笑い、その笑顔に照れた美幸は手元の椀にぱっと視線を落とした。

 美幸の様子をにこにこ眺めながら紗彩は自分のお抹茶をすする。

「う、にが・・・」

「あら、紗彩ちゃんにはお抹茶、強かったかしら? ミルクかほうじ茶に変えましょうか?」

「え、いえ。大丈夫です。折角、涼子さんが紗彩の分、点ててくれたんですから。」

 紗彩はそう言うと、もう一口抹茶を含んで、すぐにわらび餅を口に放り込んだ。

「美幸先輩はお抹茶、慣れてるんですか?」

 紗彩は口の中のものを飲み込むと、行儀よく食べている美幸に顔を向けた。

「ん、慣れてるってコトは無いわよ。でも、この二色わらび餅とお抹茶って合うから。美味しくいただいてるわよ。」

「ん~。オトナなんですね。」

「紗彩ちゃんはパフェの方が良かったかな?」

 頼光が覗き込む。

「あ、皆本さんもバカにする~。」

 紗彩はちょっと頬を膨らませて、眉間にシワを寄せた。

 お客の来店を告げるドアベルの音に、頼光はカウンターから出て席へと誘導を行う。

 その様子を眺めた涼子は、紗彩に目を向けた。

「沙綾ちゃん、このゴールデンウイークは楽しかった? ご家族で旅行だったんでしょ?」

 紗彩は屈託ない笑顔で涼子に向き直った。

「はい。お父さん、お母さんと一緒に信州に行ってきました。まだ5月は寒いんですね。ここら辺の感覚で行ったから、外出る時にはカーディガンの下に多めに着込んじゃいました。戸隠神社の参道の大きな杉の並木道にもびっくりです。」

