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DA:-SEIN ~御伽奇譚~ 「魔石」  作者: 藤乃宮 雅之
20/49

~容疑者~


 最寄りの「平井駅」から住宅街への道を一人、結菜は歩いて帰宅していた。

 午後5時前の道は明るいが、人影はまばらで閑散としていた。

 結菜はいつもは通らない、空き地の脇を通る細い道を通った。

 この空き地は廃材置き場になっているようで、半壊したユニットハウス、窯業サイディングの端材、砕石材の山、朽ちた鉄骨、乗り捨てられた車などが見て取れた。


 しばらく進んでいると、後ろから靴音が響き始めた。

 振り返らず歩みを速めると、その足音も速度を上げる。

 小走りに走って道を曲がり、廃材の影に身を隠す。

 追って来た人影が道の途中で辺りを見回している。

 黒い山高帽に黒スーツ、黒ストールで顔から首を覆った人物はポケットからスマートフォンを引っ張り出して画面を覗き込む。

 画面を数度タップすると、この黒づくめは結菜が隠れている方向に顔を向け、正確に駆け寄って来た。

「石をよこせぇっ!」

 廃材で逃げ場を失った結菜の腕をねじり上げた。

「ひいいいぃ。」

 結菜が細い悲鳴を上げてその場にへたり込む。

「出せっ!」

 声を荒げてすごむこの人物に、結菜は半ベソをかきながら、バックの中から青藍色の宝石の入ったジップパックを取り出した。

 丸いサングラス越しに、その目が嬉しそうに歪むのが見えた。

 この黒づくめは、結菜の手からジップパックをむしり取って、光にかざす。

「はい、そこまで。強盗の現行犯だ。」

 後ろからの声に、この黒づくめは驚いて振り返る。

 その視線の先には長い黒髪を紫紐で束ねた、こちらも黒づくめの保昌がスマートフォンをかざして立っていた。

「現行犯は、一般市民でも逮捕、拘束する権利があるんだ。学校で習っただろ?」

「くっ!」

 短く唸ると、この人物は宝石を握ったまま、道を駆け出した。

 保昌はジャケットの前をはだけて、着込んでいるハーネス型のホルスターから真鍮の分銅の付いた細身のチェーンを引き抜いた。

 数度振り回して逃げて行く黒づくめの足元目がけて放り投げる。

 チェーンの両端に付いている真鍮の分銅が円を描いて飛び、黒づくめの両すねに巻き付いた。

 脚を絡め取られた黒づくめの人物は、もんどり打って道に転がった。

 山高帽とサングラスが道に散らばる。

 駆け付けた保昌がストール巻きの襟首をむんずと掴み起こし、スマートフォンで顔を撮影した。

「やあ。はじめまして。青山浩平くんだね?」


 革の手枷を後ろ手に巻かれた浩平は保昌と結菜に連れられて黒いスポーツセダンの中に入った。

 結菜は助手席、保昌と浩平は後部座席に並んで座った。

「八嶋さん、重ねがさねお礼を言うよ。怖かっただろうに、ありがとう。」

「いえ。これで犯人が捕まるなら。でも・・・なんでっ! 青山くんってこんなコトするヒトだったのっ?!」

 結菜は怒りを顕わにして浩平に怒鳴りつけた。

「・・・そのダイヤのことが部外者に漏れるとマズいと思ったんだ。物証が無ければ誰も本当の事だとは思わない。」

 浩平はうなだれたまま、誰にも目を合わせずに呟いた。

「だが、他の三人が亡くなって、持ち帰ったダイヤの一部が警察に押収されている。それでその理屈はおかしいな。純粋にカネだろ?」

「・・・」

「じゃあ、質問を変えよう。八嶋さんの位置を正確に把握していただろ? カラクリを教えてくれないか?」

「・・・あれはスマホのGPS機能を利用したんだ。」

「え? 私、特に設定はしてないわよ。」

 結菜が不思議そうに自分のスマートフォンを眺める。

「和眞から俺達の全員写真を受け取って添付ファイルを開いただろ? それにGPSをこちらから遠隔起動できるウイルスを組み込んでおいたんだ。PCならウイルスバスターに引っかかるようなシロモノだが、スマホのセキュリティはまだまだ甘いからな。」

 ふっと顔を上げた浩平が意味深に口を歪めた。

「なるほどな。だから今日、僕の車に乗って移動している八嶋さんの位置が判ったって訳だ。」

 保昌は自分のスマートフォンを引っ張り出して弄んだ。

「さて、君が八嶋さんを脅して物品を奪い取った映像は記録してある。幸いなコトに僕は警察じゃない。このデータと引き換えに取引といこうじゃないか。どうだい?」

 その言葉に浩平は顔を上げて保昌を見つめた。

「僕は別に、『世の為人の為に尽くそう』なんて殊勝な人間じゃない。ま、今回は警察との合同捜査で、報酬は警察の裏の方から出るんだが、君のカツアゲについては僕の請け負う仕事じゃない。」

