~事件 検証~
翌朝9時20分。頼光は「Deorart」のシャーリングTシャツとスキニーパンツのいでたちで大鳥居のふもとに立った。
すぐに西の小道から香澄がこちらに歩いて来るのが見えて、大きく手を振った。
クリームイエローのパーカーTシャツに淡い色のデニムのホットパンツの香澄は大きく手を振り返す。
「おっはよ、ライコウ。ぐっすり眠れた?」
「おはよ、香澄。香澄も顔色良いな。」
「うん。今日もゴキゲン♪」
二人は並んで二百二十段の石段を昇り始めた。
「まだ、竹筒って並んでるんだね。」
石段の両端に設置してあるLEDライト入りの真竹の列に、香澄が頼光を見上げた。
「うん。さすがにすぐに撤収はキツイから。今日明日中には片付けるよ。」
「なんだか勿体ないね。常設したらどう?」
「僕もそう思うんだけど、そこは運営方針ってヤツかな。」
石段を昇りきって、朱の鳥居と参門をくぐる。
提灯はそのままになっていて、屋台のテントは端の方から業者さんが分解作業をしていた。
手水場で手と口を濯いで社務所へと向かう。
社務所前の大きな山桜の前で、竹箒で掃き掃除をしている巫女の河合美智子と目が合った。
「あら、おはよう。頼光くん、香澄ちゃん、今朝は朝イチから御一緒なのね。」
ネコ目気味の目を細めて、緋袴の美智子が竹箒の手を止めて微笑んだ。
「今日は禎茂さんとお話しがあって。談話室にはもう入って良いですか?」
「崇弘さんが居るから大丈夫だと思うわ。禎茂さんはまだお見えにはなってないけど。」
「はい。それじゃ、上がらせてもらいます。行こうか香澄。」
「うん。おじゃましま~す。」
並んで仲良く入って行く二人を美智子はにこやかに眺めた。
「はあ、青春ね~。」
二人が談話室に入って五分も経たない間に襖の向こうから声がした。
「禎茂です。入って良いですか?」
崇弘が声を掛け、すっと襖が開く。
相変わらずの、黒づくめの保昌が顔を覗かせ、ぺこりと頭を下げる香澄の姿を見てちょっと表情を曇らせた。
「あ、香澄ちゃん、久しぶりだね。少し早く来たみたいだから、要件が終わるまで外で待たせてもらうよ。」
「保昌。気にせずに入って来い。この子は良いんだよ。」
崇弘の声に、保昌はひょいと肩をすくめると、静かに入室して襖を閉めた。
「おはようございます。禎茂さん。」
「おはよう、頼くん。ちょっとコアな話題だ。香澄ちゃんに聞かせても良いのかい?」
「大丈夫ですよ。この前の教会の一件で香澄には僕の「力」を説明してあります。それに、今回の教育大の学生と宝石の件についての新しい情報を香澄が持ってます。」
心配そうな保昌に頼光は笑顔で答えた。
「そうか。そういう事なら仕方ないか。香澄ちゃん、かなり常識を逸脱した話になるが、覚悟していてくれ。」
「は、はい。分かりました。」
真顔で見据える保昌の視線に香澄は少したじろいだ。
「さて、頼くん。一昨日、僕がテーブルの上に置いていた石を覚えているかい?」
「はい。2センチぐらいのガラス玉みたいな宝石ですね。ツヴァロフスキーとかいうヤツですか?」
「昨日の事故を起こした運転手の遺留品の中にもこれがあった。」
そういうと保昌は内ポケットからジップパックを取り出した。1.5センチ大の透明なトリオンカットの石がライトに輝いた。「C-5」と書かれた紙も同封されている。
「わ、きれい・・・」
香澄が机の上に出されたその石を覗き込む。
「科捜研の鑑定ではそれも前回のものと同じ、炭素の結晶体ということだ。」
「え? つまり、これって・・・」
「ダイヤモンドだな。」
驚く頼光の横で崇弘が呟く。
「うそっ、こんな大粒?」
大きな香澄の目がさらに大きくなった。
「さらに今回は別の物も見つかった。」
保昌はもう一つジップパックを取り出した。
「C-6」と書かれた紙と赤く輝く石が見える。
「同じ形ですが・・・ルビーですか?」
「組成は『炭素結晶』つまりダイヤだ。しかも超希少なレッド・ダイヤだ。」
「ダイヤに赤色があるんですか?」
「あるんだ。数百万、いやこの粒の大きさからして数千万円の値がついても不思議はない。」
テーブルの上に無造作に置かれたこの石は怪しい輝きを天板に映す。
「うわああ・・・あのっ、ちょっと触ってみて良いですか?」
香澄が上気した顔で保昌を見上げる。
「ああ、でも持って帰っちゃダメだぞ。赤磐警部の権限で科捜研から借りてるんだから。」
香澄は両手のひらに包むようにしてレッド・ダイヤを転がして見つめた。