「私は行った事無いけど、きれいな所だって聞くわね。」

「はい。なんだか空気が澄んでいるというか。霊感とか疎いほうなんですけど、こう、心がしゃっきりとする感じでした。」

 紗彩はわらび餅を切って、口に放り込んだ。

「ご祭神はどなた?」

「あ、誰だっけ、なんか偉い神様?」

 紗彩は口をもごもごさせながら美幸の方を見た。

「観光参拝って、多くの人がそんな感じよね。去年、出雲大社に行ったら、隣のおばさまが『誰お(まつ)りしてたっけ? 吉宗さん?』とか言ってたから。」

「暴れん坊将軍もびっくりね。」

 美幸に相づちを打った涼子は帰って来た頼光に目を向けた。

「オーダーです。抹茶オーレHOT2つ、抹茶シフォン1つ、フルーツあんみつ1つ。お願いします。」

 伝票を読み上げると、頼光もカウンターの中に入って、支度を始めた。


「私がオーレとシフォンケーキをやるから、皆本くんはフルーツお願い。」

「了解です。」

 涼子はミルクパンを火にかけて、ガラスケースの内側から半分ぐらいになったホールのシフォンケーキを取り出した。

 抹茶色の断面が、柔らかく光に浮かぶ。

 ホールの約8分の1の大きさにカットして(しろ)備前(びぜん)の平皿に盛る。

 白地に赤茶の()(だすき)模様が走る上に若草色と茶色のコントラストが映える。

 涼子は脇に添えるホイップクリームを冷蔵庫から取り出した。

 頼光はバナナを剥いてスライスし、いちごを3個縦半分に、キウイは2分の1個をイチョウ切りに。

 業務用冷蔵庫からタッパーに入った缶詰フルーツのミカンと白桃、賽の目寒天、蜜豆、粒あんを取り出して、冷えた備前焼の器をキッチンに乗せた。

 涼子は絞ったホイップクリームの横に頼光が出した粒あんをスプーンでひとすくい盛り付ける。

 温まったミルクを火から下ろして備前焼カップに注ぎ分け、抹茶パウダーを散らせ、金粉を散らせる。

 頼光は寒天を敷いた上にディッシャーですくった粒あん、フルーツ類を飾り付け、ソフトクリーマーでバニラアイスを盛り付けた。

 和布をコースター代わりに敷いた塗り盆2つに、シフォンケーキ、フルーツあんみつ、抹茶オーレが並び、漆塗り風のスプーンとフォーク、マドラーが添えられる。

 季節の造花として、緑のもみじ葉とカスミ草がスプーンと食器の間に飾られた。


「あ、きれい。」

「きゃあ、シフォンケーキもおいしそう。」

「ありがと。気が向いたら注文してみてね。作る楽しみが増えるわ。」

 頼光はカウンターの外に出て、給仕に動いた。

「ケーキは涼子さんが焼いてるんですか?」

 美幸は目で追っていた頼光が視界から離れると、カウンターに向き直った。

「ええ。消費期限が短いから、抹茶シフォンとプレーンの2種類しか出来ないけどね。」

「すごい。ケーキが作れるひと、憧れですっ。」

 紗彩は目を輝かせて涼子を見つめた。

「そんなに大仰な事は無いのよ。慣れてしまえば、そこまで難しいものでもないから。」

「そうなんですか? 今度教えてください。」

「ちょっと、紗彩ちゃん。涼子さんお店で売りもの作ってるのよ。カルチャースクールと一緒にしないの。」

 美幸は身を乗り出す紗彩をたしなめた。

「うふふ。確かにお店のある日はムリね。でもお休みの日で、紗彩ちゃんなら一緒にケーキ作っても良いわよ。」

「わ、やったあ。お休みは毎週木曜日ですよね。」

「すみません。ウチの紗彩がムリばっかり言って。」

 美幸が頭を下げる。

「いいのよ。私個人としても、紗彩ちゃんと一緒にケーキ作りたいし。」

「あの、来週の木曜日って、紗彩お邪魔して良いですか?」

 仔犬のような目をした紗彩がカウンターに身を乗り出す。

「ええ、いいわよ。来る前に連絡頂戴ね。何時ぐらいになりそう?」

「え、と。学校が終わってすぐに来たいので、4時前ぐらいになると思います。」

「りょうかいっ。それじゃ、その時にはお店に居て待ってるから。」

「はい、よろしくお願いしまっす。」

 元気の良い声に店内のお客さんがちょっと振り返った。


「紗彩ちゃん、ゴキゲンだね。客席まで聞こえたよ。」

 頼光が笑いながら声をかけた。

「あはは、すみません。紗彩、涼子さんにケーキ作り教えてもらえることになったんです。」

「へえ、そりゃすごい。涼子さんのケーキは美味しいからしっかり秘伝を盗んでいってね。」

「あら、皆本くん。お世辞言っても何も出ないわよ。」

 嬉しそうに涼子と紗彩が微笑む。

 美幸はほっこりした時間を幸せに感じていた。

 再び来客を告げるドアベルが鳴った。

 頼光がカウンターから出る。


 モデルのようなすらりとした男女のペアが来店して来た。

「いらっしゃいま・・・せ。」

 元気の良い頼光の声が途中で途切れた。

「やあ。」

 無造作ヘアに髪をまとめた男性がひょいと革手袋の右手を挙げた。

 隣のゆるいウエーブのかかったロングヘアの女性もペコリと頭を下げた。

 レッド系のアイライナーを自身のつり目に施したこの女性は、テーブルに着くと傍らに立っている頼光をなめるように見回した。

「1日ぶりだね白鳳。いや、皆本くん。」

「滝沢さん、でしたね。こんな所まで何の用ですか?」

「おいおい。僕らは客だよ店員さん。あ、彼女は『雛菊(ひなぎく)』僕の優秀なパートナーだ。」

「よろしく、天狗さん。」

 雛菊と呼ばれた女性は静かに会釈をした。

「それじゃ、注文、良いかしら?」

 様子のおかしい頼光を目で追っていた美幸は、接客中の男性を見て目を丸くした。

(あ、あのひと。昨日皆本くんに声をかけてた二人組の・・・)