「・・・何が知りたいんだ?」

「そうこなくちゃ。先ずは、八嶋さんに死ぬほど怖い思いをさせたんだ。ちゃんと謝りな。」

「・・・」

「ここまで来てメンツなんてモノは立たないよ。嫌なら取引の話は無しだ。しばらく留置所で膝でも抱えているんだな。」

「・・・八嶋さん。ゴメン。俺、どうかしてた。許してください。」

 後部座席で深々と頭を下げた浩平に、助手席から結菜は体を乗り出した。

 パンっ!と渇いた音が響き、結菜は浩平の頬を引っ(ぱた)いた。

「ホントに怖かったんだからねっ! 冗談じゃ済まないわよっ!」

 涙目の結菜は叫んでハンカチを取り出した。

「とりあえず、この件はこれで収めてくれるかい?」

 保昌の問いかけにハンカチで目を押さえた結菜はうんうんと頷いた。

「そうそう、このニセモノの石は八嶋さんにあげよう。売ればある程度の金額になるさ。」

「にっ、にせもの?」

 浩平が妙な声を上げた。

「彼女の位置は判っても、宝石の所在は判らなかったと言う訳だな。二日ほど前に落としたそうだよ。」

「な・・・それは、もう拾得物として警察に?」

 浩平が保昌を覗き込む。

「まだ拾い主の手もとにあるが、近いうちにそうなるな。」

「・・・なんてことだ。こうしては居られない・・・フンっ!」

 浩平は低く呟くと、後ろ手に拘束されている両腕に力を込めた。

「そんな事で外れる(かせ)じゃ・・・」

 そう言いかけた保昌の目の前でブチンと革の手枷が引きちぎられた。

 浩平はニヤリと笑うと座席を蹴って車体のリア・ガラスを突き破って外に飛び出した。

「そんなバカなっ!」

 保昌が慌てて車外に飛び出し、廃材置き場の空き地に片手を付いて姿勢を低くしている浩平と向き合う。


 浩平の体が大きく膨らみ、黒スーツが弾け飛ぶ。

 シャツやトランクスがビリビリに裂け、革靴もはち切れた。

 僧帽筋が極端に盛り上がり、めきょめきょと嫌な音を立てながら首が伸びて行く。

 浩平の口は耳まで笑いの形に裂け、額から上の頭部が風船の様に膨らんで頭髪を後ろへと送る。

 膨らんだ額には大きなコブが2つ浮き上がり、そのコブの真ん中に割れ目が走ると、そこから金色に光る瞳がぎょろりと現れた。

 足の甲が伸び、足指の間から猛禽を連想させるごつい鉤爪の付いた指が突き出した。

 体色はぬらぬらとした緑色になり、金色に光るタレ目のアーモンド・アイを保昌に向けると、裂けた浩平の口をぱくぱくさせて、息の漏れ出るような発音で語りかけて来た。

挿絵(By みてみん)