「昨日の件では頼くんが遺体の第一発見者だ。思い出したくないかもしれないが、その時の状況とかを教えてくれないか? まずはどういう感じでやって来た?」
保昌は手帳を構えて頼光を見た。
「そうですね・・・車がすごい勢いで交差点を曲がってきて、こちらに進路を向けたらセンターラインを越えて逆走して、歩道に乗り上げて木立ちに突っ込みました。」
「『曲がった』んだね。そこまでは意識があったということか・・・。速度を出してカーブを曲がるのは『何か』から逃げる心理だな。特に警察車両に追われているでも無かったと聞く・・・。で、突っ込んだ後は?」
「はい・・・木立ちに突っ込んだ車のフロントガラスを突き破る格好でドライバーが飛び出して、地面にうつ伏せになっていました。運転席にはピンク色の粘液が貼り付いていて、ドライバーの頭から胸はそのピンク色に溶けて骨が剥き出しになっていました。あれは何なんですか? 薬品か何かですか?」
頼光は怪訝そうに保昌を見た。
「じつは、同様の状態での死亡がこれで三人目なんだ。化学兵器、生物兵器、ウイルス、どれも検出されなかった。科捜研としてもお手上げの状態だそうだ。何か他に気になったことは?」
「直接関係があるかは分かりませんが、その運転手の遺体の傍に鳥のクチバシみたいなマスクを被った黒づくめの妖が居て、こちらを攻撃して来ました。正直、僕に『天狗』の力が無ければ殺されていました。」
「え? そんなことがあったの?」
隣で香澄が驚いた声を上げる。
「その妖は?」
「香澄とか他の多くの人たちが事故現場に集まって来たので撤退してくれました。」
「黒づくめ、か・・・。崇弘、そんな輩の心当たりはあるかい?」
「そうだな・・・。始終黒づくめなのは、禎茂保昌って言う輩しか知らないな・・・」
「おい・・・」
「冗談だよ。そのマスクって言うのはこのペスト・マスクみたいな感じのヤツかい?」
崇弘がパソコン画面にスチームパンク風のペスト・マスクの写真を表示させた。
「はい、もっとクチバシは大きい感じで、色は骨みたいな白色でした。山高帽に黒マント、黒スーツに金色の持ち手の曲がりステッキを持ってました。」
「洋装だな。そいつの攻撃とは?」
「こちらを埋めようと、地面をめくり上げて雪崩かけてきました。後、大きな三本爪での直接攻撃です。」
「ふむ。個人的にも興味があるな。調べておくから少し時間をくれ。何か判ったら教えるよ。」
崇弘はキーボードをカチカチやって視線をこちらに戻した。
「他には?」
「そうですね・・・その妖が、やたらその遺体を触ろうとしていました。」
「遺体を探る、か・・・。何かを持って行こうとしていたのか?」
崇弘が保昌に顔を向ける。
「一般学生の所持品として不自然なものは、この大粒のダイヤぐらいだが。同一犯と仮定しても、前回の二人にもダイヤが残されていたままだし・・・」
保昌はペンのお尻で頭を掻いた。
「なにか被害者に共通点はあるのか?」
崇弘がちょっとキーボードを叩いてから保昌を見る。
「今回の被害者は『赤枝純一』。前回までの被害者は『山崎和眞』『籾通悠太』。この三人は玄磐教育大学の二年生で同じゼミを受けていたらしい。そこでだ、頼くん。君のお友達とは話が付いたかい?」
「はい。健明のお姉さん、杉浦綾香さんとカノジョさ・・・西園友理亜さんは昼休み中なら、事務局前の玄関ロビーで話が出来るそうです。面会の日取りを連絡してくれって言ってました。」
「ありがとう、助かるよ。それじゃ早速で悪いが、明日の月曜日の昼12時にお願いしてくれるかな? 時間は10分ぐらいで済ませる。あと、僕の携番を送ってもらっても構わない。」
「分かりました。では早速。」
頼光がポケットから携帯電話を引っ張り出してカチカチとボタン入力をして行く。
その傍らで香澄がレッド・ダイヤを弄びながら保昌を見上げた。
「あの、冒頭にライコウが言ってた件ですが、私の友達が教育大の人の荷物を預ったんです。その荷物の中に・・・・これ。この写真の宝石が入っていたそうなんです。これって、関係ありますか?」
スマートフォン画面に映し出された青紫色の宝石を保昌は食い入るように見つめ、「C-5」の石と見比べた。
「学生証に書かれてる玄磐教育大の事務局に電話入れたら、休日で留守録だったらしくて。月曜日にでも連絡が来るんじゃないかって。」
「その学生さんの名前は?」
「あ、それは聞いてなかった。」
「そのお友達に聞いてくれるかい? 関連があるならこれもダイヤで、その持ち主の身が・・・いや、それは性急だな。とにかく誰かが判れば交友関係も調べが付く。」
