~鬼族 再来~
喫茶店「パーク・コウノイケ」は噴水前広場から割りと近い位置にある。
窓際の席からの噴水のロケーションもばっちりで、夕刻以降のライトアップ噴水を眺められる、カップルに人気のスポット。
三人は構内側から店内を覗く。
窓際のBOX席に文庫本を読んで座っている頼光の姿を見つけた。
ダークグレーのドレープカーディガンに黒の革チョーカー、ドレープの下がる肩口からは赤紫色のタンクトップが覗いている。
「へえ、あのひとが皆本くん? ウワサ通り中性的だね。ぱっと見、女の子にも見える。」
加奈が素直に感想を述べる。
「うん・・・読書する横顔もいい・・・」
美幸がぽつりと漏らす。
「授業中はいつもあんな感じだよ。あと、小テストの時とか。見直しで時間ギリギリに修正箇所見つけて慌ててる顔とかも良いんだよ。」
香澄は得意そうに美幸を見て、美幸は羨ましそうに口を尖らせる。
「か、香澄ちゃん、ちゃんと授業受けてる?」
加奈が苦笑いを浮かべる。
「あ、そうだ。店内で私や美幸ちゃんが声出すとバレるから、会話はスマホでチャットしたいんだけど、良い?」
「うん。まあ、今回の主旨がソレだから構わないよ。」
「ありがと。それじゃライコウの後ろの席、取られる前に占拠しよう。」
香澄と美幸は加奈を盾にして店内に入り、そそくさと頼光の後ろのBOX席に陣取った。
注文を聞きに来たウエイトレスさんに加奈がコーラを3つ注文する。
早速全員がスマートフォンをテーブルの上に出した。
『お姉さんて、電車で来るの?』
『大学からバスで来るって言ってた。確か8番乗り場って。』
『ああ、教育大って、玄磐免許センターの方向だもんね。』
レモンの輪切りをグラスの縁に挟んで飾り付けたコーラが3つテーブルに運ばれて来た。
美幸は頼光とのデートを思い出して、一緒に座った席の方をちらりと見た。
『美幸ちゃん、どうしたの?』
香澄からのチャットが届く。
『皆本くんとお茶した時、あの二人掛けの席に座って、コーラ頼んだのを思い出しちゃった。』
『あら、あら。ごちそうさま。』
加奈がニヤニヤしながら返信した。
『あ、なんかムカつく~。』
香澄は不満そうな顔をしてチャットを返す。
当の頼光はすぐ背後での攻防に気付きもせずに、文庫本を読んでいる。
『でもさ、時間つぶしするのに書籍の本を読書する人、最近少なくなったよね。ほとんどの人がアプリ・ゲームとかしてるじゃん?』
『ライコウはガラケーユーザーだから。やりたくても出来ないんだよ加奈ちゃん。』
『へえ? ウチのガッコじゃ、ガラケーは年配の先生ぐらいしか使ってないよ。』
『ライコウ、今の携帯で不自由無いからこれで良いんだって。こっちがLINEしたくても出来ないじゃん。ねぇ。』
『なんで皆本くん、スマホにしないの?』
『アプリで遊ぶつもりも無いし、基本料金が高くなるからだって。美幸ちゃん。』
『近所のおじいちゃんもそんな事言ってた。』
美幸は文字キーをタップしながら微笑んだ。
噴水広場側からの入り口が開いて、来客を知らせる電子音が鳴る。
背の高い二人組の男性が来店して、香澄達三人の前を通り過ぎて頼光のBOX席へ歩いて行った。
「やあ。相席、良いですか?」
「ナンパならちゃんと女の子に声を掛けてください。」
不機嫌そうに、頼光がちょっと低めの声で答え、それを真後ろで聞いた香澄が口元を手で覆って吹き出した。
『どうしたの香澄ちゃん?』
『ライコウって良く女の子に間違われるんだ。また、間違われてナンパされてる。』
香澄の隣の美幸はちょっと顔を傾けて二人組を見た。
長めの前髪の毛束を散らして垂らした短い顎鬚の青年と、アッシュカラーの髪を無造作ヘアに整えた端正な顔の青年の二人組は、お構いなしに頼光の正面の席に腰掛けた。
「ちょっと。そこにはこれから人が来るんで・・・」
眉間にシワを寄せて文庫本から顔を上げた頼光は、驚いて固まった。
顎鬚の青年が、手にしたゴーグル付きシルクハットをかぽっと被って、微笑んだ。
「やあ、忘れたなんて言わせないよ。あんなに熱い時を過ごした仲じゃないか?」
(なにっ?!)
