~聞き込み調査~
玄磐教育大学。
鴻池市より車で北に約30分行った玄磐市にある大学で、『教育学』を専門に学ぶ大学である。
保育・幼児教育科、小学・中学教育科、高等教育科(英・数・国・理・社 各分野)、技術・家庭科、美術科、音楽科 の各コースを擁し、優秀な成績の者は教員採用に便宜が図られる。
また、音楽科などの「技術系」は教職に就かずとも、その技能を買われて各分野で活躍している人材も多い。
用地の地価の関係によりこの大学も丘陵地に建てられており、良い言い方をすれば校舎からの眺めは非常に良い。
また、近くに「玄磐免許センター」があるので夏休みに免許を取りに行く学生も多い。
丘陵地の坂道を、黒いセダンタイプのスポーツカーが上って行く。
『玄磐教育大学 正面玄関・来客用駐車場 →』の案内看板に従って県道から脇道に逸れ、ゆるいスロープ状の上り坂を進む。
「源綴宮もこのぐらいの傾斜なら良いのにな。赤磐警部、そろそろ着きますよ。」
「ん・・・おお。済まんな、ちょっとうたた寝してしまった。」
運転席の保昌は助手席の男性に声を掛け、その男性、赤磐 聡警部は顔をしかめて目をしぱしぱさせた。
角刈りで四角い顔の彼は、ぎょろ目がちの目を指でぐりぐりとマッサージして眠気を飛ばした。
「警部も一緒で良かったのですか? 後で報告には伺いますが。」
「いや、俺としても直々に聞きたいことがあるんでな。それに、教育関係の事務方には警察手帳が効果的だ。お前さんが名刺を出して四の五の言うより遥に早く要件が通る。」
「そんなに違うものなんですか?」
「ああ、通常の3倍は違うな。」
「?!」
解放された鉄製のゲートをくぐって、白線で仕切りの引かれた駐車場へと車を入れる。
ちょっとしたホテルのエントランスのような造りの正面玄関で、駐車場に面した壁面は淡いスモークガラス張りで、中からも外からも様子が見える。
数脚のテーブルセットが見え、ここで大学関係者と業者との商談や、学生達の交流が図られるのであろう。
キャメルの中折れ帽とトレンチコートを着込んだ赤磐警部と黒づくめの保昌は、並んで正面玄関をくぐって構内へと入り、異色の来客に正面玄関奥のカウンターに居る事務局員がたじろぐ。
「東署捜査一課の赤磐だ。おたくの学生さん達の関係した事件と事故の件で、少しお話を伺いたい。」
TVドラマで良くお目にかかる警察手帳を掲げたスタイルに、対応した事務員はおののく。
「はっ、はい。あの・・・この件の容疑者がウチの学生の中に・・・?」
「いやいや、今回の聴取も型式を整えるためのもので。お恥ずかしながらまだまだ全容の解明には至っておらんのです。マスコミや教育委員会なんかは、このぐらいでは動きませんよ。」
その言葉を聞いて事務方の表情がゆるむ。
「お亡くなりになった学生さん達の成績表や素行評価等、人柄や学校生活のヒントになるようなものがありましたらコピーをいただけますかな? 何かの対人トラブルの引き金になるようなものが無いか検証したいのです。」
赤磐警部はポケットから三人の顔写真と名前をプリントアウトした物をカウンターの上に並べた。
「それと、この黒づくめは私の所の関係者でしてな。今回の捜査を共同で行っている探偵さんです。本日の昼休みに学生さんとここのロビーで少しヒアリングをさせてもらいます。事務局さん側も、捜査協力をお願いします。」
赤磐警部がちょっと得意げな顔をして、保昌を肘でつつく。
保昌は内ポケットから革の名刺入れを取り出した。
「禎茂保昌と申します。しばらくご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。」
昼休みのチャイムと共に、構内に人の動く気配が満ちた。