頷いた香澄はダイヤをテーブルの上に戻して、ひょいひょいとスマートフォンの画面をタップ・スクロールして行く。
「保昌。この間の検索で、宝石自体に力を込める呪法の一覧表は渡しただろ? 何かヒットしたかい?」
「ああ、せっかく調べてくれたんだが、あそこまで強力な呪文が暴発なり誤爆なりを起こしたら、それこそ街一つが消し飛ぶ事態だ。残念ながら今回の事件とは方向性が違うみたいだ。」
保昌はふうとため息をついた。それを聞いた崇弘は机の上の文箱を開けた。
「そこで、別の角度からアプローチしてみたんだ。これは『レベルE』クラスだから加茂家の方からでもアクセス出来る。」
そう言って崇弘はA4サイズの紙を差し出した。右手中指の金色の指輪がキラリと光る。
「ふむ・・・魂魄の移送術?」
「ああ、式神を持ち歩いたり封印したりする術のもっと簡易的なヴァージョンだ。浮遊する霊魂や地縛の霊を一度 物品に宿らせて、鎮魂の儀を経て昇華、成仏させる時なんかに使う呪法だ。ま、宿らせたは良いが、その後の昇華に失敗した人形の話はちらほら聞くがね。」
「つまり崇弘はこの宝石が『ホープ・ダイヤ』の類じゃないかって考えているのかい?」
「ああ、可能性はある。」
「『ホープ・ダイヤ』って?」
メールを打ち終えた頼光が首を傾げた。
「都市伝説的なお話でね。持つ者の命を次々に奪って行く呪いの宝石さ。」
「ひっ! やだ、私素手でじっくり触っちゃったよっ。」
ちょうどLINEを打ち終えた香澄は机の上のダイヤを凝視して固まった。
「いや、別にそうと決まった訳じゃないよ。」
保昌は机のレッド・ダイヤを摘まみ上げ、ジップパックの中に戻した。
その時、崇弘がパソコン画面を見て声を上げた。
「頼くんの言ってた妖がデータベースに引っかかったみたいだ。画像を確認してみてくれ。」
向けられたディスプレイモニターにはペスト・マスクを被った人物が六体表示されていた。その中の一人に見覚えがあった。
「これです。この人物が昨日会った妖です。」
香澄と保昌が横から覗き込んだ。
「こいつか・・・」
崇弘はポインターを合わせてクリックをする。
画像が抽出されて、その人物のデータ画面が表示された。
『〇名称・・・<Kanaan=Kaufleute>
〇種族・・・欧州魔族
〇所属・・・地下の富を掌握する七大君主マモン配下の中級魔族。
〇能力・・・魂を代償とした契約を持ち掛け、主に物質的な望みと引き換えにその魂を持ち去る。過去の主戦場での参戦の目撃は無く、戦闘要員ではないものと思われる。』
「西洋妖魔か・・・情報もあまり詳しくは判っていない感じだな。わざわざ日本に来てまで何の用だ?」
「しかし、容疑者の一人の行動パターンは判ったってコトだ。・・・ショウケラ。居るかい?」
保昌が回りを見回した。
『はい、若。お呼びで?』
子供のような甲高い声がして、テーブルの上に10センチぐらいのヤモリがポトリと落ちて来た。
「きゃあっ!」
香澄が驚いて頼光の腕にしがみつく。
『この姿で驚かれるのは心外だな、娘。別に取って食ったりはせんよ。さて、若。どんなご用でしょうか?』
「えっ? しゃべった?」
目を丸くする香澄を完全無視して、テーブルの上のヤモリはぺろりと長い舌で自分の目を舐め、保昌の方に向き直った。
「ああ。『魂魄分離症』になって意識不明になっている患者がどのくらい居るか調べられるかい?」
『そうですね・・・先月の「庚申」の時に天帝に報告に上がった三尸の記録を調べれば判るかと思います。宿主が昏睡したままで悪事を働かさなければ、宿主の寿命を縮めさせられずに鬱憤がたまっているでしょう。探る地域と時間枠は?』
「場所は鴻池市、玄磐市。ここ3年以内での患者でお願いするよ。」
『分かりました。事案が事案なので、少しお時間をいただきます。』
「手間をかけて済まないね。後で備前の酒をごちそうするよ。」
『・・・「絹こより」が好みです。』
ぺろりと舌なめずりをすると、ショウケラはちょろりと部屋の隅の方へと走って行った。
「あの・・・禎茂さん。今のは?」
香澄がおずおずと尋ねた。
「ああ、香澄ちゃんは初めてだったね。彼はショウケラ。僕の式神で父から譲り受けた妖だ。物知りで情報収集が得意な頼れる相棒だ。」
香澄のスマートフォンがLINEの着信を知らせた。香澄が画面をチェックする。
「今、加奈ちゃんから連絡が入りました。その大学生は『八嶋結菜』さんだそうです。」
「そうか、ありがとう。これで明日、被害者たちの調べが付く。」
保昌は上機嫌でメモ帳にペンを走らせた。




