~アフターケア?~
鳥居前公園は救急車と警察車両と人だかりで騒然としていた。
植え込み辺りには規制線が張られ、白い防護服を着込んだ数名の捜査員たちが遺体周辺と車内のサンプリングを行っている。
頼光、香澄、田中のおじさんは参考人として事情聴取された後、解放された。
社務所の客間はバイト巫女さん達と和楽団の団員さん達の控室として両方塞がっていたため、美波と凛音と美幸は頼光の自宅の客間で待機していた。
玄関の引き戸の開く音がして、二人分の足音が聞こえて来た。
「開けるよ、良い?」
客間からの返事を受けると、襖を開けて頼光が顔を覗かせた。その後ろに香澄も続く。
「お待たせ。気分はどう?」
「大丈夫? 落ち着いた? 何だったら、飲み物取ってこようか? ライコウ、麦茶、冷蔵庫にストックしてあるわよね。」
「ああ、ドアのラックに2リットル入りの水差しが立ってるから。」
「分かった。適当にコップも持ってくる。」
「うん。ありがと。香澄。」
頼光と香澄が息ぴったりの会話をしているのを美幸は羨ましそうに眺めた。
「大丈夫? 見た目、外傷は無いみたいだけど、ショックは大きんじゃない?」
頼光は客間に入って、美波と凛音の傍に座った。
「うん。多分今晩、夢に見ると思うけど大丈夫。トラウマとかにはなっていないはず。」
「しっかり美幸ちゃんがケアしてくれたから、もう平気。」
美波と凛音はにっこりとして答えた。
「逆に、美幸ちゃんがそわそわして落ち着かなかったみたいだけど。」
「ちょっと、凛音ちゃんっ!」
美幸が赤くなって目を見開いた。
「ああ、事情聴取で美幸ちゃん放りっぱなしだったからね。心配かけてゴメンね。」
「あ・・・いや。その・・・」
美幸はバツ悪そうに口ごもり、美波と凛音は顔を見合わせてニヤっと笑った。
開け放たれた襖から、お盆に水差しと五個のガラスコップを乗せた香澄が姿を現した。
「か、香澄ちゃんは皆本くんの家って慣れてるんだね。何だか普通に配置とか解ってるみたいだし。」
美幸が客間のテーブルにコップを並べている香澄を見上げた。
「うん。小学校の頃はよく遊びに来てたから。あれからライコウのトコほとんど模様替えしてないんだもん。『勝手知ったる他人の家』ってやつ。」
香澄が左手で浴衣の右袖口を押さえて麦茶を注いでゆく。
麦茶を五人分配り終えた香澄の視線が客間の入り口にくぎ付けになった。
「みけねこっ?」
「ああ、この前言った禎茂さんから貰った子。まだ写真は送って無かったっけ。」
三毛猫は懐っこく鳴いて部屋に入って来た。
「かっ、かわいいっ。」
香澄は他に人が居るのもお構いなしに、その猫を撫でくり回した。
「ん~。ふるふる言ってる。この子、名前は?」
「ミケコって呼んでる。」
「きゃぁ~。みけこちゃんふわふわ~。」
でれでれに可愛がる香澄を見ながら頼光は麦茶をすすった。
「どうだったの? あの暴走車。昨今問題になってる高齢ドライバーってヤツ?」
美波が頼光を覗き込んだ。
「いや、運転してたのは大学生だそうだよ。免許書から20歳の玄磐市の人だって。運転中に・・・何かあって、意識を無くしたっていうのが今の見解。」
直に遺体の様子を見た頼光は、表現をぼやかした。
「その人は?」
「・・・残念ながら。」
美波の質問に頼光は首を振った。
「そっか。でも皆本くん。あの時急に前に飛び出したわよね。目を閉じてたんだけどものすごい衝撃音だったよ。ホントにケガとかしてないの?」
「あ・・・車が目の前で横に跳ねて行ったと言うか・・・その辺は あまりつつかないでいただけると有難いな。」
頼光は苦笑いを浮かべて、ごまかす様に麦茶をあおった。
「それじゃ悪いけど、僕はそろそろ運営の方に回らなくちゃだから。香澄、ウチの鍵渡しておくから、帰る時に鍵閉めたら社務所に顔覗かせてくれる?」
頼光は懐から黒い革製のキーケースを取り出して、香澄に手渡した。
「うん。分かった。ちょっとくつろいだら退出させてもらうね。」
「皆本くん、ごくろうさま。今日はいろいろありがと。」
「いえいえ。美幸ちゃんもおつかれさま。帰ったらゆっくり休んで。」
銘々が挨拶を述べて、頼光が客間を後にする。
引き戸が一度開いて、また閉まる音がした。
「う~ん。まだお昼なのに、何だか今日中の体力使い果たした感じ。」
凛音が正座を崩して両脚を投げ出し、大きく伸びをした。
「この後、みんなでお昼食べに行こうよ。ショッピング・モールに。屋台めぐりもこの騒動で落ち着かないし、りんごあめも落っことしちゃったし。」
美波が肩をすくめて笑顔を向けた。
「そうだね。またクレープ屋さんの時みたいにはしゃごうよ。」
香澄は傍らのミケコを撫でながらみんなを見た。
「よっと。それじゃ、行きますか?」
凛音がちょっと体を起こした。
「あ、もうちょっと凛音ちゃんたちはゆっくりしてて。せっかくだから私、探検してから。」
香澄がニヤリと笑った。
「探検?」
「そう、ライコウの部屋。四年ぶりに。」
「ええ? それって・・・」
美幸は目を見開いた。
「あ、抵抗あるなら美幸ちゃんは来なくて良いよ。私一人で堪能して来るから。」
ニカッと笑うと香澄は腰を上げた。
襖の方に向かった香澄の袖がくいっと引っ張られた。
「美幸ちゃん?」
「・・・行く。」
美幸は顔を赤くして、うつむいたまま小さく言った。
社務所先でバイト巫女さん達に混じって、ご祈祷受付や御守り、御神札の下賜を行っていた。
「やっほ。ライコウおつかれっ。」
にこにこしながら香澄たち一行が顔を覗かせた。
「やあ、ゴキゲンだね。ゆっくりできたかい?」
頼光は香澄から渡されたキーケースを懐に収めると、みんなを見回した。
「藤本さんも岡崎さんも、顔色が良くなったね。回復したみたいで良かった。」
「うん、ありがと。私たちもミケコちゃん、随分と もふらせてもらったわ。」
「うん、ふわふわだった。あの子、懐っこいのね。」
美波と凛音が上機嫌で答えた。
「美幸ちゃんも随分顔のツヤが良いね。リラックス出来た?」
「えっ? 顔に出てる?」
頼光の声に美幸はあわてて両手を頬に当て、その横で美波と凛音は袖口で口元を隠した。
「これから私たち、ショッピング・モールでランチして来るんだ。」
凛音が嬉しそうに微笑む。
「うん。クレープ女子の会、再びって感じ。」
香澄も上機嫌で答える。
「そうか。あんなことの後だからしっかり鬱憤晴らしてくれよ。こっちは、今日は長丁場になるから連絡くれても返せないかも。」
「そっか。そうだね。ライコウふぁいとっ。」
「おつかれさま、皆本くん、がんばってね。」
「それじゃ、おつからさまで~す。」
「おつかれさま。また~。」
香澄たちは社務所先で手を振って朱の鳥居の方へと歩いて行った。




