~新たな証言~
喫茶店で「トルコ・ライス」を食べた保昌と赤磐警部が大学構内に戻って来た。
「知ってました? トルコ・ライスはトルコには無い食べ物なんですよ。」
「そうなのか? あまり考えたコト無かったな。」
「そもそもイスラム圏のトルコでは豚カツはタブーですからね。」
「それもそうだな。」
雑談をしながら、南館の第二視聴覚室に向かう。
教室の中を覗くと学生達があちこちに「島」を作っておしゃべりをしていた。
入口から中をうかがっている見慣れない二人組に学生達が視線を寄せる。
赤磐警部は慣れた感じで手近な学生達に声を掛けた。
「くつろいでるところを済まない。東署の赤磐というものだ。」
警察手帳をかざされた男子学生は驚いて固まった。
「なんでしょう? スピード違反の罰金なら払いましたよ?」
「ああ、そういう話じゃないんだ。いや、スピードの出し過ぎはいかんぞ・・・ちょっと聞きたいんだが、この講義を受ける、え~と・・・そうそう『八嶋結菜』という子はどの子かな?」
手帳を繰りながらその学生達を見回した。
スピード違反者の隣に居た女子が辺りを同じように見回す。
「まだ教室には居ないみたいです。彼女が何か?」
「いやいや。ちょっと話を聞きたいだけだよ。ほら、ここの学生さんが・・・通り魔に遭ったあの事件のことで。」
赤磐警部がちょっと言葉を濁して中折れ帽を整えた。
「ああ、結菜のカレが死んじゃった件ですね。突然のコトで彼女、ショック受けてるんですよ。犯人の目星は付いてるんですか?」
「ほう? カレと言うと?」
「山崎くんです。山崎和眞くん。」
「お、上手い具合に関係者発見だ。」
赤磐警部は嬉しそうに保昌に振り返った。
その時、保昌との延長線上の入り口に、写真と良く似た女の子が姿を現した。
表情の変化を読んで保昌が後ろを振り返るのと同時に情報提供してくれた女の子が呼び掛けた。
「あ、ゆいな~。お客さんだよ。」
呼ばれた女の子は保昌の姿を見るなり蒼白になって、かすれた悲鳴を上げて廊下を走って行った。
「え、ちょっと!」
保昌は慌てて教室を飛び出した。
廊下をすごい速さで走って行き、何人かの学生と接触事故を起こしてもまだ止まらない。
「くっ、『ナナツ』っ! 追ってくれ。」
保昌が叫ぶと、足元の影がその方向へずいっと伸びた。
結菜が階段を駆け上がるその後ろを、黒い水たまりのような影が追う。
結菜は扉が開いている教室に飛び込むと、ガチャリと錠をかけ、荒い息をついてその場にへたり込んだ。
「はあ、はあ・・・私、関係ないもん。あの宝石は・・・私が盗ったものじゃないし、どこかへ・・・落としちゃって今は・・・持ってないのに・・・」
泣きそうな声で呟く結菜の視界が不意に暗くなった。
『だったら正直にそう言えば良いんじゃないのか?』
声の方を振り仰ぐと、そこには身の丈3メートルはあろうかという大男が、教室の天井に当たって窮屈そうに体を屈め、2本の右腕と3本の左腕を器用に腕組して、こちらを見ていた。
頭髪は無く、額と両頬、両側頭部にもぎょろりとした赤い目を持つこの異形は、笑いの形に裂けた口をにんまりとさせて、にゅっと顔を寄せて来た。
結菜は息のような悲鳴を吐いてその場に崩れ落ちた。
『この国に来て千年程になるが、ほぼ皆同じ反応だな。さて、保昌に場所を知らせるとするか。』
結菜は短い叫び声を上げて掛布団を跳ね飛ばして上体を起こした。
周りを見ると、ベージュ色の吊りカーテンで自分の居るベッドが囲まれていた。
腕時計を見ると午後2時。
「あ、講義、もう終わる時間・・・えっと私、いつからここに?」
「八嶋さん? 目が覚めました?」
カーテンの向こうからハリのある女性の声がした。白衣を着ている人物のシルエットがカーテンに写る。
「あ、はい。すみませんお騒がせしたみたいで。」
靴を履いてカーテンから顔を覗かせる結菜の目に、保健室の一角に座っている黒づくめの人物が写った。
「き、きやああっ。」
結菜は叫ぶと靴のまま掛布団をすっぽりと被って縮まった。
「どうしたの?」
カーテンをそっと開けて保険医が声を掛けた。
「く、黒い人。黒い人がっ。」
「あの・・・僕、何かしました?」
保昌がおずおずと保険医の後ろから声を掛ける。
「ひいっ。わっ、私、何も知りません。何も持ってないんですっ。本当ですっ。」
シーツの繭の中でガタガタ震える結菜を、保昌と保険医は10分程なだめ続けた。
「す・・・済みません探偵さん。私、こ、怖くって・・・」
なんとか話しが出来るレベルに落ち着いた結菜はパイプ椅子に腰掛けてぽつりぽつりと話を始めた。