「ナカナカ面白かったヨ、探偵サン。僕らの『宿主』として欲シイところダガ、今は急イデ報告に行カナクチャいけないカラね。」 

「そうか・・・青山浩平が四人の中の生き残りでは無く、最初に殺されて『蟲』を植えられていたのか。諜報役として。」

 忌々しそうに保昌が呟いた。

「ほう? 僕らの事を知っテいるのカイ? 探偵サン、あんた陰陽師ダネ。」

 長く伸びた首をゆらゆら揺らしながら、蟲は保昌を指さした。

「お前ら『蟲』が『親蟲』以外に仕えるとは珍しいな。西洋妖魔とどういう繋がりだ?」

「うん? 何のコトダイ? 僕らは『恩人』に恩返しをシテイルだけだよ。どうだい、道徳的に見テモ立派ダロ?」

 蟲は猫足立ちに体を起こすとニヤリと笑った。

 保昌はジャケットをはだけて、ハーネスに仕込まれたサヌカイト製の投擲ナイフを指の間に挟んで身構えた。

「それじゃ、バイバイ。」

 蟲はおどけた口調で手を振ると、後ろ向きに地面を蹴って宙に舞った。

「ふん!」

 保昌が右腕を振り、三枚のサヌカイト・ナイフが風を切って飛んで行く。

 蟲は鉤爪の突き出た右脚を大きく振り抜いてナイフを弾き飛ばす。

 金属的なサヌカイトの高い音が響く。

「ウガっ?」

 ナイフを弾いた右脚の腿に棒水晶が一本突き刺さった。

 保昌が素早く「智拳印」を結ぶ。


「おん あ び ら うんけん ばざらだと ばん !」


 棒水晶はキラリと光ると、カメラのフラッシュのように輝いた。

「ゴオオオオォアッ!」

 叫び声と共に蟲が地面に落ち、少し遅れて、ちぎれた右脚がぼとりと落ちて来た。

 蟲は右脚の切断面を抱えて転げまわった。

「お前の言う『恩人』とは誰だ?」

 冷徹な目をした保昌がサヌカイト・ナイフを構えて迫る。

 そのナイフの刀身には呪符の象嵌が陽光に煌めいていた。

「ぐ・・・そ、ソレハ・・・」

 蟲がかくかくと口を動かした。

 突然に首を向け、大きく口を開く。

 そこから大量の絹糸のような繊維が吹き出し、保昌を覆う。

 咄嗟にガードした腕から肩にかけて糸が巻き付き、視界と自由を奪う。

 蟲はちぎれ落ちた右脚を掴み、甲高く声を発すると、廃材を足場に跳躍した。

「ナナツ!」

『おう!』

 野太い声が響き、空間が揺らぐ。

 大きな掌が、空中で右脚を断面に押し付けた格好の蟲を叩き落とした。

『最初から我を呼び出しておけば良かったものを。』

 身の丈3メートルはあろうかという大男が二本の右脇に大ナギナタを抱え、左の真ん中の腕に大ナタを携えて蟲を見下ろした。

 額、両目、両頬、両側頭部のそれぞれの赤い瞳がギラリと光る。

挿絵(By みてみん)

「ほう、吹き飛ばした脚がもう癒着したか。さて、もう逃げられないことは理解出来るな? さっきの質問に答えろ。」

 糸を剥ぎ取った保昌が投擲ナイフの先を向けた。

 蟲は積み重なってある窯業サイディング板を掴むと保昌へ投げ付けた。

 ナナツが保昌の前に立ち、構えた大ナギナタの石突を振り上げる。

 薄いコンクリート層の板が砕け散り粉塵が舞う。

 蟲は朽ちた鉄骨を足場に飛び上がる。

『保昌っ!』

()むを()ない。ナナツ、頼む。」

 保昌の言葉にナナツが大きく宙に舞う。

 大ナギナタが風を切る。

 蟲は体をひねってその刃をかわす。

 振り抜いた軌跡のすぐ後から大きな左手が蟲の首を掴み、躊躇なく地面へ叩き付ける。

 バウンドして転がった蟲に、ナナツの左手の大ナタが振り下ろされた。


 衝撃に地面が揺れ、積み上がった廃材の一部が崩れる。

 大ナタは地面に喰い込み、切断された蟲の長い首が、陸に上げられた魚のようにびちびちと跳ね回っている。

 ナナツはその首に向けて大ナギナタを構えた。

 赤黒い体液をまき散らしながら跳ね回っている、首の辺りの地面が不意に紫黒く揺らめいた。

『むっ! マズい!』

 顔をしかめたナナツが大ナギナタを突き出すが、刃先が届くより一瞬早く、獲物は地面に飲み込まれた。

「ふう。ギリギリ間に合った。ムダに雄体を消費しては『親蟲』にドヤされてしまう。」

 少し離れた廃石材の山の上に若草色の狩衣と烏帽子を纏った人物が「蹲踞(そんきょ)」の姿勢でこちらを見ていた。

 顔は真新しい木彫りの「翁面」を被っている。

「こんなに早く陰陽師が出て来るとは誤算だったよ。ニンゲンどもが捜査を諦めた頃に流出分も回収しようかと思っていたんだがね。」

 翁面の人物は右袖から扇子を取り出して、ぱんと開き、面の口元にかざした。

「誰の式神だ?」

 保昌が投擲ナイフを構える。

「うん? 430年程前は、森蘭丸と言う青年に仕えておったが急逝されてな・・・ま、私の昔話は良かろう? とにかくここは失礼させてもらう。まだ本調子でもないのでな。」

 翁面がぱちりと扇子を閉じると、その背後に紫黒い空間の揺らぎが浮き上がった。

 ひょいと後ろ向きにその空間に飛び込むと、その揺らぎごとふいと消えてしまった。

『亜空間を使いこなすヤツか。中級以上の妖だな。』

 ナナツが構えていた大ナギナタを下ろして保昌を見下ろした。

「ああ、データベースで調べてみるか・・・掲載されていればの話だが。しかし、斥候が戻ったとなると連中の動きが活発化するだろう。こちらも打つ手を考えなくてはな。」

 保昌が投擲ナイフを収める。

 ふと視線を地面にやると、大ナタの突き刺さっている場所に蟲の胴体の姿が無くなっていた。

「完全に回収して行ったか。青山浩平として人間の姿でも活動出来るな。これは赤磐警部に連絡しなくては。」

 忌々しそうに保昌は呟いた。

『それでは我は戻る。また呼べ。』

 そう言って保昌の肩を大きな指でポンポンと叩いて、ナナツは武器を拾い、突風を伴って天高く舞い上がって姿を消した。

 派手にリア・ガラスが砕け散った愛車に戻ると、助手席のシートに突っ伏す格好で結菜が気絶していた。

「予備知識の無い一般人にはショックが大き過ぎたかな。まあ、さっき聞いたお家の住所に送ってあげよう。」

 保昌は独り言を呟いて、車のエンジンをスタートさせた。




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