聞き耳を立てた香澄と美幸も固まった。
「鴨川童子・・・」
「おっと、『村上幸治郎』で頼むよ。この前の施設の中とは勝手が違うんでね。ほら、人目もあることだし。」
(人目を気にする・・・・?)
香澄と美幸はお互いをチラリとみてスマートフォンでチャットした。
『美幸ちゃん、聞いた?』
『うん、どういうこと? 皆本くんて、そんな趣味が?』
『いや、そんなの知らないよ。ライコウの本棚やベッドの下にもそんな本やDVD無かったよね?』
『うん。胸の小さめの女の人のDVDはあったよね。』
『あんた達の会話も、どういうこと?』
加奈も参加する。
「何の用です? まさかこんな所であの時の続きを始めるつもりじゃないですよね?」
「そう怖い顔しなさんな。少し前にね、例の引っ越しの件が片付いたんだよ。こっちもスッキリしたし、君もこれで気に病むことも無くなったろ?」
(あの時の続きって? しかもこんな所でって・・・)
(スッキリした? 皆本くんが気に病む?)
「わざわざそんな事を言いに来たんですか?」
「いや、ちょっと羽根を伸ばしにこちらへ来てみたら、君を見つけてね。」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
ウエイトレスが愛想よくやって来た。
「ああ。ごめんね。決まったら呼ぶから。」
鴨川童子は笑顔でそう告げて、彼女を追い払う。
「えーと、何だっけ。そうそう、良い機会だから君に紹介しようと思ったんだ。同族の・・・」
「『滝沢瑞希』と呼んでくれ。幸治郎からウワサを聞いててね。まあ、正確には別の筋からの話が先だったんだが、興味が湧いてね。」
短めのレザージャケットに黒い革手袋の瑞希は、テーブルに両肘を突いて組んだ手に顎を乗せて微笑む。
「それはどうも。『獲物』として、ですよね?」
頼光が緊張した口調で瑞希を見据える。
(同族? 同じ趣味? BL?)
(別の筋から皆本くんのウワサが?)
(え、獲物にされてるの?)
3人娘がモンモンと思考するうちにも話は続いた。
「そうなるかは君次第だがね。今度時間がある時に一緒してみないかい?」
瑞希はスっと髪を掻き上げた。
(あ、あのひととも?)
美幸が焦る。
「君はこの世界に足を踏み入れて日が浅いんだろ? 別の視点から見つめ直しても損はないと思うよ。」
(最近なの? つい最近 目覚めたの?)
香澄の目が点になる。
幸治郎は自分の右手の人差し指から真鍮色の指輪を抜き取ってテーブルの上に置いた。
象形文字のようなものがぐるりと彫り込まれたこの指輪は反射だけではなく、それ自体からも光を放っているように見えた。
「今日の再会を記念してこれを贈ろう。これを持ってくれている間は、僕から勝手に襲い掛かる事はしないと誓うよ。」
幸治郎はテーブルの上に手を組んでにっこりと笑った。
チラリと牙が口元から覗いた。
「・・・そう言うことなら。」
頼光はその指輪を手に取ってポケットへ収めた。
(え? 襲い掛かられてたの? ウケってこと?)
加奈も真剣な眼差しになる。
「何か思う所があったらそれに話しかけてみてくれたまえ。じゃ、瑞希、行こうか?」
(え、寂しくなったらこれに囁いてってこと?)
香澄が大きな目をさらに見開く。
「ああ、皆本くんだったね。会えて嬉しかったよ。また会えると良いね。」
「・・・そうですね。なるべく穏便な形で会いたいものですね。」
二人の青年は席を立つと颯爽と店を出て行った。
それと入れ替わりにボーダーストライプ柄のTシャツの結菜が入って来て加奈の隣に立った。
「こんにちは。ごめんなさいね、お待たせさせちゃったみたいで。」
「え、いやっ。そんなことないですよ。わざわざ済みません。この二人は昨日言った友達です。」
香澄と美幸はペコリと頭を下げた。
「どうしたの? みんな顔赤いわよ?」
「え、あ、窓際だから日差しかな?」
加奈が適当にごまかして自分の隣に結菜を座らせる。
『どうしよう、これはこれでモヤモヤ感が増えちゃったよ。』
『それとなく本人に確かめたほうが良いのかな?』
お互いをチラチラ見ながら香澄と美幸はチャットを交わした。