保昌と赤磐警部はロビーのソファーに腰掛けて、事務局が提供してくれた対象者の個人情報を閲覧していた。
「ふ~む。特に問題行動を起こしやすい人柄ではないようだな。」
「ですね。まあ、言うなれば『今どきの若者』ってトコロですね。特にずば抜けた特技も無いが、壊滅的なモノも無い。」
「だな。『横一直線主義』の教育の賜物ってトコだな。俺としては将来日本がこんなヤツらばっかりになるかと思うと少し情けないがな。」
「そうですね。面白い個性が無くなって行くのは寂しいですね・・・。あ、どうやらお目当ての学生さん達がいらしたみたいですよ。」
こちらへ向かって来る身長差のある女子学生二人組を見つけた保昌が赤磐警部に耳打ちし、揃って席を立った。
「あの、探偵の禎茂保昌さん・・・でよろしいですか?」
すらりとした、マット・アッシュのポニーテールの女の子がちょっと首を傾げる格好で二人を伺った。
「わざわざお呼びたてして済みません。皆本くん経由でお話しを通させてもらった禎茂です。」
白のフレンチスリーブのブラウスにライトブラウンの七分丈のワイドパンツ、グラディテーター・サンダルのいでたちの彼女は保昌と握手を交わした。
「はい。弟からお話しは伺いました。私、杉浦綾香と言います。で、こちらが・・・」
綾香は隣に立っているゴールド・ベージュのミディヘアの女の子に手をかざした。
「クラスメイトの西園友理亜です。よろしくお願いします。」
ゆるふわの毛先を両肩に流した友理亜が少し緊張した面持ちで頭を下げた。
ハンカチーフカットのパープルチェック柄のスカートに黒スパッツとアンクルブーツの彼女は保昌に促されるまま、彩香と共にソファーへと腰掛けた。
ぴったりめの白のボートネックのニットブラウスが友理亜の大きめな胸をより強調している。
「こちらが、捜査一課の赤磐警部。今回の捜査の責任者です。」
「よろしく。赤磐です。」
「はい。よろしくお願いします。」
二人は揃って頭を下げ、警察を目の前に緊張に顔をこわばらせた。
「では早速なんですが、この三人の学生さんに見覚えはありますか?」
保昌は赤枝純一・山崎和眞・籾通悠太の顔写真を並べた。
「はい。二年生までは『一般教科』で各学科合同でのゼミがあるんです。この人達、ほぼいつも四人でつるんでいました。」
綾香がテーブルの写真を眺めて顔を上げた。
「四人? もう一人は判るかい?」
赤磐警部が身を乗り出した。
「顔は分かりますが、学科が違うので名前までは分かりません。」
「そうか・・・ま、そうだな。」
「この人達の評判はどうなんです?」
「授業を妨害する程ではありませんが、普段の態度から、あまり落ち着きがある人達じゃあ無いですね。」
ちょっと微妙な表情を浮かべて友理亜が答えた。
「そうね。オトモダチにはなれてもカレシには、ちょっと、ねぇ。」
綾香が苦笑いを浮かべる。
「それに、四人で動画を撮って『ユ~チューバー』してるそうですよ。」
「うん? ハンドルネームは判りますか?」
「え~と。何だっけ、綾香?」
「あ~。何かふざけた名前だったわね・・・。そうだ、『ハンサム』なんとかって言ってた。」
保昌と赤磐警部はさらさらとメモを取る。
「彼らの交友関係や、最近の生活態度で何か気が付いたことはあるかい?」
赤磐警部はテーブル上の三人の顔写真をついと差し出した。
「う~んと・・・そう言えばこの人。」
綾香は赤枝純一の顔写真を指さした。
「この人、『臨時収入があった』ってコンパ大会を開催してたわ。中央町の『居酒屋 八兵衛』で、確か4月23日。」
「ああ、教育学科のコ40人ぐらいが集まったってヤツね。綾香参加したの?」
「ううん。私はパス。イイオトコ居なかったんだもん。」
「そうか、美術科は不参加だったからね。」
「う・・・」