保険医は気を利かせてか、離れた事務机で書き物をしている。
「あの石は次回の投稿動画の下見に、みんなで行った時に見つけたって、和眞くんがその一つを私にくれたんです。」
「みんな? メンバーの名前は? 出来ればフルネームで。」
保昌はメモ帳にペンを走らせながら聞いた。
「えっと、山崎和眞くん、赤枝純一くん、籾通悠太くん、青山浩平くんの四人です。」
「青山浩平・・・この四人で彼だけが生存者だな・・・彼は教育学科の学生さんかい?」
「はい。彼は『高校・理科』の専攻コースです。カメラが趣味だそうで投稿動画の撮影を担当しているとか。」
「と、言うことは、その石を発見した時の様子が、彼のカメラに残っている可能性が多分にあるな。みんなその石をいくつか持って帰ってたのかい?」
「はい。和眞くんが見せてくれたのは透明のと、青色・ピンク色でした。他にも赤や紫があったそうです。」
「・・・ふむ。カラー・ストーンはレッドの物一つ以外は見つかっていない。透明な物はそのまま・・・」
保昌は低く呟いた。
「え?」
「いや、こっちの話だ。それで、八嶋さんが受け取った石は・・・これで良いかい?」
保昌は香澄から転送してもらった青いトリオンカットの石の画像をスマートフォンに映し出した。
「あ! どうしてそれを?」
「知り合いの友人があなたにぶつかって、誤って荷物を取り込んでしまったそうだ。拾得物の連絡を大学側に入れたと言っていたが、連絡は無かったのかな?」
結菜は慌てて自身のスマートフォンを引っ張り出してタップする。
「あ、留守録が入ってます。・・・沢井加奈さんて人が預かっているって。」
留守録を聞いて結菜は複雑な表情を浮かべた。
「そうだ、どうして僕を見て怯えたんです? 詳しく聞かせてもらえますか?」
身を乗り出す保昌に結菜は真顔でうつむいた。
「あの石を和眞くんから受け取って三日ぐらい経った頃。黒づくめの人が通学路に立っていたんです。最初はコスプレの人か何かだと思って前を通り過ぎようとしたら、いきなり腕を掴まれて『石をよこせ』って・・・」
そこまで言うと結菜は顔色を失ってガタガタと震え出した。
「・・・振り払って逃げたんですが、それから一日おきぐらいに、私の視界に入るぐらいの位置に現れては近づいて来るんです。」
「警察に相談は?」
「・・・警察に相談すると和眞くんの持っている石のコトも話さなくちゃいけないから。その事を相談したら『他のみんなに話をしてみるからちょっとだけ待ってくれ』と言われて・・・その二日後に、和眞くんが・・・」
結菜はぽろぽろと涙をこぼした。
「悪い。思い出させちゃったみたいだね。申し訳ない。」
「彼の遺体はまだ司法解剖から戻ってないんです。どうなっているんですか?」
「・・・僕は探偵で刑事じゃないので、その辺は分りません。済みません。」
保昌は言葉を濁して唇を結んだ。
「その黒づくめの風体は・・・山高帽に黒マントで、黒いスーツにステッキ、鳥みたいなクチバシの白いペスト・マスクを付けていた?」
「え・・・と。黒の山高帽に黒スーツで、首から顔を覆うように黒いストールを巻いていました。目は・・・丸いレンズのサングラスをかけていたと思います。」
結菜は眉間にシワを刻んで思い出そうとしているようだった。
「うん・・・微妙に聞いていた格好と違うな? 八嶋さんがその石を持っていることを知っている人は?」
「え・・・和眞くんの他は居ないと思います。」
「ちょっと誰かに話したことも?」
「無いです。和眞くんとは・・・LINEとか通話とかで話したことはありますが。」
「ふむ。ではどうやって八嶋さんがその石を持っているコトを嗅ぎ付けたんだ? え~と、青山くんとは連絡取れますか?」
「いえ、連絡先は知らないんです。最近学校にも出てきてないみたいです。」
「ふむ、なるほど・・・住所情報は事務局に協力してもらうとして、八嶋さんに付きまとっている黒づくめは、今も頻繁に現れますか?」
「はい、昨日も家の近くで。ですから探偵さんの格好を見て、学校までやって来たと思ってしまって。」
「そうか。それは驚かせて済まなかった。つまり、八嶋さんがあの石を失くしたことをヤツは気が付いていないと言う事か・・・」
しばらく考え込んでいた保昌が顔を上げた。
「八嶋さん、この後の予定は?」
「え? 次の『環境学』の講義の後は何もありませんが。」
「では、終わったらこの名刺の番号に連絡いただけますか? それまで僕は駐車場の車内で待機してます。」
保昌はジャケットの内ポケットから革の名刺入れを取り出した。