「どうしたんですか? 美幸先輩。」

「え、あ、いや、別に何でもないのよ。」

「美幸先輩がそういう風に言うのって、結構何かある時なんですよ。どうしたんです?」

 ずいと紗彩が迫る。

「あ・・・ナイショにしてくれる?」

「え? はい。先輩がそう言うんなら紗彩、誰にも言いません。」

 きょとんとした表情で紗彩が答えた。

「じゃあ、ちょっと耳・・・」

 美幸は紗彩の耳元で囁いた。


「ええっ! びーえるうっ?!」


「わーっ紗彩ちゃん、声おっきいっ!」

 涼子を含め、店内のお客さん達がなんだなんだと振り返る中、慌てて美幸は紗彩の口を()さえる。

「むご、ごめんなふぁい・・・」

 紗彩がスマートフォンを取り出して画面をタップした。

 美幸のLINE着信音が鳴り、開いたスマートフォン画面に文字が躍った。

『でも、その話、ホントなんですか?』

『漏れ聞こえて来た話がそういう風にとれる感じだったの。』

『皆本さんには確かめたんですか?』

『聞けないわよ、そんなこと。』

 紗彩と美幸はお互いの顔を見合わせた。

『じゃあ、紗彩がそれとなく聞いてみます。』

『お願い出来る?』

『はい。美幸先輩のカレシになる人にカレがいるようじゃ困りますから。』

 美幸は目を大きく見開いて紗彩を見つめ、紗彩は真剣な顔で頷いた。


「それじゃ、よろしく。あ、先に言っておくけど、僕らに毒は効かないからね。」

「しませんよ、そんなこと・・・しばらくお待ちください。」

 オーダーを取り終えた頼光が戻って来た。

「オーダーです。プレーン・シフォンセット1つ、抹茶シフォンセット1つ、ドリンクHOTアールグレイ2つ、共にストレートで。」

 ちょっと無表情気味に読み上げた頼光はカウンター内に戻った。

 涼子がケーキ類を、頼光が紅茶用のお湯を沸かし、食器類、添え物のカットフルーツを準備する。

 緑のもみじ葉とカスミ草を飾り付けたシフォンケーキセットをパントリーに並べて、頼光は商品の出来をチェックする。

「・・・節分豆でも添えてやろうかな。」

「え? 何か言った?」

 訝しがる涼子を尻目に頼光は颯爽と商品を運んで行く。


「あの、皆本さん。」

 カウンター内に戻って来た頼光に紗彩が話しかけた。

「うん?」

「あのお客さん、さっきケーキセット頼んだ人達。お知り合いですか?」

「あ・・・そんな風に見えた?」

「え、と。て、言うか、いつも愛想の良い皆本さんがちょっと不機嫌そうにしてたから。何かあったんですか?」

(紗彩ちゃん、ナイスだよ!)

 美幸は紗彩に乗っかって頼光を見つめた。

 頼光はちょっと困った風な表情を浮かべて頭を掻いた。

「あ・・・心配させちゃったか。ごめん。女性客の方は初めてだけど、男性客の方と・・・ちょっとね。」

 苦笑いを浮かべて下の方へ視線を落とす頼光に、紗彩がぐいと体を乗り出し囁いた。

「え、それって、あの、ヤキモチ的・・・な・・・?」

「へ? なんで?」

 頼光は気の抜けた顔を紗彩に向けた。

「あの男の人がカノジョ連れだったんで・・・その、気分を害した・・・とか?」

「え? 何言ってんの・・・あ、それってもしかして、アレのこと?」

「え、何ですか?」

 ぱっと表情を変えた頼光に美幸が身を乗り出す。

「紗彩ちゃんハマってるの? BL本?」

「やっ、ち、違いますよぉ。まあ、愛読してる子は居ますけど、紗彩はそんなマニアじゃありませんからっ。」

 紗彩はちょっと赤くなって腰を落とした。

「そう? 美幸ちゃんも興味あるそうだから、てっきり紗彩ちゃんもそうかと。」

「え、な、なんで私が?」

 美幸が頼光を見上げる。

「昨日、電話でそんなこと言ってなかったっけ? ほら、香澄と一緒の時に。」

「あれは違うのっ。話の流れが変な方に行っちゃってただけなの!」

 顔を赤くした美幸は、少し涙目になってむくれた。

「あはは。ごめんごめん。ちょっとからかっただけだから。許して。」

 頼光は笑顔で美幸の頭をぽふっと撫でて、顔を覗き込んだ。

「・・・」

 さらに頬を赤くした美幸はちらりと頼光を上目遣いで見ると、こくりと頷いた。

 LINEの着信音が鳴った。

『きゃー。美幸先輩、嬉しそう(ハートスタンプ)』

 顔の熱の引かないままの美幸は、親指を立てている紗彩を見て口を尖らせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