友理亜は辺りを見回して、ちょっと身を乗り出して声をひそめた。
「なんでも、そのコンパの会費、全部この人が払ったって話です。」
「ほ~。『ゆ~ちゅーばー』とは儲かるんだな。」
赤磐警部は感心して、ぎょろ目を大きく見開いた。
「そうとばかりは言えませんよ。ほとんどの人は『小遣い程度』って話を良く聞きますから。」
保昌は落ち着いた口調でメモを続けた。
「他の二人については何か無いかい? 些細なコトや、どうでも良いんじゃないかっていう程度のコトでも構わないよ。」
「あ~。そういえば、この人。」
友理亜が山崎和眞の写真を指さした。
「この人、南校舎への二階の渡り廊下で、女の子と口論してるの見ました。多分、カノジョさんとケンカしてたんじゃないかなって思うんですけど。」
「ほう? その女の子の名前は?」
赤磐警部が身を乗り出す。
「学科が違うので、分かりません。すみません。」
「ああ、気にしなくて良い。でも、山崎和眞にはこの学校にカノジョが居るんだね。」
「他には?」
ちょっと満足そうな赤磐警部の隣から保昌が声を掛ける。
綾香が籾通悠太の写真を指さした。
「参考になるかは判りませんが、他の三人が浮かれ気味なのに、この人だけが、憂鬱そうでした。グループ内でケンカでもあったのか、心配事があったのかは分かりません。」
「ふむ。仲間内で温度差があったか・・・。こういう場合はこいつから攻め落とすのが王道なんだが・・・」
赤磐警部が呟く。
あらかた面談が進み、話の終わりに赤磐警部と保昌が名刺を渡し、参考にと二人それぞれの連絡先を受け取った。
「あ、そうだ。最後にひとつ。ここの学生さんで『八嶋結菜』さんという人に心当たりは?」
「う~ん。私は知りません。友理亜は?」
「私も。多分、その人は音楽科と美術科では無い学生だと思います。」
「そうか、ありがとう。大変参考になりました。お時間いただけてありがとうございました。」
保昌と赤磐警部は、丁寧にお辞儀をして綾香と友理亜を見送った。
「良い情報が獲れた。部下にガイシャ三人の銀行口座と『ゆ~ちゅーばー』で『ハンサム』何某とかいうヤツの投稿動画を調べさせる。4月23日の『居酒屋 八兵衛 中央町店』の様子も聞き込ませよう。ちょっと席を外すぞ。」
赤磐警部は飴色のスマホ・ホルスターからスマートフォンを抜き出すと、正面玄関の方をひょいと指さした。
「はい。僕は『八嶋結菜』という学生のことを事務局に伺ってきます。」
赤磐警部がスマートフォン片手に外で話し込んでいる間、保昌は事務局のカウンターに立って事務局員と話をしていた。
「・・・そうですね。『八嶋結菜』さんは教育学科の二年生ですね。専攻は『小・中教育』。13時から第二視聴覚室で『児童心理』の講義があるので受講するはずです。
事務局員は手元のノートパソコンをカチカチ叩きながら保昌に答える。
「・・・と、これが彼女の学生証登録時の顔写真です。」
プリントアウトされた用紙を保昌に手渡す。
セミロングの黒髪で、くりくりとした目が印象的な、かわいらしい雰囲気の女の子の顔が、若干、固い表情で写っている。
「うん。子供になつかれそうな顔の娘ですね。お手数ですが、校内の地図も頂けると幸いです。」
保昌はプリントアウトされた用紙を手に赤磐警部の下に戻った。
「用は済んだか?」
「はい。午後から、探していた子の出席する講義があるそうなので、授業前にでも捕まえて話をしようかと思います。時間があるので一緒にお昼でもどうですか?」
「おお。どこに連れて行ってくれるんだ?」
「少し丘を上ったところに『峠』っていう喫茶店があります。そこはどうでしょう? あ、昼は牛乳とあんパンが良かったですか?」
「張り込み中じゃないんだから、普通のメシを食わせてくれ。」




